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東方奇縁譚  作者: 久櫛縁
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第十三話『一日目夜~鬼と王子~』

僕、王子ってガラでもないんだけどなぁ。でも、誰か助けに来てくれないと困るなぁ

「……おーいー。そろそろ起きたらー?」


 む。誰だ。僕を呼ぶのは。


「あ。やっと起きた」

「……おはよう」

「おはよっ」


 む、なんか無邪気と言うか、調子っぱずれと言うか、そんな笑い顔が目の前に。

 なんかなー。どっかで見たことあるようなないような。


「えーと、前、宴会に来ていた子か」

「あ、覚えてた」

「あの酒は旨かったからな」


 よっこらしょ、と身体を起こす。

 魔理沙め……なにも、神社の境内に置きっぱなしにしておかなくてもいいだろうに。身体の節々が痛いぞ。


「……で、君が見ててくれたん?」

「いや、別にー。あんたの寝顔肴に呑んでただけ」


 と、角を二本生やした女の子は、ぐいぐいと瓢箪に口をつけ、ごっきゅごっきゅと豪快に嚥下していく。

 さ、酒だよな? まるで麦茶か何かを一気飲みする勢いだけど。


「……僕の寝顔なんて、肴になるとは思えないけど」

「うん、冗談。あ、嘘じゃなくて、冗談だからね」

「また、あっさりだな」

「だってー。あんたの寝顔なんて何度も見ているもん。あんた、宴会に参加しては寝こけているでしょう?」


 確かに、酒が入ると眠くなるが……。いや、あれはどうせ霊夢の片付けの手伝いをするんだから、神社で寝ても問題ないという判断でですね。


「にしては、僕は君を一度しか見てないんだけど」

「私はいつも居たよ。あんたらが気付かなかっただけ」

「んな馬鹿……でもないのか」


 咲夜さんにも気付かなかったしな。

 いや、あれはきっと、主人の影となって生きるメイドだからだ。きっと、目立たないよう過ごしていたに違いない。


「でも、あんたは気付いたよね」

「いや、酌までしといて、気付いたもなにもないだろう」

「いや~。あん時は、私もビックリしてたんだけどねー。巫女たちも気付かなかったってーのに、あんただけ見えてんだもん」


 巫女? なんで霊夢がここにでてくるんだろう。


「でもさ、もしかして」

「あれ?」


 少女が僕から離れると、僕の視界からその女の子は消えた。

 ……と、思ったら、ぬっ、と顔だけ出現した。


「妖怪・首だけ人間?」

「私は鬼だってば」


 鬼?

 ぬう、確かに頭の角は鬼の象徴。


「やっぱ、近寄らないと見えないのね」

「僕、近眼だけど生霊になってからなんでかちゃんと見えるぞ」


 ほんのり驚愕の事実だった。

 身体は悪くても、魂までは悪くなっていなかったらしい。

 とりあえず、そういうことにしておこう。


「私の能力でも萃まらなかったし……さてさて、人間にしては面白い能力だなぁ」

「能力能力つっても、一体どんなのかさっぱりなんだが」


 というか、紫さんといい、この鬼っ娘といい、どうしてこうも本人が自覚してすらいない力をこうも断定するんだろう。


「ん、っく」


 そして、彼女は瓢箪を傾ける。

 ……話しながら一人で呑むんじゃない。


「というか僕にもくれよ、それ」

「ん? まあいいけど、ほい」

「んがっ!?」


 瓢箪の口を、思い切り突っ込まれた!

 どどどどどーーーっ、と濁流のごとく僕の喉を通過していく酒っ!


「ぶぼへぇ!?」

「あ、酒臭さー」


 お前が言うな。


「は、吐かなかっただけマシだ!」


 ありえない力で無理矢理押し込んできてからにっ。

 鬼の腕力、超無駄遣い。


「器くらい使わないか?」

「私はこのままがいいんだけどなぁ」

「じゃあいいよ。自分の分だけ持ってくる。


 勝手知ったる……というほどではないが、霊夢んちの母屋は何度も宴会の片付けをしたおかげで食器の位置は覚えている。


 中に入って、適当な盃を取ってきた。ついでに、枝豆があったからパクってきた。


「あ、気が利くねぇ」

「あんまり食べ過ぎないでくれよ。ちょっとしかないんだから」


 流石につまみなしはきつい。


「ほんじゃ、どーぞ」

「ありがと」


 とくとく、と盃に注がれる透明な液体。


 最近呑んでばかりのような気もするが、まあいいや。


「っっくぅ。旨い! もう一杯っ」

「ほいほい」


 なんて、なりゆきから酒を酌み交わす。

 あ、そういえば……


「そういや、名前は?」

「私?」


 その鬼は、相変わらず瓢箪の酒を呑みながら答える。


「萃香。伊吹の萃香。まあ、好きに呼んでくれていいよ」

「じゃあ、へべれけ太郎」


 へべれけ太郎は怒っている。


「萃香。酌してもらってばかりで悪いが、もう一杯。あと、僕は土樹良也な。念のため」

「あー、はいはい。わかったよ良也。……調子狂うなあ、もう」


 口では文句を言いつつ、注いでくれる萃香はいい子だと思った。










「お、霊夢。おかえりー」


 なんて、萃香と呑み始めて一時間ほど経った頃、霊夢が帰ってきた。


 さてはて、宴会の犯人を捕まえると意気込んでいたが、調子はどうかな、かなー?


「? おーい、霊夢ー? 無視するな。あと枝豆食ってるぞー」

「良也さん? まったく。留守番を頼んでいたのに、どこに行ったのかしら」


 霊夢はわけのわからないことでブツブツ文句を言いながら母屋に戻っていく。


「ああ、巫女には聞こえてないし見えていないよ」

「は?」

「私の力は疎密を操る能力。空気の密度をちょいと弄れば、光を屈折させあんたの姿を消し、声を届かなくさせるくらい楽勝」


 んー? 頭が働かなくてよく意味がわからないが、なんか頭良さそうなことを言っている気がする……


「なに? 覗きでもするのか?」

「……私は正直者は好きだけど、ちょっとは隠した方がいいと思うよ」

「酔ってるからだ、酔ってるから」

「言い訳くさいなぁ。嘘は嫌いだよ」

「嘘じゃないんだけどなぁ」


 いくらなんでも、普段からこんな言動をしているわけがない。


「で、本当になんでこんなことしたんだー?」

「いや、ねえ。良也以外誰も気付いてくれないから、そろそろ萃めるのにも飽きてきちゃってねぇ」


 じゃあ姿現してみんなと宴会すればいいじゃん、と思わないでもない。


「良也を攫っていけばちったぁ本気になってくれるか、ってね」

「……は?」


 なんか、妙なことを言い始めたぞ。


「大丈夫。私は人食いはしばらくしていないから。食べても不味そうだし」

「待て待て。誘拐犯罪。しかも一番割りにあわない犯罪って言われているんだぞ? オーケーね?」

「割り? そんなのどうでもいいよ。鬼は人攫いをするものなんだから」


 あー、そうなの? 昔話は良く知らないけど。

 僕の知っている鬼と言えば……某『だっちゃ』とか某地獄先生くらいかー。


「ということで、行こうか」

「うわー助けてー」


 我ながらあまり悲壮感のない助けを求める声。


 それなりに抵抗してみるが、萃香の化け物じみた(そのまんま)腕力に、酔った身で抗えるわけもなく、あっさり萃香の持つ鎖で身動きを封じられる。


 なんかなー。お兄さん、こういう趣味はないんだけどなー。でも、なんとなく抵抗する気が起きない。

 ええい、鬼の拉致誘拐の手腕は化け物か。


「囚われの王子様かー。誰が助けに来てくれるんだろう」

「誰も来ない気もするけどね」


 ぐさり、と。嘘嫌いの鬼の言葉が僕の硝子のハートに突き刺さった。


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