第十八話『覚める夢』
萃香の事件は解決した。……さて、僕もそろそろ帰らないと、本当に死ぬな
「良也さんっ。無事だったんですねっ!」
「……妖夢の中では、一体どんな危機的状況に陥ってたんだ、僕」
まあ、確かに、一歩間違えれば大怪我をしていた状況ではあったが。
――あれから。
勝負に勝った霊夢が、萃香を引っ張っていって、宴会に来ていたみんなの前で謝罪させ(ごめーん、の一言という誠意の欠片も感じられないものだったが)そのままなし崩し的に宴会に突入した。
……いや、こいつら。実は単に呑むのが好きなだけだろう。
「あ、どうぞ」
「ありがと。妖夢も、ほら」
妖夢からどぶろくをもらい、返杯もする。
どぶろくなど初めて呑むが、意外や意外、けっこうイケる。
「呑んでるわね、良也さん」
「霊夢?」
「ああ、霊夢。あなたも呑む?」
「頂くわ」
妖夢のどぶろくを、盃に受ける霊夢。
……夢夢コンビか。昨日は弾幕ごっこをしていたが、別に仲が悪いというわけではないんだな。
「ぷはっ。……ああ、そうそう。良也さんにはお礼を言いに来たのよ。今回の異変、解決を手伝ってもらったし」
「ええ? 大丈夫だったんですか?」
「随分信用ないな……。余裕綽々だったさ」
言うまでもなく強がりである。
しかし、あまり妖夢の前で弱っちいところを見せたくない。……いや、僕が弱いなんてこと、妖夢は百も承知なのだが、一応オトコノコの意地というものがある。
「それと、紫と幽々子が呼んでいたわよ」
「僕はいないと言っておいてくれ」
なに、そのゴールデンコンビ。
僕の苦手な人トップランカーの二人じゃないか。
「そう? もうそろそろ死ぬけど、いいのかって言っていたけど」
「ぐっ……そいつぁ、ゴメンだよ」
いや、確かに考えなきゃいけないなぁ、とは思っていたんですよ。
「良也さん、それってどういうことですか?」
「あ~、妖夢。話せば長くなるんだが……僕の肉体の方が、霊体が戻らないせいで、死の危機に瀕しているらしい」
「短いわね」
うるさい。
「た、大変じゃないですかっ」
「そうだねー」
確かに大変だ。
そういうことなら、あの二人に頼るのもやむをえんかもしれん。
なにせ片方は冥界の管理人、もう片方はなんか無敵っぽいキャラ。僕に有益なアドバイスをくれるに違いない。
「じゃ、ちょっと行ってくるわ」
いやだなぁ、気が重いなぁ。からかわれたり、弄られたり、タライを落とされたりしないだろうか。
「あら、リクエストなら仕方ないわね」
不意に殺気ッ!
「ふんっ!」
多少酒が入っていたとて、ここ数日の異変はひ弱な僕を見事成長させている。
当然のように、頭上に突如現れたタライを横っ飛びで躱し、
「は?」
その先にあったバナナの皮に僕の足は見事捕られ、すってんころりんと転んだ。
「な、何年前の芸風だ……」
「さぁねぇ」
クスクス笑う紫さんがちょっとムカついたので、軽く皮肉を言うことにする
「紫さん。貴方、実はすっごい年増……」
あ、やばい死んだ。
以前、紫さんがルーミアに向けたのと同種の視線が僕を射抜く。
……うわーい、めちゃめちゃマジじゃん。
「こら、紫。あまりうちの生霊さんをいじめないで頂戴」
そこに割って入ってきたのは幽々子だった。
もう、僕的に猛獣か何かとしか思えない紫さんを、どうどうと諌めた。
「あら、幽々子。この子、貴方のことも年増だとか思っているわよ?」
「なんですって?」
あ、笑ってるけど、これは幽々子怒っている。
というか、僕の心を捏造しないで欲しい。
「……と、とりあえず、本題に入りませんか?」
「そうね。今後は、女性の年については言及しないように」
「いやぁ、見た目若ければ、別に関係ない気もしますが」
うん、関係ない関係ない。僕は全然イケる。
「それは、喜んで良いのかしら」
「もちろんです」
「……なにか、釈然としないけど、まあいいわ」
そう言って、紫さんはようやく話を進め始めた。
「とりあえず、貴方。死にたくないんだったら、生き返りなさい」
「その言葉に、色々と矛盾を感じるのは僕だけでしょうか」
「貴方だけよ。別に、そのまま死にたいんだったら止めはしないけれども」
「いやまさか。生き返りたいですよ」
一応、現世に未練もあるのだ。
例えば、今月発売する新刊だとかゲームだとか。
「……ていうか、生き返れるんですか、僕」
「『生』霊なんだから、当たり前じゃない」
当たり前なのか~。僕の狭い常識じゃあ、それは当たり前とは言わないなぁ……。
「本来、生きている肉体と霊体は引き合うものなのに、なぜ貴方だけ例外かわかる?」
「さっぱり」
「少しは自分で考えようとしなさい」
考える……。もっと考える。と、ふと頭の中でピコーンと電球が灯った。というか、今まで思いつかなかったのが変なくらいだ。
「もしかしてそれは、僕の『世界を創る』とかいう能力の……?」
「そう。貴方の『自分だけの世界に引き篭もる程度』の能力のせいよ」
「字面くらい、格好良くしてもいいじゃないですか」
「名は体を表す、という通り、名称は重要よ。ちゃんと正しい名前にしないと」
まあ、どちらでもいい。僕が、ヒキコモラーなのは、あまり否定できない事実ではあるし。幻想郷に来てからはそうでもないけど。
「それで、その能力ね。肉体と魂の絆すら断絶させてしまうみたい。だから、ふらふらとここまで来ちゃったのね」
「……はた迷惑な」
「貴方の力でしょう?」
紫さんの言う通りではあるんだが、別に欲しくて身に着けたわけじゃないしなぁ……。もっと便利なものだったらともかく、こんなチンケなもの、あまりうれしくはない。
「多分だけど、その力を解除すれば、一気に肉体に引っ張られるはずよ」
「幽々子のお墨付きなら問題ないな」
幽霊に関しては、専門家中の専門家だ。
「では早速……」
紫さんに日傘で叩かれた。
次いで、幽々子に扇子で叩かれた。
「挨拶もせず行くつもり?」
そうだそうだ。
妖夢とか霊夢とか魔理沙とか。挨拶をしておかなきゃいけない人間は何人か居る。
あのパーフェクトメイド・咲夜さんもそうだし……ついでに萃香もかな。
……む。見てみたら、折りよく全員集まって歓談している。
いざ突貫だ。
「お~い、みんな。ちょっと聞いとくれ」
「なんだい」
一番初めに反応したのは魔理沙だった。というかやっぱりこの娘は良い娘だ。話を無視して酒ばっかり呑んでいるどこぞの鬼も見習って欲しい。
とりあえず、全員、聞こえる範囲にいるので(聞く体勢になっているのは半分だけだが)、話すことにした。
「僕、外の世界に帰ることになったから」
「ふーん。じゃあね、良也さん」
軽いな、霊夢。
「そ。次会うときは、スカートの中を覗こうとしないように」
「だって、あんなひらひらさせてたら気になるだろっ!?」
ナイフを突きつけないでくれ、咲夜さん。
「まあ、縁があったらまたな」
「色々ありがとう、魔理沙」
うむ。正しい別れ方はこうだよな。
「次に会うのは、きっと貴方が本当に死んだときでしょう。それまで、どうかお元気で」
「……死んだときに会ったら元気じゃないと思うが。でも、死後の楽しみができたな」
冥界の庭師なせいか、別れの言葉も微妙に見当違いというか。
一番世話になったのに、妖夢にはなんも返せなかったなぁ。
「じゃあねー」
「霊夢以上に軽い奴発見」
「んぐ……ま、人の縁は奇なるもの。一度交わったなら、またどっかで会うこともあるさ」
「鬼だろ、お前は」
まあ、そういうことがあればいいとは思う。
……これで、全員終わり。
あまりにあっさりしているけど、まあ、僕にはこれくらいが似合いだと思う。
「そんじゃ、そっちの二人もさいならー」
年長二人組に手を振る。
……さて、知り合いはこれで全部かー。まだまだ宴会に来ている人はいるけれど、話したことのある人間はこれで全員だ。
あっちの人たちとも話してみたかったなぁ。オール美人だし。
そんなことをちょいと心残りにしつつ、僕は能力を意識的に解除した。
……今まで、僕を包んでいた空間が解ける。
同時に、どこか東の方に引っ張られる感触がして、
僕は、意識を失った。




