第二十一話『神社の娘』
神様はいるのか、いないのか。……僕の状況で、それは今更か
「今回は本当にありがとうございました」
僕は、頭を下げた。
本日は、外の世界……いや、ちょっと待て僕。僕が住んでいるのはあくまでこちらであって、幻想郷から見た場合の『外の世界』を外と表現するのはどうなのか。
「ああ、まあ夏休みで先生の手が足りないところでしたし、手伝ってくれるならこちらとしても助かりますよ」
「ええ、任せといてください」
僕は、入院でこれなかったアルバイト先――とある私塾である――の先生にお礼を言った。
大学に入学してから続けているバイトで、現国と古文を担当していた。
もう、僕の代わりは雇ってしまっているらしく、常勤とは行かないが、夏期講習のヘルプという形で雇ってもらえることになったのだ。
「生徒のみんなも心配していましたよ」
「はっはっは。この僕の、ぱわふりゃな様子を見れば安心するでしょう」
とりあえず、おどけて力瘤を見せてみたり。
「んじゃ、ちょっと行ってきます」
「ええ。しっかり頼みます」
手を振って教室に向かう。
今日は僕の復帰一日目なのだ。
……幻想郷でちょっとした商売を始めたのは良いのだが、結局のところ仕入れをこちらのお金でしている以上、先立つものは必要だ。
出費はさほどでもないのだが、もともと仕送りは少ない身。バイトしないと生活できない。
「……この力を使って、金儲け」
ふらり、と誘惑に駆られた。
なにせ、テレビなんかの胡散臭い超能力なんぞとは違い、こちらは正真正銘のオカルトなのだ。
ちょいと売名行為をすれば、簡単に……
「やめとこ」
思ったけど、やめた。
こういう時、欲を見るとロクな目に遭わないのは万国共通の法則だ。漫画見たく、その手のことを公開されたくない組織が、僕の口を封じるなんてこともあるやもしれない。
ま、所詮僕は一介の大学生。塾講師をしているのが、丁度良い塩梅さ。
「というわけで、皆さん久しぶり。元気でやってたか」
クラスは、以前担当していたのとほぼ同じメンバーと聞いていたので、入院する前と同じ調子で入室する。
「あ、せんせー。生きてたんだ」
「蘇生、おめでとうございます」
雑誌を読んでいる女子生徒と、PSPをやっている男子生徒が軽い調子で挨拶してきた。
……舐めてるな。
「生憎と、ぴんぴんしている。つーことで、夏期講習の一発目は、君たちの現在の実力を測るためのテストだ。全員、後で点数読み上げるから、気合入れてやれ」
えー、という声を黙殺して、僕はプリントを配った。
「せんせー、さよならー」
「給料入ったら奢ってな」
やかましい連中を適当に見送る。
……ま、勉強はちゃんとしているみたいだから、いいだろう。
「先生」
とんとん、とプリントを束ねていると、後ろから声をかけられた。
振り向いてみると、このクラスでも一際大人しく、また成績も優秀な女子生徒。
「……東風谷? なんだ、質問か?」
「いえ、そうではなく」
ま、多分僕よりできるし、それはないと思っていたが。
「これを」
と、小さな箱を渡された。
……も、もしかして、女子高校生とのラブラブイベント発生!?
「違います」
「……なにが違うんだ、東風谷」
「なんとなく、そんな気がしました」
……まあいい。
期待するのも馬鹿馬鹿しくなって、中を開けてみると、なんと御守りが入っていた。
「こ、これは一体?」
「うちの神社の御守りです。また事故なんて遭わないように気をつけてください」
心配、してくれたのか。
ありがたい。
「喜んでもらっておく。いつか礼をするよ」
手に持ってみると、なにやらずっしり重い。
……あれ? なんで普通の御守りが、こんな重く感じるんだ?
重量自体は普通なのだけど、そう感じる。
よくよく観察してみると、この御守りにはなにやらすごい霊力が篭っているようだった。それで重く感じたのか……
「ありがとう、東風谷。なんか物凄いご利益がある気がする」
「ええ」
「というか、東風谷の家って神社だったんだ」
「守矢の神社です。もしよろしければ参拝してください」
ああ、うん。東風谷なら巫女服似合いそうだ。
勘だが、どこぞの巫女とは違って、正統派な巫女服なんだろうな。
というか、霊夢のアレは巫女服なのか? 巫女っぽくアレンジした普通の服なんじゃないのか?
「ああ、うん。また行かせてもらうよ」
こう言うと、社交辞令か何かに聞こえるが、実は違う。
「来たぞ」
次の日、守矢神社に来た。
神社の境内の掃除をしていた東風谷に挨拶する。
目をぱちくりさせていた。僕の行動の早さを甘く見たな。
「綺麗にしてるな」
……真面目だなぁ。落ち葉の一つも落ちちゃいない。
博麗神社の方に行くと、三回のうち二回は霊夢の奴はお茶を飲んでいるというのに。
「あ、先生。いらっしゃいませ」
「お店じゃないんだから。楽にしててくれ。あと、塾外で先生はちょっと……」
教員免許なんぞ持っていないし、取る予定もさらさらない。
……まあ若い子に先生と呼ばれて悪い気はしなんだけど。
「えっと……それじゃあ。どうしましょう」
あ、東風谷困ってる。
「ま、先生でも良いよ」
「はい」
守矢神社を見渡す。
……立派な神社だった。少なくとも、規模は博麗神社より上だろう。
来る前にぐるっと周りを見て回ったけど、裏にはちょっとした湖まである。
だというのに、参拝客が僕一人と言うのも意外だった。
「……とりあえず、詣でるか」
じろじろ見てるのもアレだ。
財布から五円玉を取り出し、賽銭箱に投入。ガラガラを振り回し、手を合わせる。
作法まるで無視だが、まあ良いだろう。日本の神様はそんな狭量じゃないって霊夢も言っていたし。
えーと、なんか願い事でもするか。
……うん。紫さんの悪戯がなくなりますように。あと、素敵な出会いをください。
「…………」
切実に、ください。
「…………」
「あの、先生?」
でも、女難っぽいのは勘弁です。妖怪とか妖怪とか妖怪とか。
「…………」
マジ勘弁してください。喰われるのとか、性的な意味じゃないからすごく困ります。
「ふっ、どうした、東風谷。そんな困った顔をして」
「いえ、やけに熱心に願い事をされていたので」
「ああ、五円で図々しかったな」
あ、東風谷がさらに困った顔になった。
……いかんいかん。ことあるごとに賽銭をねだるどこぞの紅白のせいで、すっかり神社ではこういうことを言うようになってしまった。
「じゃ、御神籤でももらおうかな」
「あ、はい。二百円です」
東風谷にお金を渡すと、御神籤箱が出てきた。
受け取って、適当に振る。
「……四十二番、ですね。少々お待ちください」
死に、か。縁起悪いなぁ。
ていうか、ぱたぱた東風谷はどこに行くんだ。
……しばらく待つ(五分ほど)と、東風谷が帰ってきた。
「では、こちらが御神籤になります」
「時間かかったけど……」
「うちは、御神籤はお客様が引いた後に作るので」
どういう神社だ?
しかし、言うとおり、渡されたのはまだ墨も乾ききっていない紙。
「えーと、なになに」
凶。
探し物:容易く見つかる。
待ち人:遅れる。が、そのうち来る。
健康 :怪我に気をつけよ。気をつけても、どうにもならぬが。
金運 :金銭には困らない。使う暇もない故に。
恋愛運:一人に絞るべし。一縷の望みあり。
旅行 :新たな出会いがある。良縁とは限らぬが。
「……これ書いたの東風谷?」
「いえ、神様が……」
神様て。どういう神様だ。
「どんな内容……て、ええ?」
「凶なのはいいとして、これはないだろ」
「はい。普段はこんなことを書く方ではないんですが……あとで文句を言っておきます」
「神様に?」
「ええ。神様に」
東風谷って、案外お茶目なんだな。
「はは、じゃあその意地悪な神様によろしく」
「はい。さようなら」
これから幻想郷行きなので、守矢神社を早々に立ち去ることにする。
しかし、あの御神籤。……内容は確かに奇天烈ではあったが、間違いではないんだよなぁ。
もしや、本当に神様が書いたのかもしれん。




