第八十三話『幻想郷最速のスピード』
無駄に速いよ。無駄に。(大事なことなので二回言いました)
にとりと共に、いつも椛がいる滝まで来た。
ここらにも妖精が大量にいたけれども、そろそろ疲れてきた僕はにとりに任せて安全に通行した。
「な~んか、便利に使われている気がするなぁ」
「気にするな。それ、そろそろ椛んとこに着くぞー」
僕なんかよりよっぽど強いんだから、ちょっとくらい盾になってくれてもいいだろうが。
……さて、しかし、いつもここらに来ると椛が姿を現すんだけどな。
「おいおい、このままだと、天狗様の領域まで行っちまうよ」
「だよな。……どうしたんだろ、椛」
「私みたく、巫女にやられたんじゃないか?」
その線が濃厚だなぁ……。まさか死んじゃいないと思うけど落とされて川に流されて……なんてことくらいは普通にありそうだ。
「そんなわけはないだろう」
「うわぁ!?」
いきなり後ろから声をかけられて、背中が跳ねてしまった。
「も、椛か」
「こんにちわ、良也。さて、君がここにいるということは、察するにあの巫女の追っかけか?」
「追っかけ、って言い方については反論したいけど……まあ、そうかな」
見ると、椛もにとりと同じく、微妙にボロボロになっている。
「椛も霊夢に?」
「……まあ」
微妙にプライドが傷つけられたような顔で、椛は頷く。
ははあ、流石の白狼天狗も、博麗の巫女相手だと分が悪かったと見える。
「今は、文さんが足止めをしているはずだ」
「射命丸が?」
「ああ、あの巫女と親交の深い天狗として、説得に当たってもらっている」
「……いやあ、今の霊夢を説得できる妖怪なんていないと思うけど」
僕か魔理沙といった人間連中なら、餌(賽銭)で釣って可能性あり、というところか。出会ったら問答無用で退治する対象である妖怪が、説得できるはずがない。
「まあ、そうだろうな。大天狗様も、今の博麗の巫女を止めるのは不可能だと漏らしておられた」
「……大天狗って、妖怪の山のボスだよね」
「ボスではない。自警団のリーダーだ」
そうだっけ。
しかし、深山の大天狗、と言えば、音に聞こえた大妖怪。そんな妖怪でも霊夢はどうしようもないのか……。
冷静に考えると、僕はとんでもない奴と一緒にいるのかもしれん。
「そんなわけで、私は巫女の監視を命じられた。あの巫女と山の神社の連中をぶつけて、観察しろってね。
それで、もしよければ同行してくれないか?」
「え? あ、いや、それは僕としても助かるけど……僕が山に入ってもいいの?」
普段、立ち入れるのはここまで。
縄張りに人間が気安く立ち入ると、天狗としての面子に関わるらしい。
「構わない。既に巫女が入り込んでいるし、彼女と親交の深い貴方が来てくれれば、例え巫女に気取られてもなんとでもなる」
「……あんまり期待しすぎない方がいいぞ」
所詮、僕は土樹良也だし(意味不明)。
「そっかー。大天狗様もちゃんと山に居着いた神様のこと、考えてるんだ」
「当然だ。ああも傍若無人な連中をいつまでも野放しにしておけるものか」
「うん、わかった。良也、椛、私はこれで帰るよ。天狗様が動いているんだったら、私も安心だ」
にとりはうんうんと頷き、手を振って川の方へ帰っていった。
霊夢、信用されてないなぁ。
一応、異変解決率100%のはずなんだけどなぁ。
「さて、急ぐぞ。文さんの実力なら巫女を倒していてもおかしくないが、あの人はすぐ手を抜くからな……手加減という意味ではなく」
「それはよくわかる」
射命丸がネタ探し以外で本気でなにかをするなんて、まったく想像が出来ない。
幻想郷でも最強クラスだと、誰かが言っていたような気もするが……それは嘘だろう、いくらなんでも。
「やー、はー。椛、私負けちゃいましたー」
などと、妖怪の山を登って出会った射命丸はあっけらかんと負け宣言をしていた。
まったく悲壮感というか、悔しさと言うか、そんなものが感じられない。
「って、あやや!? 何故に土樹さんと椛が? さては……」
「メモを取るな。そんなにネタに飢えているのか、お前は」
「いやはや、そうですねー。最近、部数も減りがちで……。やっぱり、ラブが足りないんでしょうか。ここらで土樹さんが誰かと付き合いでもしてくれれば、いい記事が書けるんですがねー。
ほら、『土樹良也さん、無謀にも巫女と魔法使いとメイドと吸血鬼と半霊と亡霊と兎と姫と八股をかけるっ!』とか」
それ、僕殺されるだけじゃ済まない。
三桁くらい殺された挙句『生きてきてマジすんません』と言いたくなるような責め苦を受け、永遠に目覚めないよう封印される。
「で? 真面目な話、巫女を追いかけてきたんですよね?」
「……ああ」
真面目な話が出来るんだったら、最初からして欲しかった。
「惜しいですねー。タッチの差でした。もう三分早く来てくれれば、巫女に追いつけていたんですが」
「文さんが手を抜いたからでしょう?」
「それは誤解ですよー」
椛の突っ込みに、射命丸は手をひらひらさせる。
まったく誠意の感じられない受け答え。……まあこれが射命丸だ。
「私は単に、迷惑な来客を、これまた迷惑な神社の連中にぶつけて、天狗社会に矛先がいかないようにしただけです」
「うーわー。詭弁だ、この天狗」
「詭弁とは失礼な。きっと大天狗様も同じ考えでは?」
椛は複雑そうに頷く。
どこか納得のいっていない風情だが、椛は真面目だからな……
「はい。私が巫女の監視を仰せつかりました」
「そうですかー。そうすると、土樹さんを矢面に出して巫女に気付かれないようにする作戦ですね」
「……はい」
頭の回転は早いんだよなー。流石幻想郷最速。
問題なのは、その速さを、全ていらんことに使っていることだ。
「ならば、頑張って行って来て下さい。私はここで応援していますんで」
「……手伝ってくれても」
「残念。私は報道部、貴方は自警団。ほら、この仕事は本来貴方の役目でしょう? サボってはいけません」
冷たいなぁ、意外と。
まあ、妖怪なんてのは大抵そんなもんなのかもしれないけど。
……いや、射命丸はそんなこと考えていないな。ただ面倒なだけだ、きっと。
「でもさー、あっちの神社のこと、真っ先に取材しなくていいのか?」
「はい?」
ふと思いついて、射命丸を焚きつけてみる。
「だって、あの神社のこと、他の天狗もまだ調査していないだろ? 射命丸が一番に取材すれば、それは大スクープになると思うんだけど」
なにせ、新しい神社である。
霊夢に喧嘩を売っているという時点で、話題性は抜群だ。
それは考え付いていなかったのか、射命丸はうぬぬ、と唸る。
「むー、確かに。あの神社の方々がどこから来たのか誰もわかりませんし……。それに、あれだけの力を持った神。相当な大物のはず……」
あ、揺れてる揺れてる。
別に射命丸に来て欲しいわけでもないけど、椛が働いているのに射命丸だけ楽するのは、なんか癪だし、もう一押しかな。
「大体、僕だって山の神社のことは知らなかったんだ。射命丸が記事にしてくれりゃあ、喜んで読んだのに」
「む……う、なるほど。土樹さんの言うことももっともです。さあ、行きましょうか!」
……決断はやっ。
そして、いきなり僕らを置いて飛ぶんじゃないっ!
「椛、置いてかれるぞっ!」
「え? あ、はいっ」
僕と椛は、射命丸を追って飛ぶ。
……っていうか、はぇえよ、幻想郷最速。
僕だってそんな遅いほうじゃないんだけど、ぐんぐん差がつく。
あいつめ、記事のこととなると、やっぱり本気になるのな。
「あ、文さんを追わないと!」
「まあ、霊夢の邪魔はしないと思うから、大丈夫だって」
……さて、こっちは椛と二人で、のんびり行きましょうか。




