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東方奇縁譚  作者: 久櫛縁
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第二百三十一話『猪と酒』

猪以外にも、いつの間にか凄い食料が集まっていた

 それは、周りに妖怪や妖精の姿もないので、油断しきって幻想郷を飛んでいたときの話だった。


「は?」


 突然、足元からジャリ、という金属音がして、何事かと下を見ると……

 眼下の森(魔法の森ではない)から伸びた鎖が、僕の足を拘束していた。


「なんだ、こ――」


 疑問の声を上げる暇もあればこそ、凄まじい力で引っ張られ……って、痛い痛い痛い!


「ぎゃーーーーっ!?」


 な、なんだこの馬鹿力!? 抵抗できねえ! つうか、下手に逃げようとしたら足が千切れる、洒落じゃなく千切れる!

 くっ、仕方ない、力に逆らわず、下に降り……ぐおおおおお!?


 まさに急転直下な勢いで鎖が僕を地上に引き摺り下ろす。……っっって! この鎖、見覚えあるぞ!?


 ぐんぐん近付いていく地上に、小さな人影を発見し、僕は犯人の名前を大声で叫んだ。


「萃香ァァァァァアアア! なんのつもりだコラァッ!」


 僕の叫びが聞こえたのか、それとも無視か、僕の足を拘束している鎖の先にいる萃香は、ぐいっと引っ張りやがった。

 当然、鬼の膂力に逆らうなど出来るはずもなく、哀れ僕は地上にダイブすることとなった。


「おっと」


 ……んで、地面とぶつかる寸前、不意に萃香は力を弱め、大地とキスする寸前の僕――正確には背中に背負ったリュック――を掬い上げ、『ほいっ』と勢いを殺して地面に滑らせた。


「あだだだだっ!?」


 で、僕は顔面を擦った。……畜生、ここまで理不尽なのは若干久しぶりな気がするぞ。


「よっ、良也」


 地面に倒れたままの僕に対し、仁王立ちした幼女が悪気のない声をかけてくる。


「……お前、他になにか言うことはないか」

「ん? ああ、こんにちは、だね。挨拶を忘れていた、悪い悪い」

「他に謝るべきことがあると思うんだが……」

「まあ、気にするなって。丁度良い暇潰しの種を見つけてね。遊ぼうかと思って」


 からからと快活に笑い飛ばす萃香。


「普通に声かけろよ。なんでいきなりこんなバイオレンスな不意打ちをかましたんだ」

「んー? いや、面倒だったし。それに、このくらいの奇襲には気付くと思ったんだけどねえ。もうちょっと、ちょっかいかけ甲斐のあるよう成長しとくれよ」


 無理言うな。お前にからかわれて生きていられる人間は間違いなく少数派だ。そして、僕はどちらかと言えば多数派に属するのだ。


「それに、良也。お前さん、美味そうなもの持ってるだろう。欲しいんだけど、タダで分けてもらうのも悪くてね」


 確かに、今僕のリュックには外の世界で買った日本酒の一升瓶が入ってる。適当に、誰か捕まえて呑もうかなあと思って持ってきたのだが……どうやって知った? って、疑問は今更か。

 大体、もっと聞かなきゃいかんことがある。


「……それで、なんで鎖で捕獲するという結論になる」

「ん? だって、無償で分けてもらうのは駄目だろう。今、私は交換できるようなもんも持ってないしね。そういう時、鬼は強奪するのさ」


 ……は?


「ええと、お前ん中ではタダで貰うくらいなら奪っちまえ、なのか」

「そうだけど? 鬼が乞食みたいな真似出来るかい。……って、どうしたんだい、良也」


 ええと、確か今日はアレが余ってたな、アレが。


「えー、萃香。こちら、今日の売り物、お前もお馴染みのピーナッツです」


 サァァァ、と鬼の顔が青になる様は傑作だった。


「い、いや、ちょっと待て良也。私が悪かったって。今のは、ちょっとからかっただけで――」

「……鬼は外」


 季節外れの節分アタックが炸裂した。














 とりあえず、一袋分のピーナッツを喰らわせて、僕の溜飲は下がった。


「あつつつ……あーあ、女の肌に火傷作るなんて、男の風上にも置けないな」


 豆が当たった箇所をふーふーしながら、萃香が文句を言ってくる。


「外見年齢をもう十歳ほど上げてから抜かせ」

「お? なに、十歳分年食ったら土下座でもしてくれるの?」

「……やめて下さい」


 本気で出来そうだから困る。


「……ったく、普通に誘えよ」


 溜息をついて、リュックから酒を取り出しつつ文句を言う。が、萃香には僕の言葉など届かず、彼奴の目は一升瓶に釘付けだった。

 しまった、酒取り出す前に言えばよかった。


「ふんふーん、やっぱりけっこういい酒だね?」

「あー、就職して、金入るようになったからな」


 自由時間は大学生の時と比べるべくもないが、入ってくるお金は増えた。社会人なので身嗜みに少しお金使うようになったのと、実家に出してもらってた家賃が自腹になったが、それでもかなりの金額だ。

 ……まー、使う暇もなければ、使い道も酒とゲーム、漫画の類くらいなのだが。僕くらいのライトな層のオタク趣味って、意外と金掛からないしね。ゴルフとかに比べると。


「……でもつまみはないぞ。さっきのピーナッツは売れ残りだったし」


 しまった、食べ物を粗末にしちゃったな。あっても萃香が食べるとは思えんが。


「私はなくてもいいよ」

「僕はなくちゃ困る」

「えー? なら、そこらで獲物を仕留めてきなよ。確か、さっき猪があっちにいたよ」


 ……猪ねえ。猪肉……うわ、食べてたくなってきた。あー、でもなあ、


「僕、捌けないんだが。魚くらいなら出来るけど、流石に猪は無理」


 第一、刃物がない。


「んじゃあ、良也が仕留めてきて。私がちょいちょいと調理してやるから」

「わかった」


 萃香の教えてくれた方角に、物音を立てないよう慎重に飛んで進む。


 魔法の森ほどではないが、鬱蒼と茂る森林はなんとも視界が悪い。あまり上に昇ると、今度は葉っぱとかで地上の様子はまったく分かんなくなるし。

 あー、見つかるかねえ。第一、あんまり狩りは得意じゃないんだけど。

 でも、猪肉は食いたい。


 なんて、つらつら考えながら飛んでいたのがよかったのかも知れない。ばったりと、猪の後ろ姿を発見した。


「うお」


 ……あっさりと、まあ。しかも、後ろ側。慎重に進んで気配も殺していたお陰か、向こうもこっちには気付いていない。

 こっそりと、スペルカードを取り出す。


 上空から霊弾を何十発も叩き込めば仕留められるだろうけど、そんな嬲る趣味はないし、第一猪ってのは意外と足が早い。平原なら余裕で追いかけられるが、森の中だと逃げ切られてしまう可能性もある。


 なので、風符の刃で一発で首を落とすことにする。普段は弾幕みたいにばらまいているカマイタチを一発に集中すれば、毛皮で守られた猪の首だって落とせる。……我ながら、意外と物騒な男だ。


 心の中で一言謝ってから、スペルカード発動。


「風符……『シルフィウインド』」


 慎重に角度を調節したカマイタチが狙い通りの軌道で猪の首をギロチンのように落とす。

 ぶしゅー、と血が吹き出た。


「うう……」


 現代っ子である僕は、濃密な血の匂いに気持ち悪くなる。多少は慣れたと思うのだが、やっぱり苦手だ。

 猪の後ろ足を持ち、ちょっと気が引けたが狩ったからには食べるのが最低限のルールかと頭も持って行く。


 うわ、血が付いた。


 かなり精神力を消耗しながら、萃香のいるところに戻ってくる。置いていた一升瓶を勝手に空けられてないか、とちょっと危惧していたが、そんなことはなかった。


「ん~~」


 だけど、なんか萃香の奴、瓶を抱えて……あれは、なにをしているんだ。なんていうのか。一升瓶を『愛でて』いると言えばいいのか? 小さな身体で瓶をぐわしと抱きしめ、頬ずりなんかしていたり。

 ……阿呆な奴である。


「あ、良也おかえり。……おお、ちゃんと仕留めてきたね。てっきり失敗するかと思ってた」

「……まあ、なんとかな。ごめんだけど、早いとこ血抜きとかしてくれ。処理の仕方は全然知らないんだよ」

「了解了解。まあ、せっかく良也が取ってきた獲物だ、美味しく食べてやろう」


 ふんふーん、と萃香が鼻歌を歌いながら、僕が地面に下ろした猪に取り付く。……んで、能力で血を萃めて抜いたかと思うと、素手で解体を始めやがった。


「うっぷ」


 流石に、解体現場を正視する度胸はない。仕方なく、萃香がなんか萃めていたらしき薪を組んで、火を熾すことにした。


 ……はー、しかし、僕も成長したもんだ。魚釣りすら殆どしたことない僕が、あんなデカイヤツを仕留めるんだからなあ。

 思い出すのは幻想郷に来始めたばかりの頃。ついさっきまで餌をやってた兎をいきなり締めて、『晩ご飯のおかずは兎鍋ね』とか言いながら嬉々として捌いていく霊夢に、当時は心の底から戦慄した。結局その日の晩ご飯は遠慮した訳だが……そんな青い僕はもういないようである。既にお腹は猪肉を受け入れる体勢になっているし。


「良也~? 焼肉でいい?」

「定番はボタン鍋だけど、鍋なんかないし。それでいいよ。って、塩もないんだが」


 肉だけ焼いても美味いかなあ?


「了解。塩は私の手持ちがあるから大丈夫」

「……そりゃ準備がいいことで」


 萃香の奴は手ぶらに見えても、周りに薄く荷物を散らしていたりするのである。やっぱり便利な能力だ。


 んで、猪の解体が終わったら、酒を開ける。これまた萃香の持っていた盃で乾杯した。

 肉については、丸焼きは流石に火が通るのに時間がかかりすぎるので、適当に『千切って』、肉片をそこらの木の枝に刺して炙る、という方法を取った。千切るのは萃香が素手でやってくれました。鬼の握力って一体何キロなんだろうね。


「んぐ……んー、美味い。中々良い猪だ」

「どれ。って、あっつ!?」


 焼けた肉を刺した枝に手を伸ばしてみると……火から離しているにも関わらず、すげぇ熱かった。当たり前といえば当たり前なんだが、萃香が普通に掴んでいたから油断した。


「くくく……そんくらいで熱いとか、軟弱だねえ」

「っさい、人間の皮膚はそんなに熱に強くないんだよ。~~っん、あー、確かに美味い」

「自分で獲った肉は格別だろう? 良也って、意外とこういうの嫌がるけど」

「嫌ってわけじゃない。慣れてないだけ」


 魚は切り身しか見たことない、と言えるような現代っ子だもんね、僕。

 だけど食べたくなったら、あんまり気は進まないが普通に狩りはする。まあ、普段は周りにもっと得意な連中がいるから任せっきりなのだけど。あの口調からして、萃香はやってくれそうになかったし。


「この酒も美味い。相変わらず。外の酒はいいのが多いね。今度、外に出てやろうかな」

「やめとけって。大体、出来るのか?」

「さあ……やったことないからわからないね。でも、やってやれなくはないと思うよ。あんたと違って、力ずくになるとは思うけど」

「鬼が力ずくとか勘弁してくれ。博麗大結界が壊れるぞ……」

「流石にそれはないさ。ありゃ私でも壊すのは骨が折れる」


 ……出来ない、とは言わないあたりがこいつらしい。


「第一、仮に壊れてもすぐ紫が直すだろ。博麗の巫女もいるし、問題ないさ」

「そこら辺は、僕には良く解らんが……」


 萃香が外にねえ。……もし出たとしても、このナリで酒は売ってもらえないと思うが。でも、そうすると強奪するんだろうな、多分。


「しかし、この味は日本酒より麦酒が欲しくなってくるな……」


 塩味の猪肉だと、そっちのが適当だ。


「んー? そうかい。私はどっちでもいいけどね」

「まあな。……んぐ」


 というか、相変わらずペース早っ。もう、一升瓶の中身が三分の一位になってやがる。

 無くなっても、萃香ご自慢の伊吹瓢があるから問題ないけど、もうちょっと味わって呑め。


 っっ、あ~、それに、最初から思ってたけど、どう考えても猪一頭分の肉は余るな。どうしたもんだろ、これ。


 まだ生で放置してある肉を見て、僕は悩む。持ち帰るのも骨だしなあ……

 とか思っていると、上空から何かが降りてきた。


「んー? なんかいい匂いがすると思ったら、お前らいいもん食ってるな」

「魔理沙か」

「おう。丁度いい、腹が減ってたところだ。私も混ぜてくれ」

「おおっと、これは良也が仕留めて、私が捌いた猪だ。なにもしてない奴にタダ食いさせられないねえ」

「抜かりはないぜ。丁度良く、私は麦酒を持ってる」

「ウェルカム、魔理沙」


 僕は歓迎の声を挙げた。萃香も諸手を上げて、魔理沙に席を――地面に直座りだが――空ける。しかし、何故にこいつはこんな図ったかのように……いやまあ、いいんだけどね。


「よっしゃ、じゃあ乾杯だっ」

「おおー!」


 これまた萃香の持ってたジョッキに目一杯注ぎ、三人でガツン! とジョッキを打ち鳴らした。






 ……その後、どんどん人が集まってきて、森の中で一大宴会と相成ったのだが、それはまあいいだろう。

 萃香の能力か、とも思ったが、あいつは否定してたし、成り行きって怖い。

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