第六話『普通の魔法使いとお酒』
なんだ、宴会で羽目を外しすぎるのはよくないな
本日は、博霊神社の宴会にお呼ばれした。
割と頻繁に宴会は催されるらしく、幽々子も妖夢も、当然のようにその場に馴染んでいる。
しかし、僕にとっては始めての場。しかも、参加者は一部を除き、初対面の人ばかり。
加えて、男は僕一人だけ。
「……これで、どうしろというんだ」
知り合いである幽々子や妖夢や霊夢なんかは、すでに思い思いの人間と酒を酌み交わしている。
お前ら、どう見ても(外見は)未成年だろう、という突っ込みは多分野暮だろう。
「……僕も連れてってくれればいいのに」
肩身が狭いことこの上ない。
仕方なしに、宴席の端っこでちびり、ちびりと日本酒を呑む。
誰が持ってきたのかは知らないが、旨い酒だった。つまみの煮物は……これは、妖夢の手製だな。
「よう、楽しんでるかい?」
「ん?」
そうして、一人、わびしい思いをしていると、
「はじめましてだぜ。私は霧雨魔理沙。よろしくな」
「あ、ああ。よろしく」
そんな風に、やけに明るい白黒の少女が話しかけてくれたのだった。
……つーか、君も未成年だろ。ブランデーなんて傾けるんじゃない。
「幽々子の奴が生霊を拾ったって聞いたからどんなやつかと思ったけど……驚いた、本当に人間と変わらないじゃないか」
「そりゃあ、魔法使いに比べれば、普通の人間だと思うけどね」
とりあえず、お互い自己紹介をした後の感想である。
どうやら、魔理沙は魔法使い、らしい。
いい。もういい。なにが起きても驚かないと決めている。
「私なんか、霊夢辺りと比べればぜんぜん普通の魔法使いさ。それより、あんたこそ普通っていうわりには馴染んでいるじゃないか。死んでるのに」
「楽しいのは事実だし、ジタバタしたって生き返れるわけじゃないしね。楽しんだ方が得だろう?」
「へえ。私も二、三人外の世界の人間に会ったことはあるけど、あんたほど簡単に幻想郷に馴染んだ人間はいなかったぜ」
そりゃあ、そうだろう。きっとその中に僕みたいなオタクはいなかったに違いない。
僕みたいな人種は、なんであれ非現実的な状況を楽しめるように出来ている。
それが、彼女たちみたいな美少女に囲まれるようなものならなおさらだ。……まあ、外見は少女でも、危険極まりないやつもいるが。
「っと、空になっているじゃないか。ま、一献」
「こりゃどうも」
僕の杯が空になっているのを見て、魔理沙が酌をしてくれる。
むう、今気付いたが、ここで会う女の子をけっこう呼び捨てにしているな。元の世界じゃ、せいぜい苗字にさん付けが関の山だったのに。
「魔理沙もどうぞ」
「ありがとうな」
手近にあった洋酒のビンの中身を、彼女のグラスに注ぐ。
……なんか高そうな酒だけど、まあいいのだろう。ここに並んでいるのだから。
「しかし、宴会に参加している数が多いね。いつもこうなのか?」
「まあ、大体こうかな。博霊神社の近場には妖怪も多いし、いつの間にか混じってるんだよ」
そういえば、あそこで旨そうに肉を食っているのは、前僕を食べようとした妖怪じゃないだろうか。
「だ、大丈夫なのか?」
「連中も、ここで暴れるほど馬鹿じゃあないよ。楽しい宴会を邪魔されて黙っているほど大人しいやつは、ここにゃあいない」
……なるほど。一種の非戦闘区域になっているわけだ。
「まあ、主要な連中は、大体宴会の中央にいるやつらだ。周りにいるのは騒ぎに惹かれて集まった雑魚妖怪だから、気にしなくていい」
「……雑魚でも、僕にとっては十分な脅威なんだけど」
どうやら、先日僕を襲った彼女も、雑魚に分類されているっぽいし。
「ん? はっは。なら妖夢辺りに守ってもらえば良いじゃないか。仲良いんだろう」
「一応、僕にも男のプライドってもんが」
「死ぬよりはいいだろ」
いや、まったくもってその通りなんですけれども。
「ん、おお。また空になっているじゃないか」
「あ。どうもありがと」
再び、魔理沙の酌による酒を呑む。
うむ。こう、多少男っぽい口調なのが気になるが、かわいらしい少女に注いでもらうと、酒も進むな。
「いい呑みっぷりだねぇ」
「日本酒は好きだから。そんなに酒に強い方じゃないけど」
「謙遜すんなよ。また空にしているじゃないか」
……あれ? いつの間に。
「ポン酒以外は駄目なのか?」
「アルコールは全般オーケー」
「よし、ならこれをやろう。これもなかなかいい酒だぜ」
と、魔理沙は自分がついさっきまで呑んでいたグラスを強引に押し付けてくる。
間接キス……を気にするような女の子じゃないな、魔理沙は。
「んじゃあ、ありがたく」
あんまり強い酒を一気だと、すぐに回るので舐めるようにちびちびと。
洋酒の類はあまり呑み慣れてはいないのだけれども、本当にいい酒なのか、普通に美味しく呑めてしまった。
「……これ、なんていう酒だ?」
「さあ。なんて読むんだ、これ」
魔理沙が瓶の文字を読もうとして、すぐ放り投げる。
なんだろう。僕にも読めない。
「まあ、いいか。旨いんだから」
「違いない」
適当な魔理沙に同意しつつ。彼女にも自分の呑んでいた杯を渡す。
『ありがとうな』と言って魔理沙はそれを一気に飲み干した。
……いや、いい呑みっぷりで。
そんな風に、またしても新しい少女と交友を深めていると、宴席の片隅で騒ぎが起こる。
「なんだなんだ」
「ありゃあ霊夢だな。相手は……レミリアの奴か」
呟く魔理沙。
見てみると、確かに霊夢と、それよりずっと幼い少女が、険悪な雰囲気をまとっていた。
あれが、レミリアとやらだろう。
「おいおい、喧嘩か?」
「んにゃ。弾幕ごっこ」
「……は?」
弾幕……ごっこ?
その言葉の意味を問いただす前に、先ほどの二人は中空に飛び上がり、華麗な弾の撃ちあいを始める。
「おいおいおい。早く止めないと」
「なんでだよ。いつものことだぜ?」
「いつものこと……って、この喧嘩がか!?」
あれは、霊力の弾だ。
でも、少なくとも、僕が数度の訓練でようやく普通に作れるようになった霊弾とはぜんぜん違う。。
霊夢が投げるお札も、もう一人のレミリアとかいう少女が放つ紅弾も、僕のものとは比較にならない威力を秘めている。
「外の世界ではやらないのか? 幻想郷ではこのくらい、当たり前だぜ」
「なんと、まあ」
幻想郷とは、僕の想像以上に殺伐とした世界だったらしい。
……という僕の認識は、すぐに覆された。
「なんだあれ」
魔理沙曰くの『弾幕ごっこ』が終了すると、勝者の霊夢も、レミリアとやらも、ごくごく普通に宴会に戻っていく。尾を引く様子は皆無で、先ほどの弾幕の寸評なんかも交えていたりする。
「本気でぶつかりあったりしたら、お互いただじゃあすまないからな。ある程度のルールを決めて、ああやってたまにストレス発散しているんだよ」
「……あれが、ストレス発散?」
「遊びだよ遊び」
普通に殺し合いにしか見えなかったけど。
「もちろん、異変なんかが起こったら本気でやり合う事もあるけどな」
……むう、僕みたいな現代っ子と幻想郷の常識の間にある溝は、海より深いな。
「んなビビらなくても、弱いものいじめなんてする奴はほとんどいないぜ」
「ほとんどっていうところが気になる」
「なんだ、細かいことを気にする奴だなぁ」
自分の命の危険があるかもしれないというのに、細かいこともないだろう。
僕みたいな雑魚を相手にする妖怪がいるとはあまりいないのかもしれないが、捕食対象としてはそれなりに食おうとするやつがいるんじゃあ?
「食べられたくはないからな。前、あっちのあれに食べられそうになったし」
「……あー、ルーミアな。里の人間も、毎年何人かは食われているな」
さらりというな。怖い。
「あんなんが普通にいるなら、怖がりもするだろ」
「なんだ、じゃあ私に依頼してみるか? 何でも屋霧雨魔法店。護衛くらいなら引き受けてやるぜ」
ニヤリと笑うその様はなんともはや頼もしげだ。
「それじゃあ、そのときはよろしく。報酬の方は払えないけど」
「なぁに。構わないぜ。そんときは白玉楼の方にツケとくから」
「やっぱやめとく」
あとで妖夢に怒られそうだ。いや、それだけならまだしも幽々子にどんなことを言われるかわかったもんじゃない。
「やっぱ自衛できるようになるしかないか……」
諦めてため息をつき、ぐいっと酒を呷る。既に、これが何の酒かもわからないほど味覚は馬鹿になっていた。
「ふーん。じゃあ、弾幕ごっこが出来るくらいになったらやってみようぜ」
「……気が向いたらなー」
あ、酔って迂闊なことを言ってしまったかも知らん。
「よっし、言質は取ったぜ。気分いいし、私はちょっくら花火を上げてくる」
「花火?」
それがなんなのかを問う前に、魔理沙は箒に乗って空に飛び上がる。
……箒で空を飛ぶって、またレトロな魔法使いのイメージだな。
酔っているせいか、あっちへふらふらこっちへふらふら実に危なっかしい。
なんて感想は、次の魔理沙の行動によって文字通り吹き飛ばされた。
「恋符『マスタァーーースパーーーーークっ!』」
夜空を一筋の閃光がぶち抜いていく。
見た目も派手だが、威力も洒落にならない。
ビリビリと感じる圧力は、あれに触れただけで僕みたいな軟弱者を容易に消滅させると告げている。
「……う~む」
可愛い顔して、あの威力は化け物だね。
護衛としては頼もしそうだけど。
その、弾幕ごっことやらをやるのは、ちょいキツそうかなぁ、はっはっは。
「……ぐびっ」
そうして、既に味もわからない液体を飲み干す。
その辺りから、僕の記憶はない。