2章 5話 「幸せも人それぞれって話」
もうあれから十年なんですね。
どうもこんにちは、キアーラ・カサッツァです。
審美眼というのは経験により成長していくものですが、プロフェッショナルの領域にまで達するには、誰かしらに師事しなければ不可能だと思うのです。
つまり、なにが言いたいかと言うと、男性が女性のわずかな変化を気づける様になるためには教育が必要だと言いたいのです。
いかにも深刻そうな表情でフレアさんは重々しく続ける。
「しかも、なんと6キロも!!」
……は?
病気じゃなくて、太っただけ? なんぞ深刻な事態かと思ったのに……。
しかしトントンさんはフレアさんの声が聞こえたのか、声のトーンがワンランクアップし音量もアップした。俗に言うギャン泣き。
……深刻なんだな。
そして、それを痛ましそうに見ていたフレアさんが懐から何かを取り出した。
「こちらの絵姿をご覧ください」
俺はその一枚の絵を言われるままに見てみる。
そこにはフリフリの服こそ着ていないがトントンさんが描かれているな。
てっきり太る前のトントンさんが描かれているものだと思ったが、今と寸分違わぬ姿の様だが……。
「……?」
矯めつ眇めつ見てみるが、変わったところは特に見当たらない。
これがなんだと言うのだろうか?
俺は正解を求めフレアさんの方を見てみる。
「ね? 」
だがしかし本人は可愛らしく小首を傾げて答えてくれそうにない。
ね? って言われても……、何が? としか言いようがないんだけど。
「むぅ……」
難解なリドルを投げかけられたかの様な気分だ。
しかし答えを間違えるわけにはいかない。
俺の第六感がそう囁いている。
得てして、こう言う女性からの問いかけは、失敗すると後が怖いと相場が決まっているのだ。
前後の会話から、これは痩せている頃のトントンさんの絵で間違いないはずなんだ。
例え俺の目から見て、変わらない様に見えていてもだ。
だが、間違えてたら怖いので、ルナに聞いて見ようと思う。
どうだろうか?
『……それに対する返答が、君に支払う利益分という事で良いのかな?』
はぁ?! そんなわけあるか!
質問に答えただけで済まそうなんて、ぼったくりが過ぎるだろ!
お前は悪魔か!
『悪魔だよ』
そうだった!
ルナが使えない事が再認識できたが、解決には至らなかった。
もう、イッちまおう。
「ワー、スゴク、ヤセテ、イタンデスネー?」
緊張のあまり片言になってしまったが、これで正解のはずだ!
俺は判決を待つ、罪人の様な気持ちでフレアさんの顔を見る。
有罪か?! 無罪か?!
「……そうなんです! こんなに痩せていたのに、ここ数ヶ月で増えてしまったんです!」
やったぞ! 勝った!
危なかったぁ。
フレアさんは勢い込んで言ってくるが、俺は安堵の気持ちでいっぱいだ。
「でも、キアーラさんに分かってもらえて良かったです」
む? フレアさんが安心した様な表情で言ってくる。
「キアーラさんがもしかしたら、トントンさんの変化に、気づけないんじゃないかと思ったんですけど杞憂でした。そうですよね、男の子じゃないんだから気づきますよね!」
「イ、イヤダナー、ソンナワケ、ナイジャナイ? ワカルノ、アタリマエヨ?」
ニコリと笑うフレアさんに、俺は精一杯の遺憾の意を表明。
背中に滝の様な汗が流れるのを感じる。
危なかった。答えを間違えていたら男である事に感づかれていたかもしれない……。
『……あれだけ胸を凝視していながら、隠す気でいた事に驚きだね?』
バカヤロウ。俺の中身が男だとバレたら堂々と胸を見れないだろうが。
しかし、このフレアさんの物言い。
もしかして:疑われてる?
これは由々しき事態。
もし俺が男である事がバレたら、きっとマダムがあらゆる手練手管で俺を搾り取るに違いない。男を籠絡する事こそ彼女の真骨頂。
俺みたいな若造は赤子の手を捻る様に骨抜きにされてしまうだろう。
何か手を考えねばな……。
『裸にでもなってみれば良いんじゃないかな?』
バカヤロウ。いきなり意味もなく裸になったら、今後の付き合いに支障が出るわい。
まぁ、マダムとなら裸の付き合いとかしてみたいけど。
……ん? 裸の付き合い?
「あの……、怒っちゃいましたか?」
おっと、またルナにかまけてフレアさんを放置してしまった。
不安そうな顔でこちらを覗き込んできた。
見ればトントンさんも泣き止んでこちらをみている。
「いえ、怒ってなんていませんよ。何が原因なんだろうなぁと思案していたんです」
俺が咄嗟に思いついた言い訳をすると、フレアさんの表情が華やいだ。
「よかったぁ、マダムにあの子、男の子みたいよねって言われたんですけど、これでそんな事なかったですって言えます!」
おぉおうおう。
フレアさんは両手をガッツポーズで意気込んでくれているけども。
エマージェンシー! エマージェンシー!
もしかしてじゃなくて、疑われてる!
これは早急な対応が必要だ!
「わかりました。裸になります」
俺はなりふり構わずフレアさんに告げる。
「え! キアーラさんの裸?! 見たいです! じゃなくて、なぜ突然裸に?!
え?! つまりそういう事ですか?! いいんですかっ! イキますよ?!」
あ、だめだ。
この人の前で裸になったら食べられちゃう。
俺の人生という物語が18禁になっちゃう。
この物語に登場する人物は全員20歳以上ですって言う羽目になっちゃう。
俺がフレアさんの妙なプレッシャーに後退りをしていると、彼女の後方から声がかかる。
「ねぇ、フレアちゃん? 今日は私の相談に乗ってもらいに来たんじゃないの?」
ジリジリと近づいてきたフレアさんをインターセプトしたのは、まさかのトントンさんだった!
もう泣き止んでジト目でフレアさんを見ている。
「はっ! そうでした!」
目が覚めた様にハッとしたフレアさんは、すいませんすいませんとトントンさんに謝っている。
……危なかった。
実家のキッチンで大人の階段を登るところだったよ。
俺はそのままリビングにフレアさんとトントンさんを戻らせて、お茶を用意した後、トントンさん用にクッションを用意してあげた。
「さて。トントンさんのご相談という事ですが、改めて要件を聞きましょう」
お茶を飲んで仕切り直した事で、トントンさんも気を取り直した様だ。
落ち着いた表情で切り出してくる。
「さっきもフレアちゃんが言ったけど、私はパピヨンで娼婦をやっているの♪」
そう告げるトントンさんの表情には、卑屈さや諦めはない。
意外な事に娼婦と言う職業に誇りすら抱いている様だ。
「そうね〜、私は娼婦と言う仕事に誇りを持っているわ♪」
おっと、表情に出たか。
トントンさんが毅然と告げてくる。
流石はパピヨンの娼婦といったところだな。
だが、そうだな。せっかくの機会だ、少し突っ込んで聞いてみるか。
「それは何故ですか? 見知らぬ男性に体を売るのは辛いことではないですか?」
俺の口からそんな言葉が出るとは思わなかったのか、フレアさんが目を見開いて驚いている。だがトントンさん本人は落ち着いたもんだ。
「客商売だもの。たまには辛いことだってあるわ。
でも〜それは、どんな商売だって同じじゃない?」
肩をすくめ当然のことの様に言うトントンさん。
まぁ、そうだな。
理不尽なクレーマーや、理不尽なクラアント、理不尽な納期や理不尽な仕事量。
そんなのはどの仕事だって一緒だな。世の中にはブラック企業しかないのだから。
『そんな事はないと思うけどね?』
ルナが呆れた様にいってくる。
そんな事あるね。
ごく稀に山奥で殺されたりもする。
『それって自虐かい? それともブラックジョークかな?』
ただの事実ですが何か?
俺はトントンさんとルナ二人に対して、肩をすくめる。
片方には呆れを表し、片方には続きを促す意味で。
「それにね? 私は、私のする事で殿方が喜んでくれるのがとても嬉しくて、大好きなの♪」
本当に嬉しそうに、そう言うトントンさん。
座っているから飛び跳ねはしないが、上半身はポヨンポヨン上下に揺れている。
そうか。嬉しくて大好きなら良かった。
だけどまぁ、10歳の女の子に話す内容ではないよね。
これさぁ〜、俺がマジ10歳だったらセクハラだよねぇ。
その後も暫くトントンさんによる、どうするとこう喜ぶとか、こうするとああ喜ぶと言う様な話が続いた。ポヨンポヨンしながら。
服の話もそうだったけど、好きな事になると周りが見えなくなるくらい饒舌になるんだな。
つまりそれくらい、いまの仕事が好きってことか。
王虎は娼婦が不幸だって言ってたけど、やっぱり、ちゃんと幸せを見つけている人もいるんだな。
野郎の反応のアレコレなんか聞きたくもない俺は、トントンさんのポヨンポヨンに合わせてポヨンポヨンする胸を見ながらそう思った。
そう言えばトントンさんのお腹も柔らかかったな。
あれ、胸くらい柔らかいんじゃないか?
じゃあ、もうあれは胸なんじゃないだろうか?
じゃあ、トントンさんの半分以上が胸?
と、俺が新しい扉を開きかけているところで、トントンさんの表情が陰った。
「でも最近、太ってきて、それに肌もなんだか荒れてきちゃって……。
なんだかたまにお腹もさすように痛くなるし。
ポーションを飲んでも一時的にしか肌が治らないし。
もう、どうしたらいいのか……」
そう言ってトントンさんはまた涙ぐむ。
ふむ。ポーションも効かないとな?
そいつは聞き捨てならないな。
これは今後のためにも本腰を入れて取り組む必要があるようだ。
俺はそう思い、トントンさんへの質問を開始するのだった。
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