第百二十一話『夏の一日』
健康的な一日。いや、本当に
ただいまの季節は夏である。
大学も夏休みに突入し、バイト以外は僕は幻想郷に入り浸りだ。
なにせ、こっちにいると生活費がかなり安く上がるので。外の世界で一万円分くらい菓子を買って売りさばけば、それだけで一ヶ月くらいはなんとか過ごせる。
ちょい高めに売っているのもあるが、そもそもあまり生活費がかからないのだ。食料も半分くらい自給できるし。
パソコンとかテレビとかないのがネックだが、こちらでのんべんたらりとラノベを読みながら過ごす夏休みも、悪くないものだ。
夏の熱い太陽の日差しも、僕の能力のおかげでぬるま湯の過ごしやすい温度になっている。夏冬の最盛期だけ、霊夢が僕に妙に優しいのは絶対このエアコン効果のせいだ。
……ほら、今も最近は僕が来ていると絶対に淹れないお茶を持ってきてくれたし。
「はぁ、あっついわねえ」
「そうか?」
とか言いつつ、お茶は絶対熱いの淹れてくるくせに。
「季節感のない男にはわからないわよ」
「なにおう。僕だってそれなりに季節感大切にしているぞ。ほら、今だって初夏くらいの気温に調節しているし」
半袖なら快適に過ごせる、くらいの気温だ。まあ、確かに。僕の世界の外側と比べれば、格段に夏らしさはダウンするけど。
「はいはい」
「……むう、なんか悔しいな。よし、昼は素麺にしよう。夏らしさ全開って感じだろ?」
「素麺か。いいわね」
五秒で昼飯のメニュー決定。
さて、すぐ出来る献立とは言え、もうけっこう腹が減ってきたし、作った方が良いかね。
なんて、僕が立ち上がろうとしたところだった。
「……あ、魔理沙が来たわよ」
「え?」
霊夢が指を向ける先には……確かに、黒い点が急速に近づいてきていた。
それは、僕がそれを認めて数秒で人間の形が認識できるまでになり、更に数秒後には荒い着地音を立てながら神社の境内に足を下ろしていた。
「……速いな、相変わらず」
「いやあ、あのブンヤには負けるぜ。はぁ、はぁ……あっちー」
相当飛ばしてきたのか、汗をダラダラ垂らしながら魔理沙が僕の近くに寄ってくる。
……こいつもしかして。
「あ~~、涼しいなあ~。もう少し温度低めで頼む」
「お前、もしかしてここに涼みに来たのか」
「だってさ。魔法の森なんか蒸し風呂みたいなもんだぜ。お前、いっぺんその便利な能力解除してみろよ。死ぬから」
「やなこった。僕は暑いのも寒いのも苦手なんだよ」
とりあえず、魔理沙のリクエスト通り温度をちょっと下げてやる。あ~、と魔理沙が至福の表情になった。
「さて、今から僕は素麺を作りに行くけど。魔理沙昼飯食った?」
「食べてない。私にもくれ」
「オッケー。ちょっと待ってろ」
僕が立って台所に向かおうとすると、左手と右手、両方が押さえられた。
「……なにかな、マドモアゼル」
「台所に行ったら、私たちが暑い思いをするじゃない。さっきお茶を淹れたときも酷かったんだから」
「ああ、許せんな。範囲を広げていけ」
僕の能力は、そこが『自分の領域』かどうかで範囲が著しく変わる。まあ、要するに通い慣れてたり、落ち着く場所だったら広くなるわけだ。体調とかそのときの気分にもよるけど。
で、この博麗神社内なら、境内をすっぽり覆うくらいにまでは広げられる。
……だけど、疲れるんだぞ、おい。
「……わかったよ」
でも逆らえない僕。まあ、いいんだけどね。
「あ~、食った食った」
「食べてすぐ横になるんじゃない」
食器を片付けていると、僕の一・五倍くらい食べていた魔理沙が、座布団を枕に昼寝の姿勢に入っていた。
「いいじゃないか。ここは涼しいし、腹は膨れたし、良い気分なんだよ」
「全部僕のおかげだって事、一応覚えておいてくれよ……」
素麺茹でたのも薬味とつゆ用意したも、ついでに言えばそれに金出したのも僕だ。もちろん、ここが過ごしやすい気温なのは言わずもがなである。
「ったく。霊夢も片づけくらい手伝ってくれ」
「はいはい。よっこらしょ、と」
よっこらしょて。お前は老人か。
僕もたまに言ってしまうけどさ。
「……はあ。とりあえず水に漬けとくだけでいいか。洗い物も面倒くさい」
「いいけど、ちゃんと外に帰る前にはやっておいてよね」
僕、霊夢にいいように使われ過ぎじゃないだろうか?
男として、なにか間違っている気がする……。
などと悩みながら居間に戻ってみると、魔理沙が立ち上がって、なにやら目をきらきらさせていた。
「いいこと思いついたっ!」
「なんだ、藪から棒に」
……その『いいこと』とやらは本当にいいことなんだろうな? その妙に輝いている目が怪しいぞ。
「今日、暑いじゃん」
「まあ、暑いみたいだな」
僕にはよくわからないけど。
「泳ぎに行こうぜ!」
「よし行こう!」
本当にいいことだった!
「水浴びかあ。たまにはいいかもね」
「よっしゃ! 水着持ってくる! あとで湖のところに集合だっ」
と、魔理沙は箒にまたがり、自分ちの方向へ流星のごとく飛んで行く。
……はて、そういえば僕ってば、水着持ってないなあ。
「やれやれ……。元気がいいわねえ。私も水着持ってこなくちゃ」
「な、なあ霊夢? 僕、水着持ってないんだけど」
「? なら霖之助さんのところに行ってきたら? なんか知らないけど、たくさん入荷していたわよ? 私のも、それをかっぱらってきたのだし」
何故に香霖堂で水着?
まあ、一応行ってみるか……
「こ、こういうことか……」
残念ながら、森近さんのところにあるのは全て女性用の水着だった。
だから慌てて一旦外の世界に帰って、博麗神社のある村の雑貨屋(成美さんの実家)で水着を買ってきたんだが……
しかし、霊夢たちのアレは……
「……ふっ、もしかして僕は、こっちに来て今一番良い思いをしているのかもしれん」
霊夢と魔理沙が、湖の上ではしゃぎまわっている。
空を飛んで、水面に手を入れてシャー、と波を立てる遊び。
……で、連中が着ているのはスク水だった。しかも旧タイプ。
そっかー、確かにあれは外の世界で失われつつあるからなぁ。幻想郷に入っていてもおかしくは……おかしいけど、目を瞑ろう。森近さんもなにを拾っているんだよ、と突っ込みたいけど、あえて言おうGJであると。
「おーい、良也っ、何しているんだお前? お前も泳げばいいじゃないかっ!」
「あ、ああ」
そうだそうだ。いつまでも岸辺でぼけーっと見ていたら、僕の不埒な思考が読まれてしまうかもしれん。
あそこにいるのは霊夢と魔理沙のはずなのに、スク水の魔力で十倍くらい魅力的に見えてしまう。……うーむ、僕はどっちかというとブルマのほうが好きだったはずなんだけど。……はっ、もしかしたらブルマもこっちに来ているんじゃないか?
しかし、外の世界の服はそれなりに流れてきているものの、普通の服よりちょっと高くつくおかげで、一部の人しか着ていないしなあ……。よし、僕が自費で買って、誰かにプレゼントでもしよう。誰がいいか……
「良也さん?」
「うひゃおうぉう!?」
考え事をしていたら、いつの間にか霊夢が目の前に来ていた。
……お、驚かすんじゃねえ。
「どうしたの? なんかすごくぼけーっとしていたけど」
「な、なんでもないなんでもないっ! さってとー! 準備運動はちゃんとしないとね!」
若干、自分でもわざとらしいなー、と思うほどの勢いで霊夢に背中を向け、準備運動を始める。
ラジオ体操を、覚えているだけ。それだけで若干汗ばんできた。
うーむ……流石に、泳ぐときには気温の調節は解除しているんだけど、本当暑いな今日は。
準備運動、終わり……っと。
「よっしゃ、いくぞ霊夢!」
「……いいけど、なに、そのヤケクソ気味な感じは?」
とりあえず、あんまり近付いてくるんじゃない。僕をスク水魔力の虜にするつもりか?
などと心の中だけで突っ込みながら、湖に飛び込む。
これでも、泳ぎはそこそこ得意なのだ。勢いよく腕を動かし、前へ進む。
「ぷはっ!」
十メートルほど無呼吸で進み、水中から顔を出した。
「ふ~~~、気持ちいいな」
「どうだ。私のナイスアイディアは」
およ? いつの間にか、すぐ後ろに魔理沙が来ていた。
振り向いて、親指を立てる。
「最高だっ。久々に健康的なことをした気分だっ」
泳ぐのは好きだけど、自分から行こうとは思わない。それだったら、よく冷えた部屋でパソゲーでもしている人間だ、僕は。
今日だって魔理沙が誘ってくれなかったら、博麗神社の縁側で霊夢とお茶を飲みつつ、持って来たラノベを五冊くらい消化していたことだろう。
……それはそれで有意義な休日という気もするが。
しかし、魔理沙の水着姿とうのも、なんだ。あれだ、健康的な可愛さとかなんかそんな感じだ。魔法使いの癖になんでこんな元気なんだこいつ。
「よし、なあ? あっちの端まで競争しないか?」
「あっちの端まで!?」
待て待て。この湖は意外とでかいぞ。向こうまで百メートルじゃきかない。疲れる……っていうか、途中で溺れるぞ、絶対。僕はまだしも、体力的には女の子な魔理沙じゃ間違いなく。
……体力的には女の子のはず。
「お前、途中で力尽きないか?」
「はっ、私を甘く見るなよ。あれくらい余裕だっ」
……まあ、こいつならそうかもしれない。なんとなく納得できてしまいそうだ。
「ふっ、いいだろう。そこまで言うなら勝負してやる。小学生の頃河童の川流れと呼ばれた僕の泳ぎを見せてやるぜ」
「……溺れるのか?」
言葉の綾だよっ。
「よし、いくぞ」
「オーケー。いつでもこい」
「じゃあ……スタート!」
魔理沙の掛け声とともに、僕は猛然と泳ぎだす。ふっ、この見事なクロールを見たか!
後方にいるはずの魔理沙も、到底追いつけないだろう。水中で、ちらりと後ろを見て、
「ぎゃぼごごふっ!?」
思い切り水を飲んでしまったっ!
直後、真横にとてつもない勢いで魔理沙が通過し大きな水流を起こす。枯葉のごとく僕は揺られ、それでもなお突っ込みを入れざるを得ず、なんとか水面に顔を出す。
「魔理沙ぁ!」
大声で呼ぶ。
なんとか聞こえたのか、それとも勘か、魔理沙も水中から出てきた。
「なんだ?」
「お前! 箒を使うんじゃない!」
そう、魔理沙の奴は水中を空を飛ぶ要領で進んでいたのだ。箒に跨って、相変わらず凄まじいスピードで。
「あん? 大丈夫だ、この箒は防水性だからな」
防水性の箒!?
「って、それ以前に反則だろそれ! 泳いでないだろうが!」
「何を言う。立派な泳ぎだぜ。名付けてブレイジングスター泳法」
「今名付けてんじゃないかよ!?」
「なんだよ、難しいんだぜ? 水圧がきつくてさぁ」
普通に泳げばいいだけだろうがっ。
「……疲れた。僕はもう普通に泳ぐ」
「え~? 逃げるのかよ」
「これを逃げると表現する奴はお前くらいだ」
ったく、妙に疲れたぞ。
平泳ぎで、ゆっくりと泳ぐ。
……はあ。妙に疲れた。魔理沙の起こした水流に揉まれたせいか、それとも魔理沙のヘンテコ泳法に対する精神的な疲れか。どっちもどっちだが。
しばらく泳いでいると、霊夢が一人、さっさと湖から上がっていることに気が付いた。
「霊夢? もう疲れたのか」
「ああ、良也さん。まあそんなところよ。まだまだ時間はあるしね。ゆっくりやるわ」
そっか。まあ霊夢は魔理沙みたくガチで泳ぐタイプじゃないしな。
「んじゃ、僕はもう一泳ぎしてくるわ」
「はいはい。いってらっしゃい」
さて魔理沙は……おいおい。今度は背後に恋符を放つマスタースパーク泳法かよ。いい加減にしろ。
まあ、水泳した後はすげぇ疲れたけど、これはこれで充実した一日だった。
今日は夏っぽい日にする、と決めたので、帰ってからスイカ切って夜になったら花火して。
夏休みの宿題……はないけど、蚊取り線香焚いて、ぐっすり眠ったとさ。




