閑話1 『マダムとフレアが話す話』
調子に乗ってもう一話投稿です!
本日三話目ですのでご注意ください。
閑話は三人称で描かれます。
「外が騒がしかったようだけれど……?」
香が炊かれた薄暗い部屋の中、聞くだけで心が落ち着くような声音で女性がもう一方の女性に問いかける。
問いかけた女性はソファにゆったりと座った金髪の長髪の女性。
道を行けば万民が振り返るような美貌。白磁のように抜けるような白い肌に、透き通るような碧い目が特徴的だ。
揺らめくロウソクの火の瞬きに合わせて年若い乙女のようにも、円熟した貴婦人のようにも見える。
もう一方は日頃外で活動する為だろう、日焼けした小麦色の肌に、これもまた長時間陽の下にいる為陽に焼けた短い薄い茶色い髪をした女性。
その顔にはまだいくばくかの幼さが見て取れる。
そして色気よりも先に活発さが立つ。だが一番の特徴は尻から生えた尻尾だろう。
おそらくは猫科の動物の尻尾が左右に揺れている。
その活発そうな女性の方が答えた。
「はいマダム。どうやら客の一人が問題を起こしたようで店の女に手を上げたようです」
問いかけられた女性は敬愛するマダムの気分を害す報告をしなければならないことを心苦しく思ったが、それを表に出せば、そう思っている自分にマダムは気を使うだろう。
若い女性はマダムが余計なことを思慮しなくても良い様になるべく平静を装い報告をする。
「そんな程度の低い客が私の店に? 誰の紹介かしら?」
報告を聞いたマダムと呼ばれた女性はいつでも絶やさぬ笑顔を崩さぬまま、眉をひそめた。
この女性が表情を動かすのは今となっては稀なことだ。
そしてその稀な事すら誰かの為であり、自己の為ではない。
活発そうな女性はそんな女性に仕えることができるのを誇りに思っていた。
「ドン・フェルッチオです」
その返答にマダムは短く息を吐く。
暫く自分のその長い金髪を撫でながら沈黙した後、再度問いかける。
「先日に問題を起こした客も彼の紹介だったわね?」
「はい。これで3度目です」
ドン・フェルッチオ。
最近台頭してきた実業家で、孤児院の設立や、私塾への支援などの慈善事業にも力を入れている。孤児院に所属させることでスラムの子供による犯罪の撲滅と、育成による人材育成を掲げており、一定以上の階級にあるご婦人方に支持を得ている。
また彼が経営する工場では道端で靴磨きしかすることができないような子供を雇い入れて、仕事を与えており、貧困にあえいでいる人たちに手を差し伸べる聖人のような人物である。それがドン・フェルッチオの上流階級での認識だ。
そう認識されている以上彼とその取り巻きは聖人としてのそれなりの発言力がある。
例えば本当は出資している孤児院の子供を労働力として無料で働かせたり。
場合によっては販売したりしていてもだ。
この国の政治はいつだって虚構と虚飾に彩られている。
そして虚構も虚飾も無視できない影響力がある。
つまり一流の顧客を相手にし、一定の水準を満たさない者はお断りしているこの娼館「パピヨン」であっても無碍にすることができないということだ。
だが、それにも限度というものがある。
ましてや今回は直接店の女に手を上げたのだから。
「そう。じゃあ、フレア。皆に伝えてちょうだい。今後は彼の紹介は受けなくていいと」
さも、なんでも無いことのように処遇を決めるマダム。
だが一流の店であるパピヨンに紹介を断られる。それは二流のレッテルを貼られも同然。
一流の人間として耐えがたい屈辱となる。ましてや一流ぶっている二流ならなおさらだ。
当事者にとってみれば大事だろう。
「はい。……しかし報復にくるのではないでしょうか?」
侮辱されたと感じたこの国の人間が報復に来ないはずはない。
自分より下の人間からの侮辱は血で贖わせるのがこの国の常識だからだ。
「報復はないわ。彼は聖人だから。体を売るしかない哀れな私たちに制裁を加えるなんてことは外聞がとても悪いもの。そして裏側からの小細工なら手酷い目にあうのはあちらよ」
マダムは微笑みをたたえて言う。
顧客の中には本物の一流の実業家や大物の政治家などがおり、この店に通えると言うことがステータスにもなっている。
それだけではなく、いわばパピヨンは一流の人間の社交場でもあるのだ。
本来は顔を合わせることのない者同士が秘密裏に会うことができる。
その社交場を荒らしたとなれば、ぽっと出の二流実業家など瞬く間に退場させられてしまうだろう。
だが万が一ということがある。手を出してはいけない相手がいる。
そんなことが理解できない愚か者だっているのだ。
実際に彼の紹介してきた客はこちらに手を出してきたのだから。
「実際に手を出されたのにって顔をしているわね?」
フレアの不安顔をみて、マダムが気にかけるように聞く。
「今回みたいなケースは本当に稀。ここがどういう場所なのかも分からない人は普通紹介されないのよ。それは情報を取り扱う能力がない証左なのだから。そういう人は相応しくない。そしてもうドン・フェルッチオがこの店に相応しくないという情報は私が流すまでもなく、他のお客様の耳には入っているでしょうね」
フレアはマダムの発言に驚いた。ドン・フェルッチオが二流なのは驚愕に値しないが、ついさっきの出来事が既に情報として伝達されているという事実に驚いたのだ。
「そして情報が耳に入った以上、最近調子のいい若者の排除ないしは、取り込みに躊躇するような手ぬるい人間はうちの顧客にはいない。そちらの対応で手一杯になるはずよ」
マダムもそうだが、顧客も含めてみんな山千海千の曲者揃いで、改めてフレアはこの店が伏魔殿であること認識したのだった。
そんな中で自分のような小娘が気をもむこと自体が烏滸がましいのだとフレアは改めて思った。
「ふふふ。わかってもらえたようでよかったわ。でも心配してくれてありがとう」
マダムは自分の心が読めているのではないかとフレアは思う。
言葉に出していないのにいつも思っていることが伝わってしまうのだ。
「それで? 報告したいのはそれだけでは無いでしょう?」
思考していないことまで分かられてしまう。
「はい。私たちが現場に駆けつける前に、仲裁した人物がおりまして」
フレアはマダムの笑顔が心なしか興味深そうな笑みに変わった気がした。
だが興味を持つのも当然だろう。
客と娼婦のゴタゴタに首を突っ込む人間なんてこの辺りでは珍しい。
富めるものはそんなことに興味がないし、貧しいものは自分のことで他者を気にかける余裕などない。
「へぇ? どんな人物? 格好をつけたい、いいとこのお坊ちゃん? それとも教えを説く本物の聖人かしら?」
どちらもパピヨンがある地域には似つかわしくない人物だ。
さっきも言ったようにワザワザ仲裁に入るような人物はここにはこないし、ましてや娼館があるこの地域に聖人が来るはずもない。
「いえ。それが……」
事実を伝えてマダムに信じてもらえるだろうか? とフレアは少し心配になる。
聖人よりはあり得るだろうが、誰よりも余裕がなく生きることに必死なはずの人たち。
しかもその中でも殊更に無力なはずの……
「それが?」
マダムが楽しそうに聞いてくる。
「幼女です」
「幼女?」
「はい。8歳くらいの女の子……。しかも新移民です」
フレアも一応旧移民の分類だったが、今は新移民と変わらぬ境遇に身をやつしている。
だから旧移民に比べて新移民の生活がどれだけ大変か分かる。
マダムに拾ってもらえなかったら、生きてはいけなかっただろう。
そんな大変な中で人のことを気にかけることができるなど、ましてや……
「その場をおさめるのも、金貨を渡してお姉ちゃんを許してあげてと……」
ましてやお金の力で解決などと……。
新移民にそんな余裕はないはずだ。子供ならなおさらである。
「礼をしようと思い声をかけるも、忙しいと言って逃げるように去って行ってしまい。
どうしようかとご判断を仰ぎに参りました」
一瞬マダムは目を瞬いたが、すぐに顔を引きしめると
「フレア……。私は旧移民、新移民という言い方があまり好きではないわ。
この国に来た順番だけで区別されるのは好きじゃない」
そう言うマダムは悲しそうに眉をひそめていた。
しかし聞くものが聞けば、逆に眉をひそめるであろう発言。
___この国では特異な考え方。
フレアとてマダムに拾われなければ、当たり前だと受け入れていただろう差別。
旧移民と新移民は違うもの。それはもはや常識といってよかった。
フレアも今なら差別が間違っていると考えることができるようになった。
しかし表立っては主張できない。排斥の対象になってしまうからだ。
マダムはそれをなんとかしようとしている。
親しい身内だけが知っている彼女のその思い。
それを共有してもらえることをフレアは嬉しく思った。
「申し訳ございませんでした」
その思いを知るからこそ、フレアは深く謝罪した。
「わかってくれればいいの。それで? その小さな聖女さまの名前くらいは聞いてくれたんでしょうね?」
マダムは雰囲気を変えるために殊更明るい声で言う。
それに対してフレアも明るく返す。
「はい! それはきちんと聞きました!」
「ではお招きしてお礼をしないとね? その方のお名前は?」
「キアーラ・カサッツァです!」
フレアはことさら元気に答えたのだった。
ところ代わりスラムの一角では子供達の大きな声がそこかしこから聞こえていた。
もはや叫び声と言うべきか。
「おい! お前ら! 分け前は当分だって言っただろう!」
そう叫ぶ幼女はその見た目にそぐわない言葉遣いで、配布用のパンを適当に持っていこうとする子供に注意する。
このままでは全員に行き渡らなくなってしまうからだ。
「そんなこと言ったって、俺たち数を数えられないんだからしょうがないだろ!」
しかし叱られた子供も同じように大声で反論する。
反論されウグゥと唸った幼女キアーラ・カサッツァは心の中で悪態を吐く。
「くそ!それもこれもあのクソ野郎の財布に金が少なかったせいだ!
普通娼館に行くのに銀貨ばっかりで行くか?!
重たかったから期待したのにしけた野郎だ!」
『盗人猛々しいとはまさにこれだね』
その悪態をいちいち拾って茶化すのは彼女に付取り憑く悪魔ルナだ。
「下衆からはノーカンって話になったろうが!」
キキは苛立ったままルナに怒鳴りつける。
『僕は賛同していないよ』
だがルナは呆れた様に肩をすくめる。
最近はキキの発言にこのポーズをすることが増えて癖の様になってしまっている。
「はいはい!テラ悪魔!さすが良識がありますね!
しかしこのままでは金が足りん!
スラムのガキどももそこそこの人数集められたことだし、次のステップに行くか」
怒鳴りつけても暖簾に腕押しのルナに適当な返しをしながらも、キキは今後の事に思考を傾けた。
パンを細々と数えなければならないのを見て、収入の安定化が必要だと思ったのだ。
しかし、いつもの様に思考の海に沈もうとしたところで、キキの目にパンを大量に持ち去ろうとする子供が入ってしまう。
「おい! だからたくさん持って行くなって!
ゴロッリオ!捕まえろ!
ソニー兄さん喧嘩すんな!!
フレドにぃ!女ナンパしてないで手伝えぇ!!」
まさに蜂の巣を突いたような状態とはこのことで、キキは頭を抱える。
「てんでまとまりがない!
あっち行ったりこっち行ったり、喚くわ殴るわ転げるわ!」
子供達のパワーに圧倒されながらキキは若干の不安を覚えた。
___うまく行くかなこれ?! まとめ上げる自信なくなってきた……。
『何をするんだい?』
ルナは今度は何をするのかと興味深く思いながらキキにたずねる。
「宝くじ。資本がないから夢を売る!!
さぁて! さらに忙しくなるぞ!!」
そう言う言ってキキはパンを抱える子供を捕まえるべく突撃するのであった。
改めましてよいお年を!




