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歌舞伎「山吹香」  作者: 吉良リクア
1/3

前編


 ドン。

 ドン。

 ドン。

 太鼓の音。

 舞台横に、水色の衣を着た黒子ぶるこがひとり、ひざまずいている。

 頭頂部から後頭部、背中にかけてあしらわれているのはトサカのような水色のヒダ紗布。

 

 ぶるこが謳う。


 生まれ変わった梅の花 探し探して 旅をする。

 心優しき男の中で 山吹香は焚きめられて。

 妖隠して はや幾年 山で出会うは 妖払い。

 魚群は山で乱舞して、飛沫をあげて散ってゆく。

 互いを思ってすれ違う 山吹美禰(やまぶきみね)梅音(うめね)のさだめ。

 菜々臣(ななおみ)思って別れるふたり 約束するは 来世なり。

 さぁさぁ、はじまり、はじまり~。


 チョン。


 スポットライトが消えて、ぶるこが消えたように見える。


 チョン、チョン、チョン、チョン。

 チョン、チョン、チョン、チョン。

 チョン、チョン。

 チョン、チョン。          

 チョン、チョン、チョン、チョン。

 チョン、チョン。

 チョン、チョン。

 チョン、チョン、チョン、チョン。


 チョ、チョン。                                    


 音のあとに、定式幕じょうしきまくが開く。

 

 背景、五首の松。

 舞台正面右横、斜めに赤い布を敷いた長椅子、今で言うベンチがある。


 スポットライトが、花道に差す。

 花道の奈落ならくから、競り上がってくる人影。

 扇で顔を隠している。


「いやぁ~・・・暑い、暑い」


 のんきそうな、声。

 あおいでいるが、顔は隠したまま舞台へ歩いて行く。


「ややや、あれはくだんの茶屋ではないか。目指す山まであと少し」


 舞台に上がった男。

 赤い長椅子に近づく。


「おぉい、一人分」

「あいよぉ」


 どこからか店の者の声。

 男は長椅子に座る。


「少し休んでいこうぞ、山吹美禰」


 男がす、と扇を下げると、顔が見える。

 顔の片面だけに、紫色の隈取り。


 男は手首を返して、扇の反対側を見せる。


「菜々臣よ。ほれ、もう、噂の山は目の前だと言うに、何をのらくらしておるのか。とかくひとは疲れやすい生き物よの」


 手首を返して、扇の反対側を見せる。

 黒と白の裏表をしている扇で、どちらの役でどの色を見せるかは役者本人に任せる。


 紫色の隈取りは二面性や、憑依されている人間という意味。

 扇を返す視覚的効果は、その人格交代を現している。


 以後、しばらく、手首を返す視覚的効果が続く。


「我に入って幾年か」

「はて」


「憑かれるのは疲れる」

「知ったことかよ、この阿呆」


「またまた言ったな、このウマシカが」

「馬でも鹿でもなく、我、あやかしぞ」


「知っておるわい」

「ほれ、茶がくるわい」


 茶屋の者が舞台正面右横から出てくる。

 出てきたのは、女形おんながた

 盆に乗せた茶と三色串団子を運んでくる。

 尻を振る、独特な歩き方。


「はーい、いらっしゃい」

「え」


 思わず憑依の解けた菜々臣が、『看板娘』に振り向く。


陰間茶屋いんまじゃやっ」

「あら、いい、お・と・こ」


 勢いよく長椅子から立ち上がる菜々臣。


「急ぎの急用を思い出したっ、ではっ」

「あいな、ちょっと待ちなされよ。駄賃はきっちりいただきます」

「はぁ~、はぁ~っ、出すから、今、出すからっ」


 着物の色んな箇所を叩いて探る菜々臣。

 きゅうにぴたりとキョドリがなくなり、堂々とした態度に。


「少々聞きたいのじゃが」

「なんじゃいね」

「ほれ、駄賃ははずむわい」


 看板娘に駄賃を渡す。


「なんじゃいね、なんじゃいね」 


「この近くに、山吹香がいると聞いた」

「やまぶきこう?なんじゃいね?」


「山吹色の香りを持つ者じゃ」

「ああぁ、あのこね」


「知っておるのかっ?」

「山にこもって、修行しとる・・・やまぶき、じゃろ?」


「やまぶし、のことか」

「ああ、ええ、そんなそんな。ほなな」


 退場しようとする看板娘。


「ちょい待てーい」

「なんじゃいね~」


 振り向く看板娘。


「駄賃の分は喋ってもらうぞ。その山伏は『いくつ』じゃ」

「三十人ぐらいじゃろ」


「は?」

「なんじゃいね」


「違う、『よわい』を聞いておる」

「普通、どれくらい強いか聞くんじゃないのん?」


「強い、弱いのよわいではない。そのこは、『何歳』じゃっ?」

「ああ、何や。年齢聞いてるんやね。三十くらいやよ」


「三十・・・」

「よーけ、美人じゃともっぱらの噂じゃ」


「ほう」

「毛色が変わっておるとか、おらんとか」


「何色じゃ?」

「染めておるのかおらんのか、そんなことはぁ知らんがね、栗毛じゃ」


「栗毛っ」


 想像してみたら胸はやらせたのか、胸元を両手で押さえる男。


「はぁ~・・・」


 大きな溜息。


「じゃ」

 退場する看板娘。



 しばらくの間。



 目をこすって、我に返る菜々臣。


「んっ?何があったんだ、山吹美禰?」

「いいや、何でもない」


「何でもなくはなかろうもん」

「お前が大の男嫌いやて、ワシが対面したまでよ」


「ああ、なんじゃ。ほな、ありがと~」

「はぁ~・・・ほんに、お前は・・・」


「なんや?」

「お人好しもたいがいにせんと」


「なんや?」

「あやかしに、憑かれるぞ」


「知らーん」


 歩きながらの会話、菜々臣は一旦退場。                                    

 黒子がふたりやってきて、ひっそりと長椅子をかたす。

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