5話 『船で目覚めた話』
目を覚ますと、何も見えんかった。
いやボンヤリ見えるんだけど、まるで徹夜5日目のように目が霞んで見えない感じ。
何故だ……。
身体を動かしてみよう。
手だけはなんとなく動かせる。
うむ。41連勤した後のように思うように身体が動かない。
何故だ……。
声を出してみよう。
「あーうー」
なんか可愛い声が聞こえた。
うむ。接待のため二週間連続で飲み続けた次の日のように舌が回らない。
何故だ……。
耳を澄ましてみよう。何やら潮騒のようなノイズが聞こえる。
うむ。耳鳴りだな。
心なしかユラユラ揺れているような。しかしこれは徹夜2日目程度なので問題なし。
結論。過労だな!
『違うよ?! 』
む?まるで脳内に直接響くかのごときこの声は……限界を超えし者に聞こえる幻聴だな。
幻聴幻覚どんとこい!仕事はここからがスタート地点だ!
世界一過酷なトライアスロン、アイアンマンだって完走して見せらぁ!
でも船旅だけは勘弁な。
鉄が浮くとか怖い。
浮力とかないんで(カナヅチ理論)
『わかって言っているね? 』
ふむぅ。これは俺の内なる声なのだろうか?
幻聴がインフィニティ。
ここまではっきりとした幻聴は危険な兆候かもしれん。
ここはひとつ三大欲求一つである睡眠欲を思うさま、高ぶらせてみるかな?
おやすみなさーい
『まちなよ……』
言うが早いが黒髪の無駄に美麗な女が覗き込んできた。
どこかで見たことがあるような……。
とりあえず顔面にパンチをかましたくなるようなこの気持ちは一体?
これが……恋?
『そんな恋愛はいくら君でも倒錯的にすぎるんじゃあないかな? 』
そう言うと、さっきまで謎の空間で一緒だった悪魔が俺のおでこをつついてきた。
おいやめろ、脳細胞が減ったらどうしてくれる。
赤ちゃんだぞ。
そう、どうやら俺は赤ん坊になっているようだ。
まぁ転生って言ってたしな。手も小さいし。
鏡を見るまでもなくわかる。感覚的に。
『やっぱり現状把握ができているんじゃぁないか』
そう言いながらも悪魔は俺のおでこをつつくのをやめない。
おのれ!俺への無礼許さんぞ!
それでも悪魔はやめません。
よろしい!ならば戦争だ!
その手を叩き落としてくれるわ!
俺のマッハチョップを喰らえぇぇ!
俺の手刀が奴の手首に向かう!
赤さんチョップ!それは死への誘い!
くらえば永劫の闇にとらわれる!
「あーうー」
うん。赤ちゃんって頭の上まで手が届かないんだよね。
知ってた。
おかげで只々ジタバタしているみたいになってしまった。
しばらく悪魔を狙って手をばたつかせていると、悪魔とは違う声が上から落ちてきた。
「あら? キキ起きちゃったの? 」
さっきからずっと俺を抱っこしていた人が覗き込んでくる。
ぼんやりとしか見えないが、多分___金髪の女性。
声の中に優しさが感じられる。
なんか……聞いているだけで安心感に包まれるような……。
俺の___母親じゃないのか?
『うん。 その人が君の今世での母親に間違い無いよ。 まぁ、前世の君よりもだいぶん年下だけどね? 』
この人が俺の母親……。
どうやら悪魔の存在は俺以外には見えないし、声も届かないらしい。
悪魔の声に反応することなく母親が言ってくる。
「お腹が減っちゃったのかしらね? 」
そう言うと何やら自分の胸元をはだけさせてくる。
ぬぅう?!
これは___まさか!
悪魔を見るとイヤらしくニヤニヤと笑ってやがる……。
悪魔め!こいつは彼女が俺より年下であることをわざと伝えたのだ……!
いい年したおっさんが、年下におっぱいをもらうという恥辱を与えるために!!
年下に!おっぱいを!もらうという!
ぬぅう!そんな羞恥プレイを悪魔の前に晒すわけにはいかん……。
行為自体は一向に構わんっっっっっ!!
いや、落ち着くのだ。こんな時こそ虚数の出番だ!
にいちがに、ににんがし、にさんがろく、にしがはち、ぱいぱいがいっぱい。
今こそ高まれ三大欲求が一つ食欲よ!
おれは正気に戻った!
いただきまーす。
〜ぱいぱい中〜
「ケプっ」
俺の口から可愛らしいゲップが出た。
赤ちゃんの食後のゲップは大事。
これ常識な?
「キキはちゃんとゲップができてえらいわね〜」
そう母親が褒めてくれる。
赤ちゃんだとこんなことでも褒めてもらえるんだな……。
なんかこそばゆい気持ちだ。
___お母さんか。
何だろうね?本能が優先されるというか、抗えないというか。
本来なら悪魔の前で赤ちゃんプレイなど噴飯もののはずだが、不思議と羞恥心は湧いてこなかった。
むしろ安心感というか心地よさが先立つ。
多分お母さんも俺を見て笑ってるんだろう、見えないがなんとなくわかる。
お母さんが笑っていると俺もなんだか嬉しいような気持ちが湧いてくる。
嬉しい気持ちと一緒に、今度こそ鎌首をもたげてきた睡眠欲に身を委ねてしまいたくなるが、まだやることがある。
俺は悪魔を睨みつけてやる。
悪魔は変わらずニヤニヤ顔だ。
ちっ、気に入らんツラだ、その顔後悔で染め上げ___
そう思っていると背中に連続した軽い衝撃を感じる。
あぁ、待って!
お母さんあんまり背中をポンポンしないで!
眠たくなっちゃう!瞼が閉じて来ちゃう!
悪魔に問いたださなきゃいけないのに!
なぜ悪魔がこの場にいるか聞かなきゃいけないのに!
『いやだなぁ。 言ったぜ? 判定は僕がやるって。 一緒にいないでどうやるのさ? 』
悪魔がやれやれと言った感じで嘆息する。
なん……だと……?
え?普通そういうのって不思議な力とかで遠くからやるんじゃ無いの?
びっくりで少し眠気が飛んだわ。
『全知全能じゃあ無いんだからできるわけがないよね? ちゃんと目視して確認しなきゃ』
え!目視なの?!
悪魔なのにアナログなんだな……。
いや、指差し目視確認に勝るものはないけども……。
え?じゃあ、もしかして四六時中一緒にいるってこと?
超絶イヤなんですけど……
『安心してくれていいよ? 普段は見えないようにしているから』
悪魔が笑顔全開で答えてくる。
それは安心できるとは言わない。根本的な解決に至っていない。
む?そういえば、さっきから声に出していないのに会話が成立しているな。
俺、今は赤ちゃんだから言葉を喋れないはずなのに。
『僕にはまだ肉体がないからね。 まさしく肉声を届けることができないんだ、だから直接魂で会話するしかない』
うわ。魂の会話とか本音ダダ漏れてそう。
もしかして俺の考え常時筒抜け?
『安心してくれていいよ? 君が聞かせたくないと思えば聞こえないから』
悪魔が笑顔全開で答えてくる。
それは安心できるとは言わない。
要するに聞かせたくないことを考えてますってバレバレじゃないか。
それに肉体がない?
そういえば薄っすらと透けて見えるような……。
でもさっき俺のおでこをつついてたよな?
『さっきのは君の魂に触れていたんだ。 それを実際に触られていると感じたわけだね? 僕は悪魔だからね、死人の魂の扱いには一日の長があるのさ』
悪魔がドヤ顔で言ってくる。
なるほどな。しかし俺の考えが読めるっていうのはゲーム的にはフェアじゃないよな?
手札が筒抜けっていうのはさ?そう思わない?
『君の魂への干渉は、まだ魂がその肉体に定着していないからできるんだ。 言ってみれば君の魂は今のところ半死人って言ったところかな? 定着すれば干渉できなくなるからもう考えを読むことはできなくなる』
……信じる根拠がないな。
『そこは信じてもらうしかないね? でも僕がゲームをフェアに進行しようとしていると、分かってもらえるサービスがあるよ? この状態だからこそできることがあるサービスがね? 』
悪魔が肩をすくめながら言ってくる。
どういうことだ?
俺が眉をひそめながら聞くと、
『この世界は過酷だって言ったよね? 赤ん坊の生存率はどれくらいだと思う? とても低いよ? 簡単に死んでしまう、そんな世界なんだ』
そう言いながら悪魔は俺のひそめた眉を指で広げて元に戻そうとする。
『僕も君がゲームの開始の前に死んでもらっちゃ困るのさ。 だから君の魂が定着するまでは、病死や事故死からは君の魂を遠ざけよう。 これなら取引としてはフェアじゃないかな? 』
そのまま俺の小さな顔を手で包みながら問いかけてきた。
後出しのアフターサービスか。
病死、事故死を回避とか悪くないどころか、とても良いまである。
要するに命を担保してくれるってことだろう?
例えば、さっきから体がユラユラ揺れているところを見るに、多分今は船に乗っているんだろうと思う。
奴がいる限りこの船が沈没して俺が死ぬことはないと言うことだ。
俺一人で生き残ってもその後こんな赤ん坊が一人で生存できるわけないので、合わせてお母さんの安全も確保できると言うことになる。なるよな?
___赤ん坊時代の考えが読まれる事の代償でこのサービスなら破格とも言えるな。
待遇が良すぎる。となると追加の代償が気になるところだな。
どギツイもんが待ち受けてるんだろ? 知ってんだ俺は。
え? 悪魔さんよ。
『これに関してはないよ? 君とのゲームの他に僕に利益があるからサービスにしておくさ』
気になる言い回しだな?
誰か別の人から徴収するつもりか?
お母さんではあるまいな?
ぶっ殺すぞ?
その利益とは一体なんだ?
俺が問いかけると悪魔は手を離し、いつものニヤニヤヅラをやめて、
『ここに来ることができた』
ただそれだけを言った。
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