第十一話『宴の始まり』
留守番ねぇ。ククク、奴の下着でも漁ってやろうか。……ごめんなさい嘘です
傷を負ってから三日。
僕の左腕は、気がつくと治っていた。
……いや、ホント。一昨日包帯を解いてみたら、綺麗さっぱり。
これは妖夢の秘伝の傷薬とやらが効いたのか、それとも僕のこの身体が幽体だからか。答えはわからないが、まあ治ったんならそれでいい。あまり理由なんかに興味はない。
で、今現在、僕が何をしているのかというと、
「確か、つい先日も宴会やったような気がするんだけどなぁ」
「ま、いいじゃないか。気分だよ、気分」
と、またしても魔理沙にお酌されつつ、盃を傾けている。
はて、過日の礼をしにきたというのに、なんで僕ばっかり呑まされているんだろう。
「魔理沙。君も呑め」
「おおっと。零れる零れる。だいぶ酔ってるな?」
「なにぉう。僕ぁ、シラフだよっ!」
まあ、このテンションの高さは確かに酒が入っているせいだが、まだ頭の中は冷静だ。
「あれだ。この前は世話になったな」
「その話、四回目だぜ」
「僕の感謝を伝えるには、あと百回は聞いてもらわないと」
「それは、感謝の名を借りた嫌がらせじゃないのか?」
むう、僕のこの溢れんばかりの感謝の念を拒むというか。
ならば、呑ませよう。そして、僕がいかに魔理沙らヴなのか、とくとわかってもらわねば。
む、間違った。らヴじゃなく、ライクだってばよ。
「というわけで、ほら」
「なにがどういうわけなのかはわからないが、酒はありがたくもらうぜ」
というか、魔理沙強いな。どう見ても中学~高校生くらいにしか見えないのに、僕と変わらない量を呑んでいる。
僕だって、そんな弱い方じゃないんだけどなぁ。
「ぷはぁ!」
「つーか、ふと気になったんだが、この幻想郷の酒事情はどうなってんだ」
この博麗神社に集っている酒は日本酒、焼酎、どぶろく、梅酒といった日本の酒を始め、ワイン、ブランデー、ビール等等、外国発の酒も相当数ある。
妖夢んちでは和食しか食べたことないし、前行った人間の里も純和風の佇まいだった。
どっから洋酒なんぞ持ってくるんだ。
「あー、みんな酒好きだからな」
「あんまり説明になっていないぞ」
「気にするな。まあ呑め」
二言目にはそれか。
まあいいけど……。
「ていうか、妖夢はなにやっているんだ、あれ」
宴席の真ん中で、楼観剣と白楼剣を抜いて踊っている妖夢。周りはやんややんやと囃し立てている。
もしや剣舞のつもりか。あの千鳥足でやっているのが。
「さぁなぁ。弄られキャラだからなアイツ」
「それはわからんでもない」
というか、僕もけっこう弄っている気がする。
「ま、私はそろそろ行くぜ。一応幹事だしな」
「おーう。またなー」
去っていく魔理沙に、手を振る。
で、一人になった。
周りを見ても、微妙に入って行き辛い雰囲気がある。単に知り合いがいないせいだが。
霊夢はなにやら前弾幕ごっこをやっていたちびっ子と話しているし、幽々子は食うのに忙しそう。妖夢は踊っている。魔理沙は行ってしまった……というところで、僕の知り合いは打ち止め。
そういえば、紫さんが居ないな。居ても近付きたくないけど。
まあいいさ。妖夢の愉快な踊りでも見ながら手酌していよう。
「呑んでるー?」
「……む、そこそこに」
とか思っていたら、いつの間にか傍にちっちゃいのが来ていた。
なんだ、アルコールが見せた幻覚か? ついさっきまではいなかったような気がするが。
「というか、どう見ても君は呑んじゃいけない年齢だろう」
「えー? 私は何百年も前から呑み続けているよ。素面だったのは、さていつだったやら」
妖怪の類か。
まあ、ここでは気にしても始まらない。害そうとしない妖怪まで怖がる気はない。大体見た目は小学生くらいの女の子だし。
そういえば良く見れば角生えてるな。二本も。片方につけたリボンがなかなかにらぶりぃだ。
「ほい、酌」
「あ、さんくす」
彼女が持っている瓢箪から酒を頂く。
む、なんか不思議な酒だ。度の強い日本酒というか……だが、旨い。
「旨い。もう一杯……っていない?」
周りを見渡しても、既にあの少女の姿は見えない。
はて、本当に夢幻の類だったかなぁ、と茹だった頭で考える。もしくは幽霊? って、幽霊っぽくはなかったなうん。
「ま、そのうち会えるだろ」
なんとなく、そんな気がした。
「じゃあ、行ってくるわね」
「それでは。晩御飯は、台所の棚にありますので」
そう言って幽々子と妖夢の二人は出かけていく。
僕は一人留守番だ。周りに幽霊はいるが。
「……いってらっしゃーい」
見送る声も、我ながら弱弱しい。
と、いうか、なんであんなに律儀に通うんだ。今週だけで三回目の宴会だぞ、今日は。
「疲れているだろうに、よく行くなぁ」
僕も酒は好きなのだが、流石にこのところの宴会の連続にはギブアップだ。一度片付けを手伝ったせいか、霊夢の奴は毎回僕に片付けさせるし。
不思議なのは、みんな疲れているはずなのに、なんでか集まっているところだ。
幹事の魔理沙になぜこんなにするのかと聞いても『さあ、そういう気分の時だってあるぜ』と言う。そして、誰も文句を言わない。
「ま、お祭り騒ぎなんて、そんなもんか」
きっと、そのうち収束するだろう。
僕は今日は休肝日、ということで。
「こんにちわ」
「……げ」
と、部屋に引き返そうとした僕を呼び止める声。
「げ、とは失礼ね」
「いやまあ。いらっしゃい、紫さん。生憎、幽々子は今出かけたところですよ」
「知っていますわ。だって、空き巣に来たんだもの」
堂々と宣言しないほうがいいよー。
「一応、留守を任されたものとして、空き巣は勘弁して欲しいんですが」
「そうねぇ。良也が残っているなんて予想外だったわ。貴方、宴会に行かなくてもいいの?」
「流石に、このところ連続だったんで。疲れましたし、本日は休みです」
そういえば、紫さんは一度も宴会では見ないな。霊夢とかとも知り合いらしいし、僕が誘われて紫さんが誘われないなんてことはないと思うのだが。
「ふ~ん、疲れたから行かない、ね」
「はあ。それが何か?」
「いえいえ。ただ、貴方の能力、少しずつ見えてきたわ」
能力? ああ、そういえば、そんなのがあるとかないとかゆう話もあったっけ。
全然使えないから、すっかり忘れてた。
「ま、これは貰っていきますね」
と、紫さんが空間に出来た亀裂に手を突っ込み、中から一升瓶を……って、アレ、白玉楼の酒蔵にあったやつじゃないか。
確か、幽々子が次の宴会に持っていく~とか言っていたような。
「ちょ、それは次の宴会用なんですが」
「いいの、ちゃんと私が持っていくから」
お~い、盗む意味がさっぱりわかりませんよ~。
「次の宴会は貴方も参加なさい。今までとは一寸違うものになるはずだから」
「別に構いませんけど……次って、またすぐにやるんですか」
「遅くても、三、四日以内にはあるはずよ」
やけに断言するな……。もしかして、この異常な宴会について、紫さんは何か知っているのか。
しかし、一寸違う、と言っても、僕にとっては十分変わった宴会なんだけど。特に参加者とか。
「さて、それじゃ失礼しますわ」
「あ、ちょっと!?」
「大丈夫。お酒のことは、私が持っていったと言えばいいから」
と、紫さんは地面に開けた隙間に潜り、消えた。
……あれが紫さんの能力、か。『境界を操る程度』と伝え聞くが、一体どこまでできるんだろう。
というか、敵に回したくないな。
直感だが、アレには絶対勝てないような気がする。
ま、僕とあの人が弾幕勝負したりすることはまずないだろうけどね。
「さて……晩御飯でも食べようか」
あの人のことを考えていても仕方がない。友人の幽々子すら『深く考えたら負け』とか言っていたし。
そして、僕は台所の棚を開け、『本日の夕食は頂きました。 八雲紫』と書かれた書置きを見つけ、絶望するのだった。
「こりゃ……また、ヒドイな」
次の日。
相当呑まされたらしく、朝食の準備をすることもできない妖夢に水を飲ませて、僕ははるばる博麗神社まで来ていた。
昨日の夜から何も食べていないせいでお腹が空いている。なにか、昨日の宴会の残りがないかと期待してのことだったが……
「……おはよ、良也さん」
「霊夢も呑み過ぎか」
「ちょっとね」
ちょっとという顔ではないが、とりあえず起き上がれるだけマシだろう。
「残り物ちょっと頂くぞ」
「どーぞ。放っておいても腐るだけだし」
霊夢も、また朝食代わりに昨夜の宴会の残りをつまんでいる。あと大量の水を飲んでいる。
「しっかし。本当最近宴会多いな。いや、最近はって言うほど、僕はここに来てから長いわけじゃないけどさ」
「そう、怪しいのよ」
怪しい?
「どう考えてもおかしいわ。もう花見の季節じゃないって言うのに」
「あの宴会って花見だったのか……」
いや、桜はとっくに緑になっているんだが。
「誰も文句を言わないし、それになにより、妖気が立ち込めているのよ」
「……妖気?」
はて? 確かに、違和感的なものがあるようなないような。
「そう。宴会をするごとに強まってきている。まだなにも起きてはいないけど、なにかが起こるかもしれない」
「また曖昧だな」
「怪しいわ」
「左様か」
妖気があることが、どんな不都合をもたらすかはわからないが、確かに字面は良くないな。妖しい気だもんな。
「誰かが悪巧みをしている……」
「ちょっと一足飛びじゃないか? 宴会に来てる妖怪のものとかかもしれないじゃないか」
妖怪だから妖気。うむ、実にわかりやすい。
「残り香程度はこんなに強くないわ。やっぱり、誰かがなにかをしているとしか思えない」
「まあ、いいけど。それで? 誰かがよからぬことをしていたとして、どうするつもりだ?」
「決まってるわよ。私が、必ずこの妖気の原因を突き止めて、解決するわ」
力強いお言葉。
だが、それはとりあえず、二日酔いを覚ましてからのほうがいいだろ。
「まあ、頑張ってくれ」
「ついては、良也さん」
……なんか嫌な予感が。
「な、なんだ?」
「私は異変解決に乗り出すから、ここの片付けと、留守番をお願い」
「は、はぁ!?」
こ、この巫女は。
「待て待て待て。僕なんかが神社の留守を預かってもいいのか!?」
「じゃあ、臨時神主ってことで」
「神主の臨時ってあるのか、おい!?」
「うるさいわねぇ。断るって言うなら、今までここで呑み食いした分のツケ、耳を揃えて払ってもらいましょうか? 他の連中は一応お酒とか持ってきたけど、良也さんだけ手ぶらだったわよね」
ひ、卑怯な……
「わかった、よ」
「うん、ありがとう」
お日様のような笑顔。これで顔色が悪くなければ、最高だったんだが。
……さて、とりあえず、片付け、かぁ。




