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銃声と叫びと 3

 取り繕っていた体裁を振り解いて、ネイトの口から飛び出したのは、いつの間にか抱いていた彼女への想い。

 生き残るためには、敵は全て蹴散らさなければならない。

 そう思い込んでいたのは、端からネイトがロア族と友好的になれないと決めつけていたからではないのか。

 ネイトの住んでいた世界では、人種や宗教、思想に国籍などあらゆる事柄の差異が原因で争いごとが絶えなかった。一見グローバリズムが常識の世の中に見えていても、人の心の奥底には差別の意識が絶えず、故に小競り合いをきっかけにテロや戦争が繰り返されていた。

 そんな歴史を見ながら育ったネイトは、自分と違う点のある相手との友和は不可能なものだと思い込んでおり、実際学生時代もそれを思い知らされるような経験を何度もしてきた。

 自分と同じ見方や考え方の人間とだけ接していれば傷つかないし傷つけない、そんな表面上は平和的で実に変化のない退屈な生活を続けていつしか二十歳を超えていた。

 だが発展した文明に取り残されたこの島の、戦争や経済といった事柄と無縁の生活を送ってきたロア族の少女ヒナに出会って、彼のつまらない考え方がぐらついた。

 最初は対立し、命の価値の考え方の違いで意見がぶつかり、友好的な関係でなかったが、それでもネイトの身を案じ、ネイトの言葉を聞き入れ、ネイトの住む世界に興味を持った。

 こんな孤立無援の環境で、生き方から何もかもが違う少女と毎日のように交流出来た、その事実が思い返す度に信じられなくて、そして嬉しかった。

 しかし全員が彼女のように優しい心の持ち主ではないと、昨日のイカダの無残な姿を見て思い知った。

 どうせ分かり合えないのなら、せめてヒナにだけはその弊害が及ばないようにしようと思って、袂を分かち孤立してでも生き延びる事を決意した。

 決意した筈なのに、それを否定したい気持ちが心の奥に潜んでいたらしい。

「す、好きって……お前、何、いきなり……!」

「好きだから、やっぱり俺は、これを使うのは無理みてぇだ」

 そう言って、ネイトは右手に持つ銃を地面に向けると、慣れた手つきで解体していき、足下に乱暴に放り投げる。

 そして両手を頭の高さにまで上げると、戦闘態勢だった体から敵意を消して、降参の意を示すポーズをとるのだった。

「何のつもりだ、貴様ぁ!」

「あんたらはヒナのお仲間だ、大切な人間の仲間を傷つけるのは、俺には無理みてぇだ」

 生きるために相手を傷つける、覚悟したつもりだったのは、実は諦めただけだった、今のネイトはそう理解し、ミハロイ達の敵意に敵意で返す事をやめた。

 好きになった相手の家族と仲間を、すすんで傷つけようだなんて、誰が思えるのか。

「降参する。その上で俺の話を聞いて欲しい、俺が脱出するまでこの島にいる事、そしてあん

 た達と関わる事を認めて欲しい。頼む」

 真剣に、真摯に、正直に、ネイトは敵対していたミハロイを直視しながら、そう懇願した。

「何を今更ぁ……!」

 予想外の行動に面食らいながらも、ミハロイがネイトに詰め寄っていこうとするが、ヒナが慌てて向かい合ってそれを許さない。

「ヒナァ!」

「……っ!」

 そして次の瞬間、ヒナは自身の兄に背を向けると、猛然とした勢いでネイトへ駆け寄ってきて、くるりと体を反転させ、足下の地面に持っていた槍を突き刺した。

「私も、お前が苦しむところ、見たくない。お前は私にとって、大事な奴、だから……!」

 ヒナはネイトの方を振り向かないまま、しかし背中を見るだけで分かるくらいの気迫を顔に灯しながら、改めてミハロイと対峙する。

「(ネイトが本当に危険な人間なのかどうか、判断するための時間をちょうだい! 私とネイ

 トの話を聞いて、兄さん!)」

 だが彼女が選んだのは武力で押し通すのではなく、言葉で兄に訴えかける手段であった。

 相手を黙らせる方法よりも、相手に認めてもらおうという、ネイトの意思に沿った行動に、訴えかけられた側のミハロイは苦虫を噛み潰したかのような顔をしながら、

「や、やめろ、ふざけるなぁ! 俺は、余所者のせいでロアの民の生活がおかしくならないよ

 うにと思って、遠ざけようとして……それでもヒナが関わろうとしたから防ごうとして……

 今更受け入れられるかぁ!」

 ミハロイの言葉は怒りというよりも、求められている行為を必死に否定しようという抵抗。

「……俺も謝りに行く。あんたらが俺を攻撃してきたのは、俺があんたらの生活圏に入ってき

 たのが原因だろ、だったら俺からあんたらの村の人間に説明するよ。ヒナの兄さん達は村の

 ために行動してたんだってな」

「そんな、惨めな真似、出来るかぁ! 貴様が……誰がどう見ても認めるほどの性悪の人間な

 らば、躊躇わずに殺せるというのにぃ……!」

 ここにきてようやく、ミハロイや取り巻き達にも良心の呵責というものが生まれたらしい。

 ネイトがロア族に害をもたらす悪魔のような性格だったなら、彼等はこの場で躊躇う事なく

ネイトを槍で突き刺しただろう。  

 だがネイトは武器を捨てて対話を求め、自身の妹のヒナがそれに同調している。

 その姿を見て気にせず襲いかかるほど、ミハロイも暴虐な人間ではなかったようだ。

「俺とヒナも、最初はぶつかってばかりだった。でもヒナは俺を拒絶せずに存在を受け入れて

 くれた。あんた達とも、そう出来たら嬉しいんだけどな」

 どうせ無理だと先程まで諦めていた本心が、ネイトの口から漏れ出てくる。

 ヒナが傍にいてくれるから、絞り出す事が出来た言葉。

 隣を見ると、ヒナもまた視線を僅かにこちらに向けている事に気が付いた。

 緊張と不安で埋め尽くされた表情の中で、瞳に浮かぶ光は力強い。

 自分と相手の立場の違いを超えた二人は、頷き合ってから改めて、ミハロイに乞う。

「俺の存在を、認めて欲しい」

「(ネイトの存在を、認めて!)」

 底の知れない異邦者と愛する妹からの、同一の願い。

 敵意ではなく嘆願を投げかけられたミハロイの腹心はどのような感情で溢れていたのか、ネイトからは窺い知ることは出来なかった。

「(下ろせ、おしまいだ。付き合わせて悪かったなぁ)」

 やがて彼は噛み潰さんとばかりに奥歯を食いしばりながらその場に立ち尽くして思い悩んだ後に、槍を持っていない方の手を肩の高さにまで掲げ、何かを呟く。

 すると彼の取り巻きが戸惑いながらも武器の構えを解き、戦意を体から失わせた。

「(ヒナ、俺は先に戻る。お前はそいつを村まで連れて来い)」

「え?」

「(絶対逃がすなよ、でないと今度こそそいつを殺す!)」

 強い口調で吐き捨てて、ミハロイはネイト達に背を向け、取り巻き達を連れて歩き出す。

「……えっと」

「……おい、お前、ネイト!」

「あ、はいっ!?」

 突如ヒナに間近で叫ばれ素っ頓狂な声を漏らしてしまうネイト。

「ついてこい、今度は獲物ではなく、私の大切な人として、皆に紹介する」

 ヒナの言葉はネイトに村へ立ち入る事を認める内容のものだった。

 最初の時の無理矢理な連行ではなく、正式に招待すると。

「……あぁ、頼むぜ」

 ネイトの心を温かい感情で満たすには、それ以上の言葉は必要なく、低いながらも力強い返事をしてから、立ち上がった。

 島から脱出する、それが勿論一番の目的である。

 だがその過程でのヒナやロア族との出会いや経験、苦労ばかりではあったが元の世界にいては手に入れられなかった独特の興奮を大切にしたいとも思っている事に、ネイトは今更ながら彼は気づくのであった。


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