Episode.12《魔王襲来予告》
んー、お……重たい。
「にーに、おきて」という声で目を覚ました僕は、家のベッドで仰向けに寝ていて、腹の上には妹のマライアが。
「こらマライア! ダメでしょ! お兄ちゃんは大変なことがあって、とっても疲れているの!」
母がやってきて、マライアを抱き上げる。
大変なこと? 今日僕、何してたんだっけ? 体を起こし窓越しに外を見ると、もう日が落ちている。
「フレディ大丈夫? エルヴィス様は怪我はないと言っていたけど、かなり魔力を消耗しているみたいよ」
「魔力を? 確かに、なんか体がだるいかも」
僕が不思議そうな顔をしていると母がこう言った。
「もしかして覚えていないの? 学園からエルヴィス様の所へ連絡があったのよ……あなたが魔族に襲われたって。それでエルヴィス様がフレディを抱えて帰ってきたものだから、私は心臓が止まるかと思ったわよ」
っ!?──ダムが決壊したかのように、脳内で今日起きた出来事の記憶が一気に蘇っていく。
僕は思い出すと同時に呼吸が荒くなり、母が心配する。
「ち、違うママ!! ただの魔族じゃなくて!!」
「アドラドール……そうだなフレディ?」
父がやってきた。そう、まさに僕は今日……魔王崇拝者アドラドールの一人、魔猿のアッフェルノに襲われた。
「お前を連れ帰るために学園に顔を出した所、ルーバンの息子に居合わせ事情を全て聞いた。私の息子であるが故、狙われる羽目になってしまったのだな……すまない」
そっか。ノア・レノンからもう全部聞いているのか。
「恐らくお前が一時的な記憶喪失に陥っていたのは、初めて魔王配下の前に晒され、身体が堪え兼ねたのだ。強大な魔力を持つ存在は、邂逅しただけで魔力を消耗する」
確かに……あの時は、攻撃されたわけでもないのに死ぬほど苦しくて、完全に気を呑まれていた。
とてもじゃないけど、あんなのとは戦えないと思った。
「ねぇパパ……その魔王配下、アッフェルノっていう名で。ノア・レノンからも聞いたかもしれないけど、近いうちに魔王が人族を襲いに来るって……」
父はその事も把握していた。難しい顔をして「この件は、明日にでも王宮へ伝えにいき、各国の【ガーディアン】に動いて貰う必要がある」といった。
ガーディアンとは、各国の王族に仕える衛兵だ。
父は更に──。
「魔猿のアッフェルノ……嘗てブレイバーで私が率いていた部隊は、その存在とは合間見えなかったが、他の部隊が戦闘を余儀なくされた末に全滅したと聞いていた」
ブレイバーの死に損ない……そういえばアッフェルノが、父をそう呼んでいたっけ。
だけど父は、実際に戦ったことがあるわけじゃないのか。
てかブレイバーって魔族以外の種族から成る、魔族を制圧するための特攻隊なのに……魔王ですらない配下を相手に、一部隊が一人残らずやられるなんて。
「しかしそのようなやつが何故、わざわざこちらに猶予を与えるような真似をしたのかは、甚だ疑問である」
……アッフェルノは、あえて息子である僕とノア・レノンに魔王の襲来を予告した。
魔王の目的が仮に人族の殲滅なら、そんな相手を挑発して警戒させるような無意味なこと、する必要がないはず。
ただまぁ……魔王の考えることなんて理解できないか。
重苦しい雰囲気が出始めたところで、僕のお腹が鳴った。
すると母が「フレディも起きたしご飯を食べましょ!」と笑い、マライアも「ごはん!」と呼応する。
「そうだフレディ、二人の学友が心配していたぞ。学園の医務室で寝ていたフレディに、赤髪と白髪が娘が傍で手を握って付き添っていた。流石私の息子、やることが早い」
おお? 特に訂正はしなかったけど、なんか誤解されている気がする。
別にあの二人は、そういう関係じゃないんだけどな。いやリアーナは出会いからプロポーズだったけどね。
ただ最近はあまり、異性として好意を抱かれている感じはしない。ビリー先輩は、単純に友達でいられる事が嬉しいだけだと思うし。
あれ、というかリアーナって、先に帰ってたんじゃなかったのか? 剣術の稽古があるからって。
僕とノア・レノンの決闘のために戻って来てくれていたんだとしたら、僕の戦いっぷり見てくれたのかな?
◇◇◇◇
──あれから数ヶ月が経過した。
スタンダードと謂われる世界地図を見たときに、中心に位置する大陸の北東に僕がいる国【ウィズダム】がある。
北西には【ハルモニア】という前世の日本語のような言語が使われている国が存在し、この二つの国は主に人族が暮らしている。
更に大陸の南に行くと人族や獣人族、エルフなどが一緒に暮らしている国も幾つかあって、これらの国々が集う大陸が【仁大陸】と呼ばれている。
仁大陸の幾つかある国々では最近、各国のガーディアンや警備隊があちこちで見回りをしているらしい。
現にこの街でもやたらと、それらの兵隊の姿を見かける。
理由は言わずもがな──魔王がいつ、仁大陸のどこに襲来してくるか分からないから。
常に警戒していなければいけないんだ。
そのせいか、街中は殺伐とした雰囲気が出ていて、あまつさえ父からも威圧感を覚え始めている……。
父は、焦ったかのようにまだ三歳のマライアに魔法を教え始めたり、僕が旋律魔法をやっている事を夜中に不満そうに母に話していたのを盗み聞きしてしまった。
だからこの頃、僕は家での居心地が悪くて学園が休みの日は、外に出て人のいない所で旋律魔法を練習している。
他人から見れば、そんな魔法を練習している場合じゃないのかもしれない。
でも僕は、どうせいつか死ぬ人生なら、最後まで歌い尽くして死んでいきたいって思う……まぁ一回死んでるけど。
故に今も、ガーディアンなどの兵隊とよくすれ違いながら道を進み、時々訪れる小さい山の公園にやってきた。
「ここからの景色、ほんとに綺麗だなぁ」
僕は街を一望できる東屋に来ると、ベンチに腰かけて景色を眺めながら、ため息を吐く。
「はぁ……ちょっと疲れたなぁ」
ここまで怒涛のような人生を送ってきたから、最近は少し疲れが見られる。人生に休憩なんてないね。
よしっ! まだまだこれからだ。
僕は、旋律魔法の練習を始める。
旋律魔法に限らず、魔法は使わないと力が鈍っていくから定期的に練習をしないといけない。
特に旋律魔法は、頻繁に練習しないと感覚が衰えるから、被験者がいなくても地道に練習を重ねている。
アンセムやエレジー、バラッドにレクイエム。そして唯一アドリブのブギウギ。色々歌えてもちろん楽しいけど、頻りに自責の念に駆られることがある。
『お前は本当に、そんな事をしていていいのか?』って……それでやる気が出ない事だってある。
しかし、だからこそただ歌うのだ。
思考など捨てて、感じるままに生きるだけ。
────え、誰……?
瞼が重くて長めの瞬きをした。その刹那に、僕と向かい合うようにベンチに座り、机に頬杖をついてこちらを見る、謎の男が視界に映り込んできた。




