Episode.10《これぞ旋律魔法》
魔法の杖のグレンジャーを高く掲げ、渦を巻くように振り回すと炎が螺旋を描いて立ち昇った。
炎魔法のひとつ──【バーニングトルネード】だ。
「いきますよ先輩」
僕はそれを、ノア・レノンに向かって振り下ろした。
しかしノア・レノンは大地魔法で壁を作り、バーニングトルネードを難なく防ぐと、壁越しに見えない僕目掛けて強力な水魔法を放ち、壁を貫通して僕に迫ってきた。
ノア・レノンが水魔法を使った瞬間は壁のせいで見えず、更に壁を破って攻撃が来たものだから、僕は反応ができずに正面から食らってしまった。
「痛ーっ……これはマズイかも」
魔法を受け、後ろにひっくり返った僕は、首を捻る。
「貴様、誠にあのエルヴィスの息子か? 受身が取れない上に、魔力こそあれど使い方が素人のようだ」
だって、素人だもん……。
そもそも生まれてこの方、魔法を使った戦闘などやった試しがない……これが初めてだ。
「さっさと立ち上がらなければ、灰燼に帰してしまうぞ」
ノア・レノンがそう言ったから僕は顔を上げると、真上に小規模な太陽の如く炎の球体が浮いていた。
もはや笑えてくるほどの容赦のない魔法だ。
同じこと、僕には出来ない。年上だからというのが言い訳にならないほどの実力差だ。
僕はすぐに立ち上がり、走ってノア・レノンに接近した。簡単な話、あの魔法はノア・レノンとの距離さえ縮まれば、まともに受けることはない。
接近する僕に食らわそうとしたら、あいつ自身もあの魔法を受ける羽目になるから。
そう考えて接近を図ったんだけど、ノア・レノンがまた同じように大地魔法で壁を作り上げ、僕を近づけさせないようにしてきた……袋小路だ。
このままだと、本当に丸焦げになってしまう。
しかし炎魔法と大地魔法を同時に使うなんて普段からやってないと出来ないだろうし、単純にすっごいや……。
まぁ感心している場合じゃないけどさ。僕が使える魔法の中では、あの魔法を打ち消せるものはない。
僕の視界には、まるで太陽が落下してきているような風景に映っていて、冗談抜きで死を覚悟する。
あーあ……なんでこんなことに。
──僕はただ、歌っていたいだけなのになぁ。
歌、か──そういえば、この状況。旋律魔法ならどうにかなるかもしれない。
一応リアーナとビリー先輩を相手には、器楽型のみならず声楽型も効いたことがあって、成功体験がある。
グレンジャーを両手に持ち直し、地面に突き立てる。
目前に迫る太陽を前に、僕は目を瞑った……。
姿勢を正して、下腹部が膨れるように深く息を吸い、膝を曲げて重心を下げたら、口を縦に大きく開く。
ここ数ヶ月でピアノやらラジカセやらを用いて、ひたすらメロディを脳に叩き込んだ。
今こそ、これを歌うとき。
旋律魔法、声楽型────。
【レクイエム第一番;ヒトトキノクラガリ】
臍下丹田に気を集めて、腰から下の筋肉でしっかりと支えながら、息をコントロールして声帯を鳴らす。
三十秒ほどかけて、自分の歌声に身を任せながら、正しいメロディを意識して丁寧に歌い上げた。
うん、この感覚……恐らく魔法は発動できた。
恐る恐る僕は目を開くと、先程の目前まで迫っていた太陽は消えていて、同様に大地魔法の壁もなくなっていた。
そしてノア・レノンはというと、意識を失って地面に倒れ込んでいた。旋律魔法のレクイエムの効果は、聴いた相手を昏睡状態に陥らせる。
つまり──眠らせる魔法だ。
僕の歌声がノア・レノンの耳に届いた時点で、ノア・レノンは眠ってしまい、使っていた魔法が解けたんだ。
いわば旋律魔法は、抜け穴だ。直接攻撃の魔法が多い中、音という避けようのない攻撃。だからいくら壁を隔てても、耳に入ってしまえば確実に食らってしまう。
まぁ逆に、耳を塞がれたら無力と化す。ただ今みたいに、不意をつくことはできる。
あと注意点もある。途中でメロディを外したり、最後まで歌い切れなかったら、その瞬間に魔法は解けてしまう。
けどしまったなぁ……旋律魔法となるとあまりにも広範囲だから、ノア・レノン一人に狙い撃ちできなかった。
ノア・レノンを眠らすに伴って、闘技場の客席部分にいた大量の観客も寝かせてしまった。
さっきとは打って変わって、とても静かだ。
ちなみに今歌ったヒトトキノクラガリは、即効性がある分、目覚めるのも早い。だからすぐに起きるはず。
その前にっ! 大量の観客に僕の勝利をここぞとばかりに見せつける為、今のうちにノア・レノンを拘束しておこう。
僕は「因果応報、自業自得だバカ野郎」と口ずさみ、愉快に笑いながら植物魔法を使って蔦でノア・レノンをぐるぐる巻きにした。
よし、ビリー先輩……僕、やってやりましたよ!
って、そういえば先輩、どこにいるんだろう?
この決闘が始まる前に、リアーナはいつも通り剣術の稽古があるからと先に帰り、ビリー先輩は謝りつつも頑張ってとエールを送って、僕を後押ししてくれた。
先輩も他の人と一緒に、どこかで寝ているのかな? 僕は探そうと、下のグラウンドから客席部分に上がろうとした。
しかしその瞬間──どういうわけか、グラウンド部分だけを覆うように暗い幕が降りてきて、客席部分との間に隔たりが突如として生まれた。
陽の光が遮断されて、闇に包まれる。中からでは、外の様子が確認できなくなった。
暗い幕は壁のように固く、とても壊せそうにないし、上も塞がっていて抜けられる所が見当たらない。
それはまるで、僕を閉じ込める為の鳥籠みたいだ。
「おい貴様、これは一体どういう状況だ」
あ、そうか。僕だけじゃなかった。グラウンド上にはもう一人、ノア・レノンがいたんだった。
僕は蔦で拘束されたノア・レノンに、今起こった事をそのまま伝えると、ノア・レノンは何やら焦った様子で「早く私を解放しろ!」と言ってきた。
当然「嫌です」と返した僕に、ノア・レノンは一旦冷静になり、ことの重要さを話し始めた。
「貴様と私を覆っている、この幕は【シャドーム】。闇魔法のひとつであり、王級魔術師以上でなければ使うことが出来ない。そして……魔族の専売特許だ」
その言葉の意味は、多分こういう事だと思う。
シャドームという魔法を今発動して、僕らを閉じ込めているのは、他でもない──魔族であると。




