2章 4話 『人によって一大事ってのは変わるよねって話』
こんにちはキアーラ・カサッツァです。
どうせ露見することを隠すのは良くないです。状況を悪化させる事がありますから。
嘘でなくとも紛らわし言い方も誤解を招いてしまいますよね。
『……女性を叩くのは感心しないね?』
ルナが辛うじて絞り出した言葉は凡そ悪魔に似つかわしくない倫理的な正論だった。
……こいつが悪魔らしい事言ったのって、あの真っ黒空間の時だけじゃないか?
こいつほんとに悪魔かなって時々思うよ。
俺の命を狙う敵であることは間違いないんだけどねぇ。
操ろうとしたり、恩人や仲間を侮辱したり、死後魂を取ろうとし狙っているくらいなんだよね。……十分か。
まぁそれはさておき、音とは空気の振動だ。
何かの振動が伝播して空気を震わせる歴とした物理現象。
今回空気を振動させたのは俺に叩かれたルナの胸だ。
ルナの胸が空気に干渉したわけだ。
ルナの胸振動がフレアさんとトントンさんに届いたのだな。
『君の手も空気を振動させたよ?』
胸が空気を振動させたのだな。
さて。このことが意味するのは俺がルナに干渉できるだけでなく、ルナもこの世に干渉できるようになったと言うこと。
つまり、ルナァ! お前、物を持てたりするんだろぉ?!
俺が満面の笑みを浮かべて問いかけると、ルナはそっぽを向いた。
『……黙秘するよ』
沈黙は肯定と同義だゼェ!
クフフ、さぁあてぇ〜、何を! させて! やろうかぁあああ?
俺がルナへの要求の幅が広がったことにほくそ笑んでいると、フレアさんから声がかかる。
「……あのぉ? キ、キアーラさん?」
そちらを向くと、フレアさんがトントンさんの小脇に抱えられながら、こちらにやってきた。
何やら引き気味な表情だが何故だろうか?
トントンさんはニコニコしている。小脇に成人女性を抱えているのに。
『……君が幼女がしちゃいけない笑顔をしていたからだね?』
ルナがバカにしたように言ってくる。
すぐそうやって笑顔を貶すよね。爽やか笑顔だっつうの。
そういう細かいところで仕返ししようとするから、お前は小物なのだよ?
なんだよしちゃいけない笑顔って。
『仲間だと思っていた人物が実は悪の親玉で、その悪の親玉が主人公が絶体絶命のピンチの時に自分の正体を明かす時の笑顔とでも言おうか?』
誰が悪の親玉だ。
あ、マフィアのボスになったから悪の親玉だ。
「大丈夫ですか?」
いつまでも返事をしないから、フレアさんに心配されてしまった。
ちなみに俺は未だに尻餅をついたままだ。
「大丈夫です、ちょっとびっくりしちゃって」
適当に言い訳しつつ問題ないと立ち上がる。
「それで今日はどうされたんですか? それとこちらの方は?」
フレアさんは抱えられたままなので、いつもより視線が近い。
更にトントンさんが気を利かせたのかなんなのか、フレアさんの顔を俺に近づけるものだから、フレアさんの顔が赤くなっていく。
「えっと、あの、……もう! トントン姐さん下ろしてください!」
しどろもどろになりながらも、抗議するフレアさん。
ん〜? とどこ吹く風のトントンさん。
なんだか楽しそうな表情だな。フレアさんがそっちなのを知っているようだ。
目が合うとニッコリ微笑まれた。
あぁ、当然この人もパピヨンの人か。
マダム程ではないにしろ、食えない感じがするな。
俺が少し意識を切り替えている間に自力で脱出したフレアさん。
まぁトントンさんが力を緩めたんだろうけど。
「んっんん! こんにちはキアーラさん。突然の訪問の失礼をお許しください」
わざとらしく咳払いをしたフレアさんは仕事モードで挨拶してくる。
……今更感がすごいけど。
「こんにちはフレアさん。フレアさんだったらいつ来てもらっても構わないですよ?
友達ですからね」
俺がそう言うと、またフレアさんに笑顔の花が咲いた。
うん。いい笑顔だ。こんなに眩しい笑顔の娘の胸ばかり見るのは良くないな。
やめようとする努力はしよう。
「フレアちゃん、私のことも紹介してほしいな♪」
俺とフレアさんが二人でニコニコしているとトントンさんから声がかかる。
「はい、かしこまりました。
キアーラさん、こちらパピヨンに所属しているトントン・カリィナさんです。
トントン姐さん、こちら私の友達でもあり、マダムの友人でもあるキアーラ・カサッツァさんです」
「どうも、紹介に預かりましたキアーラです。よろしくお願いいたします」
フレアさんが姐さんと言う人だ。
丁寧に対応しておいて損はないだろう。
俺は45度の礼をしながら挨拶をする。
「わぁ♪ キアーラちゃんは凄く小さいのにしっかりしてるんだね♪」
凄くは余計だろ凄くは。
いずれは大きくなるんだよ。
「立ち話もなんですから、こちらへどうぞ」
お客様を待たせてまでダメ悪魔への追求をするわけにもいかないので、俺は二人を部屋の中に促す。
しかしトントンさんが室内に入ると、ただでさえ狭い我が家が尚更狭く感じられるな。
いつも家族5人で囲んで十分な大きさの食卓もサイドテーブルの様だ。
「今お茶を出しますから、こちらにかけて待っていてください」
「あ、私も手伝います」
「ありがと〜♪」
俺とフレアさんがそのまま、キッチンの方へと進むと、突然後ろからミシミシと木が激しく軋む音がした。
何事かと振り向くと、すぐに答えがわかった。
聞こえてきたのは悲鳴だった。我が家の安物の椅子の悲鳴が聞こえたのだ。
ミシミシと悲鳴をあげつつも、それでも健気に椅子たらんとトントンさんの下で我が家の椅子が、生まれたての仔馬の様に足を踏ん張っているのだ。
フレアさんを見ると、口に手を当て、あっと驚いている。
驚いてないで、どうにかして欲しい。
しかしどうにも最近、椅子やテーブルへの虐待が著しい気がする。
その破損率はジャッキーチェンの映画に比肩しうるのではなかろうか?
と、そんなどうでもいい事を考えていると、ボキリというかメシャリというか、そんな音ともに我が家の椅子がその生涯を終えた。
「あぁ〜」
父さんと母さんになんて言い訳しよう……。
友達が座ったら壊れたって言って信じてもらえるかな?
無理かなぁ?
両親が帰ってきた時のことを考え憂鬱な気分になった俺は、流石に文句の一つでも言ってやろうとトントンさんを見やる。
腰に両手を当て、不本意であることを体現しつつだ。
するとトントンさんの目から大粒の涙がボロボロと溢れ出すではないか!
「うぇ〜ん! うぇ〜ん!」
そしてまるで子供の様に声をあげ泣き出したトントンさん。
お姉ちゃんに怒られたメイちゃんばりだ。
困った俺は、助けを求めるべくフレアさんの方を見る。
だが……泣いてる。
……なぁにこれぇ?
「トントン姐さん、お可哀想に……」
グスングスンとハンカチを目に当てそんなことを言っているが、いやフレアさん、多分可哀想なのは俺と椅子だ。
どうしたもんかと、思案にくれているとやっとフレアさんが説明してくれた。
泣いているトントンさんは放置で。
「トントン姐さんは、パピヨンでも5本の指に入る売れっ子娼婦なのです」
「えっ! 彼女が?!」
マジかよ、びっくりだよ!
「えぇ、それはもう熱烈なファンの方もいらっしゃるくらいに」
そうなんだ……。
確かに美人さんではあると思うけど。
でも、大きさが……。
「包容力と柔らかさが姐さんの魅力です。どんな男性でも優しく抱き上げて包み込んであげることができるのです」
うんうんと頷きながら解説してくれるフレアさん。
まぁ確かにフレアさんを片手で抱えるパワーと、物理的に包み込むお肉があるだろうけど。
「そんな姐さんは、ここ暫くお仕事をお休みしています」
フレアさんはトントンさんの方を見ながら表情を曇らせる。
ふむ。わざわざ言うってことはただの休暇ってわけでもなさそうだ。
訳ありなのかな?
「何か問題が? うちのビンゴには来てたみたいだし、さっきまでの感じだと元気そうだけど」
それとも表に出にくい病気なのだろうか?
そう言えばさっきトントンさんのお腹を触った時に、なにか違和感があったような?
フレアさんは俺の問いかけに、口を開きかけ言いにくそうに噤む。
「やっぱり……病気か?」
俺の再度の問いかけにフレアさんは首を振ると、意を決した様に言った。
「トントン姐さんは……」
「トントンさんは?」
「太ってしまわれたのです」
……は?
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