幕間2(1)
時は少し遡る。
「この辺りか、主殿が感知したと言うのは」
街の遥か上空に佇み、そのモノは眼下の街を見下ろしていた。
漆黒の上質なローブを羽織り、フードの奥の闇には2つの青白く揺らめく光が見える。
両腕を広げ、何ごとか呟くと淡い赤き光に包まれた。
しばしのち光が消え、
「ここからでも感知出来ぬか。強力な術者の手によるものか、余程のアーティファクトにより隠蔽されているとみえる。術者であれば厄介であるな」
徐にまた両腕を広げ静かに低い声で、音楽を奏でるような音調で呪文の詠唱が響き渡る。そのモノを中心に魔法陣が広がっていく。直径5メートルほどに広がった魔法陣から、術師であるそのモノを中心に等間隔で、3方向から黒いボロを纏ったモノたちが浮かび上がってきた。
「「「招集の呼びかけに応え、ここに参上いたしました」」」
寒気を感じさせる低く、くぐもった声で言い恭しく頭を下げている。
「配下の者たちと共に、街に混乱を引き起こせ。出来るだけ破壊はするな。下々は相手にする必要はない。冒険者を誘き出すのが目的だ」
「「「御意」」」
3体は下降し、等間隔に広がり呪文を詠唱する。大きな魔法陣が形成され、そこから半透明の幽体が次々に現れる。数多の幽体は街に向かってゆっくりと下降していく。最後にボロを纏ったモノ達も降りていき、
「さて、どこから手をつけていくべきか」
眼下の街を見下ろしながら、ソレは思案していた。
街の中心に程近い高級宿の一室で、1人の少女が眠っていた。同室には3人の仲間が少し離れたテーブルを囲んで話をしている。
眠っていた少女はパッと目を開けると、飛び起きるように身体を起こす。同時にテーブルを囲んでいたうちの1人が天井を見上げた。
「大きな召喚陣が開いた」
「結構な大物がいるみたいね。出かけるのが遅くなって不幸中の幸いかしら?」
「そんなのんびりしてていいの? 結構な数の負のオーラが降りてきてるわよ。この反応ならレイスかしら? リッチも少しいるわね」
「大量だな。目的はなんだ? 範囲広げてるようだが」
「もしかして、エサに喰いついてくれたかもね? ここのギルド支部らの構成なら、レイスくらいなら大丈夫でしょ。リッチはこちらで対処してあげましょ。でも、リッチ程度にあの魔法陣の術式構成は厳しいかしら……他に大物がいるわね。ギリギリまで引きつけて閉じ込めましょうか。シフォール、準備お願いね?」
「随分な無茶振りね。街丸ごとじゃない。ティ、手伝ってね?」
「ここの地霊がどれだけの加護を持っているのかしら。このくらいまで発展した街なら大丈夫でしょうけど、まぁ問題ないわ」
「じゃあ、私はここの奴らの手助けでもして走り回りますか。イレーヌは大物探しだろ?」
「そうね、エサに喰いついてきたのなら目的地は限定されるけど、これだけのレイスを放つってことは撹乱して捜索するんじゃないかしら? どこに現れるか当たり付けないとね」
4人は各々のするべきことを決めると、素早く行動に移した。
「どうなってんだ?! なんでこんなに大量のレイスが出てきてんだよっ!」
最初に異変に気づいたのは、街の警ら隊である。この街は比較的犯罪の少ない街ではあるが、夜間は泥酔者、喧嘩、不審者等どこでも起こりうる。いつものように巡回をおこなっていると、どこからか呻くような声が聞こえてきた。2人1組で行動しており、両名が聞こえたのだ。また泥酔者だろうと、2人は呆れ顔で路地裏の呻き声のする方に向う。月明かりも差し込まない暗い路地の先にぼんやりと白いものが揺らめいている。呻き声はそちらの方から聞こえてきていた。いつもとは違う雰囲気に、2人の唾を飲み込む音が聞こえる。
「おい、大丈夫か? いるんだろ?」
1人が奥に声をかけるが返事はない。
呻き声は徐々に大きくなり、背筋が凍りつく感覚に2人は身動きが取れなくなっていた。奥の白い揺らめきが動く。遠目には、振り返ったように見えた。赤い2つの光を見た瞬間、悲鳴を上げた。
「あっちで悲鳴が聞こえたな? 何があった?」
それほど遠くない場所を巡回していた年配の警ら2人が、悲鳴のあったと思われる方に急ぎ向かっていた。現場に到着し息を飲む。
白いモヤのようなものが、2人の若い警らが倒れているところに、枯れ木のように細い腕を頭に伸ばしていた。ソレは駆け付けた2人を見て、ニヤリと笑ったように見えた。年配の警らは、異常事態に動揺するも、警笛を吹き鳴らし周囲から応援を呼んだ。
警笛の音に、数名の巡回中の者達が駆けつける。その中に、Eランク冒険者がアルバイトとして参加もしていた。
「あれは……ゴースト系か? 一般の警らじゃ太刀打ちできないじゃないか! なんでこんなところに? おいっ! 誰かギルドに行ってゴーストに対応できるヤツらを呼んで来いっ!」
冒険者の1人がそう叫ぶが、様子が変だ。数名は上空を見上げて腰を抜かしていた。その冒険者も上空を見る。
路地からでは分かりにくかったが、複数の白いモヤが漂っていた。
「なんだ……何が起こってる?」
「驚くことはない。この街に用があるからいるだけさ」
哄笑まじりに、路地に佇む白いモヤが言った。
「ま、まさか……レイス……」
冒険者はそう呟くと、
「逃げろっ! 高位の冒険者に誰か伝えろっ!」
動けるものは散り散りに逃げた。路地にはレイスの哄笑がこだましていた。




