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キミはもう逃げられない

作者: 猫井 ハル

初投稿作品。

設定がばがば。

異世界召喚、というものをご存知だろうか。

かなりの高い確率で日本人(主に十代半ばの少年少女)が異世界に勇者または神子様として異世界に召喚されて、世界を救えと無茶ぶりされるアレである。創作物で使い古されてはいるが、結構根強い人気を得ているジャンルでもある。

そんなことが現実で起こったと言えば頭が可笑しくなった、あるいは漫画やアニメの見すぎだと言われるだろう。

しかしそんな奇特な体験をしてしまった一人の少女がいる。

瀬田伊織(せた いおり)と言う名の、何処にでもいる普通の少女だ。ある日何の前触れもなく異世界に召喚された彼女は、テンプレ通りに聖女の役目を押し付けられ、大した準備もないまま世界を救えと知りもしない世界に放り出された。その際召喚の儀を行った国の第三王子と、神殿の巫女だと言う少女と共に。

その道中では様々な仲間と巡りあって、数々の苦難を乗り越えて最終目標である魔王を倒して異世界を救った。そうしてもろもろの出来事を終えて現世に戻ってきたのが一週間ほど前のことである。

正確に言えば異世界での滞在期間は五年ほどであるのだが、召喚に力を貸した女神を脅し……もとい説得して元の時間軸に戻して貰ったのだ。その際、成長した見た目も戻してもらうことも忘れずに。

召喚に関しては、伊織には言いたいことが山ほどあった。何故何の取り柄もなく容姿も特別良い訳でもない、極々平凡な自分であったのか。聖女の浄化の力というのが、何故祈りではなく物理攻撃なのか。むしろ同行者であった神殿の巫女の方が余程聖女の名に相応しく、容姿も性格もそれらしかった。別に自分を卑下するつもりはないが、己以上に仲間であった男性達とフラグを立てられていたら、そりゃ「あれ、あっちがヒロインじゃね? ホント、なんでアタシ呼ばれたの? アタシ別にいらなくないか」となるだろう。

それに見た目平凡な少女と、儚げな美少女を隣並べてどちらが聖女かと問われれば皆が皆美少女の方だと答えた。それにはさもありなん、と納得しているものの仲間内でも扱いが聖女(笑)様だったのは何故なのか。

確かに魔物の浄化の際は拳に気を纏わせて殴り付け、結界を蹴りひとつで破壊していた。見た目も、長旅には邪魔だと髪を切り落として一切の装飾を排除した動きやすさ重視の軽装であったから、少年と間違われることも多かった。

伊織としては仲間と恋愛フラグを立てたかった訳ではないので別に構わなかったのだが、事あるごとに件の巫女と比べられては内心穏やかでは無かったのも確かだ。他にも女性の仲間はいたのだが、引き合いに出されるのはいつも伊織と巫女であった。恐らく歳が近く、同性であったことも起因しているのだろうが。

しかしそれも既に終ったこと。彼等は異世界の住人であり、元の世界に戻った伊織にはもう会うことも叶わない人達なのだから。

などとシリアスぶってみたものの、伊織は大して気にしてもいなかった。聖女として敬われず、女として扱われずとも笑って流し、比べられても「まあ、そうだよね」とあっけらかんとしたものだった。誤解のないように言っておくが、伊織はちゃんと仲間たちの事を好いていたし大事にしていた。逆もしかり。

だが元の世界に帰って来て最初に思ったことは、異世界の彼らに対する寂しさではなく学校の授業についていけるか否かだった。

どうも五年という歳月は頭に厭というほど詰め込んだ数式や地理と言った知識を忘れさせるには十分であったらしく、伊織的には久々の授業がさっぱり分からなくなっていたのである。テスト期間にはまだ間があるものの、これは不味いと焦燥感を募らせていた。

その為元の世界に戻って一週間。伊織の脳内から異世界の事は遠い過去の事となり、それよりも教科書の文字の羅列を追い数式を再度叩き込むこという最早受験生よりも勉学に勤しむこととなっていた。たった一週間ではあったが、仲間たちの事を思い出すことはなくなっていた。

そうして今日も必死にノートにペンを走らせ、黒板と教科書を睨み付けて授業に食らいつくという一日を終えた所だ。伊織は部活や委員会に所属しない友人達と談笑しながら家に帰るところだった。

明日の体育が怠い、今日の音楽番組に好きなアイドルユニットが出るなど他愛もない話をしていたときだ。背後からちょっと前は聞き慣れた、けれど絶対に聞く筈のない声が伊織を呼び止めた。


「イオ!」


その声を聞いた瞬間、伊織は目を見開きびくりと肩を震わせる。そうして恐る恐るといった体で、振り返った。

イオ、とはどうにも伊織の名を発音しきれなかった異世界の彼等が呼ぶ呼び名だった。そして低く甘いその声は誰よりも長く共にいた、仲間の内の一人の声にそっくりだった。いや、そっくりだなんてものではない。本人そのものの声だ、と伊織は無意識に思う。そうして視界にいれた人物を前に、伊織は絶句しまるで幽霊でも見たかのように顔面蒼白にして震えていた。

それを怪訝に思ったのは共にいた友人達だ。

常に快活で笑顔の絶えない伊織が、今まで見たこともない様子で一点を見つめたま動かないのである。一体どうしたのだとその視線の先を見て、彼等も別の意味で絶句した。

そこには白いワイシャツに黒いパンツに革靴という、簡素な服を身に纏った男がいた。しかしその容貌は整いすぎていっそ冷たさを感じさせる美貌に、しっかり手入れされているのだろう艶やかな黒髪に肌荒れなど無縁そうな白い肌。目にかかるほど長い前髪から覗く赤い瞳は伊織を熱っぽく見つめ、喜色の色が浮かんでいる。その男がまた、「イオ」と蜂蜜が滴るような甘い声で伊織を呼んだ。


「なん、で……っ」


信じられない。何故、どうして。と、伊織は混乱しながらも男から視線をはずさない。いや、外せないと言った方が正しいか。


「なんで、どうしてっ! 貴方がここにいらっしゃるのですかっ」


わなわなと震えながら、伊織は男に問うた。しかし男はゆるりと笑うと、静かな足取りで伊織の前まで近付く。そして男にしては細い、けれど剣だこが出来た大きな手で血の気を失っている伊織の頬を慰撫するように触れると口を開いた。


「どうして、とは酷いな。キミを追ってきたからに決まっているだろう?」

「…………は?」


伊織を追ってきた、と男は言う。けれどそれが並大抵の事ではない事は、召喚された伊織自信はよく知っている。世界を渡るということは相応の準備と魔力を必要とする高度な魔法である。それを簡単に、しかもただの仲間でしかなかった伊織を追ってくるなどと言えるはずもない。

伊織は更に困惑し、二の句が告げないでいる。呆然する伊織を前に、男は楽しげに笑いながら今度は髪に触れた。

そんな二人の今一噛み合わない雰囲気に、その存在を忘れられていた友人の一人が恐る恐る声をかけた。どうやら重苦しい空気に耐えられず、更に見たこともない狼狽えた様子の伊織を心配しての事だった。


「い、伊織……? その、知り合い……の人?」

「――――っ!! あ、ああっ、うんっ! そ、そうなの。 ごめん、ちょっと先帰るね! また明日っ」

「え? あ、ちょっ……、伊織!」


声を掛けられたことで我に帰り、友人達への説明も挨拶もお座なりにして伊織は男の腕をとると小走りにその場から逃げた。

しばらく走り、辿り着いたのは人気のない公園だった。夕日に照らされて赤く染まる遊具やベンチが何とも言えない異様な雰囲気を出していたが、それを気にする余裕など今の伊織には無かった。

乱れた息を深呼吸することで整え、今まで黙ってついてきた男へと向き直る。すると今まで物珍しそうに辺りを見回していた男は、伊織がこちらを向いたことに気が付き優しげに微笑む。

けれど伊織は笑い返すことなく、眉根を寄せて声を荒げた。


「もう一度聞きます。何故貴方がこちらの世界に居られるのですか、ジークフリード第三王子殿下!」


目の前の男は、伊織が召喚されてすぐに共に魔王討伐に行くことになった第三王子、ジークフリード・レイズ・ヴァージニアだった。当然、伊織の世界に居る筈のない人物である。

男、ジークフリードは笑みを深めて距離を詰めた。そして赤い瞳に伊織を写して、ゆっくりと口を開く。


「言っただろう、キミを追ってきたのだと。誰にも何も言わず、突然消えてしまったキミを」


静かなその声は優しく響くのに、どこか責める色があった。

それに押し黙ったのは伊織の方だ。

伊織が異世界を去ったのは、魔王を討伐して帰城した次の日の事だった。帰城した当日は疲れているだろうからと休息を与えられ、その翌日に報告と祝いの宴が催された。宴は皆が浴びるように酒を飲み、伊織一人が席を抜け出そうとも誰も気づかないほど浮かれている。ならばその隙に帰ってしまえば良いのではと思いつき、誰にも言わずに世界を後にした。

言い訳をするならば、大丈夫だと思ったのだ。伊織は前々から元の世界に戻ると口にしていたし、湿っぽい空気は好きじゃない。それに魔王城に乗り込む前日、仲間たちとは十分語らった。死を覚悟していたため、別れの言葉もそうとは分からないようにいっておいた。伊織は元々その世界の住人ではない。だからこっそり居なくなろうとも、誰も気にしないと思ったのだ。

薄情だとは思う。けれど、そんなに気にされるとは思いもしなかった。

しかし何故、第三王子であるジークフリードが追ってきたのかそこが分からない。確かに戦友ではあるが、ただそれだけだ。彼は確か神殿の巫女と良い雰囲気であったし、その様子を応援してもいたのだ。その事に笑みを浮かべはしても、拒絶の反応は見せていなかったというのに。

ジークフリードは未だ押し黙る伊織の手を取ると、そっと握り締める。痛くはない。が、振り払う事は出来ないよう力が込められていた。


「キミが消えて、私がどんな気持ちだったか解るかい? 全てが終わったら、想いを告げて婚姻を申し込もうと思っていた。けれどキミは居なくなった。元の世界に帰ったのだと知ったとき、どれ程絶望したかっ。何も言わなかったキミを恨みさえした!」

「な、に言って……」


想い? 婚姻?

一体何の話だ。そんな素振り五年間見せたことも無かっただろう。二人の間には絆はあったが、それは恋とか愛とかいう甘いものでは決して無かったはずだ。一度もそんな事言わなかったではないか。


「そんな事、一度も……」

「言えばキミは答えたか? それに突然重責を背負わされたキミにそれ以上を背負わせるわけないだろう。だからずっとその時が来るのを待っていた。使命から解放されるのをずっと……っ!」


ぎりっ、と手を握る指に力がこもる。痛みに顔を歪めれば、ジークフリードはそれを気にすることなく手を握る方とは反対の手を伊織の頬に添えて顔をあげさせる。顔を歪めたまま見上げれば、そこには瞳を陰らせて美しく嗤う男がいた。


「けれど、待つのはもう止めた。それに()は十分待っただろう? この腕に閉じ込めていれば、イオはもう逃げれないだろう?」


何を、と声をあげる前に感じた浮遊感。見れば足元からは地面が消えて闇が広がる穴がぱっくりと口を開けていた。そしてそのままジークフリードと共に落ちていく。

その穴は伊織がよく知るものだった。世界と世界を繋ぐ穴。扉、と呼ばれる高度な魔法の一つ。

驚愕に目を見開く伊織の耳に、ジークフリードの声が低く落とされる。


「これでキミは逃げられない」


俺からも、世界からも。

そうして幸せそうに嗤って、伊織をその腕に抱き締めた。



最初はコメディだったのに、何故かヤンデレた王子様。

王子様は女神を脅し……お願いして伊織を再度呼びもどしました。

一番の被害者は女神かもしれないが、自業自得な面もあるのであまり可哀想には見られない。

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