天の裂ける音
アランは愛剣を大きく振りかぶり、ベヒーモスの左前脚に斬りかかった。
スパラッシュは懐から球ような何かを取り出してベヒーモスの目に向かって投げた。
ロバートとバーンズはアランに続き、ベヒーモスの前脚、正確に言えば前脚の爪の付け根を狙っていた。
「グオオオ!」
軽く嘶いたベヒーモス。虫が邪魔だとでも言いたいようだ。軽く前脚を振る。
それだけでアランとロバートが吹っ飛ばされた。爪に斬り裂かれなかったのはさすがと言うべきだろう。
一方、スパラッシュが目に投げた何かは一瞬遅れてベヒーモスの目の前で破裂した。
「グオウッ!」
何かが目に入ったらしく不快そうに顔を振った。
「隙ありだ……」
バーンズだ。前脚を振った後、地面に付けたその足。爪と爪の間を目がけて剣を突き刺した。
ベヒーモスにとっては蜂に刺された程度のものだろう。致命傷にはほど遠いが痛いことは痛い。必然的にバーンズが標的となる。ただ鬱陶しいだけの小虫ではなく、明確に潰したい虫として。
「……ちっ……」
「おうロバート! バーンズの援護するぞ!」
「おお! あいつばっかにいいカッコさせられっか!」
【ロアージ セルメイ ボイクス ゴウジュ】
身を削って戦いを続ける四人の耳にイザベルの詠唱が聴こえる。苛烈な戦場にあって、それはまるで一節の詩のようでもあり……
【ハビドレ ソリティエ モタント サンレ】
愛の囁きのようでもあった。魔力を紡ぐ、それ以外に何の効果もないはずの詠唱なのに……四人は、四人の体はやけに熱く、奮い立った。
「おらぁ! こっちだベヒーモス!」
「へっへっへ! まぁた目ん玉狙っちまうぜぇ!」
「おらおらおらぁ! 前脚とったらぁぁぁ!」
「……堅いな……」
【イノセン ライエン リーゲル フラン】
刻々と高まるイザベルの魔力。当然ベヒーモスの興味を惹くことになる。
「グガアォォア!」
「させっかぁ!」
「こっちこっちぃ!」
「あぐぁああああーー!」
「ロバート!」
牙を剥くベヒーモスの眼前に躍り出た四人。最初の犠牲者は……ロバートだった。
前方に突き出た二本の牙、その左の牙に……腹を突き破られた……しかもベヒーモスはそのまま頭を振り上げ、ロバートを空高く放り投げてしまった。
「やべぇ! バーンズ! ロバートの着地に備えろ! お嬢様は俺とスパラッシュが守る!」
「……任せる……」
【ネトエル プラジル サージア レイル】
凝縮された魔力がイザベルを中心として渦を巻く。とても人間一人が制御できるようなものではない。例えるなら天を埋め尽くす黒雲か、海に荒れ狂う大渦か。一つ間違えばイザベル自身をも焼き尽くすほどの……
ベヒーモスの狂える赤き双眸がイザベルを射抜き、突進を始めんと足場を慣らす……ざっ、ざっ、ざっ、と……
「隙ありだバカ野郎ぉぉーー!」
『無尽流奥義 変移抜剣霞断ち!』
巨木のようなベヒーモスの左脚が真っ二つ……とまではいかなかったが、その六割ほどにはアランの剣が食い込んでいる。
この魔物はかなりの巨体である。必然的に自重を支え切れず、姿勢を崩した。
【一切群生 焼き尽くし 必至滅土 遍く灰塵と化せ】
『グァゴオオオオオオオオオーーーーーー!』
動きを止めても戦う意志までは止まらないベヒーモスだ。渾身の魔声がイザベルのみを標的として放たれた。
「やらせっかぁー!」
身を盾にして防いだアラン。その手に剣は握られていない。ベヒーモスの脚に食い込んだままだ。
ただの大声などではない『魔声』だ。迎え打つこともできず、アランの体はどこか遠くへ吹き飛ばされてしまった。
これで邪魔はいなくなった……とベヒーモスは考えたのだろうか。
だが、もう遅かった。
【無量光明雷】
薄暗い森が、一瞬にして光に包まれた。
何も見えない。
目の前にはただ、目を閉じてすらどこまでも真っ白く感じる空間と、一瞬遅れて聴こえた轟音のみ。まるで天が裂けたかと錯覚するほどの……
眩しかったのは一瞬だけ。
森はすぐに元の薄暗さを取り戻……さなかった。大きな穴が空いていたのだ。鬱蒼と茂っていた森の天蓋に。
「とうとうやっちまいやしたねお嬢様。」
不自然なほどに静かな森。イザベルにはスパラッシュの声が心地よく響いた。
「スパラッシュさん、どうにか無事みたいね。」
「へへっ、あっしぁ逃げ足だけゃあ早ぇんで。それにしても、あのバカでけぇベヒーモスが丸焦げになってやさぁ。太陽でも落ちてきたんかと思いやしたぜ。」
丸焦げになっているのはベヒーモスだけではない。
ベヒーモスを含む、周囲ごと……半径にして三十メイルほどが全て。土も木も草も真っ白な灰になっていた。むしろ原型を留めているベヒーモスを褒めるべきであろうか。
「ふふっ、疲れたわ。少し眠るわね……」
そう言って、イザベルは意識を手放した。地べたに倒れ込むイザベルを、スパラッシュは慌てて支えるのだった。そして他のメンバーを探しに行きたいが、イザベルを放置もできないと悩むのだった。
次回で完結です。