七八話 空の旅
さて、今夜はYouTubeの撮影しなきゃ。
何だかんだでやること多いなぁ…
貧乏暇なしとはよく言ったもんだ。
凄風の谷を目指し、空を翔けるジーク。
朝靄の残る時間のうちに村を出た一同。
靄を飛び越え、雲を越え、広がる朝焼けに染まる雲海。
「やっぱり空はいいなぁ〜」
ご機嫌な様子のジークは、鼻歌交じりの体ある。
「確かに綺麗だね。ほら、三人も見てみなよ」
ジークの声に反応し、ルーシェは馬車の荷台から顔をひょっこりと覗かせた。
「ん?どれどれ…おぉ!これは確かに綺麗じゃの〜」
「確かに美しいですね」
「き…綺麗なのはわかるけど…ちょっと怖いわね」
「あれ?エリスは高い所苦手だっけ?前に木登りしてたよね?」
「あ、あの高さなら落ちても平気なのがわかってるから…この高さは流石にまだ…ね。足の裏がモジョモジョする感じが…」
ちょっと意外なエリスの一面を垣間見た気がする。
「こうすれば少しはマシかな?」
「えっ?あ…」
手を握るルーシェ。
その行動に顔が熱くなる。
「どうだろ?少しは安心かな?」
「…うん」
(ち、違う方で胸がドキドキよ!きゅ、きゅきゅきゅ急に、どどど、どうしましょうか!?)
脳内はパニック状態で、高さを気にする余裕がなくなってしまった。
「まだ高い所が苦手だった子供の頃、こうしてもらうと安心したんだよね」
照れ笑いを見せる。
肌を流れる風の冷たさのせいで、安心感と温もりをより感じてしまった。
「わ、私も握って貰えませんか…?」
セレナスがそう言いながら、有無を言わさず握って来た。
「あれ?セレナスも?セレナスは飛べるから平気かと思ったんだけど」
「…野暮なことは言わないで下さいまし」
顔はあちらを向きながら、手だけはきゅっと。
「朝から青春しとるのぉ〜」
「ん〜?そうなの?」
「お主にはまだわからんかぁ…シルフィがいれば、二人で語らえたのじゃがのぉ…」
見た目と違い、中身はまだまだ子供なジークと、見た目以上に、中身がゲス…げふんげふん。大人なシリウスの会話も、傍から見ればおかしなものだろう。
「ところでお兄さん達。本当にゆっくり飛んでいいの?」
「うん。その方が色々といいみたいだから」
あれほどまでに焦っていたルーシェだが、急ぎたくても急げない理由が出来た。
昨晩の作業中、アクエリアスがルーシェの前に出て来たのだ。
「悪いけど数日かけて、ゆっくり目に向かってもらえないかしら?」
「理由は?」
「あの子の修行よ。身体ごと引っ張り込んでるから、かなり時間は稼げるんだけど、ちょっとね」
「?どういうこと?」
身体ごと取り入れると時間が稼げる意味と、それに続く言葉に、疑問が浮かんだ。
詳しく聞いたところ、身体ごと精神を取り入れ、限界まで体感時間をかなり伸ばしているそうだ。
具体的にいうと、一日で二年らしい。
それだけの時間を有しても足りないくらいに、高難易度の技を授けているという。
「ま、どんな技かは出て来てからのお楽しみにしてて頂戴な?」
「そういうことならわかった」
これが1つ目の理由。
もう一つは、馬である。
馬は別で専用のゲージを作り、一緒に飛んでもらっているのだが、空にもジークにも慣れるためには、かなりの時間がかかりそうだ。
最初みたいな速度で移動すれば、ストレスでかなり危険なことになりそうだと判断し、飛行速度は落として目してもらっている。
実際問題、草食動物のただの馬に、最強種である竜の、そのまた王に慣れろというのだ。
短期間では無理な話である。
それでも何とか慣れて貰わないと困るなと思うのは、人間のエゴである。
ちなみに全速力でジークが飛べば、目的地まで一時間かからないのだが、その速度では急造品のゲージも荷台も。更に言えばみんなの体から持たないのだ。
(シリウス以外だけどね)
まぁそんな理由で、4日かけての移動となったのだ。
飛竜を使っての移動よりはそれでもまだ早かったりする。
これは速度だけではなく、連続航空能力の差も大きい。
ジークは王を冠するだけのことはあり、飛竜なんて歯牙にもかけない能力なのだ。
ちなみにジークは割と子どもであるし、意外とずる賢い。
「ごめんお兄さん達。少し寄り道するよ」
「え?」
返事を聞く前に、急降下するジーク。
馬はしっかり固定し、クッション性も良い様にと、ゲージに様々な細工をしていたため、大丈夫だったようだが、ルーシェたちの方はそういうわけにはいかなかった。
強制フリーウォールによる半無重力状態。
その後やってくる急制動によるG圧力。
荷台の中がシッチャカメッチャカになってしまった。
何とか死なずに済んだみんなで荷台から出ると、大きな魔獣を嬉しそうにハムハムしているジークの姿が。
当然非難轟々になったのだが、そんなときだけ子竜に姿を変え、
「皆ごめんなさい。そんなことになるなんて知らなくて…」
と、ウルウルした瞳で、謝罪してくる。
その愛くるしい姿に、誰も何も言えなかった。
そんな感じで、初日の空の旅は無事(?)に過ぎていった。
その日の夜。
開けたところで野営をする事にした。
夜の当番を決めるときのこと。
「夜の番?たぶんいらないよ〜。僕がいるのに、わざわざ魔獣達は勿論のこと、野盗達だって襲ってはこないはずだよ?」
と言うジーク。
いつもと違い、全員寝ずの番をする必要がないことを知り、喜んだのだった。
食事も終わり、焚火を囲みながら翌日の準備を各々している。
「はぁ…」
「あれ?エリスどうしたの?」
「ん…?あぁ。何でもないわ。気にしないで」
「んー…そう言われても、声に元気がなさ過ぎるよ。よかったら話してよ?それに、僕に相談するように言ったのは皆なんだしさ?」
「う…そう言われると辛いわね……イリスと喧嘩したまま別れちゃった感じでしょ?それが引っかかってるのと、やっぱり心配なのよね。頑張ってるときって、いつもなら姿の見えるところでしてるしさ」
唯一の肉親である双子の妹。
過保護気味なのは仕方なかったりもするし、シルフィのいなくなくなった今、ルーシェには心配する気持ちが痛いほどよくわかるのだ。
「うーん…ちょっと待ってね。アクエリアス。ちょっといいかな?」
「ん?呼んだ?」
姿は現さずに、声だけの返事。
「ちょっと聞きたいんだけど、イリスがどんな修行しているか、教えてもらえるかな?」
「えー?ちょっとなぁ…」
「お願い!心配なのよ…」
「うーん…やっぱりちょっとね。ごめんね。ただ、必死に頑張ってるのは間違いないわよ。」
「うぅ…いけず…」
「信じる事も覚えなさい。じゃないといつまで立っても、二人共一人前にはなれないわ。じゃあ私は指導に戻るから」
そう言ったアクエリアスから、返事が来ることはなかった。
「ごめん。力に慣れなくて」
「ううん。ルーシェは悪くないわよ。…でもそうね。確かにアクエリアスの言う通りだわ」
そう言った顔には、まだ心配の色は残っているが、先程より元気が出て来ている。
「私も頑張らなきゃね。妹に…イリスに負けてらんないわ」
「ふむ。元気になったようじゃの」
突然会話に混ざってきたシリウス。
「その様子ならもう大丈夫そうじゃのぉ」
「そんな心配かけてた?」
「それはそうですよ」
セレナスも準備が終わったのか、声を掛けて来る。
「ご、ごめんなさい」
「いえいえ。少し前のルーシェ様に比べれば、話しかけられる分、問題ありませんでしたよ」
「うっ…それを言われると辛いな…」
皆で一頻り笑い合う。
「では元気になったようじゃし、明日からビシビシまた稽古を付けてやるのじゃ!」
「エッ!そ、そっちはちょっとお手柔らかにお願いしたいわね」
「なぁに、遠慮はいらんのじゃ」
シリウスの高笑いが、月夜に木霊したのだった。
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