2章 プロローグ『聖人の正体とそれをぶち殺す幼女の接点の話』
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「ステイテッドはいい国です」
スーツに身を包んだ年嵩の男が確認する様にいう。
男はこの国に渡ってきてから良好な人生を送ってきたと思っていた。
男にとってこの国は本当にいい国だったからだ。
「私は幸運に恵まれました。財産もできたし娘も生まれた。
税金だってたくさん納めています。善良な市民だったと思います。
娘にもやりたいようにさせましたが、しかし家の恥にはならぬ様に厳しく躾けました」
この国の気風に合う様に。
だが祖国の誇りは忘れぬ様に。
「娘には沢山の友達も出来ました。
誰からも愛される良い娘に育ちました。」
いかに娘が自慢の娘であるか。自分がどれほど娘を大切に思って育ててきたか。
それを相手に少しでも伝えようと言葉を重ねた。
「数ヶ月ほど前、娘が女友達と飲みに行くと、そこには粗野な男たちがいて。
娘に酒を飲ませて酔わせて……よからぬことをしようとしたんです」
しらず男の握る拳が硬くなる。
「娘は抵抗し闘った。操を守ったんです」
そういう男の表情は誇らしげだ。
男は娘が獣人として、自分の娘としてそのようにした事を誇りに思ったのだ。
「しかし男たちは娘を囲い込み散々に殴った。
私が病院に駆けつけると鼻は潰れ、顎は砕けていました。
ポーションを使っても完治しないほどのひどい状態でした。
娘は痛さで泣くこともできない」
男にはその姿が今この瞬間も目に焼き付いている。
娘が抵抗できた事が、戦えた事が逆に仇となった。
男たちは娘を抵抗できなくなるまで、完膚無きまでに叩き潰したのだ。
ポーションで元に戻らぬほど原型を留めないくらいに。
「綺麗な子でした……それがもう見る影もない」
そう言いながらも男はまた涙を堪えられずに嗚咽をこぼした。
それを見て正面に座っていた男が手を挙げると、すぐにそばにいた若い男が水を差し出す。
嗚咽を漏らしていた男は礼を言ってそれを受け取ると、一口飲んで落ち着きを取り戻した。
「それで警察に行ったんです。当然男たちは裁判にかけられた」
自分には何の落ち度もなく、ましてや娘にもなんの瑕疵も無い。
正しく生きてきたのに、こんな事は間違っている。
正義は自分にあり、奴らに罰を与えてやる。男はそう思っていた。
「だが判決は無罪でした。……何故?
私はその思いでいっぱいでした。
そしてあの野郎どもを見ると、呆然とする私をあざ笑っていましたっ!」
今度は怒りに声を震わせる。
誇り高く生きてきた自分と自慢の娘が侮辱されたのだ。
男にはそれが我慢ならなかった。
「だから、正義のためにドン・フェルッチオのところに相談に来たのです」
そう男が締めくくると、改めて目の前にいる人物に乞う様な眼差しを向ける。
見るからに上等なスーツを身に纏い、豪華な革張りの椅子に座った男。
その口元にだけに生えた髭は丁寧に整えられている。
体躯は一見するとでっぷりと太っている様に見える、だが同じ獣人が見ればその脂肪の下にきちんと筋肉がある事が分かるだろう。
犬の獣人に願い乞う眼差しを向けられた男はもちろん獣人で、豚の獣人だった。
その眼差しを向けられた豚の獣人は密かに嘆息した。
「ふぶぅ……。なぜ最初に警察に?
初めから私のところに来ようと思わなかんですかネェ?」
嘆息しながらもドン・フェルッチオと呼ばれた豚の獣人は、答えのわかりきった質問を目の前の男にぶつける。
その表情は不愉快である事を隠そうともせずに顰められている。
「なんでもします、願いを聞いて欲しいのです」
ドンのその顰められた表情を見て男は焦り、問いには答えずただ懇願する。
「どんな願いですかネェ?」
焦り取り繕う男だったが、ドンは答えが返されぬことを頓着せず先を促す。
すると男は周りを気にする様に見回した。
そこはドン・フェルッチオの書斎で、彼の部下が何人か壁際に控えている。
先ほど水を渡してた若い男もドンのファミリーの構成員だ。
自分を善良と信じている男は今から言う事を、例え彼らがマフィアの一員だったとしても憚られたのだ。
男はドンだけに伝えようと椅子から立ち上がり、目の前の大きく重厚な感じがする机をぐるりと回り込むと、ドンにそっと耳打ちした。
「やつらを殺してください」
善良でありながら人の死を望む事、そして獣人でありながら暴力による解決を他に頼む事。
そしてそれを頼む相手がマフィアである事。それらを男は恥たのだ。
しかし男はそうする事で確実に望みが叶えられると思っていた。
目の前のドン・フェルッチオは最近巷で聖人とまで言われているマフィアで、多く獣人に助けの手を差し伸べているからだ。
「ふぶぅ。それはできない相談ですネェ」
だが今度は重い嘆息をもらしたドンから返ってきた答えは意外にも否であった。
「お礼はいくらでも出します!」
望みが叶えられぬと焦った犬の獣人は、傍に置いてあった自分のバッグの開けると中の金を見せつけた。
それを一瞥しドンはやはり応とは答えず、残念そうに言った。
「アナタとは知り合ってが長いですが、最近は会うこともなくなりましたネェ。
アナタは私と距離を置きたかったようだ。ようは、借りを作りたくなかったんですネェ」
「ただトラブルを避けたかったんです」
犬の獣人はわかってほしいと言外に示す。
それを聞いたドンは呆れた様に言う。
「なるほどですネェ。それが今になって駆け込んでドン・フェルッチオ、正義をですか。
敬意を評したわけでもない友情の証もない。
ゴッドファーザーと呼ぶ気もない。
それなのに金を出すから人を殺してくれですかネェ? 金で」
肩をすくめ、ドンも言外に話にならないと示す。
「あなたは町の人から頼られている、私は正義をお願いしているんです」
だが男はそれを分かっているのかいないのか、ただ願いを口にする。
一方的な主張を繰り返す男に内心苛立ちながらも、ドンは会話を続ける。
「美しさは損なわれたでしょうが、娘さんは殺されたわけでは無いのでしょう?
誇り高く闘った結果敗北した。
獣人であれば受け入れるべきと思いますがネェ」
報復はお門違いだとドンはいう。
それを受けて男はドンにすがりつく。
「それでも家族ゆえに譲れない想いというものがあるのです!
奴らに私と同じ絶望を味わわせて欲しい!
妻も、もう一人の幼い娘もそう思っているはずです!」
聞き分けのない男に周りの構成員が苛立ち、男をドンから引き剥がそうとする。
だが、ドンはそれを手で制すると、先程まで見て取れた苛立ちが嘘の様に笑顔になる。
そして縋り付く男の手を取った。
「家族ゆえに譲れない想いですか。これは感じ入るものがありますネェ。
なるほど、奥さんと幼い娘さんも同じ想いなのですネェ」
うんうんと頷くドンに男は想いが通じたと涙ぐむ。
「ですが、お金をもらうとなると商売になってしまいますネェ。
商売となると色々時間がかかってしまうでしょうネェ。
友人として頼まれれば今日にでも、そのロクデナシどもを叩きのめしてやれるんですがネェ」
ドンは困った様に指で髭を撫でつけながら独り言の様にいう。
それを聞いた男はハッとするとすぐに立ち上がり頭を下げる。
「友として。ゴッドファーザー」
「よろしい、いずれ私の方から頼み事をするかもしれませんからネェ」
そしてドンは男を椅子に座らせながら続ける。
「ところで、被害にあった娘さんはポーションでも完治しなかったんですネェ」
「はい……」
「幼い頃に会った時は随分と美しかったのに気の毒ですネェ……。
そうだ! もしよろしければ、うちのファミリーが懇意にしているお医者様を紹介しましょう。きっと娘さんも治してくれるでしょう。」
ドンはいいことを思いついたとばかりにぽんと手を打つ。
それを聞いた男は望外の喜びと顔を綻ばせる。
「そこは高品質のポーションとたしかな腕で様々な怪我を治してきた実績があるんですネェ。まぁその分値段は張りますがネェ」
「高品質のポーションですか……」
高品質のポーションと聞いて男は一転表情を翳らせた。
通常のポーションでも決して安くはないのに、高品質のものなると一個人では到底手が出せない値段になるからだ。
「もちろん、友の友情に応えるために、一部費用は私も出しますから安心して欲しいですネェ」
それを聞いて男は目を瞬かせる。
友情などという言葉一つで片付けられる値段ではないはずだからだ。
「いえ、流石にそれは……」
「いえいえ、私これでも巷では聖人なんて呼ばれてるんですよ?
これぐらいなんともないですネェ。
アナタは無理ない範囲で支払っていただければ大丈夫ですネェ」
そう言うとドンは笑みを浮かべながら自分の腹をポンと叩く。
そのコミカルな動きに男は表情を和らげると頭を下げた。
「あぁ、そうだ。もう一人の娘さんも何かあったら心配ですネェ?
うちの孤児院で子供向けの護身術を教えているんですが、どうですかネェ?
もちろん無料ですネェ」
男は重ね重ねありがとうございますと深く頭を下げ、詳細を詰めるからとドンの部下に連れられ書斎を退出した。
部屋にはドンと幹部の一人が残る。
「ふぶぅ……。全く、恥知らずを相手にするとストレスが溜まりますネェ」
男が部屋を出るとドンは先程までの笑顔が嘘の様に顔をしかめ、イライラとしながら髭を撫でつけガタガタと足を揺する。
「しかし、その分の収穫はありましたネェ?」
今度はニチャリと音が出そうな笑顔になるとグブブブブゥと声を漏らす。
そして幹部に声をかける。
「彼の娘をいつもの病院に連れて行きなさい。
治療は適当にする様に。年増はどうでもいいですからネェ。
本命は妹ちゃんの方ですからネェ!」
再度楽しそうに笑うドンに幹部は確認の意味も込めてたずねる。
「妹の方の洗脳が済み次第、いつもの様に治療費の値段を釣り上げる形でよろしいですか?」
「うーん。今回は完全に洗脳しなくてもいいですネェ。
最近は従順すぎるのに食傷気味ですネェ。多少は抵抗があった方がいいですネェ?」
ドンは己の欲望を隠すこともなく幹部に指示を出す。
「それとさっきの男は私の事を軽く見ていて、気分が悪かったので値段の吊り上げは限界まで行っていいですネェ。どうせ払えないでしょうけど。
その後は夫婦共々奴隷として売ってしまいなさい」
男の態度を思い出し、またイライラしだしたのかガタガタと足を揺らす。
「あぁ、これは発散が必要ですネェ……。
この後は孤児院に直行する必要がありますネェ」
そう言いながらドンは、今日はどの相手にするかを思い浮かべる。
「ドン。それは構いませんが、最近消費が早いです。
補充が追いつきませんから、壊すのを自重してください」
幹部が諌める様に言う。
「ぶはぁ。確かに……。最近は少し乱暴に扱いすぎたかもしれませんネェ。
これと言うのも、あのマダムのババァがいけないんですネェ!
うちの紹介を断るなどと! お陰で良い恥さらしですネェ!」
以前ドンがパピヨンに紹介したものが騒動を起こし、以後の紹介を断られているのだ。
あそこは一見お断りの区画があり、紹介がないと受けられない一流を相手にしたサービスが存在する。
ドン自体は年増に興味がないが、あそこを紹介できると言うのは一種のステータスである。
それを剥奪され恥をかかされた事でイライラし、つい手荒く扱って壊してしまうことが続いたのだ。
「補充をしないといけませんネェ……。
それとあのババアに一泡吹かせたいですネェ」
足を揺すりながら何度も髭を撫でつけ、ドンは何かないかと思案する。
それを聞いて幹部は良い情報を思い出したと言う。
「最近マダムが個人的に友達を作ったらしいですよ」
「……マダムが? あの鉄で顔の皮膚ができていて、血が氷で出来ているババアに友達ですかネェ?」
そんなことがあり得るのかとドンは驚きをあらわにする。
「しかも、その友達というのが幼女らしいです」
「ぶひょうぅ! 幼女ですかネェ?!
どんな幼女なのです?」
幼女と聞いて喜ぶドンに幹部は得意顔でいう。
「なんでも大男の肩に乗って移動してるとか、マフィア相手に大立ち回りしたとか、新しいジャンルの歌手を囲っているとか、ただ口は悪いらしいです。」
「そんな幼女いるわけないですネェ。
多分個人を特定させないための欺瞞ですネェ。
お袈裟なホラで真実を隠すつもりでしょう」
そう言いながら髭を撫でつけ常識的な事を言うドン。
「しかし、その幼女を私が頂いちゃったりしたら、
補充もできてマダムのババアにも報復ができて一石二鳥ですネェ?
良い情報でした。褒美に今日は孤児院に一緒に連れて行ってあげますネェ」
そう言われた幹部は嬉しそう笑顔を浮かべる。
「もちろん男の子も参加ですよね?」
「何を言ってるんですかネェ?
両方参加に決まってるんですネェ」
「さすがドン!」
幹部は喜ぶと今日の仕事を切り上げるべく、ドンの書斎の一角にある自分の机の上の書類を雑にまとめる。
「早く行きますよ」
既に準備を整えたドンが催促した事で、幹部は急ぎますと、その書類を机の上に置きドンの後を追う。
ドンと幹部が部屋を出ると、バランスの悪かった書類がバサリと崩れた。
その書類は最近雇った従業員の情報が載っているものだった。
例えばその従業員は新移民の割に体格がでかく声もでかいが体力があるとか、家族は6人で病弱な娘がいるとか。その姉の名前はキアーラ・カサッツァであるとか。
そんなことが書かれている書類だった。
お読みいただき誠にありがとうございます!!
2章がスタートいたしました!
タイトルがネタバレになっていますが、キキがのし上がるための踏み台の登場です。
名前はチラホラ出てましたが、聖人こと豚野郎ドンです。
多分こんな奴がボスのファミリーは、本来すぐに淘汰されてしまうでしょうが、力こそ全てのこの世界においてはどんなにクズでものし上がれるクソ仕様となっております。
さて、今後の投稿ですが、毎週土曜日を予定しております。
ただ、PVの推移次第で変更があるかもしれませんのでご了承頂けると幸いです。
今後も本作をよろしくお願いいたします!
次回はお風呂回です。




