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渡し人  作者: 言葉(ことは)
4/6

絡まる

「どうだった?」


飯沼が缶コーヒーを片手に道路脇の白いポールに身体を預けながら待っていた。


「まあ、予想通りだったよ」


俺は飯沼の横に徐に並びながら飯沼持っていたもう一つのコーヒーを開けた。


「冷めてるじゃねえか」

「思ったより」


飯沼が残りのコーヒーを一気に飲み干した。


「時間かかったからな」


俺は冷めているコーヒーを口に運びコーヒーならではの渋みと苦味が口の中いっぱいに広がるのを快諾した。


「まあな」

「情でも移ったか」

「初対面の人間に情が湧くほど善人じゃねえよ」

「知ってしまった相手の心を無下にできるような悪人でもねえよな」


飯沼は飲み干したコーヒー缶を親指でさすりながら俺の方を見てニヒルな笑みを浮かべる。


「その、俺のことなんでも知ってる感出すの、やめろよな。良くない癖だぞ、お前の」

「仕方ねえだろ、知ってるんだから」

「でも、お前に俺の心の底は読めない」

「そりゃそうだ」

「じゃあなぜそんなにわかる素振りをする」

「今まで共有してきたお前との時間があるからな。それにこれは、俺がお前にそういうイメージを抱いているだけでお前が実際にそうかどうかはわからないってところがミソなんだよ」

「じゃあ、なんでそんなに自信満々なんだよ」

「さあな、俺がお前にそうあって欲しいのかもな。でもこれは押し付けじゃない。俺が見て来たお前はこう言う人間だったよなっていう経験から出る印象に過ぎない。だから違うなら否定してくれても構わない」

「そう言う言われ方すると否定しづらくなることがわかって言ってるだろ」

「でも、否定しないだろ?」

「またそういう分かったような・・・」

「な?」

「そうだな、否定はしねえよ。俺は俺でありのままで生きてるだけだから誰になんて言われても変わらねえし変えるつもりはねえ。今回はたまたまお前のイメージとありのままの俺が合致しただけだ」

「じゃあ、これからもずっと合致し続けるってことだな」

「なんでそうなるんだよ」


気づけばコーヒーはキンキンに冷え切っており、アイスコーヒーと化した飲み物を俺は一気に飲み干した。


「とりあえずあれだな」

「ん?」


俺は飯沼に自分のも一緒に捨てろと言う意味合いを込めて空き缶を渡しながら言う。


「腹減ったな」

「コーヒー飲んだ後の感想じゃねえだろ・・・それは」






「学費を払わせるのを渋ってるってことか?」


俺と飯沼は高校近くのラーメン屋で醤油ベースのラーメンを啜っている。


「あぁ、簡潔に言うとそういうことだな」

「まあ、そんな感じだとは思ったけど・・・それをあの祖父母に言えていないってことか」

「あぁ、そうみたいだな」

「どうする?祖父母に椿さんが思う懸念点を伝えるだけなら楽だけど・・・」

「あぁ、それじゃ意味がない」

「だよな、一番肝心なことは俺たちが直接働きかけてはいけないってことだよな」

「あぁ、それじゃ、あの関係を気づかせることはできるかもしれないけど修復させることはできない」

「じゃあどうするよ」

「結局のところ、本人たちに話してもらうしかないよ。言ったところで伝わるかどうかわからないけど、言わなきゃ始まらない」

「そうだよな・・・じゃあ」

「あぁ、そうだな」


背脂が残ったスープを意味もなくレンゲでゆっくりとかき回しながら考えていた。人が人を想う気持ちに間違いはない。しかしそれは時に想っているだけでは虚しく人間の心に残り続ける。そんな想いが残り続けると知らないうちに想いではなくなってしまうことがある。想いというのは親しい相手になればなるほど言わなくても伝わると考えている人間もいるようだが、それには些か同意し難い節がある。言わなくても伝わる想いなんて世の中にあるのだろうか。言ったところでその想いが相手に間違いなく伝わっているかどうかを確かめることはできない。そうであるならば、少なくともその想いは口に出さなければ、相手に伝えなければ、その本当の意味を持つことはなく、ひどく勿体無い感情として人の心に残り続けてしまう末路があるだけだ。俺はそんな勿体なく、切なく、儚い感情をたくさん見てきた。そのどれもが人々の大切な想いから生まれ出たもので、どれひとつ届かない方がいいものなんてなかった。そんな自分勝手にも思える俺の想いこそ、誰かに届けなければならないのかもしれないが、それにおいてだけは俺の感情よりも優先すべきその人々の想いというものが前提であるのだから仕方がない。それに今、俺は高橋という人間なのだから、「私」の感情は出すべきではない。


「高橋」

「あ?」

「考えすぎるなよ。お前は真剣と深刻を吐き違える時があるからな」

「あぁ、そうだな。でも、そういう性分なもんでな」

「だからこそ言ってんだよ。戻ってこなくなるだろ」

「戻るに決まってる」


俺たちは席を立つ。衣服に脂の乗った芳しい醤油風味の空気を纏い、ラーメン屋の暖簾を左手で払い除けた。

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