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東方奇縁譚  作者: 久櫛縁
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第十五話『二日目夜~亡霊と鬼の脅迫~』

死にたくない。死にたくないから誰か助けてくれ(他力本願)

 さて。

 萃香は、僕を拉致監禁しているわりに、なにも行動を起こそうとしない。


 誘拐犯ならば、身代金を要求するなりなんなりで、アクションを起こすものなのだが、本当にただの思いつきで僕を攫ったらしい。


 一応、その萃める力で、三食は提供してくれるので特に僕としては言うことはないのだが……暇だ。

 既に宵の口。萃香は酒を呑み――本当に一日中呑んでたな――僕はというと、二日連続で呑む気にもなれず、萃香の愚痴を聞いていた。


「良也、聞いてる? 本当に、頼光ってやつは嫌な奴だったんだ」

「だから、どこのどいつだそれは」


 萃香の話す話は、よくわからないのでもう聞き流している。

 もう少し理解させようという気があれば、きっととんでもないストーリーなんだろうな、となんとなくはわかるのだが。


 しかし、今日はいい月だ。

 満月、というわけでもないのだが、半分くらい欠けた月が、真っ暗な天蓋に映えている。


 なんて、一人しんみりしていると、その月を隠すように影が現れた。


「あら。月見? 私も混ぜてくれないかしら」

「……幽々子?」


 逆光でいまいち顔が判然としないが、その声は間違いなく、俺が居候している白玉楼の主、幽々子だ。


「なんで、僕のこと見えているんだ?」

「あら? 良也は今隠れているつもりなのかしら?」


 だって、萃香の奴が僕のこと見えないようにしているとかしていないとか言ってたし。

 その萃香を見てみると、あまり興味なさそうに幽々子の事を見ている。


「かくれんぼなんて、子供ねぇ」

「そりゃあ、心はピュアな十七歳だから。いつまでも童心を忘れない。それがこの僕」

「童心を忘れないのはいいけれど、年相応のものも身に着けたほうがいいわよ」


 幽々子に言われたくはない。


「隣、良いかしら?」

「あ、いや、ちょっと待……」


 僕の隣では、萃香が酒を呑んでいる。

 しかし、幽々子は僕の静止の言葉を気にも留めず、萃香の上に座った。


「……え?」

「あら、どうしたの?」


 萃香の身体をあっさりすり抜け、幽々子は腰を下ろした。

 ……あれ? 幽々子、亡霊だけど実体はあるんだったよな?


「ああ、良也。気にしないでいいよ。あんたの目には見えてるけど、今の私は相当『薄い』からね。すり抜けるくらい当たり前」

「……はぁ」


 疎密を操る程度の能力と、萃香は言っていた。……なるほど。自分自身を薄くしているから、誰も気付かなかったってことなのか。

 今明かされる驚愕の事実だな、こりゃ。


「なにを見ているのかわからないけど、新しいお茶が手に入ったから、どうかしら」

「お茶?

「そう。略して新茶ね」


 そのまんまやん。


「まあいいけど。お湯とかは?」

「抜かりはないわ」


 急須と薬缶を取り出す幽々子。……どこに持っていたんだ?


 まあいい。とりあえず、頂こう。


「そういえば、妖夢が心配していたわよ。あとでちゃんと会ってあげなさい」

「はいはい。わかってるよ」

「本当かしら」


 本当だって。なんでこんな信用ないんだ。


「あ、このお茶美味しいな」

「当然よ。まだまだ香りも残っているしね」

「香りねぇ」


 正直、そんな舌の肥えているほうじゃない僕には『美味しい』ということ以外はわからない。お茶の香りなんて、そんな意識しているわけじゃないし。


「でも、早めに飲んでしまわないと、すぐ香りが広がっちゃうわね」

「広がる?」

「そうよ。お茶の香りは消えているんじゃなくて、広がっているの。わかるでしょう?」


 ……あー、えっと。

 なんか微妙に、幽々子の視線が僕を向いていないというか、もしかして萃香のこと見えている?


「広がってしまった香りを集めるにはどうすればいいのかしら? 貴方わかる?」

「いや、見当もつかない」

「そ。まだまだね」


 なにがまだまだなのか。

 よくわからないが、しかし。


「香りが飛んじゃったのなら、新しいお茶を買ってくればいいじゃないか」


 言うと、幽々子はきょとんとした。いや、いつもきょとんとしているようなものだが。


「そうね。確かに、良也の言うとおりだわ」

「なに笑ってんの?」

「いえいえ。面白い切り返しだなと思ってね」

「そんな特別なことを言ったつもりはさらさらないんだけど……」

「そうね。貴方は当たり前のことを言っているだけなんでしょう。一つ忠告しておくと、あまり鈍感なのは直したほうがいいわよ?」


 鈍感?

 それを言われるのは、大抵はヒロインの思いに気付かない主人公だったりするのだが……もしや、幽々子のやつめ。今のは遠まわしなアプローチだったのか?


 ……いやいや、ありえないよ。うん。


「さて、私はもう行くけど、貴方は?」

「行きたいのは山々だけど」


 足に絡みつく鎖が邪魔で飛べません。

 ああ、萃香。そんな意地悪く笑わなくても、逃げられるとは思ってないよチクショウ。


「まあ、しばらくはこの月でも楽しんどく。妖夢には幽々子からよろしく伝えておいて」

「お断りするわ。自分で伝えなさい」


 ふわっ、と幽々子が飛ぶ。


「ああ、それと」

「なんだ?」


 言い忘れていたわ、と幽々子は前置きして言った。


「貴方、うちに来てからどのくらい経ったかしら?」

「もうすぐ一ヶ月だな……」


 色々と内容の濃い一ヶ月だったせいで、もう一年以上ここに居る気がするが。


「そう。まあどうでもいいことなんだけれども」

「……なら、別に話さなくても」

「いえ、実はね。肉体から幽体があまり長い間離れていたら、本当に肉体も死んでしまうのだけど……。そろそろ、時間切れが近いんじゃないかと思って。

 ま、確かに話す必要もないことだったわね」


 言って、幽々子は手を振って去っていく。


 ……と、いうかっ!?


「ちょ、ちょっと待て! そんな重大事実をさらりと言って立ち去るんじゃない! 待たんかいーーーーッ!!」


 僕の制止の声は、当然のように幽々子には届かないのだった。

 ていうか、届かせろよ……








「元気ないね」

「そりゃあ、もうすぐ死ぬかもしれないって言うのに、元気があるほうが不思議だ」

「そうかね? さっきの亡霊は、やたら元気だったけど」


 あれは確か、既に死んでから千年くらい経っているそうだから。比べられても困るって言うか。


「あんた、生霊だっけ?」

「そう」

「ふーん。生霊って、何回か見たけど、自分の身体からこんなに離れているのは初めてだね」


 よくわからん。というか、もしかして僕は本当は既に死んでいて、生霊っぽいだけだってことはないよな?


「まあいいじゃないか。死んだら、堂々と冥界に居座れるだろう?」

「どうなんだろう……どうも、その辺よくわかんないっていうか」


 むしろ、変な生霊と言う希少性がなくなれば、あっさりぽいっと捨てられそうな気もする。


「いやいや」


 まさか、幽々子とて、そこまで外道ではあるまい。……違うよな?


「ま、そんなことより私の楽しみは明日の宴会さ。そろそろ私に気付く奴も出てくるだろうし、面白いことになりそうだ」

「僕の大ピンチをそんなこと呼ばわりしないで欲しいんだけど」

「ははは、おかしなことを言うなあ。今、鬼に攫われているんだよ? これ以上のピンチがあるのかい」


 ……ああ。まだその設定残っていたんだ。


「ん~、とりあえず、三食出てくるしね」

「食べられればそれでいいの? こんな風に拘束されているのに。私には理解できないなぁ」

「まあ、一日二日なら。それ以上は捕まえられないだろう」

「はっ、それだけあれば逃げられるとでも? あんまり鬼の力を舐めちゃあ駄目だよ」

「いや、そうじゃなくて」


 生憎、萃香の力を舐めてなど居ない。

 というか、この幻想郷で出会った人間・妖怪で僕が舐めてかかれる奴など一人も居ない。むしろ舐められてかかられる奴ばかりだ。


「だって、それ以上になると、萃香が飽きるだろう?」

「ん……はっは。そうだね。なるほど、その通りだ」


 楽しいことが好きだと公言してはばからないのに、僕を捕まえておくだけなんて退屈極まりないだろう。こいつは。


「そうだね。飽きたら、良也のことは酒のつまみにでもしようかな」

「冗談だろ?」

「私は嘘は嫌い。……安心しな。古来、鬼は攫ってきた異性の人間を喰ってきたんだから。ただで帰すと、鬼の沽券にかかわる」

「安心できない。大体、不味そうだって言ってたじゃないか」

「人の肉の味は、喰われる時の感情によって変わるんだよ。美味しく料理する方法も、なくはない」


 あー、うん。

 もうすぐ身体のほうが死ぬとか、そんなことはどうでもよくなった。


 私、ただいまリアルで大ピンチ。鬼っ娘に命狙われています。

 誰でもいいからとっとと助けて欲しい。

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