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東方奇縁譚  作者: 久櫛縁
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第二百三十二話『永遠亭の客人』

……またぞろ、スキマがいらんちょっかいをかけたりしないだろうな

 もはや、これも恒例行事というか。


 筍狩りをするべく、迷いの竹林に近付いた僕は、空気を振動させる弾幕ごっこの気配に眉をひそめた。


「またやってんのか、あの二人……」


 もう、現場を見なくてもわかる。竹林の上空で争っているとなれば、まず間違いなく輝夜と妹紅だ。少なくとも、必ず週に一回は殺し合いをするという筋金入りのヴァカども。何度やめろと忠告したかは覚えていないが、今日も今日とて非生産的な争いに励んでいるらしい。


 近付いても、巻き添えで僕の死亡カウントが一つ上がるだけだし、とりあえずは様子見を――


「……あれ?」


 ん、んんーー? あれ、あれって輝夜と妹紅じゃなくね?


 竹林での争い=あの二人、の方程式が出来上がっていたため、勝手に想像していたが、よくよく観察してみると、争っている人影がなんか違う。

 いや、まだ遠いから顔までは見えないんだけど、ここからでも弾幕の形が普段と違うことくらい見える。妹紅得意の炎による温度上昇もないし。


「あれって……鈴仙か?」


 四方八方にばら蒔いた弾幕の形には見覚えがある。狂気を操る永遠亭の兎、鈴仙の弾幕だ。他の連中からすると、あの弾幕は途中『ブレ』て見えるそうなのだけど、鈴仙の能力が効かない僕から見ると、何の変哲もない普通の弾幕に見える。

 んで、その鈴仙と争っている方は、全く弾を放っていないし、かつ僕から見ると背を向けているため、誰だか判然としない。


 その人物は、手に構えた太刀を軽く振る。それだけで鈴仙の弾幕は一切合財が粉砕され、それだけでなくその向こうで指鉄砲を構えている鈴仙をも撃ち落とし……実にあっさりと決着は付いた。


 その理不尽な強さと、風に翻るポニーテールに、記憶が刺激される。


「あれって……依姫さん?」


 月にいるはずの人物が、何故かそこにいた。

















「まったく、修行不足ですね。貴方は才能はあったというのに、まるで成長していないではないですか」

「うう……面目ありません」


 興味を持って、鈴仙が落ちた辺りに近付いてみると、そんな説教の声が聞こえた。

 がさ、と竹林の葉をかき分けて顔を覗かせると、地面に正座している鈴仙(服破れてる。ちょっとドキドキ)と、刀を地面に突き立て戦術論を講義する依姫さんがいた。


 ……うん、やっぱり綿月の依姫さんだ。短い付き合いだったけど、印象深かったからよく覚えている。


「と、おや? 貴方は」

「どうも。お久し振りです、依姫さん」


 うす、と頭を下げた。月にいた頃はさんざ世話になったのだ。


「ええ。久し振り。元気だったかしら」

「まあ、ぼちぼち」


 と、挨拶を交わしていると、鈴仙がじとっとした目で見てきた。微妙に裾が破れてるスカートを手で隠したりして、警戒心バリバリだ。……いや、ちらちら見てた僕が悪いんだけどなっ


「良也……何しに来たの」

「いや、筍取りに来ただけなんだけど、なんか珍しいのが見えたからつい」


 ふん、と鼻を鳴らす鈴仙。


「駄目でしょう、優曇華院。挨拶ぐらいはキチンとしなさい」


 いや、エロい目を向けた自分が悪いということはよく分かってるんで、別に腹も立たないんだけど。鈴仙、そーゆーの鋭いし。

 しかし、昔世話になったという依姫さんの言葉には逆らえないのか、あからさまに渋々といった感じで、鈴仙は『こんにちは』と挨拶をしてくる。


 まあ、それはそれとして一つ気になることが。


「依姫さん。確か、前会ったときは鈴仙のこと『レイセン』って呼んでませんでしたっけ」

「そのこと? 単に今のペットと紛らわしいからよ。それに、優曇華院は八意様がこの子のために付けてあげた地上での名前。なら、この子をそう呼ぶのは当然でしょう。『レイセン』は、今はもう貴方も会ったあの子の名前よ」


 思い出すのは、月で会った玉兎。小さくて、なんかおどおどしてて、それでいて中々に愉快な『レイセン』。

 うーむ、確かに紛らしいのは分かる。つーか、依姫さんのセンスだか豊姫さんのセンスだかは知らないが、なにも同じ名前をつけんでも。

 しかしねえ。もう一人の兎さんが、なんか面白くなさそうですよ?


「鈴仙、お前拗ねてない?」


 後から来たペットにご主人様を取られてる的な感じで。


「拗ねるか!」

「おっと、流石に読めていたぞ!」


 反射的に鈴仙の放った弾幕を、華麗に躱す。ふふふ……来ると分かっていればどうということはないっ。ゴスッ、という音が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。だって僕は被弾していない。


「まったく、いきなりなにを言うかと思えば。そんなわけないじゃない」


 うん、それに元気になったっぽい。


「悪いって」


 ははははーーと、笑い飛ばす。

 よしよし。僕は脳内で鈴仙は漢字、レイセンは片仮名で呼んでいるから混乱はしな……あれ? なんだ、今チャキって鍔鳴りの音が。


「……中々の不意打ちでした。先ほどの修行不足、という言葉は撤回しましょう」


 あ゛。なんか、僕が躱した弾が、依姫さんの額に見事命中したっぽい。当たったところが赤くなってる。


 ……おういえー、笑うしかないなこれは。


「よ、よよ依姫様、も、申し訳ありませ――」

「なにを謝るのです、優曇華院。私は本当に感心しているんですよ。力はあるくせに人一倍臆病だった貴方が、まさかこの私に奇襲を仕掛けるなんて。ええ、貴方も地上人らしい卑怯さを身に付けたではないですか」


 うわ、言葉に棘がある棘が。


「ただ、折角不意を打ったというのに、この威力では私は打倒できません。もう少し稽古をつけて上げましょう」


 カタカタと震える鈴仙に死刑宣告を下す依姫さん。絶対今の『稽古』には『シゴキ』とか下手したら『しょけい』とかの物騒なルビが振られていたに違いない。


 ……さて、師弟の間に、他人の割り込む余地などない。ここは大人しく、当初の予定通り筍を取るとしよう。

 今夜は筍ご飯だ!


「ちょっと待ちなさい……」

「な、なんだ鈴仙? きょ、今日はうちは筍ご飯なんだ。霊夢はよく食うからなー、筍の十本や二十本集めないと」

「貴方のせいでしょうっ! なんとかしてよっ」

「無茶抜かすな!」


 あ、なんか依姫さん、神様降ろしてるよ、神様。

 って、ぁっつい!? 火の神様? 火の神様なの? 焼死は嫌だぞ!


「丁度良いでしょう。ついでです、良也にも稽古を付けてあげます。先程の回避は本当に見事でしたよ。さあ、二人同時に掛かってきなさい」


 ルビが、ルビがっ!



 ……その日、迷いの竹林に僕と鈴仙の悲鳴が轟き渡るのだった。

















「沁みる沁みる沁みる! 永琳さん、もっと優しくっ」

「優しいでしょう、すぐ治る貴方にもお薬を出してあげているんだから」

「そーゆーんじゃなく……「包帯巻くから大人しくなさい」火傷のところを持たないでくださいっ!」


 八意診療所の診察室で、僕は騒ぎながら永琳さんの処置を受ける。


 結局あの後、生かさず殺さずのギリギリを見極めた実にためになる訓練を受けるハメになり、鈴仙共々憔悴して永遠亭にやって来たのだった。

 全身、軽度の火傷を負っていて、なんつーか痛い。まあ、蓬莱人だから、明日には治っているわけなのだが。そんなわけで、治療は鈴仙を先にしてもらった。

 僕と一緒の空気も吸いたくないのか、治療が終わるとさっさと行っちゃったけどなっ


「まったく、弱っちいくせに無理するからよ。イナバを庇っていたでしょう?」


 くすくすと、途中から僕と鈴仙の訓練(という名のイジメ)を見物していた輝夜が痛がる僕を笑っていた。


「違うっての」


 庇っていたっつーか……単に、適材適所で、蓬莱人特性で妙にタフネスな僕が盾になって鈴仙が攻撃に専念するのが都合がよかったっつーか、まあ、女の子の肌に火傷を負わせるのが気分良くないというのは否定はしないがしかし別に鈴仙だって妖怪、怪我はすぐ治るわけだし、大体それを言うなら普段の弾幕ごっこをスルーしたりしないだろ常識的に考えて。


 ……あんまり言い訳にならないかなー。うん、輝夜の奴は無視しよう。


「無理させたのは依姫さんだ。永琳さん、ちょっと言ってやって下さい」

「私から特に言うことはないのよね。うちの弟子に稽古をつけてもらって、お礼を言いたいくらいよ」


 うわー、駄目だこの人。当てにならない。


「さって、良也は無視するし、依とでも話してくるわ。久し振りだしね」

「ああ、輝夜。彼女にも傷薬、持って行ってあげなさい。少し掠り傷を負っていたみたいだから」

「はいはい」


 ……約一時間の稽古で、こっちは重傷一歩手前(もう治りかけ)で、依姫さんは鈴仙のまぐれ当たり二、三発。桁が違うなあ。


「うーん、よし、と。永琳さん、どうもありがとうございました」


 包帯も巻いてもらって、僕は立ち上がる。

 ……おー、流石永琳さん。まだ少しピリピリはするが、痛みはすっかり無くなっている。これで、処置中ももう少し優しくしてくれれば言うことないんだけど。


「こんにちはー」


 ……と、診察室から出ようとすると、なにやら手荷物を持った人物が明るい声で入ってきた。


「って、豊姫さん?」

「ああ、よかった。まだいたわね。お久し振り、良也」

「はあ、どうも」


 依姫さんと先にあったから、流石に驚きはしない。


「以前は世話になったわね」

「いえいえ。それはこちらこそ……って、あ、レイセンも」

「どうも、ご無沙汰しています」


 豊姫さんに付き従うようにして立っていたレイセンが、ペコリとお辞儀してくれる。


「はいこれ、お見舞い兼お土産。月の桃よ」

「……いつから月は桃が名産になったんでしょうか」

「むかーしからよ。それとも、玉兎たちのついたお餅のほうが良かった? 色んな薬草を使っているから、人間には毒かもしれないけど」

「……桃、ありがとうございます」


 さっさと受け取っておいたほうが良さそうだった。


 しかし、さっきは成り行きでスルーしてしまったが、何故に月の御仁が地上に来てんだ?


「あのー、それで、豊姫さんたちはなんで地上に?」


 もしかして、この前の第二次月面戦争の報復か? と、戦々恐々としていると、豊姫さんはあっさりと、


「だって、八意様に会いたくなったんですもの」


 と、言い切った。


「……それだけ?」

「そうよ。やっとこの前の月のごたごたも一段落ついて、周りの目も逸れたからね。折角八意様の居場所が分かったのに、じっとなんてしてられないわ」


 なんていうか永琳さん、人望あるなあ。……マッドなのに。


「なに?」

「なんでもないです」


 永琳さんは、どこからともなく取り出した注射器の背を押して、ぴゅっ、と漆黒の液体を針から押し出してにっこり笑う。

 ……怖えー、医者の脅しはマジ洒落にならん。というか、あの黒いのなんだ。薬のつもりか、もしかして。


「……まあ、そろそろ僕は帰ります。豊姫さん、桃ありがとうございました。永琳さん、治療ありがとうございます。……いや、薬いらないですから押し付けんでください。嫌ですよ、またなんぞ変な薬でしょう」


 これから、筍を取らないといけないのだ。正直面倒になりつつあるのだが、晩の献立は既に霊夢に宣言しているから、手抜きに変えたら文句を言われるに決まっている。


「そう。残念だけど、また今度ね」


 豊姫さんが、なにやら妙なことをいった。


「……今度、あるんですか?」

「これから、ちょくちょく、とは言わないでも、たまには来る気よ。今度は、この前世話になった巫女か妖怪のところにでも行こうかしら」


 フフフ、と底冷えのする笑みを浮かべる豊姫さん。

 ……それはとても恐ろしいことのような気がするんだけど。しかし……後ろでビクゥッ、とビビってるレイセンが、どうにもこっちの鈴仙の姿と被って、なんとなく笑える。








 帰り、鈴仙が永遠亭にあったらしき筍を持たせてくれた。

 ……やっべ、超嬉しい。

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