第六十二話『正月風景』
二つの神社は実に対照的だった。……どっちがマシかは、あえて言及しない
さて、突然だがもうまもなく年が明ける。
一応、ここにくるまでにクリスマスという超重要イベントがあったわけだが、特にこれといった出来事があるわけでもなく、僕の部屋で男友達二人とホールケーキを三等分して食った。
その二人は、来年こそは彼女を作って甘くてむふふなクリスマスを過ごす、と息巻いていたがご苦労なことだ。でも、とりあえず『女々しい野郎どもの詩』をハモって歌うんじゃない。近所迷惑だろ。
まあ、とにかく大晦日である。普通なら実家に帰るところなのだが、仮にも博麗神社は神社。初詣を、なにかと今年縁のあったこの神社で済まそうと、大晦日にもかかわらず僕は幻想郷に来ていた。あっはっは。
で、なんでこんなことを僕が考えているのかというと、まごうことなき現実逃避だ。
「あーーっはっはっは! ほれ、霊夢。まあ呑めっ!」
「うわっ、ちょっと魔理沙。注ぎすぎよ」
「なにぃ!? 零れる前に呑め」
「それもそうね」
「私の瓢箪の酒もあげるよ」
その原因は、まるで酒を湯水のように呑みまくる巫女と魔法使いと鬼だったり、
「まあまあ妖夢。せっかくの年の暮れ。貴方も存分に呑みなさい」
「いえ、幽々子様。私は結構で……すぅぅぅぅ!?」
「あらあら、呑まないなんて、そんなこと言わないわよね?」
従者の口に一升瓶を突っ込む亡霊だったり、
「……なんでお前までいるんだ」
「それはこっちの台詞よ。なぜ貴方まで神社の宴会に来ているのかしら? 人とは交わらない主義だったんじゃないの」
「それはそれ、これはこれだ」
「あらあら。これだから育ちの悪いガキは」
今にも喧嘩を始めようとする蓬莱コンビだったり、
「咲夜。そこでぼーっとしている人間の血をワインに混ぜてくれるかしら?」
「かしこまりました、お嬢様」
「やめろっ。僕は放っておいてくれっ!」
そして、人の血を勝手にカクテルにしようとする吸血鬼だったりする。
っていうか、なんだこのカオスな空間は。僕の許容量を余裕でリミットオーバー。……いかん、癒し、癒しが必要。
僕的癒し存在……むぅ、妖夢は完璧潰されている、鈴仙も同じく、ついでに美鈴も。
ぜ、全滅!?
この戦場では、良識派は潰される運命なのか!?
「良也さん」
「お、おお、霊夢。助けてくれるのか」
ナイフを持って迫ってくるメイドさんから逃げる僕に話しかけてくる巫女が、ずい、と顔を近づけてくる。
って、酒臭い酒臭いっ!
「お、おまっ、どれだけ呑んだ!?」
答えの代わりに、霊夢の後ろに転がる一升瓶三本。ぜ……全部一人で呑んだわけじゃ、ない……よな?
「うるさい。それより、芸をしなさい」
「は、は?」
「はぁーい、みんな注目ぅー。今から良也さんが一発芸を披露してくれるそうよ!」
しん、と霊夢の言葉に一瞬会場が静まり返る。
そして、一秒後、
「イェーー! やれやれ、良也」
「一発芸ーー」
「ゲーー」
誰か吐かなかったか!?
っていうか、なにこの空気。この状況で芸を披露しろって? あ、あのー、僕その手のネタは持っていないんだけど。
これが外の世界だっつーなら手品と称して魔法の一つもぶちかませば受けるだろうが、ここの連中にとってはネタが割れすぎて受けるわけがない。
「あ、あー」
「なんだー? ここまで来て止めるのか? なら、私が手伝ってやるよ」
と、魔理沙が一歩前に出る。
……それはいいが、なんだ、その取り出したスペルカードは。
「よっし、これから良也が爆破芸をするぜ!」
「待て!」
「なんだぁ? 逃げるのか」
「逃げるだろ、そりゃ! ええい、魔理沙は引っ込んでろ。僕の芸人っぷり、しかと見せてやる!」
ネタはないけど、爆破オチよりはマシだ。
……ええい。
「土樹良也っ! イッキしますっ」
ドオオオオッ、と漏れなく酒好きな人間妖怪が沸きあがる。……ああ、よかった。寒い空気にならないで、本当に良かった。
「それじゃあ、私からそのお酒を提供させてもらいます」
「あ? 射命丸?」
パパラッチがなんで? と思ったら、どん、と一升瓶を持たされた。
「おおう。なんだこれ……『天狗殺し』?」
「ええ。私たち、酒豪で知られる天狗も一升で殺しちゃうほどのお酒です。土樹さんが呑むならこれくらいでないと」
「……言っておくけど、お前らほどのうわばみじゃないぞ、僕は」
「だから面白……もとい、愉快なんじゃないですか」
それで言い直したつもりか!?
「ふ、ふふふ……やってやるぜ!」
「わーー、カッコイー」
誰かの無責任な声に後押しされて、僕はその一升瓶に口をつけ、
「げぼぶはぁ!?」
一口含んだだけで吐き出した。
「な、なんだこれ、なんだこれ!? 酒か!? 劇薬じゃないのか!? ……って、あ」
余りのアルコール濃度に吐き出してしまったのだが、その飛沫がたまたまスキマにぶっかかってる。
「フ……貴方はよっぽど命がいらないらしいわね。まあ、蓬莱人だし、当然か」
「当然じゃない当然じゃない! 僕は命が惜しいぞ!」
下がろうとするが、なぜか足が動かない。
足元を見てみると、いつの間に現れたのか、橙が僕の足にしがみついて僕の動きを封じていた。
「なぜ!?」
「紫さま、今ですっ。私のこの前の屈辱も返してやってくださいっ」
「逆恨みですよねそれ!」
止めてくださいよ藍さんっ! とアイコンタクトをするも、諦めろ、とばかりに首を振られた。
「ほーれ、スキマスアーにご案内」
「止めろ! とっても怖いぞそれ!」
なにせ、その隙間空間の向こうには、目とか手とか道路標識(?)とかが見えてて、なんだかわけわからん。
「ええい、もう一発芸をするからそれで勘弁!」
「へぇ……」
興味を引かれたのか、スキマが目を細める。
「いいわ。面白かったら、許してあげる」
「よし、墨を持て霊夢! 最終奥義、腹踊りで……」
すっこめボケ! と会場中から弾幕が襲い掛かってきた。
「痛っ、痛い! お前ら止めろよ。無力な人間を虐めて楽しいか!?」
『楽しい(わ)(よ)(ぜ)』
弾幕撃ってきた連中、全員で完璧にハモりやがった!?
た、頼む、数少ない弾幕を撃ってこなかった人たち、こいつらを止め……
「ええい、酒だ、酒。酒を呑ませろ!」
もうなにもかも嫌になって、さっきの『天狗殺し』を今一度イッキ。
今度は覚悟できていたので、無事ゴクゴク呑むことに成功。
……したのはいいが、なんだ、急にこみ上げて、
「うっぷ……」
『吐くな!』
全員からツッコミが返ってきた。
……なんて、狂乱の新年おめでとう宴会が終わったのが今朝。
まだ頭がガンガンするが、実家にも顔出さないと、と頑張って幻想郷から帰ってきた。
「あ~、東風谷。水くれない?」
「……なんでそんな体調でここまで来たんですか」
いや、だってね。
結局、博麗神社では初詣できなかったし。というか、境内を妖怪連中が占拠している状態で詣でても意味があるのかどうか微妙だ。
だから、これまた今年縁のあった守矢の神社で初詣を済まそうとしたわけだよ。
「それなら、他にもたくさん神社はあるじゃないですか。ご実家の方にも当然あるでしょう?」
「それはそうなんだけど、なんていうか……僕、実は人ごみが苦手で」
知り合いだけならいいんだけど、こう人並みに揉まれる感じはどうにも好かない。
前、某イベントに参加したときは死ぬかと思……ああ、そういえば冬のヤツ行けなかったなぁ。
「先生?」
「なんだ、東風……谷?」
あれ? お怒りモード?
「一つ尋ねますが……どうして、人ごみが苦手だと、うちの神社に来ることになるんでしょうか?」
「そりゃ決まってるだろ。ここはいつもガラガラ……はっ!?」
にっこり、と東風谷が笑みを浮かべる。
えーと、別に他意があるわけじゃないよ? 実際人いないじゃん。ねえ?
「せ・ん・せ・い?」
「い、いや、悪かった東風谷。だから、許してくれ」
「あまり守矢神社を馬鹿にするようなら、神罰が下りますよ」
こえぇ。
お守りにあれだけの霊力がこもっている神社の巫女の脅しは、心底こえぇ。
――結局。
単に、穏やかな正月を過ごせなかたってだけの話なんだけどね。




