2章 22話 「アイドルという存在の定義は昭和から永劫変わらないという話」
どうもこんにちは、キアーラ・カサッツァです。
前世ではアイドルの交際が発覚すると、それはそれはものすごい勢いでバッシングが起こっていたものです。しかし私はそりゃアイドルやるくらい見目麗しいんですから交際くらいするでしょうよと思ってました。だいたい生身のアイドルを推すからそうなるんですよ。
ヴァーチャルならそんなことないですよ。
「アイドルでの人気が出れば出るほど、彼女達を買いたいというお客様が出てくるはず。そうすれば、今までお客様がつかなかった子も可能性が出てくるわ」
マダムが俺を咎める様に言う。
だが、さもありなん。彼女からしてみればこれは大きな商機足り得るのだから。
今まで人気がなくお客がつかなかった子でも、アイドルという付加価値をつければ、金払いの良い太い客がつくかもしれない。
そしてそうなれば、それはその子が生きる術を手に入れたことになるのだから。
だが、俺はアイドル達に客を取ることを禁じている。
これは男女関係なくうちの所属あっても、パピヨンから預かっている子でもだ。
今まで理由を深く追求されることはなかったが、俺がパピヨンを見て、働く人達を見てその覚悟を見て、彼女達が自分たちをさらけ出したこのタイミングで、改めて聞いてきたのだ。
自分たちの覚悟を知ったうえで、一方通行の正義感や憐れみで子供達の生きる可能性を捨てるのかと。
このパピヨンで自分たちの日常をあえてさらけ出すことで、マダムは俺に誠意を見せてくれた。だから俺はこの問いに真摯に答えなければならない。
それがお互いを尊重することが出来るかどうかと言う事なのだから。
俺はマダムの鋭い眼差しを見返しながら答える。
「客は取らせません」
その答えを聞いたマダムはソファの背もたれに寄りかかりながら、いつもの笑顔になった。娼館のオーナーモードだな。いつもと違うのはその瞳に失望が浮かんでいるところか。
だがこちらとしてはその反応は心外と言うものだ。
それじゃまるで、俺が彼女達の覚悟を蔑ろにし、憐れみ同情し省みないダメンズの様なリアクションだ。そんなアホと思われたわけだ。
しかし俺は大人だからな。馬鹿にされても、やれやれと肩をすくめて小馬鹿にした表情を浮かべるにとどめ続ける。
「何か勘違いがある様ですか、その選択をしないのは、あくまで商売戦略的なものです」
「……商売? 戦略?」
俺が、えぇ? わからないっすかぁ? という表情をすると、マダムがいつもの笑顔のまま片眉だけピクリとあげる。
『馬鹿にされたと見るや、すぐに煽る君はとても大人気ないね?』
全然煽っていませんけど? 紳士的な対応ですけど?
頭上からも心外なことを言われたけど俺は大人だからスルーだ。
『きっちり反応を返してるね?』
スルーだ。
そして俺は決してくだらない正義感のためではなく、ましてや憐れみから客を取らせないのではなく、それが商売を成功させる為であることをマダムに強調する。
そして今からいうことが、重要である事を強調するためにテーブルに両肘をつきゲンドウポーズを決めてから言う。
「アイドルは、うんこをしないしSEXもしない」
「……どういう意味?」
俺のイカれた断言に、マダムが困惑する。
そしてテーブルが低くソファからも距離があるため、両肘をつくためにソファとテーブルの上で、全身が床と水平になっている俺の体勢にも困惑している。
『昔のバラエティで池に落ちない様にしている芸人の様だね?』
なに? お前昭和生まれ? 風雲たけし城観てた? 竜神池のことでしょ?
『どちらかというとローラーゲームだね?』
まじか、お前話せるじゃん。
ルナとジブラルタル海峡の話をしようと思ったところでマダムが困惑顔のままだったことに気づき、ソファに座りなおし一つ咳払いをして居住まいを正す。
「アイドルは手が届く存在ではいけない。虚構であり偶像だからこそ熱中できるんです」
握手やサインまではセーフ。だがそれ以上は不可侵でなくてはいけない。
アイドルはファンタジーでフェアリーテールなのだ。
そう力説する俺にマダムが反論してくる。
「虚構であり偶像であるというなら私たちもそうよ」
まぁ、その通りだとは思う。
お客様相手に色々と演技をしたりするからね。
そしてその技術もパピヨンの人たちは超一流だと思うし、さらに日々研鑽しているだろうし。そう思いながらも俺は否定の言葉を告げる。
「だが幻想ではない」
「幻想?」
「妄想と言い換えても良いです」
いよいよ、よくわからないという顔をするマダム。
男達の希望、願望、理想、妄想、幻想を煮詰めてた出来たのがアイドルで、そこにいるのに実際には、この世に存在しない。それがアイドルだと俺は説明する。
「……要するに男にとって都合のいい女性像ってことかしら? だったら益々私たちもそうよ? お客様に合わせて色々変えているもの」
パピヨンの客が聞いたら大いに嘆くだろう発言に、少なからず俺も恐怖を覚える。
いや、俺も騙されるのはノーサンキューな訳で。
怪盗の三世やスペース蛇の様に女性に騙されてなんぼみたいな境地には達していない。
「騙してないわよ? ただいくつもの顔があるだけ」
ナチュラルに考えを読まれたし、そろそろ心が折れそうだけど頑張ろうと思う。
「でもうんこしますよね?」
俺の発言に引き気味に呆れるという、レアな表情でマダムが一応といった感じで首肯する。
「そこなんですよね」
「……どこ?」
「例えばお客さんがうんこしない女性がいいって思っていても、現実無理じゃないですか?」
「……」
マダムの何いってんだこいつという目が痛い。
「それは何故かというと人間はうんこする生き物だからです。人間である以上うんこしない女性足り得ないわけです」
「……」
くっ! めげない! しょげない!
「つまり逆説的にそのニーズに応えようとする場合、人間だと不可能なんですよ」
「……」
泣いちゃダメェ〜。
「なんで人間だとダメかというと、お客も人間なので、人間が出来ること出来ないことを知ってるんですよね。だから人間である時点でもう、うんこするってバレているわけです」
「……」
マダムの表情がだんだんなくなっていく。
結論を急がなくては!
「だからどんなに突拍子のない妄想理想を抱いていたとしても、人間相手だと現実と言う名の壁の前に妥協しなきゃならないわけで、例えば純情可憐な気になる女の子がいて、なぜか都合よく帰り道が同じ方向で、なんとなく一緒に帰っているうちに俺のことを好きになってくれるはずなのに、実はその子には不良系の彼氏がいたり。気になある優しい女の子が、川の近くで捨てられた子猫を見つけたけど、家で飼えなくて、でも可哀想だからどうしようって、困っているところに俺が通りがかって、なし崩し的に飼うことになったけど拾ったのは自分だから、毎日責任を持って見に行くねって言う口実で俺のことを好きになるはずが、普通に彼氏が引き取ってくれることになったり、突然隣の家にえっちい感じのお姉さんが引っ越してきて、なぜか俺のことを好きになるはずが、引っ越してきたのは中年のおっさんで、なぜか顔を赤らめてたりと、そう言う現実が歯止めをかけるんですよ?」
『いや、全く結論を急いでないね? そして聞くに耐えないほど不快だね?』
キモい自覚があるから「だからどんなに」のところまで聞いてくれればいいよ?
『一番最初だね?』
そうだにぇ?
俺の行き過ぎた熱い想いを聞いたマダムは息をスゥーっと吸う。
「……つまり? 結論は?」
無表情で結論を促されました。震えてきやがった……怖いです。
「まぁ、つまりは性行為という人間の三大欲求、生理現象を見せることで、人間という同じ枠で括られるわけです」
そうすると客が勝手にこちらが応えられるニーズの限界を決てしまうわけだ。
現実の人間だからどうせ、こんなもんだろう? とね。
本当はその限界を超えた先に真の性癖があるのにだ。
俺がそう告げるとアダムが柳眉を逆だてる。
「私たちではその性癖に応えられないと?」
「あなたたちというか、人間には無理なんですよ」
プライドを刺激され言葉に棘があるマダムを、まぁまぁと宥めながら俺はいう。
「つまり、それが可能なのが偶像だと言いたいの?」
「そうですね。一切の人間性を排除して男達の希望、願望、理想、妄想、幻想だけを見せます。それ以外は徹底的に秘匿し、存在しないものとします。アイドルはトイレにもいかない」
先ほどと同じことを言ったが、先ほどと違いマダムの表情は真剣だ。
「そんなことはあり得ない」
「だけど、ほんの少しでも、もしかしたらと思わせたら、思わせることができたなら?」
馬鹿馬鹿しいとわかっていても、あり得ないとわかっていても、人間は自分に都合のいいことを信じたいと思う生物だ。ほんの少しの可能性を見せてやれば___
「……諦めていた性癖を満たすために追い求める?」
「そうです。他では満たせないのですから、手に入るまで追い求めるでしょう」
それは前世のオタクたちが立証してくれている。
アイドルと付き合えるわけでもないのに、もしかしたらとサイン会や握手会に行って、グッズを買いあさっていた。
「それなら、身体を重ねても満たされるまでは追い求めるのではない?」
「いいえ。男は一度でも抱いたなら自分のものだと思います。そしてその時に性癖が満たされなければ、失望しもう飽きる」
もっと言えばそれ以外のファンが発狂し大炎上するだろう。
これもまた前世で嫌という程立証されている。
本当に嫌という程。
「パピヨンは一回で飽きられるような仕事はしていないわ」
当然、俺の前世のことを知らないマダムは客を取れるかもしれないという可能性の方を重視する。
「今お客を取れているような人たちは大丈夫かもしれませんね。でもアイドルを目指している子達は? その力がありますか?」
「なるほど。そういう事ね」
マダムが得心いったと頷く。
アイドルとしての付加価値は幻想だからこそ高いのだ。
客をとって人間になった時点で価値がなくなる。
そこからは純粋な娼婦としての技量がモノを言う。だが元々それが難しいからアイドルをやるのだから本末転倒だ。
「でも、いくらこちらがお客様を取らないと言っても、力で無理やりということもあるのではない?」
流石だ。マダムはアイドルというビジネススタイルの危険性に早速気づいたようだ。
アイドルの天敵、権力者とストーカーだ。
だがすでにその対策はなされている!
「そのためのバンビーニでしょうよ」
何のために事務所をバンビーニにしていると思っているのか。
マフィアが相手ならおいそれと手出しはできまいて。
……そういえば前世でも芸能界って、そっちと切っても切れないほどズブズブだったよな。
興行するのにその都度、土着の一家に挨拶しなければならないから必然だったわけだが。
芸事も元々は春を売るための手段だったし。
もしかしなくても、マフィアと芸能と娼婦ってシナジー凄いんだな。
我ながら改めて上手い手を考えたなと思っていると、マダムが思い出したように言ってきた。
「あぁ、そういえばさっき言ったけどそのバンビーニに顔を出してないでしょう?」
「…………あ」
やっべ。
「すごく忙しくて、普通の仕事が出来ないところまで来ているらしいわよ?」
俺はその言葉にサーっと血の気が引くのを感じた。
デザート作りにかまけててすっかり忘れてた。
ヤバイ。
急いでバンビーニにいかなくてはならないけど、なんかお腹が痛いなぁ行けないかもなぁと俺は思うのだが、行かないとマズイよなぁと俺はお腹をさすりながら考えるのだった。
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