1話 『ゴットファーザーになれと言われた話』改
薄暗い部屋の中で甘ったるいお香の匂いが彼女の妖しさを増し増している。
あるいはそれは彼女自身が放つ魅力がそう感じさせるのかもしれない。
なんて純文学みたいなことを考えてしまうぐらい重い沈黙がこの場を支配していた。
時折聞こえる嬌声が今ばかりはうっとおしい。
シルクのような艶々の金髪。透き通るような碧い目。
瑞々しいぷっくりとした唇はいつも通りうっすらと弧を描いている。
娼館のみんなからはマダムと呼ばれている女性はいつも通りのうっすら笑顔だ。
組まれた足は白磁のように抜けるような白。
今はソファにゆったりと座っているが、俺と立って並ぶとちょうど目の前に太ももが来るので目に毒だ。
いつか俺の野生が目覚めてしまうのではないだろうか?
そんなマダムの対面に座る野生を秘めたるミニマムな俺はといえば、彼女が発した俺の正体を看破する一言に二の句が継げない状態。
有り体に言って混乱のキワミだ。
いつもは目を奪われてしまう深い谷間と大きな二つのお山も気にならぬ次第。
汗はダラダラ顔面蒼白。ぱっちりおめめはスイミング。
お口ぱくぱく金魚ムーブだ。
何故マダムが俺の正体に気づくことができたのか。
一緒にお風呂に入ったことだってあるのに。
『これはマズイんじゃないかい? 仕事が出来なくなってしまう。』
そんな事はわかってるから金魚ってるんだろうが。
確かにマズイ。
俺はこの国『ステイテッド』へ赤ん坊の頃に移民として来たんだがこの世界は移民に厳しい。
それはもう厳しい。
厳しすぎて仕事にありつくのが本当に困難なのだ。
正確に言えば移民だから仕事にありつくのが難しいのではなく、
最近この国に来た移民だから難しいのだ。
この国は移民して来た順番で優劣がつく。
先にこの国にやって来た奴らに差別されながら生きて行くしかない。
そう言う腐った常識があるそんな世界だ。
移民して来た俺たち家族は、まともな仕事にありつくことが難しい。
たとえ雇ってもらえたとしても普通なら二束三文の賃金だ。
そんな仕事でもクビになれば飯も食えず露頭に迷うことになるだろう。
しかしそんな世知辛い中、マダムは自分の娼館「パピヨン」の一画を俺に貸してくれている。
マダムはか弱い女の味方なのだ。
そこに差別は無く、やる気さえあれば生きていけるように、分け隔てなく手を差し伸べてくれる。
その分男に厳しいけど。いや女にも厳しいって言ったら厳しいけども。
しかもパピヨンでは女しか雇っていない。
これはこの世界では異色といっても過言ではない。
それはとことん徹底されており、客引きですら女を使っている。
ちなみに連れてきた客の金払いによってマージンを取れるシステムだ。
女性がちゃんと出来高でお金がもらえるのも珍しいと思う。
他にも娼婦の健康管理を産婆がしており、衛生管理のために毎日風呂に入らせたり、定期的な医者の検診で病気を防いだり。驚くことにきちんと避妊具の使用を客に義務づけている。避妊具は高価なものなのに驚愕の福利厚生と言える。
俺もおこぼれに預かって毎日風呂に入っているし。
あれだぜ?サウナじゃ無くて湯船だ。
湯を沸かす燃料だってバカにならないだろうに。
おっと、とはいえ俺は客を取っているわけじゃないぜ?
男はお断りだ。
俺は店の姉さんがたや、町の奥様方を相手にした占いをしている。
占いといってもモドキだけどな。
俺の可憐な見た目と相まって大好評なんだぜ?
俺の仕事は現在、我が一家の財政の大部分を担っているといってもいい。
割と儲かっているからな。やはり男は働いてなんぼだろ。
もう一つの仕事の儲けは使えないし。
普通は俺のような年齢でも客をとったりするんだろうけど、なんか全然身体が大きくならないんだよな。
だから仕方ないよね?
飯は食ってるんだけどなぁ。
他の子に比べても随分小さい気がする。
こんなんで客をとったら体を壊しちゃうよ?
いや大きくなってもとらないけど。
閑話休題。要するにマダムにここを追い出されると、
生活ができなくなってしまう可能性が大いにある。
いやなんとかできるけど、それは最終手段としたい。
妹にはクリーンなお金で育って欲しいのだ。
『選り好みできる時点で切羽詰まっているとは言い難いんじゃないかな?』
バカが。バレたら母さんにまた怒られるだろうが。
『もうどうしようもないとおもけどね?』
はい無視。
ということでどうにかしてこの場を切り抜けねばならん訳だが……。
どうやって誤魔化そうか?
俺がそんな風にうんうん俺が唸っていると、
また俺の頭上に浮かんでいる黒髪の女が話しかけて来る。
無駄に美人。
『君の誤魔化しが効くような相手ではないと思うけどねぇ?』
うるせい。そんなことはわかってんだ。
だからどうしようって話なんだろうが。
俺は心の中で頭上に浮かんでいる女に応える。
こいつは俺にしか見えないからなんの役にも立たぬ。
ゴミめ。
『ゴミとはひどいなぁ。これでも気遣っているんだよ?結果がこれじゃぁ報われない』
報われなくてもいいから汝、暗転入滅せよ。
思考の邪魔をするな。
『焦っている君の顔を見るのは楽しいねぇ』
シャット アップ!
お前を楽しませるくらいなら気合で平静を取り戻してくれるわ!
ずっとパクパクを続けていた可憐な我が口元を気合いで閉じる!
「ハムっ!」
俺は正気に戻った!!
……今の俺可愛くなかった?
そんなやり取りを脳内でしている間に、マダムが改めて告げてくる。
「坊や。あなたゴッドファーザーになりなさい」
こらあかん。坊やって言っちゃってるもの。
完全にばれてる。
いや。坊やといえば、宇宙世紀独裁国家の次男坊だもの。
俺のことじゃ無いかも!
そんなわけあるか!
俺のお口はパクパクムーブ再起動!
恩義があるマダムの希望にはなるべく添いたいと存じ上げますがファーザーって言うくらいだから男がなるやつだよね?
しかもゴッドって。神?
神とか悪魔ってイメージ悪いよね。
俺の場合、現在進行形で加速度的にイメージ悪くなってるからね。
俺が頭上の役立たずに目線をやると、
案の定ニヤニヤ嫌らしい笑みを浮かべてる。
クソが。
落ち着くんだ……虚数を数えて落ち着くんだ……
……虚数ってなんだ?
ふぅ。落ち着いた。
いやわかってるよ?
ゴッドファーザーってあれでしょ首領と書いてドンと読むみたいな。
まさか教会で言う名付け親の事って訳じゃないよな?
姉さんたちの子供に名前をつける係とか?ワンチャンそっち?
俺にできるかなぁ?
違う?……そうですか。
しかしなぁ、無理筋だと思うんだよなぁ。
だって見ての通り俺ってば幼女ですよ?
全くなんだってこんなことになったのか……。
『このタイミングで回想にふけるのかい? 割と余裕だねぇ』
まぁ、こいつとの出会いが原因だけどな。




