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東方奇縁譚  作者: 久櫛縁
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第九話『おつかいとリベンジ』

今後、僕は夜に一人で出歩かないことを誓った。……つーか、痛い

「……ふむ。あとは、塩、か」


 買い物メモに目を通しながら歩く。

 僕は、里に買い物に来ていた。妖夢からの頼まれごとだ。


 そろそろ本気で何もせず白玉楼に居座るのが居心地悪くなってきたので、なんでもいいから仕事をくれ、と言ったところ、仰せつかった。


 なんでも、自分が行くと冥界からお迎えが来ているように思われて、普通の人間に敬遠されるらしい。

 なんとなく、気持ちはわからなくもない。


 その点、僕の場合見た目だけなら普通の人間と変わらないので、こういう役目はぴったりだ。


 ……ほらそこ。僕の内なる悪魔め。『はじめてのおつかい』とか言わない。


 ま、まあそれに。幻想郷の人里というのも気になっていた。きょろきょろとおのぼりさんみたいに周りを見物しながら買い物を進める。


 当たり前と言うか、コンクリの建物なぞ存在せず、家屋は全て木造だ。

 どこか、時代劇かなにかを髣髴とさせるような町並み。だが、技術は進んでいなくとも生活に困ってはいないのか、道行く人はみんな笑顔だし、着ているもの(着物である)も清潔だった。


 食料も豊富で、野菜やらなにやら、簡単に買えた。お金は無論妖夢から預かったものである。


 さて、そこで一つ問題が。


「おじさん。塩ってどこで売ってんの?」

「ああ? 塩ぉ? 塩屋も知らないなんて、お前どっから来たんだ?」


 最後のリストの品だけどこで売っているのかわからなかったので、適当にそこらを歩いている人に聞いてみると、呆れられた。


「……ちょいと、外から」


 素直に冥界と答えて怖がられるのもなんなので、誤魔化した。

 嘘ではない。外の世界出身なのは間違いない。


「外から?」

「はい。ほらほら、服、服」


 とりあえず、一番わかりやすい違いを見せる。


 僕の着ているのは、ごくごく普通のTシャツとジーンズ。が、ここでは結構珍しい服装だ。


「ふーん。確かに、見慣れない服だな」

「でしょ?」

「つーことは、なんだ。今どこで暮らしてんだ? よかったら、世話してやろうか」


 いきなりの提案に面食らう。

 ずいぶん親切だ。これが日本人が失いつつある義理人情の心意気か。


「え、えーと。今、別に世話になっているところがあるから。でも、ありがとうございます」

「そっか。いや、帰りたがらない外の人間は、色々と役に立ってくれるからな。苦労していないんならいいんだ」

「僕のほかにも、外の人間が?」


 それは驚きだ。

 でも、そうか。魔理沙は確か、外の人間を見たことあると言っていたっけ。


「ああ。ウチの隣近所の成美なんかがそうだ。なんでも、外でぱてぃーしうぇとかゆう甘味処を目指してたらしくてな。珍しい菓子を出すってんで、人気者だ」

「へえ」


 パティシエか。

 確かに、そういう手に職を持っている人間は、重宝されるだろう。この幻想郷は、技術と言う点では外からずいぶん遅れているようだし、あまり海外の文化は入ってきていないようだ。


「あんたも、そういうのできるのかい?」

「いやあ、僕は所詮普通の大学生ですから」


 っと、大学生なんて言ってもわからないか。


「ま、ぼちぼち仕事は探しますよ。いつまでもタダ飯を食ってるわけにもいきませんし」

「そりゃそうだ。……で、塩屋だったな。そこを左に行って、ちょっといったとこだ。塩って看板出てるから、すぐわかるだろ」

「ありがとうございます」


 おじさんは、笑っていいよと手を振った。


「どこの家に世話になってるんだ? ここで会ったのもなんかの縁だ。なにか困ったことがあったら助けてやるぜ。

 特に、外の世界にはいないらしいが、ここには妖怪ってのもいるんだからな」

「白玉楼ですよ」


 言って、立ち去る。

 手を振るのも忘れずに。


『白玉楼って……は? め、冥界のかっ!?』


 ……なにやら、驚かせてしまったらしい。








「ふう……重く、ないってのも意外だ」


 風呂敷に一昔前のこそ泥よろしく大量の荷物を入れて背中に背負っているのだが、あまり重いと感じない。

 中に入っているのは米、塩、味噌、砂糖、醤油、根野菜等等……要するに自足しにくくかつ重いものが詰まっているのだが、普段と変わらない調子で飛べる。


 やはり、幽霊に重さは関係ないということなのか?


「しっかし、遅くなっちゃったな」


 もう夕暮れだ。人里まで行くのに迷ってしまったのがマズかったかもしれない。

 あと、色々見物しすぎた。

 下に広がる広大な森にでも入ったら、まったく回りが見えないかもしれない。


 ……やだなぁ。こんな時間帯だと、嫌な思い出が。


「ん?」


 遠く、なにやら周りよりずっと暗い場所が見えた。

 なんだあれ。


 まるで、あそこだけ早く夜になっちゃったみたいな……


 なにか、まずい。直感だが、あれは……


「こんにちは!」

「は、は!?」


 聞き覚えのある声がその闇の中から聞こえた。ほんの一週間ほど前の記憶がまざまざと蘇ってくる。


「あれー? あんた、この前会った人間だっけ?」

「わ、忘れるなよ」


 ええ。僕は一日たりとも君の事を忘れたりなんてしませんでしたよ。無論、悪い意味で。


「空を飛んでる人間は珍しいから忘れてないよー。美味しそうだし」

「そ、その評価は、納得、いかない……ぞ」


 我ながら腰が引けまくっているのがわかる。


 妖夢および霊夢への聞き込みによると、彼女の名はルーミア。闇を操る程度の能力を持ち合わせる雑魚妖怪。

 ……どう考えても、雑魚っぽい能力に聞こえないんだが。


「とりあえず、用がないなら僕は「ちょっと食べさせてくれない?」」

「……人の話を聞け」


 顔が引きつる。

 人間の少女の見た目と、普通に言葉が通じることから、なんとか話し合いによる解決を図ってみようにも、彼女と僕とでは常識が違いすぎる。


 やはり、ここは逃げの一手――!


「あばよぅー!!!」


 転進、全力疾走。


「あー! 待ちなさいよー!」

「待てと言われて待つ奴ぁいねぇよ!」


 前の僕とは違う。

 スピードは以前の三割増し。それに、威力は悲しいものがあるが、反撃の手段だってある。


 みすみす食われたりは……


「って、うぉぉぉうっ!?」


 以前、僕の前髪を奪っていった光の弾が、再び脇を掠めた。


「待てー! 待ちなさいってばー」

「くっ!?」


 もうこんなに詰められた?


 ……多少早くなったところで、まだまだ妖怪を振り切れるほどではないと言うことか。


 でもどうしよう。神社とか、白玉楼とか、人間の里とか、そういう避難できそうな場所からは、微妙に遠い。

 逃げ切れない。


「くっ……やったるわっ!」


 腹を括る。

 倒すまでは行かなくてもいい。なんとか怯ませて、その隙に逃げられれば御の字。


「い、っけっ!」


 振り向きざま、ありったけの力を込めた霊弾を投げつけた。


 ……顔面に命中。うわ、当てたこっちが気の毒になるほど、見事に当たったな、オイ。


「うわっ!? い、いったーい。なにすんのよー」

「人を喰おうとする奴の言う台詞か!?」

「だって、妖怪は人間を食べるものでしょ? 私は当たり前のことをしているだけ。当たり前じゃないのは反撃してくる貴方の方じゃない」

「なにそれ!? 逆ギレにしても支離滅裂だなおい!?」

「逆なのは貴方よ。まったく、紅白といい、貴方といい……」


 ぶつぶつと納得いかない風なルーミア。より納得いっていないのは僕のほうであるのは言うまでもない。


「こうなったら、骨まで美味しく食べるわよ」

「絶対不味いからやめとけ」


 真正面から相対し、不意にバトルが始まった。


 ルーミアのほうは、以前と変わらず、光弾。だが、こちらは以前とは違い、かわすだけじゃない。

 要所要所で、霊弾をお見舞いしてやる。


「いたっ!? いたた……やったなー!?」


 しかし、効いていない。

 普段から妖夢の弾幕をかわしているためか、彼女のまばらな弾幕に当たることはないが、倒すことも出来ない。


「闇符『ディマーケイション』」

「っ!? スペルカードか!?」


 ルーミアが、その符を宣言するとともに、環状の弾幕がゆっくりと近付いてきて、


「うっわっ!?」


 その隙間に体を潜り込ませようとしたまさにその瞬間、足の速い第二の弾幕が僕を襲ってきた。


「ぐ、うううううううううううう!!!!!」


 体を丸め、左手を押さえる。

 

 ……被弾した。左腕の肘から先にかけて、千の針を刺したかのような痛みが走る。

 ちらり、と見てみると、とてもグロテスクなことになっていたので、見なかったことにした。


「う、く!」


 しかし、ルーミアの方は待ってくれない。容赦なく弾幕を叩き込んでくる。


 ……マズイ。マズイ。先ほどまでの動きのキレはもう望めない。


「死……んで」


 ルーミアへ特攻する。次の弾幕を放つまでの、今の僅かな時間が勝負。


「たまるかっ!」


「わ」

「わ、じゃない、よ!」


 無事な右手で、懐から一枚の符を取り出し、名を宣言する。


「鉄、符……」


 お遊びで作った札を胸に押し当て、熱血をかける勢いで、叫んだ。


「『ブレ○トファイヤァァァアァアアアアアアアアーー!』」


 符の中の霊力が開放され、胸から霊力砲を発射する。ふざけた名前の割りに、うまくいった。

 本家にはとても敵わないが、それでも僕基準からすると、非常に強力な攻撃。


「ん、い、痛い……。痛いよーー」

「い、たいで、済ま……せんなボケ……」


 僕の全力は、しかし、彼女の服をボロボロにしただけにとどまった。……むう、妖怪も下着なんて、着る、ん……


 落下。そう、はっきり認識した。

 僕の体を宙に支えていた力が抜け、地面にぐんぐん近付いていく。


「えいっ」


 そして、追撃の光弾が僕に襲い掛かる。


 ……まともに食らえば、墜落を待たずして僕は意識を失うだろう。そして、ルーミアに食べられ、二度と起きない。


「……っ!!」


 自然に腕を前に上げていた。

 弾をぎりぎりまで引き寄せ……『壁』を作る。


 でも、一発だけ。それだけで、僕の『壁』はあっさり陥落した。

 それが僕の限界。『受け止める』というのは存外に無茶な行為らしい。


 続く、二発目、三発目が無防備な僕の体を襲い、


「おいおい、私ンちの近所でなにやってんだよ」


 不意に視界に入ってきた白黒が、それらの光弾を相殺した。


「……魔理沙?」

「おう。良也じゃないか。なんだ? こんなところで弾幕ごっこか?」

「これがごっこに見えるのか?」


 魔理沙が跨る箒に情けなく受け止められながら、力が篭らない左腕を見せる。

 魔理沙は『まぁな』と頷いて、ルーミアのほうを見た。


「へい。ルーミア。こっちの人間は、私の知り合いでね。食べんのは、我慢してくれねぇか」

「うるさいわね。あんたも私の邪魔をする気?」

「あ~~、結果的にはそうなるが」


 めんどくさい、と思っているのがありありとわかる。


「ま、見捨てるのも寝覚めが悪いしな。というわけで、私の安眠のため、大人しく引いてもらうぜ。『渡る世間は鬼ばかり』っていうしなっ」

「そーなのかー」


 もはや、完全に意味が通らないことわざを言って、魔理沙がルーミアに襲いかかる。


 ……圧巻、だった。


「むちゃくちゃだ」


 痛む左手を押さえながら、なんとか自力で宙に浮く。

 少し離れたところから、魔理沙とルーミアの弾幕勝負を眺めてると、いかに自分のレベルが低いのかが良くわかった。


 ルーミアのほうは、まだ理解の範疇にあるが、僕と同じ人間のはずの魔理沙の弾幕は、もはや人間技ではない。

 魔法使い、という言葉に偽りはないのか、星やレーザーを象った霊気が、まるでルーミアを押しつぶすように殺到する。


 ほどなく、決着がついた。……魔理沙のほうは、スペルカードすら使っていない。


「お、覚えてなさいよー!」

「十年はや……いや、遅いぜ」


 十年前ならば、ルーミアにも勝ち目があったということだろうか……。


「おい? 良也?」

「あ、魔理沙。ありがと……」

「それはいいけどよ。顔、真っ青だぜ。幽霊も貧血になったりするのか?」


 生霊だっつーの、と言えたのか言えなかったのか。


 もはや、そんなこともわからず、僕はゆっくりと意識を手放した。

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