第九十二話『神の仲介』
態度が戻ったのはいいんだけど……不気味だ
むう。と、僕は守矢家の玄関の先で唸った。
身体はノックをする姿勢のまま、固まってしまっている。
先週……香霖堂に行ったときの失態が脳裏に浮かび、慌ててそれを払った。
別に、自分の趣味がオタク入っているからって、天地に恥じるところはないと思っているが、天地はともかく教え子には恥じる。
なんとかあの場は取り繕ったものの、さてはて、東風谷にどんな顔して会えばいいんだろう。
「あん? 良也じゃないか」
「あ」
なんて悩んでいると、玄関の扉が開いた。
「神奈子さん?」
「ああ。こんにちわ。早苗なら、今神社の裏手の方を掃除しているはずだけど」
「あ……そうなんですか」
つっても、足は動かない。どうしたもんか……今日は今日で、連れて行くところがあるんだけどな。
「どうしたんだい? なにかあったのか?」
「いえ、その……」
神奈子さんが尋ねてくるけれど、人様にいえるようなことでは……いや、この人は人間じゃなくて神様だっけ。
なら、相談しても、いいかな?
「その、実はですね」
ことの経緯を話す。
香霖堂に行った事、そこの店主にオタク趣味を仕込んだことがバレたこと、しかもフィギュアまでその店主は作っていたこと。
……話すごとに、神奈子さんの顔は歪み、逃げるようにして香霖堂を退散したくだりで、とうとう噴き出した。
「ぶふっ! くっくっくっく……」
「笑いすぎです」
「くっ、ごめんごめ……ぷふぅ! はーっはっはは」
マジ笑いすぎである、この神様。神自重。
「いや、本当に悪かったって。くっく……。いやあ、なんだ良也、アキバ系ってやつだったのか」
「……まあ、一応」
その呼び方、好きじゃないんだけどな。
「あれか、萌え~ってやつか」
「否定はしませんけど」
すげぇ馬鹿にされている気がする。
っていうか、俗っぽい神様だな、おい。
「なに、いいんじゃないか? 趣味の一つも持たない奴なんて、つまらないに決まっている。たとえ、世間体が悪かろうと気にするこたぁない」
「……世間体が悪いって、思っているんじゃないですか」
「気にするな。ちょっとした言葉の綾だ」
いいけどね。あまり公言するような趣味でもないし……。
「まあ、早苗については気にすることないよ。漫画やアニメが好きなくらいでどうこうなるほど、懐の狭い奴じゃない」
「すっげえ冷たい目で見られましたが」
「それはあれでしょ。十八禁のやつを話してからでしょ?」
む、そういえばそうだった気もする。別にアダルトだと明言したわけじゃないけど、パソコンのゲームなんて九割がた成人指定だって知っていたみたいだし。
「あの子はちょっと潔癖なところがあるからねえ。良也くらいの年齢の男の頭の中なんて、九割九分女のことで占められているって言うのに」
「いやいや、そこまで比率は多くありませんよ!?」
なんかえらいことを言われた気がする!
「ん? そうか? でも、大差ないだろ」
「ありますよっ!」
せ、せいぜい五割くらいだ。
「しかしまあ、二次元よりは三次元に目を向けたらどうだ? とは思うけどね」
「放っといて下さい」
「彼女いないの? 外の世界じゃあ女っ気はなさそうだったけど、こっちじゃ随分と女の子の知り合いが多いみたいじゃないか」
「いません。そーゆー色気のある話は、今まで一切」
んで、神奈子さんは意外そうに目を見開く。
「そりゃ意外だ」
「意外でもなんでもないでしょう。僕みたいなのを相手にするやつなんて、こっちにゃいませんよ」
輝夜とか、からかってはくるけど、あれは百パーセント遊びだし。
「くっくっく。初心と言うか、奥手と言うか。ほらあれだよ? 君の状況だったら、普通とっくに二桁は食っちゃってるよ?」
「……生生しい話はやめてください。そんなことしたら、殺されますよ」
「君、死なないとか言ってなかったっけ」
あ、東風谷と違って、神奈子さんは信じてくれているっぽい。
でもなあ。
「死なないからと言って、延々と殺され続けるみたいな仕打ちを受けるのは嫌です」
「それも立ち回り次第だと思うけどねえ。でも確かに、みんな並の女じゃないか。二桁は訂正しよう。でも、二人や三人はモノにしろよ、男なら」
好き勝手言っている。
んなことができるんだったらとっくにやって……やって……
「やったら犯罪の奴がほとんどだなぁ……」
「ん? どうしたい?」
「なんでも。ところで、話を戻しますけど、東風谷の方はどうしましょう?」
「ああ、そうそう、元々はその話だったね」
すごい豪快な話の逸れ方だったな……
「わかった。私のほうから話しておくよ。ちょっと待ってな」
「聞きますけど、なんて話すつもりですか?」
「そりゃお前。男のサガだってことを懇切丁寧に……」
「やめてくださいお願いですから!」
すっごく心が痛くなるんですが! って、もう行っちゃったー!?
「くっ……」
追いかけても、どうせ無駄だ。
それに、話している最中に割り込むと、それはそれで凄く居心地が悪い。
……結果、僕は玄関先で体育座りして待つことになってしまった。
「あれ、良也?」
「諏訪子……神奈子さんは意地悪だな」
「あー、そうかもねー」
微妙に、諏訪子と親交を深めたりしながら。信仰じゃないのであしからず。
「あ、先生、お待たせしました」
「あ、ああ。こんにちわ」
東風谷が来た。
斜め後の神奈子さんがにやにやしている。東風谷の態度はいつもどおり……なにを話したのか、聞きたくもない。
「さて、今日はどこに行くんですか? こちらのものは全て新鮮で楽しみです」
「あ、あの、東風谷?」
「はい、なんでしょう?」
かんっぺき、いつもどおりになってる。なんだ? 神奈子さんは一体どんな魔法を使ったんだ? 特に魔力は感じなかったが。
「ま、まあいいか。僕は気にしないことにする……」
「はい。私も気にしないことにしました」
……なにを?
「よし、行くか。東風谷付いて来い」
「了解です。先生」
飛び立つ。
東風谷は神奈子さんに手を振っていた。……で、その神奈子さんは、僕に向けて親指を立てる。
「気にしないのが吉なのかな……」
どうにも納得いかないけど。
「それで先生。今日はどちらに?」
「幻想郷の危険スポット筆頭、紅魔館だ。その中にある図書館に行く」
普通の人間だと、気軽に利用するわけにはいかない図書館だが、東風谷くらいの実力があれば、あそこは調べ物に最適だろう。こっちやインターネットとかないし、地味に情報の取得に苦労する。
「図書館?」
「すっごいぞ。並の市立図書館なんか目じゃないくらい蔵書がある。外の世界の本も、割合は少ないけど結構な数だ」
まあ、最近の本とかはないんだけど、それでもちょっとした調べ物くらいには十分だ。人里にも本屋はあるけど、流通自体ほとんどない。図書館みたいな公共の施設もない。
「はあ、でも危険スポットって?」
「あそこは吸血鬼の根城でな。何を隠そう、僕も何回も血を吸われている」
「ええ!?」
驚く東風谷。
当然も当然。吸血鬼なんぞ、まるっきりホラー映画の世界だ。
「吸血鬼に血を吸われたって、もしかして先生も……」
「あ、いや、どうだろ」
あれ? そういえば、吸血鬼に咬まれた人間は吸血鬼になるのがセオリー。でも、僕は血を吸いたくなんてないし、お天道さんに胸張って生きている。
なんだろなんだろ、と考え、ラノベ的思考で設定を模索する。
「えっと、多分、血を吸いきって相手を殺さないといけないとか、飲むだけじゃなくて自分の血を送らないといけないとか、そんな設定だろう」
「設定って……」
「気にするな。今までなってないんだから、これからもならないよ。多分」
「アバウト過ぎません?」
別に、吸血鬼になっても僕は構わないし。ほら、ちょっと格好良くない?
「本当に吸血鬼になっちゃっても知りませんよ」
「どんと来い、だ。……いや待てよ」
そういえば、吸血鬼に咬まれたら主に絶対服従じゃなかったか?
……今も大して変わらんか。
「いや、やっぱり問題なかった。さて、行くぞ東風谷」
「……本当に大丈夫かなぁ」
「先生を信じろ」
「信じたいんですけど、今までの行動を考えると……」
「か、過去を振り返るんじゃない。僕たちには輝かしい未来がある。ほら、あの夕日に向かって飛ぼう!」
まだ真昼間なんですけど、という東風谷の突っ込みを無視して、僕は飛ぶ。
教え子に信頼されないのは少々悲しいものがあるが……とにもかくにも、次は紅魔館だ。生きて帰れ……もとい、一度も死なずに帰れるかな、僕。




