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東方奇縁譚  作者: 久櫛縁
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第三十一話『歴史少女の憂鬱』

今思い返すと、慧音さんは随分疲れている様子だった。……当然か。ごめんなさい。

 はぁ。疲れた。


 妖精たちの大群を霊夢と紫さんに押し付けられたと思ったら、蟲の妖怪にキックされた。さらに、人里に向かう道でもまた妖精。

 妖夢と幽々子に合流できたから、なんとか九死に一生を得たが、その後に出会ったのは鳥の妖怪。


 ……うん。なんというか、加速度的に僕の人生の波乱万丈度が上がっている気がする。

 なんでだろうなぁ。僕、なにもしていないのになぁ。


 ともあれ、今日はこれで僕の冒険はおしまいだ。人里に行けば、誰か一人くらい泊めてくるは……ず?


「な、な、な……」

「良也さん。その、一つ聞きたいんですが」


 前を飛ぶ妖夢が振り返って尋ねてくるが、僕は驚愕してそれどころではなかった。


 僕の記憶が確かならば、前方、五百メートルくらいのところに人里の入り口があったはず。

 何回も何回も通っているから、間違いはない。この辺りの木の生え方にも見覚えがあるし。


 しかし、


「ひ、人里が……」


 本来、里があるべき場所には……


「な、ないっ!?」


 ただの草原が広がっていた。


「ど、どう考えてもおかしいぞ」


 とりあえず妖夢も幽々子も立ち止まって(空中だが)顔を付き合わせる。


「そうですね……。里が丸ごと消えてしまうなんて、どこの妖怪の仕業でしょう?」

「洒落にならないぞ。里の人間がいなくなったら、僕の商売が立ち行かなくなる」


 妖夢から光速のツッコミが入った。鞘で脳天を叩かれる。


「そんなことを言っている場合ですかっ!」

「いや、冗談だ」


 さすがにね?


「あらあら。良也は自分の中で力が閉じちゃっているから仕方ないとして、妖夢? 貴方まで里が消えたなんて言うの?」

「どういうことですか、幽々子様」

「どういうこともなにも。私の目には、ちゃあんと里の姿が見えているわよ」


 は?


 幽々子の言うことはよくわからない。僕の目玉も性能はよくないけど、どう目を凝らしても里なんて見えないぞ。


「まったく。今日は千客万来だな」


 と。

 僕が目を細めて里のあるべきところを凝視していると、そんなことを言いながら一人の女性が僕らの目の前に来た。


「って、慧音さん?」

「良也くんか。君も、こんなときに里に来るなんて……しかも、亡霊をつれて」


 ジロリ、と慧音さんが妖夢たちを睨む。


 あれ~? この人、こんな怖い顔する人だっけ。


「先ほどは、巫女が妖怪と一緒に来たし。まったく。人里は関係ないんだから、放っておけというのだ」

「あ、霊夢たち来たんだ」

「ああ。しかも、ついでとばかりに私を落としていった」


 ……あ、それで慧音さんも服ボロボロなんだな。

 というか、里の守護者にまで手を出すなんて、人里の人たちが神社に来ないとも当然だぞ、霊夢。


 いや、奴のことだ。慧音さんが、そんな風に呼ばれていることすら知らない可能性も……


「ふぅん。それで、人里を消したのは貴方?」

「亡霊の姫か……。そうだ。私の能力で、『里がなかった』ということにした」


 いや、『ということにした』って。

 んなあっさりと言われても困るって言うか。


「どちらにしろ、お前たちは里に用があるわけではないだろう? とっとと通り過ぎろ。私は巫女との争いで疲れている」

「そぉねぇ。じゃあ、行きましょうか、妖夢、良也」

「いやいやいや。ちょっと待った」


 だから僕は、ここに避難しに来たんだって。


「というわけで慧音さん、僕も里の中に入れてください」

「え? ……あ、いや、その。無理だ」


 ちょっとうろたえた慧音さんは、あっさりとそんなことを言った。


「なんでっ!?」

「里を保護している歴史を解除してしまえば、また能力を発動するのにそれなりに時間がかかる。その間に妖怪が入らないとも限らない」


 せめて満月ならな、と慧音さんはぼそりと呟いた。


 しかし、満月を取り戻したら取り戻したらで、もう僕に避難する理由はなくなる。この異常な月のせいで妖精が活性化しているという話だし。


「あらあら、それは困ったわね」

「幽々子、お前絶対困ってないだろ!?」


 むしろ面白がっているに違いない。


「どうしましょう? ここに良也さんを置いていきましょうか」

「私は里を守らなければならない。悪いが、良也くん一人を守るわけにもいかないぞ」


 自衛しろってか。……なら、妖夢に守ってもらった方がいいかなぁ。こっちは二人いるし。


「仕方ない。妖夢たちについていくよ」

「そうですか。……そうですね。任せてください。妖精風情、私が全て斬り伏せましょう」

「頼もしいな」


 本心からの言葉だ。

 さて、じゃあ行こうか、と飛び出そうとしたそのとき、また新たなる来訪者登場。


 飛び込んできた影は、吸血鬼とメイドだ。


「あらあら。どうしましょうか咲夜。せっかく燃料補給に来たのに」

「お嬢様。人間の里がなくなっているように私には見えるのですが」

「そこのワーハクタクの仕業じゃない? まったく、ちょっと血をもらうくらいいいじゃない」


 いや、よくない。

 血を吸われた一人としては、断固として良くないと主張する。


「今度は悪魔か……。本当に、千客万来な夜だ」

「貴方、里と人間をどこにやったのかしら?」

「どこにもなにも、ここにそんなものは元々『なかった』。ないものをどこにもやれるわけがない」


 咲夜さんと慧音さんの、幻想郷の僕的大人の女性コンビが角を付き合わせる。


 紫さん? 幽々子? あんなん大人じゃねぇ。


「咲夜。無駄な時間を使うのはやめなさい。私は急いでいるの。すごく」

「しかし、お嬢様」

「それに、燃料補給なら丁度いいのがいたしね」

「……もしかしなくても、それって僕のことだよな?」


 あら、わかっているじゃない、とレミリアはニターリと笑う。

 幼女のする笑みじゃねぇ。


「待て。みすみす良也さんを悪魔の贄にするわけにはいかない」

「失礼ね。そんな大げさなものじゃないわよ。ちょっとした献血みたいなもの」


 僕の前に立つ妖夢とレミリアの視線がぶつかり合う。


「それに、以前は快く飲ませてくれたし」

「本当ですかっ!?」

「嘘だっ!」


 皮一枚とはいえ、手首切られたんだぞ手首。

 外の世界の友達に、自殺はやめとけとか言われた僕の心境がわかるのか!?


「やはり悪魔は信用できないわ」

「差別はやめなさい、亡霊。それに、喜んでいたのは本当よ? なにせ、採血するとき、咲夜に腕をとられてデレデレしてたもの」


 ……えー? 正直、んな感触を味わう余裕なんてこれっぽっちもなかったんだが。


「やっぱり良也はエロね」

「やっぱりってなんだ!? やっぱりって!!」


 幽々子の心のないツッコミが僕の繊細な硝子のハートをブレイクする。なんというハートブレイクショット。


「そういえば、以前も私のスカートの中を覗こうとしたわね」

「さっくやさんまでっ!」」

「なんというか……ほどほどにな」

「慧音さん、あんまりだっ!」


 別に、僕が特殊というわけじゃない。

 男の子だったら、自然に目がいっちゃうのは仕方がないっつーかさぁ!


 くっ……男が僕一人だから、なにを言っても見苦しい言い訳になってしまうっ。

 だれか、だれかせめてもう一人男の人がいて欲しいっ!


「ええい、とにかく」


 僕が見苦しくもだえていると、慧音さんが凛と張った声を上げた。


「お前ら、ここに用がないのなら早くどこでも行け! 月の異変を起こした者はあっちだっ!」


 と慧音さんはその方向を指差す。


「ふむ……まあ、急ぎではあるし、癪だけど行きましょうか、咲夜」

「はい、お嬢様」

「お弁当も、付いてきなさい」


 僕お弁当!?


「安心してください、良也さん。私の目が黒いうちは、悪魔にみすみす血を飲ませるようなことはしません」

「おお、頼りになる」

「妖夢の瞳は黒くないけどね」


 幽々子が余計な茶々を入れる。


「それに、良也は血の気が多いから少しくらい吸ってもらった方がいいんじゃない?」

「……誰の血の気が多いんだよ」

「ほら、助平な男ってよく鼻血とか出すじゃない? 漫画だと」

「本当に興奮して鼻血出す奴見たことないよっ!」


 大体、誰が助平だ、誰が。


 まったく、失礼にもほどがあるぞ。


 ……ま、とにかく。亡霊と半人半霊と、吸血鬼とメイド。ついでに極平凡な人間という、妙なパーティーが結成されちまったのさ。

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