2章 29話「仲間のピンチに冷静になることを選択する話」
こんちわ。私はキアーラ・カサッツァです。
臥薪嘗胆という諺があります。
薪の中で臥せて苦い肝を舐める事らしいです。
薪の中だと硬くて臥せにくいですし、苦い肝を舐めるのは大変そうです。
どうせなら甘いのがいいです。
「ぐぅっ!」
王虎の呻き声で我にかえる。
くそっ! 惚けている場合かよ!
俺は座っていたソファから飛び降りる。
「おい! 危ないぞ!」
警官達が叫びながら俺に手を伸ばしているのが視線の隅に映るが、座り込んでいるため届かない。
なにが危ないだ。危ないのはお前らだ。
今すぐぶち殺したい気持ちを押し殺して、うつ伏せに倒れている王虎に駆け寄る。
傷の様子を見なくては……。
くそっ血が一杯出てるじゃないか!
王虎を仰向けにしようとするが脱力した王虎が重くて出来ない。
早く止血をしないと!
くそっ! 血で手が滑ってうまいかないっ!
「離れるんだ!」
くそっ! くそっ! うまくいかない!
「君っ! その男は危険だ!」
「うるせぇ! 邪魔すんなっ!」
肩を掴む手を振り払う。
大丈夫なはずだ、コイツの筋肉の鎧は伊達じゃない。
筋肉で銃弾が止まって効かないなんて前世じゃよくある事だ。
止血さえすりゃ、問題ないはずだ!
「いい加減にするんだ!」
また肩を掴まれ無理やり後ろを向かされる。
視線をあげるといつのまにか警官がそこに立っていた。
苛立ったような顔をしながら俺を見ている。
「そいつは危険だ! 後は我々に任せてこっちに来なさいっ!」
警官がまるで俺が悪いかのように怒鳴りつけてくる。
なんだコイツは。
苛立ちながらも睨みつけてやると、その目には俺を心配するような色が見える。
なんで俺を心配してくるくせに、邪魔をしてくる?
このままでは王虎が死んでしまうではないか。
思考が上手くまとまらない。ダメだ。焦るな。
混乱している自分は切り離して、冷静な自分だけで考えろ。
最優先の事項はなんだ。 ___王虎の救護だ。
どうすれば実行できる。 ___止血をして然るべき場所に連れて行く。
何故すぐに実行しない? ___障害がある。
なにが障害だ。 ___目の前の警官どもだ。
つまり、要するに、邪魔なコイツらは……。
___敵だ。
警官を冷静に観察する。警官は3人。
目の前の警官をAとしよう。後ろのがBとCだ。
Aの左手は俺の肩を掴んでる。右手の銃は王虎に向いたまま。
注意は俺に向けていてワンハンドで銃を構えている。
今は震えていないが、コイツの腕は先程まで極度の緊張で強張っていた。
怯えていたコイツらはちょっとした事に過敏に反応するだろう。
例えば___
「あっ。うしろ」
俺が声を上げると警官が後ろを振り返る。
当然そちらを見ても仲間のBとCがいるだけでなにもいない。
Aが邪魔でBとCからは俺が見えない。そして撃てない。
俺は肩を掴まれた腕を払いながらAが持つ拳銃を掴む。
間抜けが気付きこちらを振り返る。
それにあわせて俺は一本背負いの要領で、銃を持っている方の腕を肩に担ぐ。
Aはなにが起こったか確認し、俺を見てどうするか迷う。
その逡巡の間に、俺は肩に乗った腕を支点にテコの原理で銃を下向きに捻る。
俺が子供なので警官は引き金を引くことはできない。故にその手から銃が外れる。
そして拳銃は俺の手に渡る。
「おいっ!」
背後でAが叫びながら慌てて俺を再度掴もうとする気配がする。
叫ぶという無駄な動作で時間をくれる。
俺は糸が切れた人形のように一気に脱力して膝を落としそれを回避。
Aの腕が頭の上を通り過ぎるのを感じながら、前周り受け身の要領でAから距離を取る。ほかの警官BとCの射線に間抜けを入れて盾にするのを忘れない。
そして振り向きざまに銃を構え、俺を掴もうとするAに銃口を向ける。
「ふざけるのも大概に……」
Aは構わず接近しようとするが、俺の手元を見て動きを止めた。
手が小さいため完璧ではないが、俺が銃の扱いを知っている人間の構え方、ツーハンドホールドで銃を構えていたからだ。
素人の構えとプロの構え方では、握り方もサポートハンドの使い方も明らかに違う。
まだ一般に銃は浸透していないこの世界で、子供がまともに銃を構えている事がコイツらに警戒心を抱かせる。
「両手を上げて後ろに下がれ」
努めて冷静に事務的に告げる。
「冗談はよしなさい。それはおもちゃじゃないんだぞ」
Aが貼り付けたような笑顔をしながら諭すように言ってくる。
「冗談に見えるなら、警官やめたほうがいい。そしてもう一度言う両手を上げて後ろに下がれ」
Aは両手を中途半端に上げながら答える。
「あまり聞きわけがないとお兄さんも怒るよ?」
手を上げてはいるが、即座に対応できる程度でしかも下がれと言う命令には従っていない。
「それは怖い。ビビりすぎてさっきのあんたらみたいにガクガク震えちまいそうだ」
俺の煽りに羞恥心を煽られたのかAの顔が赤く染まる。
「大人を馬鹿にするんじゃない! 逮捕するぞ!」
誤魔化すように大声で叫ぶ様に、俺は不自然にならぬよう数歩後ずさる。
「馬鹿じゃなきゃ、いきなり人を撃ったりはしない」
もう少し距離を稼ぎたいので会話を続ける。
「そうか、何故君のような子供がそいつを庇うのかと思ったが、我々がいきなり人を撃ったから悪い人だと思って、怒っているんだね?」
合点がいったと言うように手を打ち、うんうんとオーバリアクションで頷くA。
その裏で入り口付近にいた警官BとCがジリジリと俺を囲めるように移動している。
俺もジリジリと後退する。
「それは誤解だ。この男は極悪人だから撃たれて当然なんだよ」
手を打ったタイミングで両手はもう降ろされており、更にAもジリジリ距離を詰めて来ようとする。それにたじろぐように俺は更に数歩後ろに下がる。
「怖がらなくてもいいんだ。さっきは怒鳴ったりしてすまなかった。我々は君の味方だよ」
そう言いながらAが僅かに腰を落とす。飛びかかってくるつもりだ。
だがもう遅い。これが俺の逃走経路よ。
俺はニコリと笑顔を見せ、Aに向けていた銃を下げて床の方に向ける。
説得が通じたと思ったのかAも安堵の息を吐き姿勢を戻す。
「何もかもが青臭くて拙い。スラムの子供の方がまだマシな駆け引きをするぞ?」
なんでそこで、すぐ飛びかからないかね?
俺は肩をすくめ、床に向けた銃をそのまま少し横にずらし、そこに倒れている人間に向ける。
「館長を殺されたくなかったら、両手を上にあげて入り口の外まで下がれ。それと車のキーと包帯と、ついでにアンタらの財布も貰おうか?」
館長の頭に銃をグリグリと突きつけながら、映画のようなセリフを吐いている俺はさぞかし悪そうな顔をしているだろうなと警官らの引きつった顔を見て思うのだった。
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