Episode.8《黒き翼の》
「学園の敷地内に、今は中々使われなくなった礼拝堂があるから、そこのピアノを使ったらどうだ?」
僕は旋律魔法をやりたいんだけど、貰った教本を見ただけじゃできないから、そろそろ実際に楽器でメロディを奏でてみたくて。今日の教育課程が終了した今、僕は教室に残ってブルーノ先生から学園には楽器があるのかを聞いていた。
僕がやるのは声楽型だから、楽器で弾いても魔法の効果はないけど、メロディを覚えるためには必須だ。
しかし学園の中に礼拝堂があるのか、知らなかった。明日にでも見に行ってピアノを弾いてみようかな。
メロディを覚えたら後は、詩を乗っけて歌うのみ──。
「あの、フ、フレディくん……」
僕と先生が教室で話していたら、お昼に知り合ったビリー先輩がやってきた。
一瞬だけど、ブルーノ先生がその姿を見て動揺しているのに気づいた。やはり魔族クォーターということを知っていてちょっと思うところがあるのか。
僕はビリー先輩に挨拶をすると、ビリー先輩が「リアーナさんはいないの?」と聞いてきたので教えた。
リアーナはいつも学園での一日を終えると、剣術の訓練があるからと一足先に帰っているのだ。
「おまえたち、知り合いだったんだなぁ」
ちょっとぎこちない態度で、ブルーノ先生は呟いた。なんだろう? もしかしてビリー先輩の扱い方に迷いがある?
レッスンであれだけ魔族はどうのこうの言っている教師が、どんな顔して接すればいいのか、と?
んー、ここはハッキリさせておこう。
「先生──ビリー先輩は、僕とリアーナの友達です」
僕がそう言うと、先生は思い直したように「だよな」と小刻みに頷いていた。
「ビリーくん、よかったら僕と帰ってくれない? 実は帰り道に、いつも“ドラゴン”がいて怖くて……」
「なるほど、いいですよ! じゃあ先生、もう帰りますね」
「おう、また明日な」
こうして僕は学園を後にした。
──夕焼けに照らされたレンガの街並みの景観は、やはりいつ見ても素晴らしいものだ。
と二人で道を歩きながら思い馳せていた。
ビリー先輩は、意外にもすぐ心を開いてくれた。とても今日初めて出会ったとは思えないほどに。
まるで今まで蓄積していた孤独感を一気に解消しているようで、僕はなんとも言えない気持ちになった。
「ほ、ほら! あそこのドラゴンが……いつも怖くて」
ビリー先輩は怯えながら指を差した。
その先には、背中に大きな荷物を乗せたドラゴンがいた。これは噂に聞く、ドラゴン使いの行商人だ。
飼育されているドラゴンは、空を使った移動手段であったり物資の運搬を任せられている。
「そこの少年少女、なにかお探しかい?」
行商人のおじさんが僕らに欲しい物を聞いてきた。
僕はそうではないと前置きしつつ、このドラゴンが襲ってくることはあるのかと尋ねた。
「安心しろ。ここ数ヶ月はこの通りで商売をしてるが、一度たりともこいつが暴れたことはないぜ」
僕が「ですって」とビリー先輩に言うと、先輩はホッとした表情を浮かべていた。
「あ、ちなみに旋律魔法に使えるものとかって、売ってたりするんですかね?」
僕は少し気になり、ふと聞いた。すると行商人は顎に手を当てて、顔を顰めがらこんな売り物を取り出した。
「これは、もしかして……ラジオですか?」
赤色の古そうな、所謂ラジカセである。
行商人は更に一緒にカセットテープを数本取り出し、全部セットで銅貨五枚と言っている。
そんなに高いわけじゃないよね、買ってみようかな? 僕は興味本位で買ってみた。
その後ビリー先輩を送り届け、帰宅している道中にて。
──え、今この人……空から降ってこなかった?
突如として目の前に、全身が黒一色の男性が立ちはだかってきた。僕が避けようとしても進路を妨害してくる。
これは偶然じゃないよね、僕に何か用なのかな?
てかこの人、なんか禍々しい……。
僕が「あ、あの……」と声をかけると男性はこう言った。
「あの娘との関係を吐け。先刻共にいた髪の白い女だ」
んーそれって、ビリー先輩のことかな?
僕は関係もなにも今日知り合ったと答え、今度は逆に同じ質問を聞き返した。しかし男性は僕を無視して「そうか」とだけ吐き捨てて、空へと去っていった。
──黒い翼が背中に生えてる……まさか、“天使”?
噂に聞く稀有な種族、天使。普段は天界で暮らしていて、地上に降りてくることは滅多にないという。
のちにビリー先輩に知っている人かと聞いたけど、分からないようだった。恍けているとかでもないっぽい。
じゃあ尚更、なんでビリー先輩のことを?
◇◇◇◇
黒き翼を羽ばたかせて空を移動している男は、フレディと接触した後に、とある場所へ降り立った。
そこは禍々しい煙に覆われた城の最上階で、空から入れるように巨大な扉が開放されている。
「我、只今帰還致しました──崇高なる我が王よ」
そういい男は、前に座っている三人の存在の、足元だけを見るように膝をついている。一人が女声で「それで、探せたのかい? 死に損ないとやらは」と言葉を口にする。
「やはり、存在しないかと存じます……。我如きが出過ぎた真似を……不徳の極みでございます」
「あれ程までに己がやると勢い込んでおったのに、偉く潔いではないかい……もはやよいが。では──“餐邪帝”よ、例の件は変わらぬままというわけだい。好きにするがいいさ」
只ならぬ雰囲気の女がそう言うと、横に座っていた角を生やした肥満体型の巨人が立ち上がり──。
「ブハハッ!! ならば、やりたいようにやらせてもらう。いずれ人間共は纏めて、わしの腹ん中ぞよ」
と腹を叩いてドスの効いた声で高笑いをしていた。
そして終始ずっと喋らず、いびきをかいて寝ていた三人のうちの一人が、女から「おい──“世殲帝”、わたくし達は、我関せずだよ」と言われ、寝ぼけながら頷いた。
(──ブレイバーの死に損ないなど、元より探していない。我はただ、街で暮らすあの姿を一目見ておきたかった。近い未来、人間界には厄災が降りかかる。いよいよ“魔王たち”が動き始めた。守るしかない──我が妹だけは)
黒き翼を生やした男は、禍々しい魔王たちを前に、そう思考を巡らせていた。




