第八十八話『教えるもの』
これは割と性分なのかもしれない
「あら、良也さん。いらっしゃい。今日はやけに早い時間に来たわね」
「よう」
霊夢に右手を上げて、挨拶をする。
……前の宴会から一週間が過ぎた。大学もあるので、あんまりこっちに来ることも出来ないのだが、色々と気になっていることもあり、急いでみた。
「霊夢ぅ。聞きたいんだけど、東風谷たち、うまくやってる?」
「守矢の連中? さあ、噂は聞かないけど」
「……まあ、お前に聞いた僕が馬鹿だったんだろうけど」
人里の噂には疎いやつだもんな。
しかし、困ったら霊夢を頼れ、と守矢の人たちには伝えていたんだけど、来てないってことは問題な……
「それはないか」
僕が幻想郷に来たばかりの頃を思い出すに、問題はあるに決まっている。
しかも僕とは違い、あっちは一から生活基盤を築かなくてはいけないのだ。はっきり言って、無理もいいところ。うまいとこ天狗とか河童辺りに助けを求めていれば大丈夫だろうけど……
「心配だ……。霊夢、僕ちょっと見てくるわ」
「そお? まあ、外で知り合いだったんなら、良也さんが相手するのがいいかもね」
「ああ。まあ、夕飯くらいまでには帰ってくると思う」
「了解。仕方ない、掃除は自分でするか」
手をひらひらさせて霊夢は僕を見送る。
……っていうか、普段から掃除は自分でしとけよ。
んで、僕は守矢神社に行くべく、妖怪の山にひとっ飛びするのだった。
んで、着いた。
まあ、妖精が暴れでもしていない限り、割合簡単な道筋だからな。
途中、顔見知りの河童と白狼天狗に挨拶しつつ、山の上へ。
あ~、でも椛がいるところから先は、割と未知のゾーン。守矢神社に来た二回しか通ったことないので若干迷う。
しかも、神奈子さんと天狗が取り決めた参拝ロードから少しでも外れると、問答無用で天狗に追い出されるオマケつき。……むう、これじゃあ、人里の人も来にくいんじゃあないか?
などと、心配しつつも、なんとか到着。
やっぱ、外の守矢神社と比べて広いなあ、なんて感想を抱きつつ鳥居をくぐり、境内へ。
「お。よーっ! 東風谷ー! 遊びに来たぞ」
掃除している東風谷を発見し、挨拶をする。
一拍遅れて、東風谷が振り向いた。
「……あ、先生。こんにちわ」
「なんだ、その今にも死にそうな顔は」
いやいや、マジで。
青いとか、そんな感じではないけど……そう、生気がない。例えるなら、二日酔い。
「いえ、なんでもないですけれど」
「なんでもないって顔じゃない。なんだ? 慣れない環境で寝不足か?」
前の宴会のときは、そんな様子はなかったが。もしかして、病気でも患ったか?
「いえ、本当になんでもありま」
ぐ~~、と間抜けな音が響いた。どこからかは知らない。東風谷の腹なんかじゃない。
「……こほん」
僕は咳払いをする。あー、あー。今日ものどかで良い天気だなあ。鳥たちもあ~んなに気持ちよさそうに飛んでて。そう、あの中の一匹が『ぐ~』とかいう鳴き声をするんだろうなあ、わっはっは。
「……なにか言いたいことがあればどうぞ」
「待て、東風谷。そんなこと言いながら、棒を構えるんじゃない」
霊夢の持っているお払い棒とは形の異なった東風谷専用お払い棒(なんだろうか?)。羞恥から、ちょっと涙目になっている東風谷はそれを構えて、今にも弾幕を撃ちそうなほど霊力を高めている。
いや、いくら僕が不死身だからって、その突っ込みはないと思うんだ真面目に。
「も、もしかして、食ってないのか」
確か、宴会用のつまみも作れねぇとか言って、河童連中が台所を全面的に改装していたはずだが。
「……いえ、今朝はちゃんと食べました。コゲちゃいましたけど、全般的に」
あ~、竈は火力調節が大変だもんねえ。かく言う僕も、こっちに来て初めて炊いた御飯は、見事コゲた。いや、だって鍋で米炊くなんて現代っ子には無理ですよ。
他にも、炒め物とか煮物とか、とにかく火の勢いの調節は難しい。料理を焦がしてしまうのは、まあ仕方ない面もある。
「でも、秋だぞ、秋。食うもんなんてそこら中に……」
「茸や山菜の類はどれが食べられるか知識がありませんし、獣の類もこの山にはいません」
「あ~」
今度、食べられる野草とか、そういう本を持って来てやろう。そういえば、僕だって霊夢とか魔理沙が持ってくる奴を適当に調理するだけだしな。
「で、人里には当然行ってないよな」
「え、あ……はい」
ガシガシと頭をかく。見るところ、これだけ神社が立派になっても相変わらず参拝客は一人もいないみたいだし。
「はあ、とりあえず、飯を作るか……材料はあるか?」
「あ、ありますけど……。その、補給の目処が立たない以上、下手に手をつけるわけには」
「目処は後で立ててやるから、とりあえず食え。話はそれからだ」
ダイエットの必要があるような体型でもないくせに、ちゃんと食っていないとは何事か。
僕は、東風谷を伴って母屋に入り、台所に案内してもらった。
「んぐ、ぐっ、ぐっ……良也っ! おかわりっ!」
「たんと食いねえ」
元気よく茶碗を突きつけてくる諏訪子に御飯を山盛りにして返す。
とりあえず、御飯と味噌汁と野菜炒めだけのシンプルな献立だが、空腹と言う最高の調味料を自前している東風谷と二柱の神はもりもりと食べていた。
「ったく、そうなる前に、霊夢に相談しろって言っただろ」
「で、でも、あんなことをした後に頼るのも……」
「いや奴は間違いなく気にしていない」
つーか、ここと話がついたその瞬間に、そういう怨恨は綺麗さっぱりなくなったに違いない。怨恨なんて面倒くさいものを奴が持続できるわけないしな。
「いやあ、しかし、やっぱ竈で炊いた米は美味しいねえ。ほら、早苗、炊き方は教えてもらったんだろ? 明日からは少なくとも米は美味いってわけだ」
「あ、はい、わかりました神奈子様」
「いや、ま。ちょっとしたコツですよ」
まあでも、そのコツも僕は霊夢から習った。教えてくれる人もいない状況で、勘と経験だけで炊き方をマスターするのはいささか難しかったんだろう。
「でも、そろそろ食材が尽きかけていますね……なんとかしないと」
ご馳走様、と手を合わせた東風谷が呟く。
さて、さっき僕が言ったことをもう忘れたか。
「だからさー、そこら辺、僕が教えてやるよ。食材の調達の仕方とか幻想郷の歩き方とか。分かる範囲でだけどな」
余った米をおにぎりにしつつ言う。
「え? いいんですか」
「まあ、元講師のよしみで。……いいですよね?」
一応、東風谷の保護者は二柱の神様だ。確認のため、視線をやると、よろしくお願いするよ、と即答された。
「私たちは最悪食べなくても大丈夫だけど、早苗は身体的には人間だからねえ。よろしく」
「できればお酒が呑めるくらいまで。最近、天狗との宴会でしか呑んでないから」
「……へいへい」
保護者の許可はもらった。あとは東風谷本人の意思だけど……
「よ、よろしくお願いしますっ!」
確認するまでもないか。
おし、余った米は全部おにぎりにしたことだし、行くか。
「行くぞ東風谷。僕について来い。まずは人里だ」
「はい、先生」
手に付いた米を舐め取りつつ、立ち上がる。
「ってか、良也って割と甲斐甲斐しいよね」
「なにがだ、諏訪子?」
「いや、おにぎり……」
ん? まあ、いつも御飯が余ったら作ってるし。別に甲斐甲斐しいとかそういうのじゃないと思うけど。
「んなこたないって。じゃ、お嬢さんをちょいとお借りしますんで」
「はーい、よろしくー。早苗ー、ちゃんとやるんだよー」
神奈子さんと諏訪子の声援を受けながら、僕と東風谷は表に出て空を飛ぶ。
まずは人里。里の人たちに紹介と、食べ物が買える店。その後は幻想郷の近付いちゃいけないスポットを教えたりもしなきゃならんか。
まあ、そういうことになったわけさ。
僕も面倒見がいいねぇ。




