1話
「やっと落ち着いたわね」
私は、隣で体をほぐしている同僚のカレナに一声掛け、同じ様に体をほぐしていた。
ギルドの受付嬢として、2年目になる私は、後輩の入って来ないこの職場では一番下っ端だ。
王都への街道沿いにあるこの街は、周辺ではまあまあ大きな街である。
この街で生まれ育った者は、商人や職人として生活をする者が大半だ。中には英雄譚に憧れ、騎士を志す者や冒険者になる者もいるがそんなには多くはいないだろう。
私は、少し離れた村からこの街に来て就職した。
街での生活に憧れもあったが、ぶっちゃけ、村の生活が嫌で楽がしたかったのである。毎日、腰の痛くなる畑仕事や、針子などの内職とか……そんな地味な生活が嫌になって、親と喧嘩して飛び出してきたのよね。
でも、着の身着のまま、ろくな準備もしていなかったし、村での生活でなんて大した蓄えができるわけでも無く、家出同然ですから……街に来たのはいいけれど、知り合いも居ないし住む所も探さなくちゃならない。
なんか楽そうな仕事はないかと、商業ギルドの職業斡旋を頼りに訪ねてみれば、
“冒険者ギルドの顔として、受付をしてみませんか?将来の英雄の手助けができるかもしれない、やりがいのあるお仕事です。事務手続きなどの簡単なお仕事です。初めての方にもわかりやすく丁寧な研修期間あり。寮完備、各種福利厚生も充実しています。あなたの人生に素敵な冒険譚を彩ってみませんか?”
ってのを見つけて、すぐに面接希望を出したわ。受付って楽そうじゃない?
でも、ただの村娘が受付業務なんて簡単に覚えれる仕事じゃなかったんだよねぇ。冒険者でも無いのに、冒険者よりも知識が必要だなんて、全然知らなかったわ……
村でのありきたりな生活の方が良かったかなぁとか、考えたりもした事あったけど、村の生活の方が危険もあったりしたしね。
ゴブリンに畑荒らされたり、夜間に襲撃されて村の娘が拐われたり、家畜盗まれたりとか、森から獣系の魔獣に襲撃されたり……
こう考えると村での生活って、命の危険がいっぱいだったんだなぁって思っちゃう。
やっぱ街での生活の方が安全でしょ。村での閉鎖的な空間と違い、『ロマンス』という出会いがあるわっ!
研修期間中は、事務仕事と給仕係をしながらなんだけど、新しいギルド職員なんてやっぱ冒険者の目に、すぐに止まるわけよね。
あの時は、15歳とまだ若いですし〜。
入ったばかりの頃は、冒険者ってすご〜く頼りがいがありそうに見えてカッコ良かったのよね。
若い冒険者でも、大人の雰囲気があって落ち着いてるっていうか……なんしか、村の男とは比べ物にならないくらいに、イイ!
……なんて思った時期もありました。
ちょっとかっこ良くて好みな冒険者に、言い寄られてふらふら〜っといい関係になっちゃたりとか…………これが若気の至りなのね。
まぁ、そんなロマンスもどきな出会いとか、刺激があったから頑張れて、今の私があるんですけどね。
朝のドタバタも一段落つき、隣のカレナとたわいのない話に花を咲かせていると、チャリンとギルド入り口に設置されているベルの音が聞こえた。扉を開けて入って来たのは、この街では初めて見る冒険者4人組である。
全員女性というのは珍しく、ギルド内での注目を集めてもいた。皆さん20代くらいだろうか?ただ、1人ちっこい娘さんがいる。エルフの子供のように見えるが、人族と違い、見た目詐欺に騙されるが、見た感じ10歳くらいにしか見えない。
受付前のロビーは休憩や待合、食事処も営業して、気軽に利用できるようになっているので、今日は仕事をしない冒険者や、帰って来てのんびりしている人達がたむろしている。
初めてここを訪れた女性ばかりのパーティーに、好奇の目を向けているが、誰も声をかけようとしなかった。
いつもならば、何かしらちょっかいをかける様な声が聞こえてくるのだが、逆に静かになっている。急に静かになったギルド内を、軽く見渡した先頭の女性が、仲間に声をかけた。大きな声ではなかったが、静かになっていたギルド内にはよく通る声だった。
「少し休んでて。ギルドマスターに挨拶してくるわ」
と、受付にお姉さんが1人で来た。
他の3人は手近なテーブルに移動し、給仕係のレティシアに何か注文をしている。
受付に来たお姉さんは、近くで見るとかなり色っぽい人だった。同じ女性なのになんかドキドキしちゃう…………
少し見惚れてしまっていると、
「ねぇ? ギルドマスターに挨拶に来たんだけど、面会できるかしら?」
笑顔が素敵だ…………
お姉さんは、少し首を傾げている。その仕草もなんか素敵……
隣のカレナが私を突いてきて、ハッと我にかえり、
「あっ、ギルドマスターへの面会でございますか? 本日の予定はお聞きしていませんが、急な面会希望でしょうか? もしくは紹介状などはお持ちでしょうか?」
内心、ボゥーとしてたことに焦りながら、事務的な口調で平静を装い、笑顔で応対する。
初めて来る冒険者であるし、ただの遠征がてらの冒険者は、ギルドマスターに挨拶なんてしない。
私の問いかけに、お姉さんは腰のポーチから書状を出してきた。小さめのポーチであるが、出してきた書状は折曲がっておらず、綺麗にまっすぐ出てきたのが見えた。
もしかしてマジックバック? 容量にもよるのだろうけど、かなり高額じゃなかったっけ?
最低でも、金貨100枚からしかお目にかかった事がない。書状には封蝋が施されており、私が勝手に開封してよいものでは無かった。
この封蝋の印璽が、どこのものか調べてもらうのに、紋章官の資格を持っている補佐官に見てもらわないといけないし。
「こちらの書状、お預かりさせて頂きますね。大変申し訳ありませんが、確認の為、少々お時間を頂きますがご了承ください。それと身分確認の為、ギルドカードの提出をお願いいたします」
私は、この冒険者パーティーはどこかの貴族からの依頼か何かで、ここのギルドマスターに書状を届けに来たのだろうと推測し、失礼の無いように事務手続きを行う。
お姉さんは、胸元から銀糸の紐に繋がれたギルドカードを取り出し、私の前に差し出した。
ギルドカードの色は金色であった。
ギルド登録の冒険者は、S〜Fまでのランクがある。Fランクは登録したての新人であり、一人前の冒険者と認められるのが、Dランクからである。
ここのギルド所属には、Bランクパーティーが3組いるが、Bランクのカードの色は銀だ。金色のカードはAランク冒険者であり、王都を拠点にしていたりするようなかなり有名な冒険者が占める。
えっ?と驚いた顔で、お姉さんをガン見してしまった。
妙に楽しそうな笑顔を浮かべて、私の反応を楽しんでいるようだ。
もしかして、有名人?
内心、ドキドキしながらギルドカードを受け取り、カード情報照合確認の為の台座に翳そうとして、いつもとは違う触り心地に違和感を感じた。裏面が、金属特有の硬質な感触ではなく、吸い付くような柔らかな感触であった。
なんだろうと気になり、裏面を見てみると黒い金属のような光沢だが、弾力のある変な物質みたいだ。
ふと、隣のカレナの方を見たら、なんか “えらいもん見てしまった“ って、びっくりしてるんですが?
私の視線に気付いたカレナは、近づいてきて小さく耳打ちする。
「これって、例の黒カードじゃないの?」
んっ?
カレナの顔を暫し見つめて、カードを再度確認し、考える……あれかっ!?
急ぎ、台座にカードを翳して本物か確認し、
「もうしばらくお待ちいただけますか?」
と、お姉さんに申し出て、慌ててギルド内事務所に駆け込んだ。
事務所内にいた補佐官の眼前に、ギルドカードと書状を出し、
「補佐官、補佐官っ! 大変ですよ! 黒カードってこれのことですよね? 本物みたいですけど、これでいいんですよね? ギルドマスターに会いたいってお姉さんがこれも一緒に持って来たんですけどっ、どうしたらいいんですかっ?」
早口で捲し立てた。
補佐官は、キョトンと私とギルドカードを見て、一つため息をつき、机にあった書類の束を手に取り、丸めはじめた。
そのままスパンッと、私の頭を軽く叩き、
「落ち着きなさい」
そう言うと、私からギルドカードと書状を受け取る。
補佐官は、ギルドカードを自分の机にある専用の台座で確認し、書状の印璽を見ていた。
研修の時に教えられてはいたが、今のギルドマスターになって、はや10年。今まで見たことがないと、お局様でもある補佐官が言っていたが、冒険者の中で特殊な任務を与えられる者だけが持つカードらしい。
ギルドの創始者達だけが製法を知っているらしく、発行されるのも創始者達だけからしか与えられないらしい。
ギルドの歴史って、既に500年は経っていたはずだけど、創始者達って事は複数いるんですよね? 皆さんエルフとかの長命種ばかりなんだろうか? 代替わりは違うよね?
疑問に思って、研修時に質問はしていたが、ギルドマスターの中でも上層部しかお目にかかったことがないみたい。
もちろん、ここのギルドマスターもあった事はないらしいし、名前も秘匿みたいだ。
今更ながら、謎だらけの組織図だわ。
補佐官は、そのままギルドマスターの所に上がっていく。
私は受付に戻り、お姉さんに
「お待たせ致しまして申し訳ありません。ただいま、ギルドマスターに確認をしておりますので、もうしばらくお待ち下さい」
そんなに時間はかからずに、ギルドマスターが降りてきた。
ギルドマスターは、お姉さんにギルドカードを返して執務室まで来るように促し、2階に上がって行った。
その様子を眺めていた私は、一段落ついた事に、フゥッと、自然と吐息が漏れていた。
そんな私を隣で苦笑しながら、カレナが声をかけてくる。
「こんな珍しいことってあるんだねぇ。確か、ギルドマスターも初めてのことなんじゃなかった? アレが噂の特殊任務かな? ……でもただの書状にそんなのないか」
「そうだねぇ。でも、Aランクって初めて見たけど、みんな若いよね? もっと歴戦のおっちゃん達がなるもんだと思ってたよ」
入口横の休憩所兼食事処で、屯してる冒険者の皆を少し冷ややかに眺め、視線を軽食をとっている女性パーティーへと移す。
戦士と一目でわかる、通常の大剣より幅広の剣を担いでる、女性の割にガッチリした体格の人。
戦士風の軽装備で、金属製の棍の様だが、両端近くに宝石のような物を装着している武器を持っている細身の品のある雰囲気の人。
エルフと思しき特徴のある、子供にしか見えない人はダブダブのローブ姿であるが、やはり術師なのだろうか?
子供っぽい人は、上品に食事をとっているのが見ていて微笑ましく感じる。
後の2人はエール酒を飲んでるようだ。
他の冒険者は、チラチラとお姉さん達を気にするように見ているが、今日は全然絡みに行かないな?
いつもならば、新参の冒険者に誰かが揶揄うように絡みに行って、それから交友を始めるってパターンなのに。
なんか雰囲気が違うなと、不思議に感じながら彼らの方に視線を向けると、1人のおっちゃんが、受付の私たちの所にやって来た。
冒険者達のまとめ役をしてるおっちゃんの、デイトンさんだ。
この街で20年以上活躍しているCランク冒険者で、新人の教育なんかも見てもらったりしている。奥さんや子供もいるんだから、引退してギルド職員となり研修係をしてくれたら良いのに、『まだ現役を続けるんだ』とか『冒険者とはロマンだ』とか力説してたし。
そんなベテランのデイトンさんが、カウンターに来て小声で、
「今日は珍しい冒険者が来てるじゃないか? リーダーっぽい姉ちゃんが、ギルマスと一緒に上がっていったがなんかあったのか?」
ギルドマスターがわざわざ降りてきて、一介の冒険者と話をするなんて、何かあったとしか思わないよね。
「用件に関しましては、守秘義務により申し上げられません。でも、私もなんの用事か聞いて無いんでわかんないです」
ニコッと営業スマイルで、軽く舌を出して答える。
「それより……今日のみんなおかしくないですか? なんだか妙に大人しいっていうか……いつもだったら、新参の人にはすぐ絡みに行って、揉め事起こしてるじゃないですか? そこから仲良くなるって恒例の行事がないじゃないですか? ……やっぱ女性だから絡みにくいの?」
「ホントよね。なんか近寄り難いって雰囲気が見えてるんですけど」
真面目な営業スマイルから、いつもの軽い馴れ合いの口調に戻して、カレナも同意の旨を伝えて、笑いながら聞いてみた。
「あ〜……近寄り難いって言えば確かにな。命のやり取りを普段からしてる俺らからしたら、あの姉ちゃんらの雰囲気は、迷宮の奥に潜んでる魔物みたいな気配っていうか……未知の脅威にって、警戒心が出てるんだよ」
へぇ、冒険者ってそんな事までわかるんだ。確かに、普段から命のやり取りなんていう物騒なことしてるんだから、そういう感覚が磨かれていくのもわかる気が……する?
冒険者じゃないから知らんけど。
命がけの生活するには、生き残る為の色んな知識や経験、感覚を身に付けるものだと思う。
いつも、無事に帰ってきた人達がドンチャン騒ぎであったり、反省会みたいな事しながら、情報交換をしているのも見かける。他所から来る冒険者達に絡むのも、ここでは得られない経験の情報を仕入れる為であろう。
カレナは、冒険者達の雰囲気から警戒心みたいなのを察知していたみたいだけど……優秀ですねぇ。
私は、他所から来た女性パーティーだから気を使ってるのかと思ってた。ここのギルドでも、女性冒険者がいないわけでは無いが、やっぱり優しく扱ってるみたいだもんね。
「リーダーっぽい姉ちゃんのギルドカード、あれ金色だったろう? Aランクか……他の3人もAランクだろうな。若いのに、どんな経験したらそこまで上がれるんだ? 才能か? 滅多に見ねえAランクだから話してみてえけどな……」
デイトンさんは、お姉さん達の方をチラッと見て、苦笑しながら私たちの方に視線を移し、
「って事でよ、たまには嬢ちゃんらに1番に話をする権利を譲ろうと思う」
ニカっと、いい笑顔で宣いました。
「何が、『って事で』ですか? 珍しくびびってるだけじゃないですか?」
チラッと、お姉さん達を眺めてみる。
言われてみれば、熟練の冒険者って雰囲気も見えるかもしれない。存在感はあるよね。けれど、皆んなが近寄り難いって感じてるほどは、私には感じられない。危機感知能力が乏しい?……一般人ですからね。
「ビビってると言われちゃあ、ちと情けない話だけどよ。何って言うんだ? 怖い先輩とかに話しかけに行くような気持ちにさせられるんだよな…………」
デイトンさんは、ちょっと遠い目で視線を逸らし、苦笑した。
「デイトンさんの先輩って、いつの時代の話ですか? デイトンさんより熟練って、見たことないですもん、知りませんよ。まぁ、わからないでもないですけどね」
私は、怖い先輩と聞いて補佐官を思い浮かべたのだが、まぁ概ね間違っていないだろう。
「仕方ないですね。あっ、竜泉の酔いどれ亭のランチって食べてみたいなぁって思ってたんですよ! 今度連れてってくださいよ?」
この機会に贅沢ランチのおねだりをしてみた。
「あっ! ずるいっ。私も行きたい〜」
カレナが食いついてきたよ。でも、早いもの勝ちだもんね。
デイトンさんはポリポリと頭をかきながら、
「おいおい、えらく高くついたもんだ」
よっしゃ!
「言質もらいましたよ。楽しみだなぁ〜」
私はデイトンさんにとびっきりの笑顔を見せ、給仕をしていたレティシアを呼んで、受付を一時交代してもらう。レティシアから、お姉さん達の注文していた飲み物を聞き出してから、同じ物を持ってテーブルに向かった。
お読み頂きありがとうございます。
初の文章お披露目なので、拙い部分が多々ございますが、ご指導ご鞭撻いただければ励みになります。
社畜のため、なかなか思うように筆が進まず、ネタは完結しているのですがストックが足りない。
頑張ります。