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異文化の民

 目が覚めて最初に気が付いたのは、体全体に不思議な浮遊感があるという点であった。

 続けて両手両足が紐状のもので丸太に強く縛りつけられ、視界には草木で作られた建物の天井らしきものが映っており、じんじんと伝わってくる痛みで自分が地面を背中に向けてぶらさげられている状態なのだとようやく思い知る。

(なんだ、これ。俺一体どうなったんだ……!?)

 今置かれている状況を把握しようと目をあちこちに動かすと、すぐ傍に座っていたらしい見知らぬ男と視線が重なり、思わず体が硬直する。

 ネイトが縛られ吊るされている小屋の中には全部で三人の男がいて、全員が褐色肌で自然に手に入る草などで股間を覆っただけの簡単な衣服を身に着けている。

(俺を襲った子供と似たような装いって事は……あいつの仲間か?)

 味方ではない事だけはすぐに分かり、何をされるのかと危惧するネイトだったが、男達は特に手荒な真似はせず、いくつか言葉を交わした後、一人が小屋から出ていった。  

 聞きなれない言語のため彼等の意図が分からず、まさに狩りで捕らえられた獲物としてただただどう料理されるかを待つ事しか今のネイトに出来る事はなかった。

 やがて外が騒がしくなってきたかと思うと、小屋の入り口から新たに数人の男達が姿を現し、それに続いて一人の老婆が姿を現す。

 体は男達に比べて小さいが、どっしりとした足取りと漂わせる老獪な雰囲気、そして他の者と違い、顔に白い塗料で多くのペイントが施されたその様は、この老婆が只者ではない事を示しており、ネイトも無意識に緊張を強めて唾を飲み込んだ。

「あ、お前は……!」

 そしてその老婆に付き従うようにして姿を現したのは、名も知らぬ島に流れ着いたネイトに襲いかかってきた張本人である少女。相も変わらず敵意を隠さない強い眼光をこちらに向けてきており、気絶する前に受けた痛みがぶりかえすように腹で疼く。

「イトー、ドロポーホ」

 老婆がネイトを指差して何かを指示すると、男達はすぐさま動き出し、ネイトの手足を縛っていた紐を携えていた短刀で切って、彼の体を解放した。吊るされていた丸太と繋がるものを失ったため、当然ながらネイトは背中から地面に落下して痛みに顔をしかめる。

 すかさず男二人に無理矢理上体を起こされると、暴れないよう力づくで腕を抑えられる。

 改めて自分が捕らわれの身である事を思い知りながら、素性の知れない者達を警戒して睨みを効かせるネイトに対し、老婆は一つ息を吐いて、

「アー、ハロー? 言葉通じてるかのう、お若い兄さん。怖がらせて、申し訳ない」

 なんと、ネイトが普段使っている言語で詰まりながらも挨拶をしてきた。

「え、あっ、えっと、ど、どうも?」

「オー、通じて良かったわい。これが通じんと、お手上げやった」

 少し安心したようにほくそ笑む老婆だが、周りの男達や少女は冷たい表情のままのためネイトもどう反応すべきか困ってしまう。

「俺の使う言葉が、分かるのか?」

「少しはのう、長く生きてきた甲斐があったわい」

「その、あんた達は、この島に住んでる連中……なのか?」

「いかにも。儂らは先祖代々、この島に住まうロアという名の一族じゃ。創造神たるハウロ

 ア様を祀り、尊敬し、感謝し生きておる。わしはロアの者共の長を務めるペレと申す」

「ロア……それがあんたらの部族名って訳か」

「うむ。儂らロア族にとってこの島は、生まれ育ち死にゆく母なる大地、そんな神聖たる場所

 に足を踏み入れる者は珍しくてのう、ぜひ教えていただきたいんじゃが」

 予想以上にちゃんと会話が通じる事に驚きつつ、ネイトも素直に質問に答える事にする。

「俺は……軍人だ。ここから物凄い遠く、太平洋の向こう側の大国の生まれで、乗っていた軍

 の船が敵に襲われて、海に投げ出されてこの島まで流れ着いた」

「ホー、それは、大変でしたな。しかし、軍に敵、なるほどのう……」

 何か考えるように俯いた後、ペレは周りの男達に何かを話している、ネイトの言った事を伝えているのかもしれない。

「……で、俺をこれからどうするつもりなんだ? 今夜の晩餐のメインディッシュか?」

「獲物の扱いは捕らえた者が決めるのじゃが、人を狩ったのは今回が初めてじゃのう……」

 ペレは苦笑いを浮かべた後、後ろに控えていた少女の方に振り返る。

「ヒナ、サーインギーカークナ?」

「……ティダ、ダウ」

「ベナー、ムキエ」

 いくつか未知の言語で会話をすると、ネイトを捕らえた張本人である少女はペレに促されるように渋々前に進み出でて、ネイトを見下ろす形で向かい合う。

「アー、これはヒナ、わしの孫娘じゃ。女子じゃが狩りの腕は、良くてのう。軍人さんでも、

 ヒナには敵わんかったかえ」

「人間離れした動きだったぜ、やっぱあんた達は狩りをして生きてるのか?」

「うむ、ハウロア様が創られし命を頂き、我々ロアの民は古より命を繋いできたのじゃ」

「ハウロア様? それって一体……」

 尋ねようとしたところで、ヒナが仏頂面をさらに強張らせ、持っていた槍をいきなりネイトの眼前へと突き付けながら、ペレに顔を向けてこう叫ぶ。

「ペレセペレティ! アダハールセペティ、デンガオラーナシ!」

「インディーアンマ。ジガマンブージガマンガンビ」

 何を言っているのかは分からないが、ヒナの方は怒っているように見え、ペレはそんな彼女に諭すように素っ気ない態度で言葉を返していた。

「っ……おい、お前」

 そしてヒナはネイトの方に向き直ると、彼の使う言語でぎこちなく話しかけてきた。

「ん、なんだよ」

「お前、私達の敵か、そうでないか、教えて」

「……敵じゃねぇよ。婆さんにも言ったが、俺は漂流してこの島に流れ着いたんだ。本当なら

 今すぐにでも脱出したいと思ってんだよ」

「お前、この島の人間でない。ここ、いたらいけない。すぐに、誓えば解放する」

 槍の矛先が鼻に触れそうになるくらい近づけながら、ヒナは汚物を見るように冷めきった目でネイトを睨みながら、島から出ていくように警告してくる。

 周りにいる屈強な体つきの男達も忌み嫌うような視線を浴びせかけ、下手な動きを見せればすぐに襲いかかってきそうな物騒な空気を漂わせていた。 

「……あんたらはかなり余所者に冷たいみたいだが、だったら尚の事こうして言葉が通じるの

 が不思議でしょうがないな」

「儂が若い頃に、何度か外の人間が訪れた事があってのう。その際に少し習ったんじゃが、ロ

 アの民全てが話せる訳ではないんじゃ」

「外の人間が?」

 なぜこの島の外の人間が使う言語をこの島の人間が使えるのかという謎は解けたが、とはいえロアと名乗った民族は排他的な考え方らしく、脱出の協力などしてくれそうにない。

「お前、仲間違う。ここ、いたらいけない」

「あぁ分かってる、だから解放してくれよ」

「……お前、弱い。この島から出るの、出来ない」

 はっきりと言われ、少女に白兵戦で圧倒されたという事実が恥ずかしくなってきて、ネイトは苦笑いを浮かべてから強がるように言葉を返す。

「それでも、お前達の晩飯になるよりはマシだろ?」

「……!」

 いちいち口答えされたのが気に食わないのか、一層強く睨みつけてくる少女。

(黙ってたら美人なんだけどなぁ)

 ネイトの育った国ではまず見かけないような顔立ちと珍しい褐色肌、文化とは無縁の民族らしい異質な衣装を着たヘンテコな容姿なのに、それでも彼女は美しいと断言出来る。化粧なしでこの美しさはモデルや女優でもそうそういないだろう。なんて拘束されている身とは思えない気の抜けた事を考えていると、少女に動きがあった。

 自らの腰に手を伸ばすと、携えてあった何かを乱暴にネイトの足下へ投げつけてくる。

 それはネイトの所持品である軍用のサバイバルナイフで、思わず反応したものの抵抗したと思われたのか、身動きを封じていた男達がすかさずネイトの体を強く押さえつけてくる。

「お前、弱い。だから早く、出ていけ」

 片手で出口を指差しながら、ヒナは途切れ途切れの言葉でそう命令する。

 周りの男達が反発するように何かを言うが、彼女の祖母のペレが一喝してすぐに黙らせる。

「メニバーニャ! ……アー、軍人さんや。ヒナは獲物を逃がす事にしたらしいわい」

「逃がす……?」

「うむ。わしらの慣習じゃあ獲った獲物の扱いは獲った者が決める事になっとる。軍人さんを

 捕まえたのはヒナじゃ、ヒナが立ち去れと言ったなら、それに従わねばならんのじゃ」

 ペレの言葉通り、この場にいる者全てがネイトに敵意を剥き出しにしているものの手を出そうとはせず、ヒナの言葉に従うような素振りを見せている。ネイトの体を押さえていた者達も渋々といった風に傍から離れ、ネイトが囚われの身でなくなった事を証明していた。

 油断しないよう慎重に立ち上がりながら自分のナイフを拾い上げたネイトは、それを腰に装備してから再度、ヒナという少女と今度は真正面で向かい合う。

「あー、その……よく分からないが、逃がしてくれるんだろ? 感謝しとくよ」

 ヒナは返事をせず、槍の切っ先を下ろす事もなく、可憐な顔を歪ませながら顎を動かして出ていくように命令してきた。ネイトもそれ以上は何も言わず、指示に従う事にする。

 唯一ちゃんと話してくれたペレに会釈して外に出ると、目の前には背の低い木造の簡易な小屋が不規則に乱立しており、あちこちに褐色肌と原始的な装束をした老若男女がいて、大人は談話し子供達は遊んだりしているようだったが、ネイトの姿に気付いた途端動きを止め、警戒と物珍しさの混ざった好奇の眼差しを突き付けてきた。

(そりゃ余所者が自分達の生活圏に入ってきたら、怖いよなぁ)

 村の四方八方は天然の木々に囲まれており、今からこの樹海を進んでいかなければならないと思うと少し気が引けたが、自分が招かねざる客である以上他に選択肢はない。

 ここはネイトが生まれ育った国とは何もかもが違う世界で、ネイトがいてはならないのだ。

 無数の睨みを身体に受けながら、彼等を刺激しないようにゆっくりとした足取りでネイトは村から立ち去り、灼熱の大気と飛び交う多くの虫に溢れたジャングルの中を進んでいった。

 ロアと名乗った民族と別れ、自分が本来いるべき世界へ戻る方法を見つけるために。



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