第四十三話『吸血鬼のパーティー』
僕は誓った。二度と紅魔館のパーティーには参加すまい、と
今日は、紅魔館のパーティーにお呼ばれした。
定期的に内輪だけで開催しているらしく、最近紅魔館によく通っているということで声をかけてもらったのだ。
……マメにレミリアにお菓子を贈っていたのが功を奏したのかもしれない。
「……えー、本日はお招き頂き」
すでに席に着いているみんなに挨拶をする。
今日ばかりは、美鈴も門番の責務から解放され、リラックスした様子でテーブルに着いている。
パチュリーは、食卓にまで本を持ち込んでいるし、レミリアはおかしそうにこちらを笑いながら主人の威厳で僕の挨拶に応えた。
小悪魔さんは……いないらしい。
「堅苦しいのはいいわ。さっさと座りなさい」
微妙におめかししてきた僕をまるで無視して、レミリアが促してきる。
まあ、気取るのは僕も苦手だ。面倒臭い外面はとっとと脱ぎ捨てて、席に座らせてもらった。
「咲夜。良也に食前酒を」
「はい」
レミリアの隣に控えていた咲夜さんが、どこからともなく酒瓶を取り出す。
まるで手品みたいな手際に見惚れる暇もなく、僕の前においてあるグラスに、白っぽい液体が注がれた。
……どんな酒かは僕の乏しい知識では判然としないが、おそらくは果実酒かなにかだと思われる。
「良也さん、こんにちわ」
「ああ、こんにちわ」
隣に座る美鈴と挨拶を交わし
「さて、良也にも飲み物が行き渡ったことだし、早速はじめましょうか」
そして、ホストのレミリアが音頭をとる。
咲夜さんも、今日はいつものようにメイドをするわけじゃないらしい。普通にグラスを手に取っていた。
「ちょっと待った」
「なに?」
「小悪魔さんが来るんじゃないのか?」
「今日は来ないわ。悪魔同士の会合があるらしくてね」
パチュリーが答える。しかし、そうするとおかしい。
「いや、席が一つ余っているじゃないか。誰か来ていないんじゃないか?」
小悪魔さんが来ないなら、ここにいるメンバーで、僕の知っている紅魔館の人間は全員だが、もしかしたら他にいるのかもしれない。ここで働いている妖精メイドが参加するのかもしれないし、僕みたいなゲストがいるのかもしれない。
とにかく、全員揃っていないのに、乾杯は早い。
「え? あれ?」
しかし、僕のそんな当然の提言は、なにやら全員の沈黙で持って返された。
「……いいのよ。気にしないで」
「? 遅れて来るとか?」
「違うわ。その席はいつも空いているの。いつ来てもいいようにね」
レミリアの言うことはよくわからない。
幽霊部員ならぬ、幽霊宴会メンバーがいるとでもいうのだろうか?
……いや、しかし。
そうだとするのなら、その人は随分幼いはずだ。
なにせ、その人がいるべき席に置かれたコップに入れられているのは、他のみんなのものとは違い、ジュースみたいだったから。
まあしかし、気になることは気になるが、他でもないレミリアがこう言うのだから別にいいのだろう。
「まったく……。話の腰を折らないでくれる? まあ、いいわ。
みんな。今日は無礼講よ。存分に飲み、食べ、そして騒ぎなさい」
……またまた話の腰を折るのなんだったので黙っていたが、このメンバーだけで騒ぐのは少々無理がないだろうか?
「乾杯」
不思議とよく通る声でレミリアが告げ、グラス同士が当たる澄んだ音が響いた。
「美味いですよー」
「あら、ありがとう」
咲夜さんが手ずから調理したという料理の数々は絶品だった。
洋館である紅魔館に合わせ、料理も欧風だ。
幻想郷では魚を主食にすることが多いが、ここで並んでいるのは牛肉がメイン。
真ん中にデン! と鎮座しているローストビーフを始め、ビーフシチューやらポテトサラダやコンソメスープ。他にも、名前すらわからない料理が並んでいる。
……のはいいけど、そろそろ突っ込んだ方がいいのだろうか?
「ところで」
「なにかしら?」
咲夜さんのこの反応は、惚けているのか、それとも天然なのか。
「どうして僕にだけ、こんな馬鹿でかいステーキが?」
そう。
なぜか、他の連中にはないのに、僕にだけ一キロはありそうな特大のステーキが配膳されていた。
……美味そうではあるんだが、なんというか、これだけデカイなら全員で分けても良さそうなのに。
「男の子でしょう? そのくらい平らげなさい」
「子っていうな、子って。大体レミリアこそ、主人なんだからもっとたくさん食べろよ」
「私は小食なの」
つっても、さっきから酒しか呑んでないじゃないか。時々ポテトサラダをつつくくらいだ。
「それに、メインディッシュがまだだしね」
「はぁ? これ以上なにかあるってのか」
呆れる。
どう考えてもここの五人で食べきれる量じゃない。
……まだ見ぬ六人目が、大食漢であることを祈る。そもそも来ないらしいが。
「レミィ。貴方にしては随分気に入ったみたいね」
「そう? まあ確かに珍しいかもね」
パチュリーがなにやらレミリアに話しかけるが、意味がよくわからない。
「別に、そこそこに美味しいけど、そんなに騒ぎ立てるほどじゃないのよ? でも、なにか癖になる味というか」
「麻薬成分でも含まれているのかしら? ……ありそうね」
なぜそこで僕を見るパチュリー。
というか、レミリア。お前、もしかしてだな……
「たっぷり肉を食べて、血液を造りなさい」
「やっぱりかぁ!?」
はいっ! そりゃ吸血鬼の主食は血ですよねっ!
「もうゴメンだぞ。せめて全部飲んでくれるならいいけど、お前ほとんど零すじゃないか!」
「小食だって言ったでしょ」
「その一言で、何百ミリリットルも血を無駄にさせられる僕の気持ちにもなれっ!」
あのあと、貧血で大変だったんだぞっ!? あんなでかい傷(飲み口)をつけて血を採る必要無かっただろうが
「大体、そんなちょっとで良いんだったら鼻血か何かでいいじゃないか」
ちょっと恥ずかしいが、ずぼって指でも突っ込めば……いや、それより咲夜さん辺りがサービスしてくれれば、僕は気合で鼻血を噴きますよ?
「……貴方が吸血鬼だったら、鼻血なんて飲みたいと思うの?」
「まさか。しかし、僕は吸血鬼じゃあないからそもそも血を飲まない」
歴史にIFは無いのだ、馬鹿め。
「ふぅ……どうやら、貴方は自分の立場がわかっていないみたいね。私もちょっと甘すぎたかしら」
「へ?」
咲夜、とレミリアは言って、パチンと指を弾いた。
「は、は?」
そして、一瞬後に拘束される僕。
あ、あれ~? 僕って、咲夜さんの時間操作は効かないはずだよねぇ? でも、なんか時間を止めたとしか思えない早業でしたよ?
「たまには吸血鬼らしく、首筋から吸うのも一興かしら。ほら、逃げたければ逃げてもいいのよ?」
「に、逃げられるかぁ!」
咲夜さんは、完全に僕の腕を極めている。
ここから逃れるには、最低でもウチの妹クラスの体術が必要だ。
そして、僕は無論のことながら、そんなスキルを身に着けてなどいないっ!
「ってっ! 離して咲夜さんっ! 後生だから!」
「残念ながら、お嬢様の命令ですので」
「くっ……パチュリーっ!」
一縷の望みをかけて、師匠に目を向ける。
「良也。仮にも魔法使いの端くれなら、自分で何とかなさい」
「何とかなるなら苦労は無いっ!」
美鈴……は、咲夜さんにジロリと見られただけで、子犬みたいに震えているしっ!
「まあ、そう怯えることは無いわ。痛くはないから」
「嘘付けぇっ!」
噛まれるのは実は初めてだが(いつもは咲夜さんが採血する)、首に牙を突き立てられて痛くないはずが無い。
「嘘をついてどうするの。……まあ。痛くても、私には関係ないけどね?」
「嫌! ちょっと、やめろ。助け……」
ぐいっ、とレミリアに首を押さえられる。
人外らしく、その腕力はとても抵抗できるものではなく、
「かぷっ」
「ぎゃっ!?」
僕は、あえなく血を吸い取られてしまったとさ。
「ぐ、う……」
「あら、ちょっと飲みすぎたかしら?」
飲みすぎたかしら、じゃない。
血で服が真っ赤になるほど零しやがって。
あー、ちょっとくらくらする。
……ただまあ、レミリアの言ったとおり、痛くは無かった。むしろ、気持ちよかったんだが……これは吸血鬼だからか?
「さ、パーティーの続きと行きましょう」
「あ、あっさりと流しやがったな」
「そうね。貴方は今日はお酒はやめて、たくさん食べなさい。血を造るために」
……フォアグラってさぁ。
ガチョウに無理矢理餌を食べさせて、その肝臓を取るんだよねぇ。
「そんな警戒しなくても、今日はもう吸わないわよ」
「今日『は』?」
「ええ。今日はね」
い、いつか泣かせちゃる。
そんな行為に及んだら、泣かせる前に殺されそうだが。
「それにしても、良也。貴方の血は、深みがちょっと足りないわね」
「……生憎と、レミリアほど人生長生きしていないんで」
年を重ねれば、少しは深みが出るだろ。
……いや、血の味が深くても全然、これっぽっちも嬉しくは無いが。
「違うわよ。年齢は関係ないわ。貴方が童貞だからね」
「ぶぅぅぅっっっーーーー!!!?」
み、水噴いた!
い、いきなりなんっつーこと言い出すんだ、この幼女!
「処女や童貞の方が栄養価は高いんだけどね。誰かと身体を重ねる前の血液は、純粋な魔力がたくさん含まれてるから吸収しやすいの」
「……で?」
聞きたくもないが、聞かないでいるのも気持ち悪い。
「でも、身体を重ねて魔力を交換した後の血は、複数の魔力が入り混じってなかなかいい感じに深みがあるのよ」
紅茶のファーストフラッシュとセカンドフラッシュみたいなものね、と言われても紅茶のことなんざ僕にはわからねぇよ。
無論、血液の味のことはもっとわからないが。
「それを言って、僕にどうしろというんだ」
「次会うときまでに誰かとまぐわっておきなさい。……あ、でも適当な相手は駄目よ? 相手の魔力の質もよくなければ不味くなるだけだわ」
「断るっ!」
「……貴方、もしかして男色? それとも駄目な男なのかしら」
レミリアの瞳にからかうような光が宿る。
っていうか、大きなお世話だっ!
見ろ、美鈴なんか顔真っ赤にしてるぞ。美鈴だけだが。
……ここの女性陣はどうなってんだ。
「咲夜なんてどう?」
「ええっ!?」
期待に、思わず身体が動いてしまった。
「お嬢様。申し訳ありませんが、私にも選ぶ権利というものが」
「それもそうね」
「咲夜さん、あんた何気にひどいですよねっ!」
しれっと言う主従に、僕はちょっと涙が流れそうになる。
「パチェは……」
「百年早いわね」
即答かよ。
「百年後なら考えてあげてもいいわよ?」
「はいはい、生きてないから僕ー」
やる気の無いツッコミを入れた。
「じゃあ美鈴……」
「ええっ!?」
「あ、普通の反応だ」
なんか和むなぁ。
なんか自然に笑顔になってしまうよ。
「な、なんですか、その笑みは?」
「は?」
「ま、まさか本気で……」
いや、誤解だよ、と言う暇も無かった。
美鈴は椅子に座ったまま、隣にいる僕に突きを食らわせた。
僕は吹っ飛んだ。
……気を失った。
美鈴は早とちりなのが玉に瑕だと思う。