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東方奇縁譚  作者: 久櫛縁
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第二十話『良也の日常』

僕の華麗かつ優雅な生活を赤裸々に大公開。恥ずかしいなぁ、もう

 生き返ってから幻想郷を訪れ、早二週間。僕の生活は一変した。


 両方の世界を知っているからか、それとも僕のこの能力のおかげか、僕は割りと自由に二つの世界を行き来できる。

 というわけで、外の世界と幻想郷を往復する日々。今は夏休みだから、週に三日か四日くらいは幻想郷に居る。多分、大学が始まったら週末に通うことになるんだろう。


 以前は休みの日は一歩も外に出ない引き篭もりだったのだが、今や立派なアウトドア派。

 いつも自分の世界を纏っているから、引き篭もりなのは変わらない、という意見もあるが華麗に無視だ。大体、それ言っているの紫さんだけだし。


 今日も今日とて、電車を乗り継いで、こちら側の博麗神社まで向かっている。

 交通費がかさんで仕方がないので、人気の少ない場所まで来たら、飛んで向かうことにしていた。


 飛んでいる姿が見られるリスクもあったのだが、どうせ外の世界の人間が見ても、夢か見間違いとでも思うだろうし、一応顔は隠して飛んでいるのでまぁいいかと楽観的に構えている。

 山の中なせいで人気はほとんどないし、高度を上げればよほど目がよくないと見えないし。


「――っ到着、っと」


 博麗神社に到着。

 既に慣れた動作で目を瞑り、幻想郷の風景を思い描くと、はい、移動完了。


「あら、良也さん、いらっしゃい」

「こんちわ。霊夢、リクエスト通り饅頭持って来たぞ」


 背負ったリュックから、霊夢希望の饅頭を取り出す。


「あら、ありがとう」

「いやなに。軒先貸してもらってんだからな」


 幻想郷で宿泊するときは、霊夢んとこに泊めてもらっている。


 流石に生きている人間が白玉楼に入り浸るのは問題だったし、人里には宿なんてない。

 結局、知り合いである霊夢が、快く泊めてくれたので、以後も甘えさせてもらっている。


「ここのお饅頭、美味しいのよね」


 栗屋、と書かれた包装を大事に抱え、霊夢が母屋に向かう。お茶を淹れに行ったのだろう。

 帰ってくるまで、境内で待つことにした。


 ……ちなみに、栗屋は外の世界の店である。

 他にも、僕のリュックの中には駄菓子とかジュースとか、そういう外の世界の飲食物が詰まっている。


 実は僕は『外の世界の飲食物を幻想郷で売る』という商売を始めていた。


 幻想郷にはない、炭酸飲料等は大人気で、人里に売りにいくたび囲まれる。おかげで、今や僕はちょっとした有名人だ。

 つっても、幻想郷のお金は幻想郷でしか使えないので、商品の仕入れは自腹。……おかげで、毎回毎回、品不足について文句を言われる。


 まあ、結局は、幻想郷で生活する分の銭を稼ぐために始めたことだから、別に問題はないのだが。


「あ、良也さん。これゴミね」

「はいはい」


 戻ってきた霊夢が、お茶を二組と僕が持ってきた饅頭を菓子鉢に入れて持ってくる。

 そして、饅頭の包装らしいナイロンを渡してきた。


 ゴミの回収は僕の最低限の倫理。

 プラスチックとかナイロンとか、あとはアルミ缶とかペットボトル。幻想郷に本来ないゴミは、全部持ち帰りだ。


「そういや、魔理沙は?」


 お茶を飲んでから、ふと聞いてみる。


「いつも来ているわけじゃないわよ」

「そっか。いや、いつも博麗神社にいるイメージが……」


 魔理沙からも注文を受け付けていたんだが、いないなら仕方ない。


「じゃ、これ来たら渡してやってくれ」

「なにこれ? ねるねる○ーるね……って早口言葉?」

「ちょっと違うが、まあ似たようなものだ」


 なぜか、一時期流行ったこのお菓子を魔理沙はお気に入りだ。

 魔女だからか? 確かにCMはアレだったが……


「ゴミはちゃんと僕袋に入れておくよう言っておいてくれ」


 博麗神社と人里に、それぞれ一つずつある僕袋。

 要するにゴミの回収袋だ。


「さて、と」


 お茶を頂き、立ち上がる。


「人里? 行ってらっしゃい」

「行ってくる」


 空を飛ぶ。


 もう、生身で空を飛ぶのにも、随分慣れた。

 たま~に、妖精なんかと出くわすこともあるが、妖怪と会うことは最近はない。


 ま、要するに平和ってことさ。


「あら、こんにちわ」

「……短い平和だった」

「なによ、失礼ね」


 突如現れたのは……僕的厄介度ランキングナンバーワン。胡散臭さナンバーワン。苦手度ナンバーワン……の八雲紫さんだ。

 そろそろ、さん付けをやめても良いかもしれない。


「それはそうと、うまい棒を一つもらえるかしら」

「……はい、何味ですか。めんたいとチーズ、あとコーンポタージュがありますが」

「めんたいで」


 銭を受け取る。無論、仕入れ値からいくらか利益分値段は上乗せしているが、所詮うまい棒だ。安い。


「ありがとう。ゴミはこちらで処分しておくわ」

「大丈夫ですか」

「当たり前よ」


 ……まあ、この人なら隙間に捨てても良いんだし、大丈夫か。


「しかし、良い心がけね」

「なにがです?」

「もし貴方が、外の世界の技術書や機械の類を持ち込んでいたら、すぐさま叩き壊していたところよ」


 ……冗談っぽくないぞー。


「それは値段も高いですし、機械は電気なんかのインフラがないと役に立たないのが多くて」

「それに、ゴミもちゃんと回収している。……あまり外の世界の物を無闇に持ち込んで欲しくはないのだけど、ま、このくらいならいいわ」


 ……よくわからんが、もしやこの人、僕の持ち込んだ品を検分しに来たのか?


「確か、魔法の森には香霖堂とかいう、外の世界のものを扱っている店があると聞きますが」

「あそこに置いてあるのはあそこにある限りガラクタよ。ほとんどのものは店主本人も使い方がわかっていないし、わかったものは非売品にしてしまうしね。

 ……でも貴方は違うでしょう? 貴方は、外の世界のものを、その有用な使い方込みで売りつけることが出来る」


 やろうなんて思ったりしないけどなぁ。

 例えば携帯ゲーム機なんかは普通に幻想郷でも使えるだろうが、仕入値が高すぎる。


 結局、粗利とか僕の財布事情とか考えると、飲食物が一番なのだ。


「まあ、特別幻想郷の在り方に影響のありそうなものでなければ、好きにしてくれて構わないわ」

「よくわからないけど、了解しました」


 あー、もう。はいはい言っとけ。


「そ。引き止めて悪かったわね。それじゃあ、また」


 と、紫さんは出てきたときと同じように、唐突に消えた。


「出来れば、『また』はない方がなぁ……」


 紫さんが去るのを待って、僕はぼそりと呟いた。














「あ、良にいちゃーんっ」


 子供が一人、突貫してきた。


「ぐほっ」


 さっと横に躱すと、まるでホーミングミサイルのようにカーブして、僕のみぞおちに頭突きをかまして来やがった。


「……ぐぐぐ、お前の目的はこれだろ」


 懐から、対子供用に常備している飴玉を用意する。

 幻想郷にも飴くらいはあるのだが、やはり外の世界の洗練されかつ多種多様な飴には敵わない。

 僕は、こっちの素朴な味わいの飴のほうが好きだったりするのだが……とりあえず、


「とってこーいっ!!」


 虎視眈々と僕に突っ込む隙を狙っていた子供も含め、十数個の飴玉を放り投げる。コーラ味、ソーダ味、アップル味その他諸々。

 まるで第二次大戦後、米軍にチョコレートをねだる子供のごとく、連中は群がっていった。


 ふっ、これぞ名付けて飴符『キャンディレイン』


「ちなみに、これは飴と雨をかけた高度なギャグであって」

「良也くん。なにを言っているの?」

「あ、成美さん」


 呼ぶ声に振り向いてみると、苦笑する成美さんの姿。


「頼んでおいた無塩バターとリキュール、買ってきてくれた?」

「ええ、そりゃもちろん。こっちはおばあさんからの手紙です」


 幾ばくかの手数料と引き換えに、依頼品を渡す。


 ……成美さんのような元外の世界の人間は、僕にとって上得意だ。

 同じ世界出身故に割りと気さくに声をかけてくれるし、向こうに肉親や恋人が残っていればこうして手紙の配達なんて仕事も出来る。


 もし、その肉親が幻想郷のようなオカルトに耐性のある年配の人ならば、その人に仕入れのお金を頂くこともできる。

 ……つっても、今の所、それが出来るのは、この成美さんと雑貨屋のおばあさんだけなんだけどね。


「そうそう、成美さんの貯金、残高もうこれだけですよ」


 と、指を立てた。


「あっちゃぁ。ま、学生時代バイトで少し溜めただけだしねぇ」


 ちなみに、成美さんは僕より五つ年上の、元パティシエの卵。

 幻想郷に居ついた外の人間の一人で、現在洋風喫茶を開業して生活している一児の母だ。


 彼女が向こうに残してきた通帳の残高をおばあさんから受け取って、僕はお菓子の材料を毎回届けている。


「良也、今日はどんなの仕入れてきたんだ」


 成美さんと雑談(主に外の世界の話題)をしていると、男の人が一人、やって来て訪ねてきた。この人は生まれも育ちも幻想郷の人だ。


「あ、はいはい。少々お待ちを。今回は、前回好評だったスナック菓子を中心に……ハウス栽培のみかんなんぞを持ってきました」

「は? この季節に、みかん?」


 現在夏まっさかり。夏みかんならばともかく、普通のみかんは収穫できない。少なくとも幻想郷では。


「それが、出来るんですよ。外の世界じゃあ」

「ふーん。珍しいけど……冬になれば食えるしな」


 ぬ、食いつきが悪い。


 あまり奇抜なものは受け入れにくいと思って、幻想郷の人でも知っている、しかし通常手に入らないものを持ってきたつもりなのだが……駄目だったか。


「あ、良也さん。そのみかんをください」


 そして、おずおずと姿を現したのは……あれ? 妖夢じゃないか。


「なんだ、お使い?」

「ええ、幽々子様の使いです」

「へぇ。……で、みかんをつまみ食いか」

「そうではなく。幽々子様が『みかんが食べたい』と仰られて。この季節にあるはずがない、と進言したのですが、必ず里に売っているから、と」


 ちょっと待て。なんだその偶然。


 ……いや、偶然?

 そういえば、前来たときに、幽々子からアドバイスを受けてみかんを仕入れたんじゃなかったっけか。

 ほら、奇抜なものは云々とかいうの。


『そうね、みかんなんて良いと思うわよ』


 言われた。確かに。

 そして、僕ってば言われるままに用意しちまった。どれだけ単純なんだ、僕。


「……やられた」

「は? そ、それで良也さん。折りよく、良也さんが仕入れてくれて助かりました。売っていただきたいんですが」

「いいよ。妖夢なら半額で売ろう」


 まだまだ、妖夢には感謝してもしきれないのだ。

 うんうん。あと、幽々子には後で文句を言わなければ。あまり僕の思考を誘導しないように。


「そ、そんな。いいですよ。普通に払いますから」

「そう? ま、じゃあこんだけで」


 あまり値引きして、妖夢の気が引けるなら本末転倒だ。とりあえず、本来の値段を提示、受け取った。


「それでは、これで」

「ん? もうちょっと話していかないのか」

「いえ、幽々子様が待っていらっしゃいますし、それに」


 ちらり、と妖夢は村人の方を見る。


 ……ああ。


「冥界から来たんだもんなぁ」


 引かれるのも仕方ないと言えば仕方ない気もする。

 見た目は可愛い女の子だし、腕っ節は滅法強いものの、基本的になんの罪もない人間に剣を振ることはない……筈。


 思い出すのは、萃香の一件のとき。霊夢相手に問答無用で『斬る』宣言した妖夢であり。


「ま、まあ剣を控えたら、みんな安心すると思うぞ」

「? どういう意味ですか?」


 どういう意味だろうね。


「まあ、慣れていますから大丈夫ですよ。なんだかんだで、ちゃんと商品は売ってくださいますし」


 そっかー。……まさか、妖夢のことだから、剣を突きつけて『売りなさい』なんて言っていないよね?


「……良也さん? またみょんなことを考えていませんか」

「あ、みょんって言った」

「ちょ、ちょっと噛んだだけですっ」


 それに、後日談がー! と訳のわからないことを叫ぶ妖夢。

 いやいや。言葉を噛むくらい僕もよくするさ。うんうん。


「言っておくけど、みょんなことは考えていないよ」

「き、斬りますよっ!?」


 うわー、と僕は逃げるのだった。


 おおむね、僕の幻想郷での日常はこんな感じである。

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