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東方奇縁譚  作者: 久櫛縁
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第二百四十五話『魔理沙の拾い物』

……僕も欲しくないわけではないが、あまりにも恐れ多すぎる

 僕はなにを隠そう、散歩が趣味の一つだ。


 一部、引き篭もりの癖にねえ、などと謂れのない罵倒を受けたりもするが(言うまでもなくこの一部とはスキマのことである)、趣味なのは趣味なのだ。

 特に幻想郷は、誰の目も気にせず自由に飛んで移動できるから、非常に楽しい。外の世界では、たまにこっそり飛んでるが、基本的に飛べない。凄いストレスが溜まる。


 休日ごとに、僕が幻想郷を訪れるのは、自由に飛べるからというのもあるだろう。


 んで、今日の散歩中、僕が出くわしたのは、白黒の魔法使いと光の三妖精の、半ばいじめのような弾幕ごっこであった。


「ルナ、スター! ペダルを踏むタイミングを合わせるのよっ」

「サニー、スター! ジェットストリームアタックを仕掛けるわよ!」

「サニー、ルナ、トリガーを預けるから、頑張って」


 ……たま~に疑問に思うんだが、ああいう知識を幻想郷の人外どもは一体どこから仕入れてくるんだろう?

 そして、全員、見事なまでに足並みが揃っていない。スターなんか、一人ちゃっかり逃げようとしてるし。


「おおっと、三人がかりで来るなら恋符を使わざるを得ないな!」


 と、魔理沙が懐からスペルカードとミニ八卦炉を取り出す。


 ……時に、魔理沙、三妖精、そして僕の位置関係は↓こんな感じだ。


    サ

 魔     ス           良

    ル


 ――巻き込まれる!?


 気付いたときには時既に遅し。


「恋符! マスタァァァーーー!」

「ま、待て魔理沙! 僕がいる! 良也くん、ここにありっていうか――」

「スパァァァァッァアーーーーーッッック!!!」


 あ、死んだコレ。


 三妖精を全員巻き込んだ光の奔流は、そのまま射程内にいた僕へと突き進み、


「あ、ヤベ」


 途中、魔理沙も気付いたみたいだが、ビームは急に止まれない。僕は、全力でガードを固めるしか、出来ることがなかった。
















「し、死ぬかと思ったぞ……」

「はっはっは、悪い悪い」


 ちっとも悪いとは思っていないような口ぶりで魔理沙が謝る。

 結局――妖精相手に本気で撃ったわけじゃないらしく、奇跡的に僕は生き残った。服はボロボロだが、まあ命には代えられまい。博麗神社にちゃんと着替えは置いてあるし。


「今度から、マスタースパーク撃つときは、ちゃんと他人を巻き込まないように撃てよ」

「いや、いつもは気をつけているんだけどな。今日は三人をまとめて落とさなきゃいけなかったから、ちょっと忘れてた」

「……ちょっと忘れてたー、で巻き込まれちゃたまったもんじゃないぞ。本当に気を付けろよ……」


 わかったわかった、と魔理沙が軽い調子で手をひらひらさせる。

 ……まあ、口ではこう言っているが、魔理沙はこれで約束は守る方だ。幻想郷の中では、割と、それなりに。多分、守ってくれたらいいなあ、とか。

 とにかく、この話はこれで終わりにしよう。これ以上言葉を重ねても多分意味はない。


「んで、なんでこんなところで妖精なんかと弾幕ごっこしてたんだ。魔理沙が弱いものいじめするとは思えないし、あのサニーたちが魔理沙に喧嘩を吹っ掛けるとも思えないんだけど」


 魔理沙の恐ろしさを、連中が知らないわけ無いだろう。それに、普段『魔理沙さん』なんて呼んで、あいつらは割と魔理沙には懐いている。


「ん、ああ、それはだな」


 とことこと、魔理沙は少し歩いて、地面に落ちていたものを拾い上げた。


 ――幻想郷を飛んでいると、時に不思議なものを発見したりする。

 誰かが捨てたのか、それとも外の世界で忘れられて幻想郷に移動してきたのか、意味不明の物体がたまーに落ちているのだ。


 そして、魔理沙が拾い上げたものも、どうやらそういう代物らしかった。


「こいつを奪い合っていたのさ。ふむ……やっぱり、これはいいものだぜ」

「……なに言ってんだ、魔理沙。ていうか、なにそれ」


 えーと、なんか土やらなにやらで薄汚れた……ええと、土まみれの……板?


「あっ。言っとくが、これは私が先に見つけたんだ。お前にはやらないぞ」


 僕がそれを凝視するのを、物欲しげな視線にでも見えたのか、魔理沙がそれを背中に隠す。


「っていうか、なにそれ?」

「知らん、でも多分いいものだと思うぜ」


 と、魔理沙はノートより少し大きいくらいのその板を、いそいそと帽子の中にしまった。

 ……いつも思うんだが、なんで魔理沙は帽子をカバン代わりに使うんだろう。今しまったの、汚れてたし、髪に土がついたりしないか?


「多分って……いい加減だな」

「なに、役に立たないものでもそれはそれで構わないさ。部屋のインテリアぐらいにはなるだろ」

「いや、魔理沙がいいならいいけどな」


 魔理沙は、ちょっと困った蒐集癖がある。魔法使いの嗜みとしてビブリオマニアのきらいがあるのはまだいいが、そこらのガラクタやなにやらまで拾って家に溜め込んでいる。

 時々、森近さんがまとめて引き取ったりしているが、おかげで以前招かれた魔理沙の家は、足の踏み場もない有様だった。


「でも魔理沙、たまには家の中整理しろよ。友達が来た時とか困るだろ?」

「あんな森の中に来るようなのは、基本的に酔狂なやつだから大丈夫だ」

「……あの、僕は酔狂じゃないと自負しているんだが」

「へえ、まあ、自分で勝手に言う分にはいいんじゃね?」


 それは暗に僕を酔狂だと言っているな?


「大体、それを言うなら、そんな森に住んでいるお前はもっと酔狂ってことになるが」

「基本的に、って言ったろ。私は応用的だ」

「……左様か」


 まあ、魔理沙が自分で言ったとおり、言うのはタダである。もはやなにも言うまい。


「酔狂なのはアリスとかだな。前、なんか等身大の私の人形とか作ってたし。なんに使うんだアレ」

「……それは、否定できないが」


 ごめんアリス、ちょっとかばってやろっかなー、と思ったが、まるで反論の余地がなかった。

 あと、なにに使うかって……そりゃ、まあ色々使い道はあるんじゃないか? 僕は魔理沙のを使う気は起きないが。


「さて、そんじゃ私はそろそろご飯にするが……なんだ、マスタースパークの詫びがわりに良かったら奢ってやろうか」

「お、いいのか?」


 魔理沙が僕に飯を奢るなんて、珍しいこともあるもんだ。別に今日の昼食はどうするか決めていなかったので、ありがたくその申し出を受けることにする。


「よし、そんじゃ私に付いて来い」

「ああ」


 箒に跨り、空に舞い上がる魔理沙に付いて行こうとするが、


「待て待て待て! 早すぎるっ」


 魔理沙は、僕がいることを忘れたかのように飛んでいってしまった。

 単純なスピードでは幻想郷最上位陣の一人である魔理沙に、僕ごときが追いつけるはずがなく、あっさりと置いていかれる。


 その姿が点くらいに見えるようになってから、やっと魔理沙は引き返してきた。って、引き返してくるスピードがやたら早い! もしかして、行きはあれで加減してたのか。


「なんだなんだ、これくらいちゃんと付いて来いよ」

「行けるか! 速すぎだろ」


 文句を言うと、やれやれと魔理沙は呆れたように、


「ちゃんとお前が普通に追いつける程度にしたつもりだぜ」

「お前、なんか思い切り誤解してないか……?」


 あれ、僕の全力の倍近い速度だったぞ。


「んなこたないだろ。良也って、咲夜ばりに時間を操作できるだろ?」

「いや、咲夜さんほどじゃ……せいぜい、時間を三倍くらいに引き伸ばすのが精一杯……」


 待て。

 まさか、常に時間を加速して付いて行けとか、そーゆー無茶を言うつもりじゃないだろうな? あれ、すっげー疲れるんだが。


「十分じゃないか。さて、行くぜ」


 文句を言う前に、魔理沙はカッ飛んでいってしまう。


「くっ」


 仕方なく、僕も時間を加速させて追いかけていく。


 ……一体、僕は何分持つだろうか。


















「ふっ、ふっ、ふっ……」


 魔理沙に死ぬ気で追いすがって。

 やっと目的地に到着した途端、僕は地面に大の字になって倒れ込んでいた。


 肉体的に疲れているわけじゃないんだけど、とにかく精神的な疲労が半端ない。指一本動かすのも億劫なくらいだ。


「なんだなんだ、だらしないな良也。時間を操るなんてすげーって思ってたんだが」

「無……茶、抜かすな」


 そんな分不相応な力、ほいほい使えるわけがないだろう。自分の感覚で数分も使えば、疲労困憊になってしまうのだ。


「……で、魔理沙」


 ふぅ~~、と最後に大きく深呼吸して起き上がる。なんとか、普通に歩けるくらいには回復した。


「ん? なんだ」

「僕の記憶が確かなら、僕は昼飯を奢ってもらいに来たんだよな」

「おう、間違いないぜ」


 僕はてっきり里の飯屋にでも行くのかと思っていた。

 しかし、道中は追いかけるのに必死でどこに向かっているのか気付かなかったが……ここ、香霖堂じゃん。


「……香霖堂は確かに、一体何屋なんだって聞きたくなるようなお店だけど、僕の知る限り食事は出なかったような」

「お、良也もまだまだわかってないな。まあ見てろって」


 と、魔理沙は傍若無人に香霖堂の扉を開ける。


「香霖っ! 邪魔するぜっ」

「邪魔をするなら帰ってくれないか」


 魔理沙の元気の良い挨拶に、森近さんは素っ気ない一言で返す。

 ……相変わらずすげえ、僕はここまで一刀両断にはできないよ。


「なんだ、この店は客を追い返すのが流儀なのか?」

「君を客だと認識したことは、いまだかつて一度もないよ。残念なことに」

「ほう、ご挨拶だな。まあいい。香霖、飯を二人前追加だ。美味いところを見繕って頼むぜ」

「……また君はご飯をたかりに来たのか。しかも、二人分」

「おう、良也、入ってこいよ」


 促されて、縮こまりながら僕は香霖堂の敷居を跨ぐ。


「……良也くん。君まで僕に昼食をたかりに来たのか」

「いやその、魔理沙が奢ってやるって言うから来ただけなんですけど」


 森近さんは、今まさに食事にしようとしているところだったようだ。

 美味しそうな香りの雑炊が乗ったお盆を持っていた。


「……ふう。まあ、冷や飯をまとめて雑炊にしたから、二人分くらいは賄えるけどね」

「お、さんきゅぅ、香霖」

「君も料理は出来るんだから、わざわざ僕のところに来なくてもいいじゃないか。余ってなければ自分で作るくせに」

「ここの台所のほうが作りやすいんだよ。ちゃんと片付けられているし」


 いや、魔理沙。台所くらいちゃんと片付けろよ。


「まったく。ああ、良也くん、楽にしててくれ。すぐ持ってくるから」

「はあ、どうもすみません」

「いいよ。たまになら」


 ……暗にいつも来ている魔理沙は駄目だと仰っている。


「おう、良也。運がいいな。香霖が作ってくれた飯を食べられるのは珍しいんだぜ」

「……お前は、なぜ僕をここに連れてきた」

「そりゃあ、飯を奢ってやるためさ。香霖のが余ってなけりゃ、私が手ずから作ってやるつもりだった」

「森近さんとこの台所は、別にお前のために片付けられているわけじゃないと思うぞ……」

「香霖はそんなケチ臭いこと言わないさ。よく私が茸持ってきてやるし」


 ギブアンドテイクが成立しているのか……いや、こいつのことだから、何度言っても聞かずに森近さんは諦めていると見た。


 ……しかし、魔理沙と森近さん、一体どういう関係なんだろう。過去、森近さんは魔理沙の実家で修行していたとは聞くが、その実家から勘当されている魔理沙とお店から独立した森近さん。普通に考えれば疎遠になってそうなものだ。

 家が近いのが一番の理由かもしれないが、どうも魔理沙はちょくちょく香霖堂に通っているフシがある。


 ……まさか恋人同士などとは間違っても思わない。ちょっと変わった兄妹辺りかな?


「はい、お待たせ。簡単に作ったものだから、口に合うかはわからないけど」

「ああ、森近さん。どうも」


 とか考えていると、お盆を追加で二つ持ってきた森近さんが帰ってくる。

 湯気を立てている雑炊と、小皿に盛られた香の物。シンプルながら美味しそうなメニューだった。


「いただきまー……あちち!」


 そして、誰よりも早く食べようとして、あまりの熱さに悲鳴を上げる魔理沙。


「ああもう。ゆっくり食べなさい」

「はいはい」


 森近さんが言うと、魔理沙は不貞腐れたように雑炊をふーふーしてから食べ始めた。


「ああ、そうだ。香霖、ちょっと頼みがあるんだが」

「うん、なんだい? 出来れば、頼みごとは溜まっているツケを返してからにして欲しいな」

「そっちはもうちょっとツケといてくれ。頼みっていうのはさ、今日、ちょっと変なもん拾ったから鑑定を頼みたいんだ」

「変なもの?」

「ああ、ちょっと待ってくれ」


 と、魔理沙は帽子を取り、中から例の板状の物体を取り出す。


「って、そんなものここで出さないでくれよ。外の井戸で土を洗ってきてくれ。食事中なんだよ?」

「ああ、そうだな」


 魔理沙は食べかけを放置して、外に出ていく。

 落ち着きのないやつだ。


「やれやれ……魔理沙にも困ったものだね。良也くんも、色々と迷惑しているんじゃないか?」

「いや……迷惑だなんて」


 たまには思うけど、それ以上に魔理沙には色々と借りがある。命が危ないところをヒーローのように助けてもらったのも一度や二度ではない。それに、ああいう魔理沙の性格は、僕は嫌いじゃないし。


「それを言うなら、森近さんだって」

「うーん、僕はなあ。あの子に対してたくさん負債があるから」

「負債?」

「ほら、例の剣とか、彼女の集めるあれこれを不当に安い対価で譲ってもらっている件だよ」

「ああ。そういえば」


 そんなことも言ってたっけ。


「だから、実は魔理沙が今日持ってきたあれもちょっと気になっているのさ」

「あれはどう見てもガラクタだと思いますけど……」

「いやあ、そうとも限らないんじゃないかな」


 ただの板じゃないか。


 なんて、思っていたら、魔理沙が帰ってきた。


「おーい、すごいぜ、これ! なんか洗ったらすごい綺麗になったっ」


 と、魔理沙が持っているのは、なんか翠色に輝く板……え? 土取ったらあんなだったの?


 なにやら文字らしきものが刻まれているその板を、魔理沙は意気揚々と森近さんに見せる。


「どうだ? 香霖。いつもお前は私の持ってくるものはガラクタだって言うけど、これはそうじゃないだろ。こんなに綺麗なの、私はあんまり見たことないぜ」

「あ、ああ。そうだね。翠玉の一枚板……なのかな? 微妙に違う気もするけど」


 というか、なんだあの文字。古代ギリシア語?


 一応、僕は魔導書を読み解くためにいろんな言語を齧っている。

 古代ギリシア語も、一応単語くらいのレベルならわかる。


 ふと読めた一文。……翠色の板には『下のものは上のもののごとく、上のものは下のもののごとし』と刻まれていた。


「うーん、どうやらこれは、宝石ではないね。ただの翠色の石版だ。まあ、随分見事な石だけど」

「へえ。で、それって文字だよな? なにが書かれているんだ?」

「ええと……どうやら、古代の人の日記のようだよ」


 え!?


「なーんだ、ただの日記なのか」

「うん。しかし、それでも見事な造形だよ。インテリアとしてはなかなかの価値がある。

 ……どうだろう、魔理沙。良ければこれ、僕に譲ってくれないか」

「おおーっと! そうはいかないぜ。こんな綺麗なもの、私も自分の部屋に飾りたい」

「ほう、それなら、今まで溜まったツケ、まとめて払って欲しいな」


 さらに魔理沙が反論するが、森近さんが屁理屈で返す。


 何回かのやり取りの後、結局森近さんが勝利し、その石版を譲り受けることになった。


「……ちぇ」

「悪いね、魔理沙」

「ふん、まあいいさ。そんなの、重いし、書いてあることはわけわからないし」


 ガツガツと、すっかり冷めてしまった雑炊をかきこむ魔理沙を見て、僕は戦慄する。


 ……もし魔理沙が古代ギリシア語を読めていたら、多分もっと揉めていただろう。というか、読めなくても、あのフレーズは見たことあるんじゃないか?

 まあ、最初から読もうとしていないだけか……本は読んでいるものの、魔理沙がパチュリーのとこから取っていく魔導書のメインは日本語とラテン語と英語だったし、もしかしたらあんまり古代ギリシア語には詳しくないのかもしれない。


「……相変わらず、恐ろしいな」

「これが相変わらずなんですか」


 森近さんの独白に、僕は顔を引き攣らせながら突っ込むのだった。


 ……パチュリーとかが知ったら、下手したら『殺してでも うばいとる』になりかねないなあ、これ。

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