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東方奇縁譚  作者: 久櫛縁
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第七話『宴の後』

ふむ……スペルカードねぇ

「……はれ?」


 ゆっくり意識が浮上していく。


「あら。おはよう」


 眼を開けてみると、なにやら赤いひらひらしたのが視界に入る。


「起きたのなら、片付けを手伝ってくれない? あんたんトコの主従も手伝わずに帰っちゃったし」


 この声は、霊夢か。

 んで、もしやこの赤いひらひらしたのは……霊夢の袴(という名のスカート)か。


 ……むう、惜しい。もう少しで中身が見えたのに。


「罰が当たるわよ。むしろ当てるわよ」

「いやいや、まあまあ。そんなところに立っている霊夢が悪い」


 そんな物理的な罰はご免被る。

 残念ではあったが自分でもよくわからないことを言いつつ立ち上がった。


「……またすごいな」


 昨夜の宴会の食べかすやら酒瓶やらが好き放題に転がっている。これは掃除だけでも一苦労だろう。


「ったく。騒ぐだけ騒いで、全員片付けやしないんだから」

「はあ、大変だな」

「大変よ。ついては良也さん、手伝ってくれる?」

「吝かじゃない」


 僕もここを汚した犯人の一人だし、なにより可愛い巫女さんの頼みだ。否応もない。


「ただ、ちょっと待ってくれ。昨日の酒が残ってて……水、ある?」

「向こうのほうに井戸があるわ」

「井戸、ねえ」


 まあ水道なんて気の利いたのがあるわけないか。

 婆ちゃんの家じゃあ古くなって使わなくなった井戸があったが、ここじゃ現役なんだろうな。


 霊夢の言うとおり、井戸までいく。

 二日酔いで多少ふらついているので、井戸の中に落っこちないよう気をつけつつ、水を汲み上げた。


「とっと」


 桶いっぱいの地下水をぐびぐびと呑む。

 半分ほど呑むと、少しマシになった気がした。


「っし」


 霊夢のところに戻る。

 その霊夢は、ゴミの類を一箇所に集めて、なにやらお札を取り出した。


「霊符……『夢想妙珠』」


 そしてなにやら唱えると、複数の光弾がゴミの山を消滅させる。


「良也さん。水は飲めたの?」

「ああ、お陰様で。……で、今のお札はなに?」


 そういえば、今までも何回かああいうお札というかカードは見たな。あのルーミアとか言う妖怪と、昨日の魔理沙だ。


「これ? スペルカードよ」

「スペルカード……って、また妙にハイカラな響きだな」


 いや、ハイカラて、ちょっと待て自分。


「響きはどうでも良いわよ。これは、自分の得意技を焼き付けておいて、必要なときに一瞬で繰り出せるようにしたもの。弾幕ごっこじゃ、技の華麗さで争ったりもするけど」

「ふーん……よくわかんないけど、爆弾みたいなものか」


 違うのは、詰まっているのが火薬か霊力かの差ってところなんだろう。どうだ、この名推理。


「そうね、ボムとか言ったりもするし」

「……シューティングかよ」

「シュー?」

「いや、こっちの話」


 霊夢のスペルカードとやらの効果で、大きなゴミは大体一掃された。あとは、箒で地道に掃き掃除をしなければいけない。

 しかし、普段の神社の境内すらまともに掃除しきれない彼女がそんなことできるのか……?


 ……あ、そうか。そのために僕に手伝いを頼んだんだな。


「じゃ、はい。箒。残りのゴミ集めたら呼んで」

「……は?」

「ふぁ……私も少しお酒が残っているみたい。寝てくるわ」


 いやいやいやいや。


「待てい」


 襟を掴む。


「いくらなんでも僕一人に任せるのは無責任すぎるだろう」

「……お願い」


 そんなしおらしい態度を取っても騙されない。


「ちぇっ」

「まったく」


 しぶしぶと、もう一つの箒を取り出した霊夢にため息をつく。


「ちゃっちゃと片付けよう」

「……そうね」


 しょっぱなからやる気がねぇ。


 とはいえ、僕も掃除なんてそんなに好きな方じゃない。

 別に時間に追われているわけでもなし、霊夢と適当におしゃべりなどに興じつつ、サボりつつ、ゆっくりと進めていく。


「そういえば、あのスペルカードっての、どうやって作るの?」


 と、ふと気になって尋ねてみた。

 ほら、僕も持てばカッコいいし。


「そおねえ。私は神社に伝わるやり方でやっているけど、魔理沙の作るカードは、西洋の術式だし、紫のはスペルカードとは名ばかりのただの紙だし」

「……紙?」


 紫ってのは八雲の紫さんだよな。あの胡散臭い。


「そ。簡単に言えば大技を事前準備したのがスペルカードなんだけど、紫はそういうの必要ないからね。ああ見えて大妖だし」

「人は見かけに……よるのか? よらないのか?」

「さあ」


 脱線したのに気がついたのか、霊夢はこほんと呟いて、スペルカードの作成方法に戻る。


「だから、人によって作り方は色々。これがスペルカードって定義もないしね。符に霊力をストックしておくだけでもスペルカードって言い張れるわ。溜めた霊力で一度に大量の弾を撃つ、くらいはできるでしょうし」

「……わかったような、わからんような」

「白玉楼になら、符の一枚二枚あるでしょ。帰ってから作らせてもらったら?」

「つっても、僕じゃあ、今霊夢が言ったみたいに霊力を溜めておくくらいしかないないぞ」


 僕の大技なんて、霊弾のでかいのくらいだ。一定以上にでかくしようとしたら弾けちゃうし。


「知らないわよ。私は、別に出来るようになろうと思って学んだわけじゃないし」

「とんだグータラ巫女だな。博霊の巫女は妖怪退治も仕事の一つだと聞いたが」

「退治はしているわよ。見かけたらとりあえず」

「それはそれでどうなんだ、おい」


 妖怪にもいいやつだっているだろうに。見た目には、普通の人間と変わらないやつもいるし。

 とりあえず、僕が会った中では紫さんとあのルーミアとか言うやつ?


 ……後者は問答無用で退治して欲しい。八雲さんは、どうだろう、保留?


「はぁ、疲れた。お茶でも飲む?」

「まだ半分も終わってないぞ」

「いいわよ。また、そのうち宴会するんだから、そのあとでも」

「そりゃまた、気の長い話だな」


 宴会なんぞ、月に一回あればいいほうだろうに。


「あ~、そうね。ま、ボチボチやるからいいわ」

「本当にサボっているんだな。どうやって生活しているんだ、それで」

「居候の貴方に言われたくはないわ」


 ぐっ、痛いところを。


「さて、お茶をご馳走してくれるんだよな」

「はいはい」


 あっさり身を翻した僕に、霊夢は呆れ顔だ。

 ……仕事があればっ! 仕事があれば、こんなこと言わせないのにっ。






 結局、お茶を飲んだ後、お昼ご飯までご馳走になって(女の子! しかも巫女! の手料理)、僕は家路につくことにした。


「……しかし、大丈夫かな。また前みたいに妖怪に襲われたら」

「多分大丈夫よ。妖怪は基本的に夜行性だしね。だからこの前は泊まっていけばって言ったのに」

「妖怪が出るならそうと言って欲しかったよ」

「常識よ」


 本当に、現代っ子の僕と幻想郷の常識の間にはエベレストより高い壁があるなっ!


「ま、気をつけていけば大丈夫だと思う。じゃあ、色々とありがとう」

「いえいえ。幽々子たちにもよろしく」


 手を振り、境内から飛び上がる。

 ぐんぐんと博霊神社が遠くなっていき、やがて見えなくなった。


 我ながら、空を飛ぶ腕前はけっこう上がったと思う。


 スピードも以前とは比べ物にならないし、精密な動作もこなせるようになった。

 今思うと、妖怪に襲われたときの自分は、本当に歩き始めたばかりの赤ん坊だったのだと思う。


 魔法の森を越え、冥界の門が近付く。

 昔は結界で固く閉ざされていたらしいが、今は来るもの拒まず出るものは追わ……いや、妖夢がよく連れ戻しに行ってたっけか。


「おっ、プリズムリバー姉妹じゃないか」


 顔見知りを見かけて、手を振る。

 あちらもこちらに気付いたのか、手に持った楽器を吹き鳴らして答えた。


 騒霊とかいう幽霊である彼女らは、冥界でよく演奏をしている。

 やたら気分が浮き沈みしたり不安定になったりと、色々と聴くのに勇気の要る演奏だが、ファンも多いらしい。


 実は、未だ姉妹の区別がついていないのは秘密だ。

 まあ話したこともないし……


「ん?」


 今まさに、冥界に立ち入ろうとしたその直前、門から妖夢が慌てて出てきた。


「りょ、良也さん?」

「ああ、ただいま、妖夢」


 まだ家ではないが、一応そう言っておく。


「ああ、よかった……!」


 それに、やけに安堵した様子を見せる妖夢。

 ……なんだ? どうしたんだ?


 そんな僕の態度に気付いたのか、妖夢は笑って、


「また、妖怪にでも襲われてはいけないと、いまから迎えにいくところだったんです。よく無事でしたね」

「お前は僕のお母さんか」


 大の大人となんだと思っているんだ。

 ……いやまあ、僕が幻想郷で生きるにはひよっこもいいところだというのは間違いではないのだが、一応僕にもプライドというものがですね。


「遅くなりましたが、昼食はどうですか?」


 白玉楼への帰り道、妖夢が尋ねてくるが僕は首を振る。霊夢のところで食べてきたばかりだ。

 その旨を伝えると、なぜか妖夢は沈んだ顔になった。


「そうですか」

「どしたん?」


 もしや、妬いているのか? だとしたら……やべぇ、すごく嬉しいかも。


「いえ、また幽々子様が嬉々として食べられるな……と。亡霊とはいえ、食事は節制するべきなのですが」

「……そゆことですか」


 勝手に盛り上がった自分が、ちょっと恥ずかしかった。

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