精霊の歌
アランの体感で一時間ほどが経ち、視界に現実の光が戻ってきた。そして目の前にはイザベルも。
「待たせたかしら?」
「ああ。もう帰ってこないんじゃないかと思ったぜ。用は済んだのか?」
「ええ。精霊にも出会えたし素敵な歌も聴くことができた。もうここに用はないわ。さっさと帰りましょ。」
「んん? お、おいお嬢様……そいつぁ魔物か?」
イザベルの後ろでは一羽の青い蝶がひらひらと舞っていた。
「精霊の一種よ。極楽揚羽ね。」
「なんだぁ? 付いて来ちまったんか?」
「いいえ、契約したの。」
「こんとらでぃあ? 何だぁそりゃ?」
「簡単に言えば召喚魔法の上位版ね。」
アランでも召喚魔法ぐらいなら知っている。様々な魔物を喚び出し、己の手足として、時には耳目として使える便利な魔法だ。ただし、その便利さに比例して魔力消費は増す。あまり効率が良いとは言えない魔法である。
ならば契約とは?
「何が違うんだ?」
「こうして一緒にいても私の魔力が消費しないことかしら。それなのにこの子はずっと傍にいてくれるわ。」
「ほぉーん……」
そのような蝶がいたところで何の役に立つのか。アランはそう言いたそうだった。
「アランもさっき聴いたでしょ? あの美しい調べを。」
「お、おお……」
「この子の羽音よ。この子が本気で羽ばたく時、羽は妙なる音を奏でる。調べた通りだったわ。でも予想外だったのは……」
「だったのは?」
「思ってたよりよほど美しい音色だったってことね。命と全財産をかけてまで来てよかったわ。ありがとうアラン。あなた達のおかげよ?」
そう言ってイザベルはふわりとアランに近づき、その胸に身を委ねた。
「お、お嬢様……」
「後はもう帰るだけ。来た道をそのまま歩けば迷うこともないわ。それで、帰ったらどうしたい? 一晩付き合うだけでいいの?」
「お、俺は……」
「旦那ぁー先ぃ行ってますぜー。」
スパラッシュが付き合いきれないとばかりに声を発して、その場から離れていった。
「お、おお……」
「ふふ、スパラッシュさんにも助けてもらったわね。」
辺りは静まりかえっている。極楽揚羽がイザベルの肩にとまっているからだろうか。
「お、お嬢様……い、いや……い、イザベル……」
「なにかしら?」
「お、俺の父親は鉱山奴隷で、母親なんざ名前すら知らねぇ……流れ流れてどうにかゼマティスのギルドに転がり込んで十年ちょい。今でこそ一端の冒険者って顔してるが……あんたとは天と地ほども身分が違う身だ……それでも、あんたを知れば知るほどに……この気持ちが止まらねえんだ!
だから……何が起ころうと必ず守る! だから、だから! お、俺と! 俺と一緒になってくれ!」
「そう。守ってくれるのね。私を妻にしたらきっと大変よ。もしかしたら王太子殿下が激怒して攻めてくるかも知れない。殿下はお一人でも屈強な上に近衛騎士団は精強。それでも守ってくれる?」
「当たり前だぁ! 殿下だろうが国王陛下だろうが、誰にもイザベルを渡すもんかよ!」
その時だった。極楽揚羽が再び舞い始めたのは。
©︎遥彼方氏
すると二人の周りに赤い花が次々と生えてきた。先ほどまでは森の真空地帯と言っていいほどに何もない空間だった場所に。
いや、それだけではない。
先ほども聴いた精霊の歌が辺りに木霊し始めた。より、澄んだ音で。
※
「お、おい、こりゃあ……」
「アラン。この子が証人よ。私たち二人の結婚の。」
「なっ!? い、いいのか……本当に? 俺と一緒になってくれるのか!?」
「もちろんよ。私は最高の男にしか興味がないの。だからあなたに出会えて嬉しく思っているわ。ちなみに精霊は嘘を嫌うの。さっきのあなたの言葉には一片の嘘もなかった。だから私も本気で応えたわ。アラン、これからはずっと一緒よ?」
「おっ! おお! おお! ずっと、ずっと一緒だ! 俺はやるぜ! イザベルも! そして子供たちだって! 守り抜いてやるからな!」
「ばかね。気が早いわよ。まずはこの森を無事に抜けてからの話だわ。しっかり守ってね?」
「おうよ!」
アランは知らないことだが、この赤い花。名前を彼岸花と言う。別名はあの世に咲く花。一説には……この花の前で不実な行いをした者は命を吸い取られるとも、その身を焼かれるとも。
『大森林の深奥 禁忌の祭壇
覚悟なきもの その身を焼き
資格ありさば 祝福を得る
しかるのち 精霊たちは歌い踊る
其の歌 聴きしものに告ぐ
汝が望みは 叶うだろう』
結果としてイザベルは精霊と契約を結ぶことができ、アランは最愛の女性と結ばれることになった。各々が誠実に全力を尽くした結果がこれである。
命を懸けた大冒険の結末としては上々であろう。
ただ、いくつか謎が残る。イザベルが何のために極楽揚羽を探し求めたのか。そして、一体どうやって契約を結ぶことができたのか。
もしかすると極楽揚羽の嗜好と関係があるのかも知れない。
例えば、魔力の高い生物の血を好むところなど。それも、穢れなき心を持つ乙女の血を。
かくして五人の冒険は終わった。
スパラッシュは今回の経験を活かし、ダインクライ大森林の斥候、兼凄腕ガイドとして活躍の場を広げた。
ロバートとバーンズはベヒーモスの素材を手に入れたことからゼマティス領ギルド最強の二人と目されている。
そしてアランとイザベルは……
「お嬢様! よくぞご無事でお帰りくださいました!」
「ただいま、と言っても門の中に入る気はないわ。ここに来たのは父上、いやゼマティス卿に伝言を頼むためよ。」
「お嬢様……」
「私はこのアランと結婚することにしたわ。それから大森林の中心まで行ったの。そして精霊と契約をした。その二点を頼むわね。」
「お、お嬢様……かしこまりました……そ、それでこれからどちらに行かれるのでしょうか?」
「どこに行くのアラン?」
「王都だ。」
「ですって。じゃあねマリー。もし王都に来ることがあれば連絡してね?」
「か……かしこまりました……アラン様、どうかお嬢様をお願いいたします……」
「おうよ! 任せとけ!」
そう言ってゼマティス家の門前から去っていく二人。
そんな二人を屋敷の窓から見つめているのは当主アントニウス。悲しそうな顔をしながらも勘当を取り消す気はないようだ。
やがてため息をつきながら何やら机の引き出しを漁り始めた。取り出したのはゼマティス家の紋章入りの短剣と一袋の金貨だった。しかし、どうやってイザベルに届けるか思案を始めた。どうやら不器用な父親らしい。
「ねえアラン。なぜ王都なの? 王太子殿下がいるわよ?」
「だからだ。お前を狙う男はごまんといるんだろ? そんならその中でも一番厄介な王太子をどうにかすれば後は何とでもなるだろ。」
「なるほどね。無茶だわ。でも素敵よ。」
「たった五人で大森林に行くより無茶な事なんかあるかよ。さあて、王都は遠いけど今の俺らなら楽勝だな。足が軽くて仕方ないからよ。」
「それもそうね。楽しみだわ。ねぇアラン……」
「ん、どうした?」
「大好きよ。」
その時のイザベルの顔は年相応、十四歳の少女らしい無邪気な微笑みを湛えていた。
「お、お、おお、おお! お、俺も、だ、大好き、だ、だぜ!」
逆にアランからは歳上の威厳が少しも感じ取れない。まるで思春期の少年のようだった。
二人の道ゆく先には何が待っているのだろうか。だが、極楽揚羽がともにある限り、精霊の歌が聴こえる限り、二人の未来は限りなく明るいはずだ。
二人が己を曲げない限り。
これにて完結です。
お読みいただきありがとうございました!
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https://youtu.be/BOq6jPjhESo
仙道アリマサ 氏の曲です。
この曲のおかげで生まれた物語です。
素敵な機会を提供していただきありがとうございました。
https://mypage.syosetu.com/2082320/
遥彼方 氏
イラストの使用をご許可いただきありがとうございました!
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このイラストについての詳細はこちら↓
『イラストから物語企画』
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/828137/blogkey/2660567/
今回の作品と同名の登場人物が現れる作品↓
『異世界金融 〜 働きたくないカス教師が異世界で金貸しを始めたら無双しそうな件』
https://ncode.syosetu.com/n5466es/