閑話 『マダムが独白する話』
中継ぎの閑話です!
皆からマダムと呼ばれる女性は、そう呼ばれる様になってからどれくらいの月日が経っただろうかとふと思い、そしてそんな事を考えている自分にらしくなさを感じて苦笑した。
どれくらい経ったか思い出せない事にではなく、一瞬でもその事を忘れた事に苦笑したのだ。
思い出す必要もなく、常に考えている。
自分がマダムと名乗り始めた理由と、それに伴うなすべきことと両方を常に考えている。
それを一瞬でも忘れたのは目の前にいる存在が、余りにも未知で想定外だったからだ。
自分の腰までくらいの身長しかない幼い少女。
マダムは彼女の異質さに驚き戸惑った。
自分が心を見透かせない人物がいるとは思いもしなかったからだ。
いや、思考を読むことはできる。
しかしそれが逆に混乱を招くのだ。
お陰で健康になるマッサージという言葉を信じ、小娘の様な声を出してしまった。
マダムは自分の能力、キキがプロファイルと呼ぶそれに絶対の自信を持っていた。
今までの経験からその人物の思想行動を予測し、一石を投じることで自分の思うがままに操る力。
一般人が聞けば禁忌を犯す恐ろしい術の様に思うだろうが、それは彼女が絶望と渇望の果てに手に入れた確固たる技術の集大成だった。
それは彼女の人生の軌跡とも言えるものだった。
自分のアイデンティティといってもよかった。
しかしその技術をもってして目の前の少女、キアーラ・カサッツァを観るといくつもの矛盾が出てくるのだ。
例えば今もそうだ。
彼女の言うビンゴ大会なる催し物が終わり、自分の部下であるポーラが経営する喫茶店の奥、限られた人間だけが利用できるVIP室で相対している。
キキは物珍しそうに周りを見回しているが、その視線は真新しいものを見て好奇心をくすぐられている子供ものではなく、一介の商人が調度品から相手の資産を測る様なそんな視線だ。
下世話に言えば調度品の値段がいくらなのか気になっているといったところか。
「ここの雰囲気は気に入ったかしら?」
突然声をかけられて驚いたのか、ビクッと体を震わせたキキは誤魔化す様に引きつった笑顔を浮かべる。自分が座っている椅子を汚してしまわないか気にしているのだろう。
「どれもこれも、高そうで良いですね」
正直にそう言うキキの回答はマダムの思った通りのものだった。
その事からも自分が考えを読めなくなった訳ではないと言うのがわかる。
なにより、キキは自分の狙い通りの行動を今日一日していたはずだとマダムは思った。
「まだ若いのに、物の良し悪しを見抜く審美眼を持っているのね?」
若いどころか、幼いのにと言い換えても良いくらいの歳なのにとマダムは言外に言うと、
それを聞いたキキの顔がますます引き攣る。
「び、貧乏ですから、お金の匂いに敏感なんです……」
苦し紛れに言い訳するその表情は、マダムにしてみれば分かりやすい表情だと言えた。
都合の悪い事を聞かれた者が浮かべる、ありふれた誤魔化しの表情だ。
では何を誤魔化しているのかと、それをマダムは考える。
考えること。それが自分の唯一にして絶対の武器だから。
改めてマダムはキキが高そうといた周りを見回す。
一見すると地味とも言えるそれらは、マダムの趣味に合わせて揃えられている。
木製の壁はアンティークなモールティングが落ち着いた雰囲気を醸しており、繊細な細工が施してり、その壁際にあるテーブルも同様の細工がある。
材料の木も当然高価なものだが、何よりマダムは見た目の豪華さよりも、その作品が作られるまでの過程こそを愛した。
その職人が歩んできた時間があるからこの場に完成した美として存在している。
そういった、職人が培ってきた技術で時間をかけて作られる作品を好んだ。
この場にある調度品全てがその様なものばかりだ。
だがその価値は見た目では中々測れるものでは無い。
確かにこの場にある調度品はどれも一流の品でキキからしたら驚くほどの値段だ。
見る者がみれば価値があるとわかるが、そうで無いものには安物にすら見えるだろう。
それをキキは高そうで良いと言った。
その審美眼は一体どこで培われたのだろうか?
キキについてマダムはある程度調べていた。
特出するべきことの無い所謂ふつうの新移民。
元住んでいたところでも、高価なものに触れる機会は無かったはずだ。
「そう。キキちゃんは随分と物知りなのね?」
そうマダムがニコリと微笑むと、キキは誰が見てもわかるほど目が泳ぐ。
「あはははあは……」
哀れなほどに乾いた笑いで、もはや誤魔化す事を放棄している。
マダムは考える。
自分の経験はこの目の前の人物が浮かべる表情を、仕事に草臥れた中年男性が誤魔化すことが面倒くさくなった時に浮かべる表情と分析している。
だが実際にはそんなことはありえない。
目の前の人物は中年男性どころか、まだ少年期でしかも女の子だ。
仕事で疲れるならわかるが、草臥れると言うには年が若すぎる。
「どこかでこういう家具を見たことがあるの?」
マダムはキキの回答自体は予測しながらもたずねる。
「いやぁ〜、見たことないですかね?」
___嘘。
マダムはそれが嘘である事を絶対の自信を持って断じる。
キキはどこかで見たことがあるはずだと。
「嘘でしょ?」
「むぐぅ」
今のは殿方が娼館通いを連れ合いに問いただされた時の顔だと思った。
マダムの分析は終始この人物を成人した男性であると弾き出している。
そのことにマダムは逆に面白味を感じていた。
キキは今まで出会ったことのないタイプだった。
といっても、マダムがキキくらいの年齢の少女と関わるのは、パピヨンで引き取る時くらいしかない。
当然パピヨンに来る少女は塞ぎ込んでいるか、憎しみに燃えているかのどちらかだ。
間違っても目の前の少女のように焦りながらも、自分の胸を凝視している事はない。
「ふふふ」
マダムは自分が声を出して笑っていることに驚いていた。
本来であれば自分の理解の及ばない人物を警戒せねばならないだろう。
しかし、不思議とマダムはキキを警戒する気にはなれなかった。
それよりも好奇心と興味が勝ったのだ。
そしてマダムは自分にまだそのような感情があったことにまた驚いた。
パピヨンの家族以外の人物は、パピヨンの利益になるかどうかの対象でしかないというのに。
今回もマダムがフレアにキキと友誼を結ぶようにと指示したのは、王虎とキキの二人がフレアに良い影響を与えると思ったからだった。
頭の固いそば付きは、マダムに依存しすぎていたきらいがあった為、それを解消するために送り込んだ。
フレアと相容れない思想の王虎と、スラムの救世主といても過言ではないキキ。
これらの人物が出会うことで、どの様な行動を起こすのかをマダムは予測していた。
そして喫茶店から出てきたキキを見たマダムは、結果は自分が考えた通りとなった事を確信した。
マダムの思った通り、組織の運営と自分の理想を実現できないことに疲れていた、王虎はバンビーニのボスを降りキキにボスを譲り、フレアは少なからずマダムの依存を脱した。
マダムがキキと友誼を結びたいと思ったのは、パピヨンの利益を考えてのことだった。
前者はスラムを守る事を掲げていたが、近年末端の腐敗が目立つ様になったバンビーニの浄化を促すだろう。それはスラムからきたパピヨンの家族を守ることに繋がる。
フレアに関してはそのまま彼女の成長を促すことでパピヨンの利益となるだろう。
全てが自分の思う通りになったマダムは、キキにそこまでの価値を見出せなくなっていた。いつものように自分が利益を得るための手駒程度の認識になっていたのだ。
だが、その直後の舞台での催し物。
ビンゴ大会自体はそれほど眼を見張るものはなかった。
しかし、その後の歌手とビンゴカードの抱き合わせの商売には光るものを感じた。
マダムはその方法をキキが思いついたものではないと考えた。
だから誰が思いついたのかを聞こうとした。
それがキキの機嫌を損ねたらしい。蔑ろにされて不貞腐れたと言ってもいい。
「また今度マッサージをしてちょうだいね?」
マダムがそういうとキキはバツが悪そうな顔をしながらも頷いた。
だがその顔はそのあとマダムの胸の感触を思い出しているのか顔が赤くなっている。
マダムは思春期の少年のような反応もまたおもしろいと感じていた。
マダムはこの後もキキの反応を見ることで彼女に対する情報を更新していた。
そうして一つの結論が出た。
それは常識に照らし合わせれば、ありえない答えだった。
だがマダムは自分の人を見る目も、心を読む力にも絶対の自信があった。
それがどんなにありえないと思えることでも、その結果を真実であると確信することができるほどに。
マダムが分かったのは、どうやら目の前の人物は見た目通りではないようだという事だ。
そして、ここまでのキキの行動を思い出し、自分でなくともその結論に至ると思い苦笑した。
もしかしたら自分はキキと出会えたことと、友達になれた事を思った以上に舞上がっているかもしれないと思った。
もしかしたら彼女は自分の目的を成し遂げるための重要な鍵になるかもしれない。
そう思うと心が弾むのをマダムは抑えることができなかった。
なぜなら彼女の目的を成し遂げるためには、キキのような男が好都合だったから。
マダムは本当にこの奇跡のような出会いを神に感謝し、この少女との信頼関係を築いて行くことに全力を注ぐべく、とりあえずはわかりやすい餌としてその胸にキキを抱きしめるのだった。
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