第二話
僕はベッドに座って、50センチほど離れた反対側のベッドに座っているリーネと向き合っている。
あの後、部屋で休憩して、時間になったら下の酒場で夕食を食べた。こういう宿は、料理のおいしさを売りにしてるだけありとてもおいしくて、僕もリーネも大満足だった。そして、この宿にある風呂に入った。
魔法という技術があるため、ある程度風呂は普及している。ただ、風呂を作るのには、金がかかる上、湯を沸かすために魔道具だったりが必要なので、一般家庭で持っている人は、それほど多くはない。
また、公衆浴場も町にいくつかあるため、それが理由で持っていない人もいる。ただ、入浴料もそこそことられるため、毎日入る人はあまりいない。だいたい、三日に一回ぐらいだ。入らない日は水を付けたタオルで体をふいたりして清潔を保っている。また、家に風呂がある人も、公衆浴場は広いので、娯楽として入りに行くこともある。
そのようなことから、風呂がない宿も多い。
昨日は、フィルミレの町に入るのが遅くなってしまったため、たまたま二部屋空いていた安宿に入ったがそこには風呂はなかった。公衆浴場にも行く気にならなかったため、魔法でお湯を作りそれでぬらしたタオルでふいた。
この宿は、男女合わせ二つの浴室があり、浴槽は一人が手足伸ばして余裕で入れるぐらいの広さだった。そのため、使用中は浴槽のドアのカードを裏返し入っていることを伝えるようになっている。
一昨日は野宿だったため、二日ぶりのお風呂はとても気持ちよかった。
今は、明日のことについての話し合いをするために向き合っている。
リーネは風呂上がりで、まだ少し湿っている透き通るようなプラチナブロンドの美しい髪を結ぶことなく、そのまま下ろしている。
寝間着として、白いキャミソールドレスを着ていて、腕や足、首元が惜しげもなくさらされている。
普段は白磁色の澄んだ肌が、上気して少し赤くなっている。
かわいらしくも美しいその顔は、僕が見ているからかはにかんでいる。
そんな姿は、美しく初心な令嬢のようだ。
そして、今のリーネは、髪を触る動作一つ取ってもなぜか艶めかしく見える。
分かっていたことだけど、リーネは幼いころより大きく成長していている。改めて実感する。幼いころなら劣情なんて感じなかった。
僕はその劣情を押し殺し話し始める。
「これからのことについて確認するね。この町の北にあるレーリスの森を明日と明後日の二日掛けて越えてオーネスト領まで行く。そして、町で一日休んだ後、今度は北西からレーリスの森に入りウェンリース共和国まで抜ける。この時のレーリスの森は危険だよ」
オーネスト領は辺境だ。イーレアス領とオーネスト領の間にはその間を分けるように、大きな森があり、それは西に続くにつれて大きく北に広がっていく。さらに、オーネスト領の北、ウェンリース共和国との国境に、七割ほど入っていて、オーネスト領をU字に囲んでいる。その森は、国境側にいる魔物はかなり強いため、天然の要塞と化している。
イーレアス領とオーネスト領の間のレーリスの森を越える人はそこそこいる。この二つの領地をつなぐ正式な街道は西の端のほうにある上、ある程度の強さの冒険者ならパーティーを組んでいたら越えることは難しくないからだ。
余談だが、魔導列車は辺境をまたいでいない。
オーネスト領の国境の東の方にはレーリスの森が途切れるあたりで、国境の関所がある。普通、そこを通りウェンリース共和国へ行く。国境側のレーリスの森を越えるのは、短い関所近くだとしても国の兵士だとしても少なくない犠牲が出る上、関所から遠い場所だと、国の精鋭か高ランクの冒険者とかじゃないと越えれない。関所で払うお金と、そこを通る危険や労力は全く釣り合わない。そのため、越えようとする人は滅多にいない。
僕たちはある理由から、国境の関所は通りたくない。そのためレーリスの森を越える。また、国境近くのレ―リスの森周辺は兵士が巡回しているため、国境から離れた場所に出るように、西の深く危険な場所を通る。
「うん、分かってるよ。二人なら大丈夫」
リーネは、しようとしていることが普通に考えたら突拍子もないことと分かっていて、だけど特に気負うこともなく答える。その中には、僕に対する絶対的な信頼も多く含まれている。
まあ、二人なら大丈夫ってことも間違いじゃない。
「そうだね。二人ならね」
その後、細かい確認をする。
明日のレーリスの森を越える時に出現するモンスターのことや気を付けることなどだ。レンボアーもその一つだ。万が一は無いと思うが、買い物をするときに聞いたりして情報を集めた。
そして、夜も更けていく。
「おやすみ、リーネ」
「おやすみなさい、レイ」
互いに布団に入り、おやすみを言い合う。ランプは消してあり、月明かりだけが暗い部屋の中を照らす。この時間になると、ほとんどの人が寝静まり、酒場の客も少なくなり、残っている人たちも騒ぐことはしない。静かだ。
なぜか眠れずに、ぼーっとする。
「すーすー」
しばらくすると、小さな寝息が聞こえてきた。
リーネの方を見ると、あどけない寝顔を浮かべていた。安心しきっていて、無防備だ。
そのリーネを見て、僕は劣情を催すわけでなくとても愛しく思えた。改めて、僕はリーネのことが本当に大切なんだなと思う。
なんとなく手を伸ばし、リーネの頬に触れる。やわらかい。
リーネはくすぐったそうにして少し体を震わすが、僕の手を受け入れる。そして、少し嬉しそうに頬を緩ます。
守りたいと思う。リーネを。リーネは僕が守る必要がないぐらいに強いけど。
しばらく、リーネの頬の感触と体温を感じた。
十分ぐらいした後、手を離した。
明日からも頑張ろう。そう誓い、なぜだが押し寄せてきた眠気に身を任せ眼を閉じた。
区切りがちょうどいいので短いです。まあ、書くのに時間をかけすぎたというのもありますが。
読んでくれた方ありがとうございます。