第二百八十六話『診察』
永琳さんは僕の持ち込んだ本を読んだ後、『大したものね』とか言ってた
「……永琳さん。いきなり呼び出して、何の用でしょうか」
永遠亭。永夜異変以降、増築された永琳さんの診療所に招待されて、僕はビクビクしていた。
今日、幻想郷に来るなり、鈴仙が使いにやって来て即座に連れて来られたのである。
マッド薬師と(僕の中で)評判の永琳さんのこと。なにをされるのやらと、僕は不安でいっぱいだ。
「いやぁね。そんなに怯えなくても大丈夫よ。今日はちょっと採血と診察をさせてもらいたいだけだから」
「……今日『は』?」
「今日は、ね。ちょっとした健康診断みたいなものよ。なにせ、貴方が飲んだ蓬莱の薬は大分昔に作ったやつだからね。なにか不具合があるとすればそろそろかなぁ、って」
「って、ちょっと!?」
今日『は』ってところも気になるが、それより後半の内容の方が問題だ。
最初の頃はともかく、今の僕はこの体質におんぶにだっこの状態なのである。いつものノリで殺されて、そのままお陀仏となると――案外、冥界でのんびり過ごしそうな気がしないでもないが、色々と困る、多分。
……困るか? 新刊とか新作ゲーム、アニメが手に入らない……くらい? ……うん、困るな。
「と、いうのは冗談……冗談よ? 本当に」
「本当ですね?」
「そうそう。ただの検査よ、検査。まあ、その中で本当に蓬莱の薬に不具合が見つかる可能性がゼロではないけど」
って!?
「それ、大丈夫なんですか?」
「さぁね。永遠の命を約束する不死の妙薬――なんて言ったって、それを証明するためには永遠の時間が必要だもの。私は、自分の作ったものが絶対に無謬のものである、とまでは断言できないわ」
「はあ……」
「そんなわけで、蓬莱人の検査をしないとって思ってね。私や姫様以外の比較試験ができれば、なにかあるかどうかわかるかもしれないし」
成る程成る程。
一件、筋が通っているように聞こえる。……が、ちょっと待った。
「あの、比較試験だったら、最初の頃にやってたらよかったんじゃ」
「その時は思いついてなかったからね」
思いつきだって白状しやがった。
「まあまあ。そんな大した時間は取らせないわよ。ウドンゲ? 採血して頂戴」
「了解しました」
鈴仙が永琳さんの命令に頷いて、僕の服の袖を捲る。
血管を探すように指で僕の肌をなぞる。
あー、指先ちょっと冷たくて気持ちいい……
「……」
ギロッ、と怖い目で睨まれた。
ちょっとした役得じゃないか。そんなに睨まんでも。
それでも、医療従事者としてのプライドか、鈴仙の採血の動きに淀みはない。正直、二、三回くらい針を刺し直されるくらいは覚悟していたのだが、それは鈴仙に対して失礼な想像だったようだ。
「ところで、蓬莱の薬って、確か魂が云々とかいうのじゃありませんでしたっけ。血液採って意味あるんですか」
「ああ、そっちはついでよ」
ついでかい。
「もちろん、魂の方を視るのがメインよ。ええと……魂診するから」
「今思いついた用語ですね?」
魂診て。いかにも適当に名付けたという感じである。
「五月蠅いわね。とっとと上脱ぎなさい」
「……ここで?」
いや、もう男とか女とか、そういう次元はとっくに超越してしまっているであろう永琳さんはともかくとして、鈴仙の前で上半身のみとはいえ裸はちょっと恥ずかしい。
「ウドンゲも私の助手よ。診察の時、男の裸くらいでぎゃーぎゃー言うようには教えていないわ」
「あ、いや……そうなんでしょうけれども」
これはどっちかというと、僕の意識の問題である。鈴仙がなんとも思わなかったとしても、僕の方はそうはいかない。
貧相だとか噂されたら恥ずかしいし……
いや、何度か死亡→肉体再構成→復活のコンボをやらかした僕が気にすることじゃないかもしれないけどさ!
「ええい、面倒臭い。ウドンゲ、ひん剥きなさい」
「え、ええ!? 無理矢理ですか」
「そうよ」
流石の鈴仙も、見るだけじゃなく『脱がす』となると躊躇するのか、ちらちらと僕と永琳さんを見比べ、
「ほら、早く」
「……はい」
結局は、師匠には逆らえず、じりじりとこっちに近付いてきた。
「ちょ、ちょっと待った!」
「貴方がとっとと脱げばすぐ済む話でしょう」
「こ、心の準備を……」
ここにきて、鈴仙も面倒臭くなったと見える。はあ、と溜息をついて、一気に近付いて、僕の長袖Tシャツをグワシ! と掴んで引っ張り上げた。
「いやぁ!? エッチ!」
「お前が言うな!」
……僕はエッチじゃないです、ただの健全な男の子です。
診察が終わり、ようやくのことで取り返した上着で体を隠し、一言。
「……お婿にいけない」
「貴方、行く宛あるの?」
「ないけどさ」
ちょっとした冗談に、鈴仙が鋭すぎるツッコミを入れてくれる。
そろそろいい年なのに、結婚どころか彼女いない歴イコール年齢の僕には、痛すぎるツッコミだ。
憮然としながら、僕は上着を着る。
「ウドンゲ、貰ってあげたら?」
「まっぴらゴメンです」
「まあ、そうよねえ」
あれ、なにこの師弟。僕をいじめて楽しいのか?
「……それで、どうだったんです。診察結果は」
「うーん、特に問題ないわ。蓬莱人として、今後も頑張りましょうってところね。……チッ」
「今、舌打ちしませんでした?」
「いやぁね。してないわよ。なんの変哲もなくて面白くないなあ、って思っただけ」
やっぱこの人駄目だ。
天才ではあるんだろうけど、やはり自分が面白いと思うようなことにしか興味がないらしい。一言で言えばマッドだ。
「じゃ、次は五百年後ね。お疲れ様」
「……えらいスパン長いですね」
「そう?」
あ、本気で疑問に思ってる声だ。
……流石に、長寿揃いの妖怪達だって、五百年が長くないというのは少数派だと思うぞ。
この人、今一体何歳なんだろう……
「そういえば、血の方は調べてないみたいでしたけど?」
「こっちもそのうち見るわ。……まあ、結果には影響ないでしょうけど」
永琳さんは、僕の魂を見た時と同じモノクルを装着して、血液を入れた試験管を見る。
……まあ、この前学校で健康診断して、特に異常なしだったし、多分問題ないだろう。
「あれ?」
「どうかしました?」
永琳さんが声を上げて、妙な顔で僕の方を見る。
「良也。貴方、最近何か血中に入れた?」
「……何の話ですか。人聞きの悪い」
まるで僕がヤバい薬をキメているみたいじゃないか。
「いえ。明らかに普通とは違う成分が含まれているから。これは……流行性感冒を抑える効果かしらね」
「……この前、インフルエンザの予防接種は受けましたけど」
というかこの人、モノクル掛けて見るだけで、どうしてそんな細かいところまでわかるんだ。
「予防接種……?」
「いや、病気にかかりづらくしたり、症状を軽くするために、事前に注射するんですけど」
僕もそんなに詳しいわけではないが、永琳さんに説明をする。
ふんふん、と永琳さんは珍しく感心した様子で何度も頷きながら、ノートにメモを取っていた。
「とまあ、こんな感じです」
「へえ……」
永琳さんの感嘆の声には、本気の色が含まれていた。
「ずっとこの竹林に引き篭もっていたから知らなかったけれど、まさか人間がそこまで人体のことを調べあげているなんて思わなかったわ」
「……外の医療も、結構発達してますよ」
不老不死の薬なんてものを作ってしまう永琳さんには及ばないだろうが、流石に平安の昔と比べるとずっと医療も進歩している。
「しかも、病気を事前に予防するための薬、ね。もともと体の強い妖怪には出来ない発想だわ」
「はあ……」
そんなもんなのだろうか。……そんなもんか。
少なくとも僕は、妖怪連中が普通の病気にかかっている所を見たことがない。『鬼の霍乱』という言葉通り、妖怪が体調を崩すのは本当に珍しいことなのだ。
「これは、里の人達にも予防接種とやらをやってあげた方がいいかもしれないわね」
「それはいいことだと思います」
「あ、でも師匠。それで病気になる人が減ったら、私達の商売上がったりでは?」
と、鈴仙が横から血も涙もない言葉を挟む。
……医療従事者としてのプライドはどこに行った。
「それもそうね。……まずは置き薬を取ってくれている家庭へはサービスで。その他の人には有料ってことにしましょうか。……あ、子供は無料にしときましょう」
意外と良心的だった!
「そうそう、良也。できれば、でいいのだけど、外の医学関係の本、持って来てくれる? ちょっと興味出て来たわ。今の人間が、どこまで進んでいるのか」
「技術本の類は、スキマが五月蠅いと思うんですけど」
「そっちは私が交渉しとくから大丈夫。アレに対する交渉材料の一つや二つは用意してあるから」
フフフ、と笑う永琳さんは、なんとも頼も恐ろしい。
あのスキマと対等に交渉できる人は、幻想郷でも多くないが、永琳さんはその数少ない一人なのだ。永夜異変の時、僕は二人の仲立ち……というか、交渉の場を整えるため霊夢をけしかけたが、その後もスキマと永琳さんは交渉のラインを保持しているようだ。
超今更だが、ヤバイ二人を結びつけてしまったか?
「そ、そうですか……」
「ええ。それじゃ、よろしくね」
僕は少々ビビりながらも、でも医学が発達するのは悪いことじゃないよな、と自分を納得させ、永琳さんの診療所を後にした。
後日。宣言通り永琳さんの予防接種事業が始まり。
今冬、風邪を引く人が激減したとかなんとか。




