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ドッグタグ

 その後、ネイトはオオトカゲの皮や骨を捨てた場所にヒナを案内した。

 既に匂いを嗅ぎつけた羽虫が集って触るのが躊躇われる光景が広がっていたが、ヒナは構わずそれを掴み上げると、近くの地面を槍と手を使って掘り起し、出来た穴に亡骸を埋めた。

 無論ネイトも手伝わされ、最後は彼女の真似をしてロア族が生き物を供養する時の祝詞を述べ、両手を合わせて祈る事となった。

「これで、良い。こうすればハウロア様、新たな命を与えてくださる」

「ふ~ん、そうか」

 実際、あのまま地面の上に放っておいても小動物の餌になるか雨風で腐敗が進むなどしていずれは土に還ったのだろうが、ヒナは命への感謝と供養を儀式という行為で示す事にこだわっていた、屁理屈をいうのは筋違いと思い、水を刺すのはやめておいた。

「お前、生き物にもっと、感謝しろ。でないと、この島で、生きていけない」

「分かってるって。にしてもあんた、よく平気で触れるよな、血とか変な液で臭くてやばかっ

 ただろ、あのトカゲの残り物」

「その言い方、やめろ。生き物に触れる、嫌がるの、失礼。ロアの民も、カーダルも、同じ」

「って言われてもな、虫とか飛び回ってたらさすがに近づけねぇわ」

「情けない奴、虫の何が、怖い」

「怖いじゃなくて、気持ち悪いんだよ。いやぁなんというか、ゾッとして……」

 子供の時は平気だったが、年を取るにつれてなぜか虫が気持ち悪く思えてきて、すっかり触るのも拒絶してしまう体質になってしまっていた。この島では虫なんて至るところに生息していてさすがに少しは耐性がついたが、やはり嫌なものは嫌でしかない。

「この島の虫、大きい。お前、島から出る前に、虫に驚いて、死ぬかもしれない」

 ふふ、とヒナが小馬鹿にするようにほくそ笑んできて、彼女らしからぬ態度にネイトはやや気に障ってムッと口を尖らせる。

「うるせぇなぁ、別にいいだろうよ」

「ロアの民、生き物に怯える事、失礼。怯えた事が知れた者、マルコブローンと呼ばれる」

「その言葉の意味は?」

「臆病者」

「あーうるせぇよ、悪かったなビビリで!」

 完全にからかわれてしまっている、年下の少女に馬鹿にされてなんとなく苛立ちが募ってきたネイトは、話を切り上げさせようとその場から立ち去ろうとする。

「ん、なんだ?」

 その時、片足の先が急に重くなった気がして視線を落とすと、そこには拳ほどの大きさの茶色いカエルが靴の上に飛び乗っているのが見えた。

「どうした」

「いや、足の上にこいつが……」

 カエルが逃げないように注意しつつ体を反転させ、ヒナに見せてやろうとする。

 ヒナは一瞬きょとんとして目を凝らしてきたが、その数秒後、突然頬を引き攣らせた。

「そ、それ……キャタク……」

「は? なんだって?」

 聞き返した拍子に、ネイトの足に乗っていたカエルが勢いよくヒナめがけて飛び上がった。

「ひっ、ひゃあ!?」

 するとヒナの口から、今までの落ち着いた声からは想像がつかないような、甲高い叫び声が飛び出してきて、同時に彼女は体をぴょんと飛び上がらせた。

「ローロス! ローロス!」

 ロア族の言葉が出てしまう程取り乱し、ぶんぶん手を振り回して暴れ、カエルを振り払おうと必死になっているようだった。

 ようやく彼女の体から近くの茂みにカエルが跳んで逃げていったが、ヒナの動揺は治まらないようで、やけに鼻息が荒くなっている。

「ヒナあんた、カエル苦手だったのか?」

「っ! カターク……嫌い、違う!」

「いやいや、今の反応でそんな否定されても、全然説得力ねぇっての」

「きっ……!」

 ヒナは歯を食いしばって何か言い返そうとするが、今の反応を見て彼女がカエル嫌いなのは明らかで、誤魔化しようがないため歯を食いしばって唸っている。

 今まであまり表情を崩す事がなかった彼女が、頬を赤らめ口元を尖らせているその姿はとても新鮮に見えて、自然とネイトは噴き出してしまっていた。

「お、お前! なぜ笑う!」

「これあれだろ? ロア族でいうマンゴープリンって言うんだろ?」

「マルコブローンだ! ……お前、馬鹿に、するな……!」

「わーっ! それこっち向けんな! 悪かった悪かったって!」

 槍を振りかざし、今にも襲ってきそうな形相にさすがにからかい過ぎたかと平謝りする。

「……っ! お前は、さっさとイカダ、造っていろ!」

 すっかり気分を損ねたヒナは、ネイトにそっぽを向けてその場から立ち去ろうとする。

「あ……あぁ、じゃあ俺はイカダ造りに戻るぜ。日がテッペン超えてるって事はもう昼過ぎた

 みてぇだが、あんたもそろそろ狩りに戻った方が良いんじゃねぇのか?」

「否定、しない。ロアの民の狩人、獲物少ない事、恥」

「なら行っていいぜ。いつも付き合わせて悪いな、俺だけじゃ、出来ない事ばかりでよ」

「フン、お前を捕らえたのは私、それが責任……おい」

 ネイトから離れるように歩きだしたものの、だがすぐに足を止めると、半身をネイトに向けてから、数段小さな声で呼びかけてきた。

「なんだ?」

「……あの、とっくだぐ?」

「は? あぁ、ドッグタグか?」

「んっ、そう……あれも、ゴミ、なのか?」

 ネイトの反応を伺うような慎重な喋りになっているのが少し気にかかったが、とりあえずネイトは素直に質問に答える。

「いや、あれは名札みてぇなもんだから、捨てるもんじゃねぇよ。俺が俺だってのを証明する

 ための証だからな」

「お前の……そうか、分かった」

 わざわざ立ち止まってまで聞く事なのか、そう聞き返そうとするよりも早くヒナは勝手に納得したように声を漏らし、腰に隠し持っていたらしいドッグタグを左手で取り出した。

「今の、誰かに言ったら、これ、壊してやる! いいな、絶対、言うな!」

 そして見せつけるように掲げると、恐喝紛いの事を言い放ってきた。

「んぁ? あー……おう」

 別に壊されたところで思い入れなどないのだが、どうにもヒナはドッグタグがネイトにとって重要な物品だと思っているらしい。

 それを壊すと脅してくるあたり、カエルにビビる姿を見られたのが相当恥ずかしかったのだろう、とりあえず刺激しないでおこうと思う反面、彼女の意外な一面を目撃して得した気分になってもいた。

 その後ヒナは小動物のような素早さで走り去り、森の奥へと消えて行った。

「結構、分かりやすい奴だな」

 ヒナの少女らしさが垣間見えた気がして、また思い出し笑いしてしまったネイトは、その後拾ったゴミを持ち帰りイカダ造りにどう生かそうかを考えながら、その日を潰すのであった。


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