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東方奇縁譚  作者: 久櫛縁
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第四十一話『門番との夕方』

割と気が合うんだよな。……不幸なところとか

 パチュリーの指導の下、僕はメキメキと魔法の腕を上げていた。

 ……ごめん。嘘。


 なんとかかんとか、四種の符を普通に作れるようになって、そこで成長は足止め。もうワンステップ上に行くには、今までよりさらに長い期間がかかる見込み。


 ま、急ぐわけでもなし。自分で、それなりのスペルカードを作れるようになったんで、僕的には結構満足だ。


「おーう、門番お疲れさーん」


 食客たるパチュリーの客分、というのが僕の紅魔館での立場。

 一応、主のレミリアにも顔通しし、そのとき無理矢理絞られた血液を対価に、館への出入りを許可された。


 というわけで、初日のように門番を吹き飛ばしたりする必要もなく、むしろこの館で一番付き合いやすい彼女に挨拶をして、


「ぐ~~♪」

「……おい」


 その門番――紅美鈴が、問答無用で寝こけているのを発見した。

 器用にも、立ったまま。門に背中を預けた状態で。


 ……すげぇ、鼻ちょうちんなんて僕始めてみたよ。涎までたらしてまぁ、年頃の娘さんとも思えぬ醜態。

 妖怪とは言っても、慎み深さは大切だと思うのです。

 僕は、幻想郷に来てから切にそう思うようになった。


 その原因は、色々。巫女だとか亡霊だとかスキマだとか魔法使いだとかetc……


「慎み深さ、かぁ」


 僕がぽつりと呟いた言葉は、空に溶けて消えた。


「って、美鈴! お前なに寝てるんだよっ!」

「うわぁ、咲夜さん、もう食べられませんよぅ~」

「ベタ! 捻りがないっ! 三十点!」


 世にも幸せそうな寝顔を見せる美鈴(立ってるくせに)。

 そんな寝顔を見ていると、起こすのもどうかとちょっと思ったが、しかし放っておくのは危険だ。


 なにせ、僕が美鈴のサボリを発見したのは、既に三度目。過去の経験と照らし合わせるに、この後来るのは……


「うっ」


 ギクリ、と身体が強張った。

 ついさっきまで、間違いなくなかったはずの気配が、背後に生まれているのを感じる。


 恐る恐る振り返ると……なにやら背後に地獄の炎を背負ったメイド長さんがいらっしゃいましたよ。


「さ、咲夜さん。どうも、ご機嫌麗しゅう」

「ええ。いらっしゃいませ、良也様。……ただ、ただいまの私の機嫌は、とてもではないですが麗しくはありません」


 一応、主人の客であるパチュリーのそのまた客ということで、咲夜さんは屋敷内では僕に敬語を使う。

 ……んー、でもなー。逆に怖いんだよねぇ。その口調。


「さて、お客様が訪れたというのに、この体たらく……美鈴? 貴方には教育が必要みたいね?」


 哀れ、何も気付かず寝こける美鈴は、ブリザードみたく吹き荒れる咲夜さんの怒気にも気付かず、さらに寝言を重ねた。


「あれ~? 咲夜さん、なにを下着に入れているんですかぁ?」

「……ふっ!」


 もはや問答無用、と咲夜さんはナイフを投擲。

 僕という障害物を美鈴との間に挟んでいるというの、一本も僕に掠りもしない。それは咲夜さんの念動により自在に軌道を変化し、


「はっ!?」


 流石に、迫り来る危険に意識が覚醒したのか、目をカッ! と見開いた美鈴が、迫り来るナイフを弾く。


 額に到来した一本は蛇のようにしなった左手が弾き飛ばし、腹部に突き刺さらんとした二本は右の指でキャッチ。脇腹を抉ろうとした一本は、微妙に身体を捻ることで回避した。


 ……うーん、すごい。

 単純な体術だけなら、きっと幻想郷でも指折りだ。うちは家族全員が(とても不思議なことに)武道家一家だが、美鈴の動きはそれを遥かに凌駕している。


 あれだ。妖夢の剣術と通じるところがある。


 まあ、でも、


「あ、あれ? さ、咲夜さん?」

「おはよう、美鈴」

「わ、わわわ私は寝ていませんよっ!? 瞑想です、瞑想!」

「へぇ? 瞑想。私の下着がどうとか口走っていた、あれが?」


 下着かぁ。

 まあ、二人ともこの屋敷に仕える身。着替えをともにしたことだって当然のようにあるのだろう。


 うーむ、咲夜さんの色は何色だろう? と、ちょっと気になっちゃうよね。……どうだろう、意外と清純っぽいから、白とか。


「そっちの助平人間も自重なさい」

「ひゃいっ!?」


 僕は思わず両手を上げて、降参のポーズ。

 ほら、刃物怖いっすよね。


 というか、どうして僕の考えが読めるんだよ、畜生。


「さ、咲夜さん?」

「美鈴。残念だわ。貴方は優秀ではなかったけど、長年ここの門番を務めてきた。そんな貴方とお別れだなんて……」

「お別れ!? 私、クビですか!?」

「そうね。首切りね。『文字通り』」


 怖え! 怖えって!


 咲夜さんがナイフを振りかぶる。

 美鈴はまるで時間が止まったかのように――というか、本当に止まってる――動けない様子。止まった時間ではナイフは刺さらないが、ナイフが美鈴に触れる直前で時間を動かせば避けられる道理はない。


 助けてやりたいが、いくら止まった時間で動けようとも、僕が咲夜さんのナイフを止められるはずもなく……


 僕に出来たのは、時が動き出す僅かな時間の間に、胸の前で十字を切ることだけだった。











「ひっっっっっ……どいですよねえ!?」

「それには同意してもいいけど、ナイフ大丈夫なのか?」


 パチュリーの授業の帰り道。

 大丈夫かなぁ? と門のところを見てみたら、頭にナイフが刺さったままの美鈴が相変わらず倒れていた。


 とりあえず助け起こして揺すると、パチッと目を覚ました。

 ……こえぇよ、妖怪。


「いくら私が丈夫だからって、こんな」


 ずぼっ、額に刺さったナイフを抜く美鈴。

 傷口から勢いよく血が流れ始めたが、すぐ止まった。


「こんなのを頭に刺すなんて!」

「うん。普通死んでるな。ていうか、なんで君死んでないの?」

「丈夫さにはちょっと自信があるんです」


 果たして、額にナイフがぶっ刺さって平然としている体質を、丈夫の一言で括っていいのかどうか……


 初めてこの場面を見たとき、割と本気で美鈴を心配して、『救急車、救急車! はっ!? 幻想郷じゃ携帯使えねぇ!』なんて焦った記憶が懐かしい。

 で、医者連れてこなきゃーー! と、飛ぼうとした僕をよそに、『あー、痛いー』と美鈴は起き上がったのだ。


 ……もはや心配するのが馬鹿馬鹿しくなる。


 ま、そのときそんな風に心配したおかげで、美鈴と話すようになったんだけど。


「あー、ほれ。これでも食べて、機嫌を直しなさい」


 渡すのは、この屋敷に来るとき、対レミリア用にいつも常備してあるお菓子。

 パチュリー辺りにも効果があったりするので、割と重宝しています。


「あ、いいんですか?」

「どーぞ。もう、今日は家に帰るだけだし」


 正確には神社に寄ってメシを作ってやらなきゃいけないんだが、まあそれはいいや。


「ん? どうしたの?」

「あ、いえ」


 板チョコをしばし眺めていた美鈴が、何を思ったかそれを真っ二つに割った。


「半分こ、ということで」

「お、ありがと」


 いやぁ、勉強して、脳に糖分を叩き込みたいところだったんだよねぇ。

 しかし、今までお菓子を上げた妖怪とかは何人もいたけど、半分こ、なんてしてくれたの美鈴だけだなぁ。


 ……うーん。サボリ魔ではあるが、いい娘なんだよねぇ。


「なぁ、そういえば美鈴」

「なんれふかぁ?」


 もしゃもしゃとチョコレートを口一杯に頬張りながら……って、口元にチョコ付いてる! ティッシュティッシュ。


「……拭きなさい」

「ども。で、なんです?」

「いや、なんていうかなぁ」


 ちょっと聞きにくいが、まあいいか。美鈴は、割合簡単に流してくれそうだし。


「あのさ、咲夜さんが下着に何か入れているって話、本当?」

「はい?」

「いや、美鈴寝言で言ってたから」


 なにを入れているんだろう。

 ちょっとドキワクの秘密ですよ?


「えー、別に見たことがあるわけじゃないんですよ?」

「ええ?」

「ただ、まことしやかな噂があるだけで。……なんでも、咲夜さんのあのおっきいおっぱいは、実は偽……」


 ……あれ? 美鈴の口が開いたまま止まってる?


「美鈴、良也さん?」


 激しく死亡フラグの予感!


「あ、あれー? 咲夜さん?」

「そろそろ美鈴が起きた頃だと思って、ナイフを回収しに来たの」


 へー、ちゃんと拾って使ってるんだ。やるじゃんー。

 で、でもなんか口調が……いつも紅魔館で僕にする、あの敬語はどうしたのかな?


 時の止まった空間で、優雅な歩き方で僕たちの傍まで来た咲夜さんは、僕を艶然とした顔で見て、ゆっくりと美鈴が地面に打ち捨てたナイフを取り上げた。


 そして、時は動き出す。


「あ、あれ? 咲夜さん?」

「美鈴。紅魔館の門番ともあろう者が、根も葉もない下らない噂に振り回されるなんて……情けないわね」


 口調こそ優しいものの、実態は甘い香りで油断させてガブッと行く食虫植物だ。

 美鈴にもそれが理解できるのか、ヒィィ、と震え上がっている。


「それに良也さん? 貴方、助平はほどほどにしなさい、といつかも言ったわよね」

「き、聞いたかなぁ? 僕、ちょっと聞き逃しちゃったかもなぁ」

「そ」


 そ、それはどういう意味の『そ』なんだ!?


「まあいいわ」


 咲夜さんは拾ったナイフを空中に投げ……あれ? ナイフが三十本くらいに増えましたよ?


「さっき砥いだこのナイフの切れ味、確かめさせてもらえるかしら?」


 そして、紅魔館の門付近で、二人分の悲鳴が響き渡った。





 ……うん、自重しよう。なんというか、命にかかわるし。

 そんな固い決意をした、日曜日の夕方だった。

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