2話 『爆乳悪魔を敵認定する話』改
___10数年前
目を覚ますとそこは真っ黒な空間だった。
……確か俺は死んじまったはずだ。
それはしかと覚えている。
だがしかし俺想う故に俺あり。
ちょいとばっかり記憶を辿る必要があるようだ。
ガイアが俺にそう囁いている。
状況を整理するためにも、暗愚なおっさんの昔話に付き合ってくれ。
俺はしがないサラリーマンをやっていた。
元々アレルギー由来の呼吸器系の持病があって、高校をちゃんと卒業できなかった俺は、まともなところに就職するのが難しくてね。
家に居場所が無かった俺は荒んでいたし。人様に迷惑をかけたりもした。
地方だったもんで、俺がそう言うやつだってのは皆の知るところだったんだな。
実家が有名だったせいもあって、就職は絶望的ってやつだ。
そんな時に俺みたいなのを雇ってくれたのがお人好しの前社長だ。
彼が一念発起して立ち上げた流通会社で俺を拾ってくれた。
曰く自分も昔やんちゃしてたからお前たちの気持ちはわかるってさ。
荷物を運ぶのが仕事だから、社会のお荷物も運ぶのさなんて照れながらいってたっけ。
……今思うと何気に失礼じゃね?
まぁ社員は訳ありな奴らばっかりで、自分みたいなのを雇ってもらえたってみんな社長に恩を感じてた。
だけどお人好しってのは商売に向いてないのかね?
地元のためにって薄利でやってたもんだから、経営もなかなか厳しかったらしい。
それでもみんなで社長の為にってんで頑張ってたんだが、ある日社長が過労でぶっ倒れちゃってさ。
病院に運び込まれて、そのまま帰ってこなかった。
その日の朝礼での社長の顔は今でも覚えてる。
あれが死相って言うんだろうな。
自分を限界まで削り取った人の顔をしてたよ。
んで、その後釜に着いたのが社長の息子で、一流企業に就職して上京してたんだけど後を継ぐってんで、戻ってきたんだと。
今までは会社に見向きもしなかったのにって思ったもんさ。
まぁ、優秀なのは間違いない。
家に頼らず自力で大学まで行って就職したらしいからな。
あっちの会社でもそこそこの地位だったとも聞いた。
そのノウハウを生かして会社も右肩上がりで業績を伸ばしていったよ。
コネで優秀な人材を引き抜いてきたりして、地元の有権者にも取りいったりしてさ。
地元が潤うってみんな大喜びだったさ。
俺を含めた元々いた従業員以外は。
バカ息子が社長になってからの俺たちの立場は控えめにいて超絶ブラック。
退勤後残業つけずに出勤時間まで仕事は当たり前。
お疲れ様でしたからのおはようございますにタイムラグなし。
休日もサービス出勤。
経費も落ちないし出世も、もちろんない。
それでも前社長の残した会社だし、俺たちには行き場所もない。
同じ境遇のブラック仲間なんて他にもいっぱいるってネットに書いてあったし。
バカ息子も会社には貢献してたからな。
会社のためにこれも必要なことだって、そんな風にみんな自分を騙し騙し頑張ってた。
仲間がまた過労で死ぬまでは。
頑張り屋の後輩だった。
今度結婚するんだとか言っていた。
だから頑張るすぎたんだろうな……。
あっけなく死んじちまった。
俺はない頭を振り絞って考えたね。
どうにか出来なかったのか。これから先何かできないかって。
でも良いアイデアなんかでなくてさ。
取り敢えず殴り込もうと言うことになった。
当時は心身ともに疲れ切っていて、自分の主張を声高に叫ぶくらいしか思いつかなかったんだ。
多分、鬱だったんだと思う。
そんな中、それに待ったをかけたやつがいた。
一番可愛がってた後輩だ。一計を思いついたというのだ。
地元の政界に進出する計画を立てているバカ息子は世間体を気にするだろうって。
従業員が過労死したばっかりだったし、これ以上のスキャンダルはまずいはずだってね。
バカ息子は女関係にだらしなくってその辺には事欠かなかったからな。
女関係のスキャンダル。会社の実情。その両方をネタに交渉すれば少しは改善されるはずだと。
妙案だと思ったよ。
だけど相手は地元を潤わせた英雄様だ。
俺らみたいな底辺の人間のいうことなんて世間様は見向きもしない。
どうしたもんかと思ってたら、今度は上司が有権者に渡りをつけてくれると言い出した。
俺たちとはあまり親しくなかったけど、むしろ仲が悪かったけど。
それでもバカ息子に思うところがあるから、協力してくれるんだろうって納得していた。
そんくらいバカ息子はとことん嫌われていたわけだ。
今思えばゴマスリで出世したような奴が上を裏切るはずもなかったのにな。
そこからはもう一世一代の大勝負さ。
仲間たちが仕事の合間を縫って、それこそ必死になって手に入れてくれたス女関係のキャンダル、過酷な労働状態の証拠。それらのネタを集めた。
そして満を持して有権者のところに向かうことになった。
ここが俺の分水嶺だったんだろうな。
仲間たちに頼むと送り出された。
もう死人を出さないようにって。
歯軋りしながら決意の表情で託してくれた。
だけどさ、考えてみりゃおかしな話だったんだ。
有権者と会合をするその日だ。
上司が言うには、人目につくとまずいから誰もいない山奥で会いましょうって。
万全を期して雨の日がいいってさ。なんの万全なんだかわからんかったが、まぁ些事だと流した。
少し考えれば分かりそうなもんだ。
変だなって。
でも、その時の俺は自分では何も考えないで言われるままに行動しちまった。
無能な俺が考えるより他の人が考えたことの方が正しいに決まっていると思ったからな。
俺は作戦を考えた後輩と一緒に麓から目的地まで雨にうたれながら向かった。
寒かったねぇ。健康に悪いハイキングだ。指先とか感覚無くなってたんじゃないかな?
そうしてそこで待っていたのは、有権者に渡りをつけてくれる手はずになってた上司だけだった。
この期に及んで俺はまだ真実が見えていなくて、上司に「先方はどこですか?」 なんて間抜けな質問すらした
。そして『先方は少し遅れてくるそうです。寒かったでしょう?これ、暖かいですよ』って手渡されたコーヒーを疑いもせず飲んじまった。
連日の激務、さらに雨にうたれながら山歩きをさせられた俺の体に、その中に入っていた睡眠薬と呼吸器に直撃するアレルゲンは効いたねぇ。
アナフィラキシーショックっていうんだっけ?
息ができなくなってさ。
やっとここで俺は、はめられたことに気づきました。
最初からこの二人はバカ息子の仲間だったわけだ。
俺たちに指針を与えることでコントロールし暴発を防ぐ。
スキャンダルのネタを集めさせてここで証拠隠滅。
雨の日の山ん中で目撃者無し。
タイヤの跡も雨が消してくれるってなもんだ。
ドライブレコーダーとかついてねぇかなぁ?
付いてても捨てるか……。
まぁ、俺には最初から殺すつもりだったかどうかはわからん。
アレルギーを軽く見ていた可能性もある。
俺が持っていたスキャンダルの証拠を隠滅したいだけだったのかもしれんし、ここまでやるぞって言う脅しだっただけかも知れん。
だけどまぁどんな思惑があったにしろ、ぶっ倒れたやつを山奥に放置するのは良くない。
死ぬから(体験談)
ダメ絶対!
結果俺はそのまま呼吸困難で一巻の終わり。
今度は一人寂しく黄泉路へハイキングってなもんだ。
なに?長いって?
じゃあ3行でまとめるな?
ブラック企業就職。
はめられた。
俺氏死亡。
こう書くとなんだか、
あっけない、つまんねぇ人生だった。
こんなつまらん人生を歩んできた人間に会社の古参仲間たちは賭けてくれたのになぁ。
はぁ……失敗だった。
最初から搦め手なんか使わずに___
「本当にあっけない、つまらない人生だったねぇ?」
おっと。いかんいかん。
しみじみと物思いに耽っていたが、実は現在進行形で問題が発生しているんだ。
まぁ、死んだはずなのに云々かんぬんは勿論問題なんだけど、今目の前にある問題はより物理的と言うかなんというか……
具体的にいうと目の前に破廉恥けしからん格好をした女がいるんだ。
頭に山羊みたいなツノが生えているし、尻尾が生えていて蝙蝠みたいな羽根も生えている。
あと爆乳。
……俺の直感なんだが、この爆乳からすると多分この女は悪魔ってやつじゃないのかね?
悪魔が俺になんのようか知らんけど、俺のことめっちゃガン見してるし、目と目がバッチリ合ってるからさっきのは俺に言ったんだろうと思う。
俺は癖にしている脳内セルフ会議を開始する。
説明しよう!脳内セルフ会議とは!
脳内で多角的に自分自身と会議を行う技である!
もちろん正しい答えは導き出されない!
子供の頃に信用できる人間(母と妹除く) がおらず、他人に意見を求めることができなかった為、自分自身に問いかけることで答えを得る奥義だ。もう一人の僕を作るのに近い。一般人にはおすすめしない。
まぁ、分かりやすく言うと一人デュエルだ。
はたから見たらただボーッと突っ立っているように見えるであろう俺に、
悪魔(爆乳)がさらに声をかけてきた。
『ちなみに君が死んだ後のことを教えようか? ことの発端である、君のお仲間が過労死したのは、理不尽な先輩に仕事を押し付けられたことが原因。 君は次の仕事の押し付け先に裏切り者の後輩くんを選ぶ。 しかし彼は君から押しつけられる仕事を拒否。 逆上した君は山奥で後輩君を殺害。 しかし突然の発作でそのまま病死。 上司君は責任を感じて自殺。 ___と、まぁなんともお粗末なシナリオだが、世間ではそう言うふうになったよ。山奥のところに無茶さが出てるよねぇ?」
あぁ……そうか。
___あいつらも消されちまったのか。
「馬鹿だよねぇ? どう考えても用済みになったら消されるだろうに。 邪魔者を殺害するなって言う手段を選ぶような相手なんだからさぁ? きっと自分だけは大丈夫だと思ったんだろうねぇ」
本当に馬鹿だな___
俺が気づいてやれれば___
「馬鹿といえば、残った君の仲間もそれはそれは怯えてしまってねぇ。 次は自分の番じゃないかって羊のように震えていてさぁ。 見ていて笑えたよ? 覚悟がないなら最初から歯向かわなければ良いのに。 本当に愚かにすぎる」
愚かでもなんでも、そうしなきゃならなかったんだ。
仲間のために立ち上がったんだよ。
「馬鹿を寄せ集めて、結局何もなせずに過労死した前社長も馬鹿の総大将といったところか。滑稽すぎて笑いも出ないよ」
あぁ、コイツは___敵か?




