Episode.9《決闘だって》
ピアノの音色が響き渡る礼拝堂で僕は、旋律魔法の教本を見ながらひたすらメロディを奏でていた。
最近はだいたい毎日時間を見つけてここに来ている。でもってリアーナとビリー先輩も、だいたい一緒だ。
歌に関してもちょくちょくやり始めている。実は、この前行商人から買い取ったラジカセが活躍している。
あれを学園に持ってきて、このピアノで奏でたメロディを録音して、それを家でも聴いて練習。といった感じで順調に、旋律魔法習得への道は進んでいるのだ。
ちなみにもう既に、ピアノを使った旋律魔法は何度か成功している。リアーナとビリー先輩には被験者になってもらって、教本に載っている器楽型の曲の譜面通りに、試しにピアノを弾いたら二人が獣人族並みの身体能力になっていた。
リアーナが特に感激していて「剣術もこのくらい身軽にできたらいいのに」とか言っていたっけ。
この成功体験を糧に、僕は歌を、つまり声楽型の方もしっかり出来るようになりたい。
────そして将来は、歌で、世界を駆け巡ってやる。
◇◇◇◇
エーデル学園に入学してちょうど一年が経過した。
この学園では前世でいう所のクラス替えがない。リアーナとブルーノ先生には、変わらずお世話になる。
にしても、あと五年か……ここでの暮らしも。一年がこんなにあっという間なら、そう長くもないね。
庭園の花々が満開で、僕とリアーナが見惚れていると、僕らの肩に手を添えてビリー先輩が声をかけてくれた。
「フレディ、リアーナっ! 進級おめでとう!」
「ビリー先輩も、おめでとうございます」
「そういえばビリーと仲良くなったのも、この庭園からだったわよね! もう懐かしいわ」
え、懐かしいか? 僕にとってはつい最近の出来事に感じるんだけど。これも前世記憶保持の弊害か?
なんか中身だけ老いているみたいで、嫌だな……。
「僕ね、二人に出会うまでは学園で笑ったことがなくて……ずっと孤独だったんだ。でも二人は、そんな僕を闇から救ってくれて。嬉しくて嬉しくて……」
ビリー先輩は、目を潤ませている。
特別なにかをしてあげたとかじゃない。ただ当然のことをしたまで。だけど受けた側は、どんなに些細な事でも記憶に深く刻まれる。善し悪しを問わずに。
だから、こうやって言葉にして感謝されることでやっと、僕らはビリー先輩の力になれたんだと実感する。
「闇とは、貴様の血のことか? それとも──私か?」
そういい僕らの前に現れたのは、ノア・レノン。ビリー先輩のクラスメイトであり、いじめの加害者だ。
「よくもまぁ、そこまで馴れ合えるものだ。魔族を相手に。私は傍観に徹していたが、いよいよ見過ごせない。魔族の肩を持つ者は、すなわち人類の敵だ」
あんなに楽しそうだったビリー先輩が怯えている。
この金髪……長らく姿を見せないとは思っていたけど。やっぱりまだ、ビリー先輩を目の敵にしているのか。
「あんた……いつまでビリーに付き纏うのよ! いい加減しつこいわ! 魔族魔族魔族って、あんたビリーがクォーターだって分かって言っているんでしょうね?!」
リアーナがビリー先輩を庇って強い口調でそう言うと、ノア・レノンは「なに?」と少し驚いた様子を見せていた。
「ほらっ、なにも分かってないじゃない!! ちゃんと話も聞かずに、最初から魔族の血が入っているからって軽蔑するなんて。レノン家がみっともないわよ!!」
ノア・レノンは、少し俯いてからこう言い返した。
「馬鹿な女が……貴様みたいなやつがいるから、いつまで経っても人類は魔族に虐げられるのだ。クォーター? それがどうした、魔族は魔族だ。貴様ら諸共、消してやる」
そしてノア・レノンは魔法を使う体勢に入った。
まさかこいつ、ここでやるつもりなのか……? 流石に我を忘れすぎでしょ。庭園で魔法なんか使ったら最悪、学園が崩壊して火事になったり……。これは止めなきゃ!!
僕はノア・レノンを落ち着かせ、なんとか最悪の事態は免れた。しかしこいつ、意外と繊細なのか?
「……私としたことが取り乱した。大義名分がある、すべては人類の為だ。決闘しろ──フレディ・キンナーラ」
ノア・レノンは僕に人差し指を突きつけ、そう言った。
んー決闘……? それは一体どういう……。
きゃああノア様ぁぁああ……!!!!
キンナーラ様こっち向いてぇぇええ……!!!!
ま、じ、か。
僕は今、石垣の闘技場に立たされ、客席部分にいる大量の観客を前に決闘をさせられそうになっている……。
しかも相手は年上で、学園トップの実力者ノア・レノン。やる前から、勝てる気がしないのだ。
しかし普段、魔法の実技のレッスンで使用されているこの闘技場を、こんな風に使っていいのか?
本来の用途といえば、そうなのかもしれないけど。
ノア・レノンが僕と向かい合っている。
「勝ち負けを問わずに、あの魔族の女はもういい」
お、リアーナの説教が効いたみたい。やはりビリー先輩がクォーターだったのを知らずにいじめてたと。
流石にその思い違いには、後ろめたさがあるのかな。
「じゃあ何故、決闘なんてするんですか?」
「思い返せば、私も情けない姿を晒してきた。このままではレノン家の名折れだ」
意外にも自覚があるようだ。己のやってきた行いが、いかに愚かであったのかという。
そこで決闘して僕に勝ち、面子を保ちたいと。
僕としては、ビリー先輩に謝ることが一番の名誉挽回になる気がするけど。譲れないプライドがあるんでしょうね。
まったく堪ったもんじゃないよ、これで負けたらこっちの面子が潰れるだけじゃん……。
名誉とか興味ないとはいえ、父の名に傷がつくのはやはり避けたい──流石に全力でいかせてもらう。




