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東方奇縁譚  作者: 久櫛縁
321/339

第三百二十一話『蓬莱人会議』

第二回はいつ開催しようかな

 博麗神社の薬箱を『倉庫』に入れ、僕は永遠亭へと向かっていた。


 里は顧客が多いので、鈴仙が各家庭に訪問して置き薬の補充をしているが、人里離れた神社までは営業に来てくれないのだ。

 だったら宴会の時にでも持ってきてくれれば、と僕なんかは思うのだが、仕事として赴くなら薬代とは別に出張費取るらしい。


 ……しっかりしていると見るか、ケチくせえと見るかは、人によって判断が分かれるだろう。


「はあ、やれやれっと」


 そんなわけで。僕も、博麗神社の置き薬には滅法世話になっているため、霊夢の代理でこうして補充に行くことがよくある。

 勿論、料金も八割僕持ちだ。……まあ、実際、あの健康優良児の霊夢は薬を使うことは殆どないため、妥当な金額だったりする。


 なんで、週一、二日しか来ない僕より消費少ないんだろうね。


「……あん?」


 そんな風にぼうっと人体の神秘について思いを馳せていたのが悪かったのだろう。目的地の迷いの竹林上空に差し掛かった辺りで、僕はようやくすぐ近くにまで接近していた人影に気が付いた。


「よう、輝夜。お前とやりあうのも、もう何百回目だっけ? 今日こそ、お前の命日にしてやるよ」

「いつもいつも、口だけは達者ね。最近の勝率は私の方が良いのを忘れたのかしら」

「ほざけよ。通算じゃ、まだ私が勝ち越してる」

「あん? 数も数えられないの? 私の勝ち星のほうが多いわよ。痴呆でも始まった?」

「ああ゛? 聞き捨てならないね。お前こそ、私よりよっぽど婆さんだろうが。お前のボケが始まったんだろ。私の方が総合でも上だよ」


 さあ、と聞こえてきた会話に一気に血の気が引き、僕は対峙する二人の正体にようやく気付く。


 妹紅と輝夜。犬猿の仲、と例えたら犬と猿に失礼千万になるほど仲の悪い二人が、今まさに殺し合いを始めんと睨み合っていた。


 そして不味い。

 うっかり近付いてしまったため、思い切り連中の余波が届く距離だこれ!


「ちょ、ちょっと待て二人とも! 喧嘩すんな! いや、するならするで、せめて僕が逃げるまで――」


 ……聞いてませんね、はい。


 お互いしか見えていない二人に、僕の言葉は届かないようだった。

 輝夜はどこからともなくどでかい一枚板(金閣寺の一枚天井だとか)を取り出し、妹紅は炎の羽を広げ距離のある僕でも火傷しそうな高温を身に纏う。


「私の新難題。そろそろ攻略してみせてくれないかしら。まだ新しい難題はあるのだから」

「言ってろ。今日はぶち抜く」


 そんな声を後ろに聞きながら、僕は全力で距離を取り、


「妹紅ーー!」

「かぁぐやああーーー!」


 当然の成り行きとして勃発した局所的な破壊の嵐に巻き込まれ、背中に衝撃を感じると同時に僕は意識を失うのだった。

















 意識が覚醒する。


「うあ……」


 死んだ。あれは死んだ。


 死ぬ直前の光景を思い出し、僕は頭が痛くなりながらも、ゆっくりと目を開ける。


「あら、起きたの」

「……永琳さん?」


 意外なことに、僕が横たわっていたのは迷いの竹林の地面ではなかった。

 簡素だが清潔なベッドに寝かされ……っていうか、永琳さんの診療所のベッドだ、これ。


「あ~~、運んでくれたんですか?」

「ええ。姫様と妹紅の戦いに巻き込まれてる貴方を見ててね。コトが済んだ後、鈴仙に回収させたわ」

「それはどうも、ありがとうございます」

「礼はいいわよ。うちの姫様のせいだしね」


 そ、それもそうか。いやでも、輝夜は確かにここの主だが、それはそれ、これはこれだ。やっぱ、後で鈴仙にも礼を言っておかないと。


「服は、上は駄目になってたけどね。ほぼ焼失してたから、残念だけど捨てさせてもらったわ。代わりの服はそれ」


 と、永琳さんはベッドの脇にあるテーブルに置かれた麻のシャツを指差す。

 確かに、下はジーパンがしっかりと残っていたが、上半身は裸だった。ありがたく袖を通す。まあ、つい最近の教訓から、シャツの一枚や二枚は『倉庫』に持つようにしてるんだけど。


「ええっと、今って何時ですか? 僕、どのくらい死んでたんでしょうか?」

「どれだけ死んでいたか、って」


 と、永琳さんがその言い回しにユーモアを感じたのか、くすりと笑う。

 いや、おかしな言い方だと僕も思う。


「今はお昼過ぎよ。大体、貴方が死んで三時間ちょっとってとこかしら」

「……三時間も、って。僕、どんな状態だったんですか?」


 心臓や肝臓とかの重要かつ複雑な臓器が損失しても、三十分もあれば再生出来る。僕を消し炭にすることの多いお空の能力は核融合なので、あれで消滅させられた時は全身がプラズマ化していると思うが、それでも復活にかかる時間は六時間くらいだ。

 この通り昔よりだいぶ復活速度は早くなったので、そこまでかかるってのはよっぽどだったんじゃ……


「下半身だけで診療所に来る患者は蓬莱人だけねえ。なんか焼け飛んでいたみたいよ?」

「……うへぁ」


 ……下が無事だったんじゃなくて、下しか残っていなかったらしい。

 火責めは地獄の苦しみと聞くが、なにも感じる暇もなかったのは運が良いやら悪いやら。


「妹紅ですか」

「そうよ」


 あいつの最大火力は、人間が蒸発するからな……


「ん、ん……」


 と。

 僕が己の死に様にげんなりとしていると、隣のベッドから悩ましい声がした。


「あれ、隣、誰かいるんですか」

「姫よ。今日は負けたから、同じく頭だけ拾ってきてベッドに放り込んだの」


 ぉぉう……頭だけって、僕よりヒデェな。

 目を向けてみると、確かに輝夜のやたらめったら長くて艶のある黒髪が隣のベッドから覗いていた。


 輝夜はしばらくもぞもぞと動いたかと思うと、


「……良也? ああ、そういえばなんかいたわね、さっき」

「そういえば、で済ませるなよ……」


 喧嘩はして欲しくないが百歩譲ってまだいいとして、他人を巻き込むな。

 あー、もう。そろそろ怒っていいよな、僕。いや怒ってはいるんだが、毎回こう、なあなあになってしまっている感が否めない。


 うーむ。


「はいはい、ごめんごめん」


 ほら見てみろ。この気のない謝罪。……はあ~~。


「……あれ、でも今日はお前、再生遅いな。もう喧嘩から結構経ったみたいだけど」


 輝夜とか妹紅は、その気になれば全身を一瞬で再構成できるものと思っていたが。


「単に寝坊しただけよ。この子」

「……昨日、夜更かししたからね。永琳、私もうちょっと寝るわ」


 そう言う輝夜に対し、永琳さんは嘆息を一つ。輝夜のベッドに寄り添い、布団の膨らみを揺すった。


「姫、そろそろ起きてください。診療所のベッドを占領するものじゃないわ」

「ああ? もう……うるさいわねえ、永琳は……」

「ちょっと」


 煩わしそうに言って、輝夜はすぅすぅと再び寝息を立て始める。


 はあ。まあ、今は患者さんもいないようだが、永琳さんの言うとおりだ。僕もとっととベッドを明け渡そう。


 と、僕は輝夜に声をかける永琳さんを尻目に立ち上がり、うーんと背伸びをする。


「ああ、そうだ。僕、博麗神社の置き薬の補充に来たんですけど」

「それなら、鈴仙を捕まえて。ほら、寝るならせめて自室へ戻りなさいな」

「……わかったわよ、もう」


 拗ねた感じで言って、輝夜が身体を起こ――


「ぶはっ!? ちょっ、輝夜……!?」

「ああ、そういえば。服、着てなかったわね」


 そうですよね! 頭しか残っていなかったっていう輝夜は、勿論すっぽんぽんですよね! 自分の状況と永琳さんの発言からなぜ気付かなかった、僕! 知ってたらとっとと出てったのに!


 全力で顔を背けながら、僕の頭は高速で空回りしていた。

 一瞬視界に入った、艶めかしい素肌の肩とかうなじとかが目に焼き付いたが、ギリギリで際どいところまでは見えなかった。


 勿論、惜しいなんて思……わなくも、ないが、僕のダイヤモンドより壊れないと評判の理性はこの程度では崩壊しない。……しないんだってば。


「おっと、ちょっとサービスし過ぎるところだったわ」

「い、いらんからな、んなサービスは」

「良かったわね。後一秒遅かったら、お釣りが発生していたところよ」


 ……どこまで露わになったんだろう。いやいや、煩悩よ、去れ。

















 あの後。すぐに診察室から辞して、鈴仙を捕まえ、本来の目的を達成。

 起き抜けはそうでもなかったが、妹紅に敗北した日の輝夜は機嫌が悪くなる傾向があるので、とっとと帰ることにした。


「本当に代金いいのか?」

「いいのよ。師匠からも仰せつかったし」


 うん。一応、輝夜の争いに巻き込んだ詫びとかで、今回は別にいいと言われたが。


 ……まあ、ありがたくお言葉に甘えておくか。


「ああ、そうそう、言い忘れてた。今回、新しいお薬が入ってるけど、これはアンタ以外は飲まないように霊夢に伝えてね。一応、説明書きには書いてるけど、あの巫女読まないだろうから」

「……何の薬?」

「ん? 一時的に魂をブーストして霊能力を強くする薬。滅茶苦茶強い薬だから、蓬莱人以外が服用したら寿命が縮むわよ」


 妖怪でも連用は危ないわ、とか、どんだけつえー薬なんだ。


「それは試用品だから、気に入ったら今後とも……」

「使わないから」

「そう言わず。師匠の国士無双の薬を参考に作ってみたんだけど、自分で試すのは怖くて。師匠のは使い過ぎたら爆発したし……」

「お前が作ったの!? っていうか、薬飲んで爆発ってなに!?」

「初めてのオリジナルレシピよ」


 こ、怖い。いや、鈴仙の腕を信用しないわけじゃないが、このウサギ、僕を微妙に毛嫌いしているフシがあるからな。不死である僕をなんとか亡き者にしようと、暗い笑顔を浮かべてゴリゴリと乳鉢を掻き混ぜていたり……


「……なんか妙なこと想像してない?」

「滅相もない」


 流石に鈴仙に失礼な想像か、これは。


 でも、使わないことは使わないんだよなあ。

 なおも使用を勧めてくる鈴仙を曖昧に誤魔化して、今度こそ永遠亭に別れを告げる。


 と、門を出た所だった。


「お」

「は?」


 あまりに場にそぐわない人物とばったり遭遇し、僕は思わず目を白黒させる。


「おう、良也。よかった、帰るとこだったか」

「も、妹紅か? おい、ここ、永遠亭の前だぞ」


 見送りの鈴仙は、妹紅の姿を見るなりあからさまに警戒しているし。


「ああ、大丈夫だ。あいつとの殺し合いは一日一回って決めてるからな」


 万が一飽きたら嫌だろ? と、妹紅は意味不明の自分ルールを披露する。


「ま、向こうがやる気ならその限りじゃないが……別に、喧嘩を売りに来たわけじゃない」

「そ、そうなんだ。いや、それなら別にいいけど。で、さっきの口ぶりだと、僕に用か?」

「ああ、そうそう。ほれ」


 と、妹紅は右手に持っていた竹籠を僕に押し付ける。

 籠には、筍が五本ばかりと白濁した液体――多分、どぶろく辺りの酒が詰められた瓶が入っていた。


「殺した詫びだ。とっとけ。……すまなかった。やっちまった後で気付いたんだ」

「あ、いやその、ありがとう」

「だから詫びだって。礼なんて必要ない」


 素っ気なく言って、妹紅はくるりと踵を返す。


「じゃあな。そっちのウサギも、ビビらせて悪い」

「別に、ビビってなんか」


 そうかい、と適当に返して、妹紅は立ち去……


「ちょっと、人んちに来といて、家主に挨拶もなしに帰るつもり?」


 ぎくり、と身体が強張った。

 そろ~、と後ろを向いてみると、永遠亭の玄関から輝夜が丁度出てくるところだった。


「……輝夜か。今は気分じゃないんだ。私はとっとと帰って、一眠りしたいんだが」

「生憎と、私はさっきまで昼寝していたからピンピンよ」

「そーかい。そりゃぁなによりだ」


 字面的にはにこやかな挨拶を交わしているように見えるが、これ、間に挟まれた僕は殺気をビンビンに感じていますからね!

 このまま、またしても哀れな被害者を巻き込みながら殺し合いが始まりそうだ。つい一分前に言っていた妹紅のルールなど、この状況では役に立つはずがない。


 ああ、輝夜の後ろに控えている永琳さんも、なんかもう諦めの表情だし。


「こ、この……」


 一方で、僕はむかっ腹が立っていた。

 一度目は良い。僕の不注意もあったし、ぶっちゃけもう慣れている。


 しかしだ、どうしてこう、間に人がいるというのにやる気満々なんだ。鈴仙も怯え……あ、もう逃げてやがる。


 そ、それはともかく。これからも、おそらくは長い付き合いになるだろうと言うのに、この二人は人が『仲良くしろ。せめて不毛な殺し合いはすんな』って口を酸っぱくして言っても聞きゃしねえ。

 あー、もう、長年の鬱憤が、とうとう爆発しそう。いいや、爆発させちゃえ。


 そう大決定した僕は、空気を読まずに大声を張り上げた。


「お前ら! 今から第一回蓬莱人会議を実施する!」

「……は?」


 僕のふとした思いつきに、誰ともなく呆けた声が上がった。


「これは今後の長い付き合いを話し合う大変重要な会議だ! 第一回はここ、永遠亭の庭で実施! 酒と肴もあるし、呑みながら話すぞ」

「お、おい?」


 妹紅の手を引き、永遠亭の敷地に足を踏み入れる。


「はいはい、輝夜と永琳さんも。まあ、そこの軒先でいいよな。筍は丸焼きにするぞ?」


 率先してどかっと腰を下ろし、魔法で作り出した火の中に妹紅からもらった筍を放り込む。

 更に、これまた妹紅からもらった酒瓶を開け、ラッパ飲み。どぶろくらしいが、どういう工夫か、度数が普通のより高い。


 ……アルコールが入ったことで、僕のキレ芸も加速度的に増していく。勢いだ、勢いで押しきれ。


「あー、旨い。ほらほら、三人とも座って座って。まあまあ、良いだろ? 話くらい」


 妹紅と輝夜は互いに顔を見合わせたが、さっきまでの剣呑な空気は霧散している。

 このどこか白けた空気の中で、いざ殺し合いを再開するというのも間の抜けた話だと、二人とも感じたらしい。


 沈黙する二人に、僕は据わった目つきを作って言った。


「僕の酒が呑めないのか?」

「貴方、もう酔って……いや、酔った振りしてるわよね?」

「振りじゃないもん。おら、輝夜、呑めよ。妹紅もな」

「いや、良也。『もん』ってお前……」

「なんぞ文句でもあるのか、妹紅。そーれーとーもー……、逃げるのか? どっちが先に尻尾を巻くか見物だな」


 この言葉で、二人には僕を無視して立ち去る選択肢は消えた。

 それがなんであれ、相手に負けることは断固として許容できないというこの二人の関係を突く言葉なのだ。


 妹紅と輝夜は困った顔で顔を見合わせ、どちらからともなく腰を下ろす

 よーしよしよし。なにはともあれ、座らせることには成功した。


「……ってことで、よろしくね鈴仙」

「はあ。わかりました、師匠」


 と、続いて鈴仙になにかを指示していた永琳さんも座った。


「蓬莱人会議、って銘打つなら、私も参加するのよね?」

「えー、勿論です。ほら、三人ともコップコップ」


 二人の喧嘩を止める方便だったので永琳さんが参加するのは予想外だが、まあ問題などあるはずもない。

 『倉庫』から取り出したコップをそれぞれに渡し、妹紅のどぶろくをそれぞれ注ぐ。


「ほーら、かんぱーい」

「いや、お前先に呑んだくせに乾杯って、おい」

「かんぱーい!」


 二度目の僕の乾杯の音頭に、ぶちぶち言っていた妹紅も諦めて酒盃を掲げる。


「……これ、妹紅の仕込んだ酒よね」

「ん? そーか、輝夜がそんなに酒に弱かったとは知らなんだ。妹紅の方はもう呑んでるんだが……『妹紅より弱い』んだな」


 輝夜がなにやら呑もうとしていないので、僕は煽る。輝夜はと言うと、顔を引き攣らせてどぶろくを一気に呑んだ。


「おかわりよ!」

「おう、良い呑みっぷりだ。どうぞどうぞ」


 酌をしてやる。


「っていうか良也。筍、焼き加減は大丈夫か?」

「あー、いや。多分……」


 勢いで直接火にかけちゃったが、大丈夫だろうか……


「ああ。まあ最悪焦げちゃってもいいわよ。鈴仙に言って、食べ物と酒の追加、持ってくるよう言ったから」

「ちょ、永琳? なに勝手に良也の尻馬に乗って……」

「まあまあ。輝夜も、たまには仇敵と腹を割って話すくらいの度量を見せなさいな」


 しれっと永琳さんは言って、どぶろくを傾ける。


「あら、意外と美味しいわね、これ。普通の仕込み方じゃないでしょ?」

「ああ……まあ、昔暮らしてたところのどぶろく名人に教わってな」

「へえ。ちょっと教えてもらえる?」

「別に構わないけど……」


 あまり永琳さんと話したことはないのか、妹紅はどう接していいか迷った様子で、ぽつぽつと話をしている。


「あっちはあれでいいか。で、輝夜。妹紅と喧嘩すんな。……いや、するなとはこの際言わんが、仲良く喧嘩しろ」

「……アンタも凝りないわね。嫌だっつうの」

「えー、そんなこと言わず」

「嫌」

「えー、そんなこと言わず」

「……なんかウザいモード入ってるわね、今日は」


 うん。自分でも、ちょっとどうかなー、と思わなくもない。

 まあ、明日には『やっちまった!』とゴロゴロ転がるハメになるのはもう目に見えているので、明日のことは明日の僕に任せて、好きに振る舞うことにする。


「百年後も、千年後も、お前らの喧嘩見続けるのは僕は嫌だぞ」

「適当に流しときゃ変に苦労もしないでしょう?」

「そりゃお前……流せりゃ苦労はしないかもしれないけど。女の子同士が本気で憎みあって殺し合うなんて、普通の男は嫌なもんなの」

「男の性ねえ。そういうもんかしら」


 少なくとも、僕はそうである。


「大体、お前らここに来たら三、四回に一回くらいはやりあってるだろ……目の前でされちゃ気になるわい」

「むう」


 輝夜は押し黙って、コップを傾ける。


「だから僕の展望としては、ここらで『ふっ、お前もなかなかやるじゃねぇか』ってお互いを認め合ってだな……」

「ありえないわね」

「認め合って、こう、何年後でも気の置けない話のできる友人になって欲しいと思うわけだ」

「きょ、今日は本当にめげないわね、貴方」


 ふっ、たまには僕もこういう態度を取るわい。

 だって僕、怒っているんだからね、プンプン。……いや、今のは流石に自分でも気持ち悪いと思ったから、ナシで。


「おい、良也。筍、そろそろじゃないか?」

「あ、そうか。っと、あちち」

「ほら、貸せ」


 皮を剥こうにも、当然火で炙った筍は熱すぎて触れやしない。

 火属性に関してはお手のものな妹紅が直接素手で皮を剥ぎにかかる。


「おう、いい焼き加減だ」

「じゃ、それは輝夜と二人で分けてくれ。僕は二個目焼くから」

「は?」


 ふんふーん、と僕は固まっている妹紅をよそに、次なる筍を焼き始める。


 ……妹紅と輝夜は、お互い目を合わせ、


「食えよ? な?」


 僕が念押しすると、二人は示し合わせたように舌打ちをして、


「まあ、つまみは欲しいし」

「……じゃあ、お前に恵んでやるよ、これ」

「はあ? それ、良也のもんで、良也が焼いたやつでしょ。なんでアンタに恵まれないといけないの」

「これ取ってきたのは私だからな」

「人にやったやつを自分の物扱い? 里が知れるわね」

「生憎と、私の生まれ故郷は都だ」

「はっ、あんなシケた町が都ねえ?」


 はあ、と、僕は溜息をつく。

 こんな場を作って、一挙に流れを持って行ったからと言って、この二人が和気藹々と半分こなんぞするはずがなかった。


 既に色々と突っ走り過ぎだが、これ以上突っ込むといよいよもってぶち殺されるかな、と対応を決めあぐねていると、


「ま、ちょっと貸しなさい」


 皮を剥かれた焼き筍を妹紅の隣に座っている永琳さんがひょいと横取りし、しゅぱっ、と二つに切った。どうやって切ったのかはよくわからん。


「はい、切ってあげたわよ」


 そして永琳さんは、それをそれぞれに放り投げる。

 キャッチしないわけにもいかず、妹紅と輝夜は飛んできた筍を受け取った。


 突っ返すわけにもいかず、二人はお互いを睨めつけながら齧り始めた。


「……どうも、永琳さん」

「いいわよ。この二人の喧嘩、薬の調合中にやられると揺れて邪魔だったし。前は薬草園壊されたし。多少でも減るなら万々歳だわ」


 わざわざ永琳さんは聞こえるように言う。

 うわ、それで今回協力的になってくれたのか。


「それに、ただ殺しあうだけの仲で済ませるのは勿体無いじゃない。それとは別に、もうちょっと違う関係性見いだせたら、もっと人生が豊かになるわ。ね、輝夜?」

「……今日は永琳まで説教臭いのね」

「元とは言え、教育係だもの」


 その後。


 鈴仙が持ってきた酒食にますます宴会は進み、妹紅と輝夜は直接言葉を交わすことはあまりなかったものの。

 ……まあ、僕や永琳さんが話を振って、ちっとはお互いの理解が進んだものと思う。














 なお、喧嘩し過ぎるとあいつらが面倒クセエからちょっと頻度減らすか、と。

 なんか二人の間で言葉は交わさずとも合意が取れたらしく、僕が妹紅と輝夜の殺し合いに遭遇する機会は、若干だが減った。


 勿論、争いはなくなっていないのだが、意地の張り合いで即殺し合いではなく、別の勝負も結構取り入れるようにしたらしい。


 この前なんか、二人で花札していた。

 やあ、平和な勝負じゃないか、どれどれ……と見に行ったが、


 ……二人とも、ガチガチのガチで真剣に勝負していた。

 なんでも、勝った方は好きな死に方を相手に指定して殺せるらしい。


 ……空恐ろしい賭け事してんじゃねえよ、と僕がツッコミを入れたのは言うまでもない。


 まあ……マシにはなった……の、かな。うん、多分、きっと。ええい、そういうことにしとけ。

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