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東方奇縁譚  作者: 久櫛縁
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第七十一話『稗田阿求』

ときに、このお子ちゃまはマセすぎだと思うのだが、どうか

 それは、いつものように人里へお菓子を売りに出かけたときのことだった。


「んー?」


 ようやく暖かくなってきた空気を楽しみつつ、人里へ飛んでいると、ふと地上に黒い点があるのを発見。

 ……なにかなぁ? と頭を働かせ、一瞬でその解答を弾き出す。


「ルーミアか?」


 過去、何回か襲われたことのある宵闇の妖怪。幸いにも、昼間はいつも闇をまとっている彼女は、視界が狭い。とっとと逃げよう……というところで、そのすぐ近く……三メートルほどの位置に人間がいるのを発見した。


「げっ!?」


 明らかに、ルーミアはその人間を狙っている。

 いくらなんでも、あそこまで近くに行ってルーミアが気付かないと言うこともないだろう。人間のほうは女性……すぐ傍で息を潜めているルーミアに気付かず、植物――薬草かなんかか?――を採取している。


「くっ!」


 迷いも一瞬、僕はその二人へ向けて、全速力で向かった。


「逃げろっ!」


 加速しながらも、女性に声をかける。

 僕の声に反応した彼女は、やっとのことで背後に迫っていた闇に気付いて、悲鳴を上げ、


「いただきまーす」

「まーす……じゃねぇ!」


 弾幕を撃ちまくりながら、ルーミアと女性の間に強引に割り込んだ。


「いたっ!? あ、あー! あんた」

「ぃよう、久しぶり」

「今日はご飯が二人かぁ。食べきれるかなぁ? ねえ、食べていい人類」

「誰が食べていい人類かっ!?」


 ツッコミを入れながらも、隙をうかがう。


 さて、どうするか……

 正直、僕一人なら逃げるだけならなんとかなる。弾幕で牽制しつつ、人里まで行けばこいつも追ってはこれない。


 しかし、人一人を抱えて逃げるとなると……追撃があることを考えると彼女を無傷で逃がすのは無理臭い。


「仕方ない……」

「ん? どーしたの。お腹でも痛いのか?」


 ふっ、僕が貴様に襲われてこれまで、なんの対策も練っていなかったと思うなよ。

 いつの日か復讐(しかえし)するために、色々と考えていたんだよ。


 懐から、特製のスペルカードを一枚取り出す。


「やるのー?」

「やるか、ボケ」


 あいにく、喧嘩が嫌いなのだ、僕は。


「……目、瞑って」

「え?」


 背後の女性に、小声で呼びかけ、スペルカードを発動。


 ふっ、食らえ。コレが龍符、鉄符、超符に続く、まんが必殺技シリーズ第四弾!


「光符……『太○拳』!」

「うわぁあ~~!」


 カッ! とスペルカードから閃光が溢れる!

 閃光が奔るのは一瞬……だが、闇の妖怪であるルーミアの目を眩ませるには十分だ。


 効果が劇的なのを確認し、背後の女性を掻っ攫って空に飛んだ。

 舞い上がったあたりで中指立ててファックユー。とりあえず、この仕草で前回の溜飲を下げた僕は、


「あ~~ばよ~~ぅ!」


 思い切り馬鹿にしつつ、全速力。

 一度離せば安心だが、念のため相当距離を取るまで全力で飛んだ。


 ちらり、と背後を振り返ると、追ってくる気配はない。……逃げ切った、か?


「ひっ、た、高い……」

「あー、すんません。でも、あのままあそこにいたら喰われていたし」


 ようやっと落ち着いたのか、自分のいる場所に気付いて怯える女の人。

 ……あ~、そうだよねー。高いところって怖いよねー。最近、自分で飛べるからすっかり忘れていたが、人間、誰しも高いところの恐怖は拭いがたいのだ。普通は。


「もう少しで人里なんで、そこまで我慢してください。しっかり掴まってれば落ちませんから」

「は、はい」


 ぎゅ、としがみついてくる女性。……む、役得?












「到着、っと」


 今度は特に何事もなく、人里に辿り着いた。いやはや、久々にちょっと肝が冷えたね。……久々でもないか。


「どうもありがとうございました」

「あー、いやいや、別にいいよ」


 深々と頭を下げてくる女性に、手を振る。

 半分くらい私怨が入っていたし、別に困っている人を助けるのは当然のことだし。前回、映姫に言われて、少しは気にしてたんだ、僕も。


「んじゃ、僕はこれで……」

「そんな。それじゃあ私の気が済みません。どうか、お礼をさせて下さい」

「礼……つったって」


 別に、お金とかが欲しくて助けたわけでもないんだが。


「丁度、私の奉公している屋敷はすぐそこです。せめて、お茶でも」

「……はあ、いいのかね」

「大丈夫です」


 変に言い切る女性に、別段断る理由もない僕は頷いた。


 案内されたのは、稗田、と表札のかかった大きな屋敷。

 ……僕も知っているぞ。人里でも有数の名家だ。確かここは……


「あら。南さん。薬草、採ってきてくださいました?」

「阿求様。ええ。薬草は採ってきたんですが……」


 うわ、何気にすげぇ南さん(名前判明)。あの状況でも、採ってた草はしっかり確保してたんだ。


「ですが? どうしたんですか。そちらのお菓子売りさんと関係が? はっ、まさか逢引!?」

「違います」


 即答された。ちょっと悲しい。


「いやね、ちょいと彼女が妖怪に襲われそうになったから、助けただけ」

「ええ! 良也さんが?」

「なに、阿求ちゃん。その疑いの眼差しは?」


 ちなみに、僕のお菓子販売の常連さんである。

 他の子供たちとはどこか違う雰囲気を持つ彼女だが、甘いものは好きらしい。南さんみたいな女中さんをたくさん雇っているくせに、自分の目で確かめたいからとわざわざ足を運んでくる。


「倒したわけじゃなくて、ちょっと怯ませて逃げただけだよ」

「なるほど」

「……納得されるのも、それはそれでどうなんだろう」


 こんな小さな子にまで舐められてどうする、僕。


「それはそれは。当家の者がお世話になりました。ささ、どうぞ上がっていってください。南さん、お茶の用意を」

「はい。私もそのつもりでした」


 なんやかんやで、上がることになってしまった。

 ……うーん、確かに、この大きな屋敷にはちょっと入ってみたかったけど、こんな形で入ることになろうとは。


「散らかっているけど」

「……なんで、客間じゃないんだ?」

「あら、貴方は今日もお菓子を持ってきているんでしょう? 美味しいお菓子は落ち着ける場所で食べたいの」


 案内されたのは、書斎っぽい部屋。そこら中に本が置いてあり、なにか書き物をしているのか墨と筆もある。


「それに、ちょっと南さんを襲った妖怪のことを聞いてみたいし」

「ルーミアか?」

「あら、宵闇の妖怪だったのね。……えーっと」


 阿求ちゃんは手近な原稿を手に取り、ぱらぱらと捲る。やがて、該当の箇所を見つけたのか、僕に見せてきた。


「え? なにこれ。……ルーミアの、紹介?」


 その原稿にはルーミアの能力や人間に対する友好度、危険度、能力や性格等等が詳細に記されていた。脇には、ルーミアと思しきイラスト(けっこううまい)まで添えられている。


「私が今執筆している幻想郷縁起の一部。妖怪に関しての情報は広く受け付けているわ。自薦も含めて」

「幻想郷縁起?」

「人間が妖怪にやられないようにするための資料よ。こういうのがあれば、妖怪への対処も楽になるでしょう?」

「ああー、なるほど」


 確かに、ルーミアの情報がこれだけあれば、普通の人間でもうまくすれば逃げることが出来そうだ。対策もきっちり載っている……えーと、闇に入っちゃいけない? 当たり前だろ。


「なにか、これに書き加えられるようなことはなかったかしら?」

「……目眩ましが有効」


 阿求ちゃんは、なるほど、と頷き、その原稿に一筆加える。


「じゃあ、目を眩ましたのね、良也さんは」

「まあ、魔法の応用でちょっと……」


 言葉を濁す。

 まんが必殺技シリーズは、使った後で妙に恥ずかしくなるのが欠点だ。技のイメージがしやすいから、スペルカードを作るのは簡単なんだけど。


「ふむ……こうなると、英雄伝に良也さんを入れるべきかしら?」

「英雄伝?」

「幻想郷の、ちょっと特殊な人間たちのことも書いているのよ。ほら」


 と、見せられたのは、博麗の巫女霊夢の紹介。

 ……あ~、ところどころ頷ける描写がありまくりんぐ。霊夢のイラストも……いや、マジでうめぇぞ、この娘。


「これを編纂するのが、第九代阿礼乙女である私の役目なんですよ」

「……よーわからんが、大変だな」

「ええ。ところでどうでしょう? 普段巫女の傍にいる貴方から見て、博麗の巫女の紹介は」

「いやあ、大体合ってるんじゃない? イラストの方は……霊夢の奴はもっと胸ないが」


 あ、冗談のつもりだったのに、なるほど、なんて頷かれた。すまん、霊夢。しかしお前が貧乳なのが悪いんだ。


「でも、我ながら可愛く描けているでしょう?」

「確かに。……というか、妙に画風が漫画っぽいのは一体」

「絵の参考には外の世界の漫画を用いました」


 どっから調達して来るんだよ、一体。


「お茶をお持ちしました」

「ありがとう、南さん」


 そして、その日は芳しい香りのお茶を頂き、ちょっといいことをした気分でお菓子売りに出かけた。


 ――でも、今更ながら、怖かったなぁ。

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