ダインクライ大森林
大森林の奥地に向けて一直線の道を歩くこと三時間。
やはり最初に疲れが見えてきたのはイザベルだった。
「そろそろだな。日が暮れる前に野営の準備を終わらせるぞ。」
「もう? 私ならまだ大丈夫よ?」
「大森林を甘く見るなよお嬢様。ちょっと薄暗くなったと思ったら、もうすーぐ真っ暗なんだからよ。それに、バテバテに疲れる前に休むのも大事なのさ。」
「なるほどね。やはりアランに頼って正解だったみたいね。」
「へへっ、当ったり前だろー? 俺に任せとけって。」
「旦那ぁー。喋ってねぇで動いてくださいや。火起こしぁ旦那の担当ですぜー?」
「おっと、悪ぃ悪ぃ。じゃあお嬢様はゆっくり座っててくれや。翌日に疲れを残さないことが大事だからよ。」
「ええ、ありがとう。頼むわね。」
そこらの倒木に腰をおろし、アランたちの動きを興味深そうに見つめるイザベル。彼女ほどの高位貴族であれば、まず目にすることのない光景だろう。
どこからともなく木々を集めて火を起こすアラン。
天幕を張り、今夜の寝床を設営するスパラッシュ。
何やら食材らしいものを刻み、食事の下拵えをするロバート。
周囲の警戒を怠らないバーンズ。
四者四様の動きを見せていた。
「お嬢様はあっしらと同じテントでいいって聞いてやすが、本当によろしいんで? 正気ですかい?」
「いいわよ。荷物は少しでも減らしたいってアランから聞いてたし、あなたたちって私を襲うような低脳とはほど遠いわよね? 気にしてないわ。」
「いや、まあ、お嬢様がいいんならいいんでやすがね。最近の貴族ぁ変わってやすねぇ……」
「できたぞ。お嬢様とスパラッシュ、先に食え。」
ロバートが料理を持ってきた。イザベルの拳ほどもある肉とシチューだ。
「あら、おいしそうね。いただくわ。」
「お先にいただくぜ。悪いな。」
普段から美食を食べ慣れているはずのイザベルだが、思いのほかスプーンが進んでいるようだ。
「どうです? 旨いでしょ。ロバートのやつはあれで料理上手なんでさぁ。いつか引退したら店を持ちたいだなんて言ってやすぜ。」
「そうね。夕暮れの空を見ながら食べる食事がこんなにおいしいなんて知らなかったわ。食材も鮮度抜群、おまけに切り方に迷いがないから食材本来の味を損なってないわ。いい腕ね。」
「おうおう、嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。おかわりいるか?」
「いただこうかしら。あなたのお店、いつか行きたいわね。」
「なんだぁ? 話したのかスパラッシュ。まあ、なんだ。そのうちな。」
「楽しみにしてるわ。ところで、こんな場所で火なんか焚いてていいの? 魔物が寄ってこないのかしら?」
魔物にもいろんな種類がいる。火を恐れる魔物もいれば……
「ええ、来やすぜ。でやすが、焚いてねぇと虫や小せえ魔物がわんさか寄ってくるんでさぁ。まだ大物に来られた方がマシってもんでさぁ。」
「なるほどね。知らないことだらけだわ。やはり一人でこんな所を進むのは無理ね。」
「夜の見張りは交代で行うがお嬢様は気にせず寝てくれや。明日からはますます歩くのが大変になるからよぉ。」
「甘えさせてもらうわ。」
スパラッシュが張った天幕を囲うように四ヶ所で火が焚かれていた。夜の大森林は冷えるため、その対策もあるのだろう。
「おーしロバート。俺にも飯くれ。」
「おう。食え食え。」
アランがイザベルの隣に腰をおろす。
「そんじゃあっしは見張りにいきやすかい。」
「ちょっと待って。これはがんばるみんなへのサービスよ。」
『浄化』
イザベルが何やら魔法を使うとスパラッシュの服や体から一切の汚れが消えた。わずかな汗臭さすら残っていない。もしも体のどこかにダニが付いていたとしても、いなくなったことだろう。
「おお……こいつぁすげぇ……まるでひとっ風呂あびた後みたいでさぁ。ありがとうございやす!」
「みんなもよ。」
『浄化』
「おお、こりゃすげぇな。でもいいんかよ? 魔力の無駄遣いじゃねえのか?」
「お嬢様の魔力量からすれば微々たるもんだろ。な?」
「ええ、気にしなくていいわ。私のために働いてくれてるんだし。このぐらい何てことないわ。じゃ、私は先に寝るわね。もし、手に負えない大物が現れたら起こしてくれていいわ。」
「おう、悪いが頼むわ。」
「おやすみ。いい夢見てくれよ?」
アランはイザベルのそばに行きたそうな顔で見送った。
「で、アランよぉ。マジで大物が出たらお嬢様に頼むつもりか?」
「大物にも色々いんだろ。俺らで勝てる相手ならそのまま寝かせておきゃいいんだ。」
「いやいやそうじゃなくてよ。確かに魔力ぁやべぇけどよ。いざ魔物を目の前にしたらビビって使いもんにならねぇんじゃねぇのか?」
「くく、あのお嬢様に限ってそりゃあねえよ。ロバートも知ってんだろ? お嬢様が学校も行かねぇで遊びに歩いてたって話。じゃあどこで遊んでたんだって話じゃねえか?」
「お、おお、そりゃあまあそうだけどよ。どこなんだ?」
「ここだよ。厳密に言やぁこことは違う大森林のどこかだな。」
「はぁ? 一人でか? いくらなんでもそりゃあねぇだろ?」
「お前らに払った報酬。あれだけもの大金をなぜお嬢様が持ってたと思う? ゼマティス卿は子供にも厳しいことで有名だ。多少の小遣いならともかく、あれだけの大金だ。例え長男だろうと渡すわけがねぇ。人生が買えるほどの金だぜ? じゃあどうやって工面したのか? 簡単だ。お嬢様は自分で魔物を狩ってギルドに納品したんだよ。それも大物ばかりを、数年かけてな。だから戦えば勝てることは分かってたんだろうさ。だが、継戦はできないし、奥まで踏み込むこともできない。ついでに言やぁ一人じゃ本当の大物には勝てねぇ。だから俺らが必要なんだよ。」
コカトリスを難なく仕留めたことからもイザベルの経験が窺い知れる。
「なんとまあ……それだけのモンが大森林の中心部にはあるってのか。貴族の考えは分かんねぇなぁ。」
「たぶんゼマティス卿にすら分からねえだろうさ。だから勘当されたんだろ。まったく、とんだお嬢様もいたもんだ。あれでまだ十四歳ってんだからよ。ふふ。」
「アランほど名うての男が十四のガキにイカれたって聞いた時ぁ遊びすぎてついに狂ったんかとも思ったけどよ。今なら分かる気もするわ。ありゃあ魔性の女になるぜぇ。」
「もうなってるさ。」
冒険者たちの夜は更けていく。




